謝罪


「あ……あぁ……」
ごうと燃え上がる部室棟を見上げながらレイサは涙を流していた。
羽が生えた頃は無邪気にそれを喜んでいられたのに、それから少しして悪魔のような角と尻尾が生えてきたことでレイサの生活は一変した。
周囲からゲヘナの同類と下げずまれ、近寄れば病気がうつると銃弾を浴びせられた。学校に通うことすらおぼつかない状態で、それでもレイサを受け入れてくれたのが面倒を見てくれていた先輩の聖園ミカとスイーツ部の面々だった。
一人でいるのも恐ろしくて、レイサは頻繁に彼女らの元へ通っていた。その結果が目の前で燃え盛る炎だった。
「みんな……みんながまだ中に……!!」
「だから火をつけたのでしょう?堕天に汚染されたものは全部炎で浄化しないと」
「あぁ………っ!!!」
正気と思えなかった。
実際この頃のトリニティはかなりおかしくなっていた。まるで魔女狩りのように、少しでも堕天の兆候があると思われれば弾圧される。その発端がレイサの頭に生えた角だった。
「全くそこかしこを汚染する堕天悪魔には困ったものです」
そう言いながら彼女たちは自分には直接手を出さない。精々が銃を向ける程度。彼女らも自分に関わることを恐れているのだ。
そして自分と関わったと判断されたものは──

気づけばレイサはトリニティのはずれを歩いていた。何があって、どうここまできたのかよく覚えていない。ただ、これ以上誰かと関わってはいけないと、それだけが心に残っていた。これ以上進めばブラックマーケットに辿り着く。その方がいいのだろう。
少なくともレイサはトリニティにいるべきではないのだ。
次第に足が動いているのかもわからなくなって──視界もぼんやりしてきて──なんだか上も下もわからない──
「君!大丈夫かい!?君!」
誰かの声が聞こえた気がしたけれど、それがどこから聞こえてくるかすらレイサには分からなかった。

レイサを拾ったのはブラックマーケットで情報屋を営む猫の男だった。
彼は憔悴したレイサを事情も聞かずに世話をしてくれて、レイサは少しずつ傷を癒していった。
やがて家事を手伝うようになり、男の仕事の手伝いもするようになった。
トリニティの事を考えるのは恐ろしくて、けれど無視し続ける事にも耐えきれず、レイサは男に自分が拾われるまでの経緯を全て話した。
男はレイサの話に涙を流し言った。
「なんで事だ、それじゃあ彼女たちが焼け死んだのは君のせいじゃないか」
「……」
「かわいそうに。君はこれからずっとその罪を背負って生きていかなきゃいけないんだ」
男は泣いていた。
レイサは言われたことがしばらく理解できず固まりそれから耐えきれず叫び出した。泣いているのか、怒っているのか、絶望しているのかもわからない。ただ耐え難い感情の奔流が喉を枯らした。死にたかった。
男は死んではいけないと言った。
何一つ考えられず床に転がるレイサを抱き上げ男は言った。
「これからレイサちゃんは生きるために謝りなさい。朝目を覚ましたら一番に謝りなさい。お腹がすいたら謝りなさい。何かを口にしたら謝りなさい。排便するたびに謝りなさい。瞬きをしたら謝りなさい。鏡に映ったら謝りなさい。銃で撃たれたら謝りなさい。銃を撃ったら謝りなさい。寒いと思ったら謝りなさい。暑いと思ったら謝りなさい。泣いてしまったら謝りなさい。笑ってしまったら謝りなさい。誰かに愛されてると思ったなら謝りなさい。痛みを感じたなら、快楽を感じたなら謝りなさい。常にどの瞬間も謝りなさい。明日が来る事を謝りなさい。足が一歩進ごとに謝りなさい。眠るたび、起きるたび謝りなさい」
呪文のように、男の言葉がレイサに染み込んでいく。
「そうやって生きたなら、きっと彼女たちも君を許してくれるだろう」

それから、どうしただろうか。
よく覚えてはいない。ただ、レイサは謝り続けて、何もかも全て、誰も彼もに謝り続け。
裸を撮影されたような気がする。処女かを聞かれ、生理かを聞かれ、感じているかを聞かれて、感じるように命じられ、舐めるように命じられ、喘ぐように命じられ、誘うように命じられ、孕む事を命じられ、悲鳴を上げる事を命じられ、苦しむ事を命じられ。

「宇沢!!!」
懐かしい声が聞こえたのはレイサが終わりのない謝罪を繰り返している時だった。
うっすらと視界に映る少女は頭に黒い猫の耳を生やしていた。片方が少し短くなっていて何故かそれがたまらなく申し訳なかった。
ひどくすえた匂いのする場所だ。
レイサは慣れきってよくわからないけれど、いつもとは違う鼻の奥を刺す鉄のような匂いが部屋に充満していた。
少女がレイサを抱き上げる。
「ごめんなさい」
謝らなければ。
「ごめんなさい」
少女が何かを言っている。それなら謝らなければ。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

謝りながらレイサは意識を失った。

ごめんなさい
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