未だ朽ちぬ関係


「お待たせしました、『季節の山菜天ぷら盛り合わせ定食』でございます」

「おーきたきた!ありがとうございまーす」

「こちら伝票です。ごゆっくりどうぞ」ペコッ


「「「じゃ、いただきます」」」


苦手な寒い冬も終わりを迎えた春先のとある日、私は初めて訪れた定食屋でお昼を食べようとしていた。
と言っても今日は家族で来ているワケではなく、

「ここのご飯ほんっとに美味しいから、1回はあなた達連れてきたかったのよね~!」

今は私と同じく母親をやってるたかみーと、

「本当、匂いだけでお腹が空いてくるね」

まだ子供は居ないけど、旦那さんと幸せそうに暮らしてるニノとの3人で来ている。

私の数少ない友達…旧友?である元『B小町』のメンバー。今ではみんな大人になってそれぞれが仕事や家事育児などで忙しい日々を送っていて、気軽に集まる事も出来なくなってしまっている。
そんな中、こないだたかみーから暇だったら久しぶりにランチでも一緒にどうかというお誘いがあった。メンバー間の雰囲気が最悪だった頃のままならいざ知らず、ヒカルのおかげで和解し、今では友達同士と胸を張って言える関係なので断る理由なんてどこにも無かった。二つ返事でオッケーのメッセージを送り、たかみー行きつけだって言う…老舗って言うのかな?そんな感じの定食屋に行く事になった。

「それにしても何だか歴史がありそうなお店だね。柱とか天井の梁とかに年季が入ってる感じ」

「おっ、ニノってば分かってるね~。店主のおじいちゃんが言うには今年で創業85年だってさ」

「は、85年!?え、てことは店主さん今何歳!?」

「あっははは!1人でそんなにやってるわけないでしょ?今の店主さんは3代目、相変わらず抜けてる感じで可愛いねアイは!」

な、なんだぁビックリした…。でもそりゃそうだよね、じゃないと絶対100歳は超える計算になっちゃう事に今さら気付いてしまった。
たかみーとニノに笑われてちょっぴり恥ずかしいけど、あの頃のような空気感に安堵している自分が居る。懐かしいなぁ。

「あれ、そういえばアイって山菜なんて食べてたっけ?ヒカル君達と一緒に居て食の趣味変わった?」

「ん?食べた事ないよ?」

「え、じゃあ何でそのメニュー頼んだの?山菜って苦いのもあるし、味の好みが結構別れるイメージだけど……」

それホント?と、ニノが言った事に少し不安になる。
実を言うと私がこのメニューを選んだのは、昨日家族で晩御飯を食べていた時に流れていたニュースの影響を受けてたりする。その時は『春を告げる味覚特集』というコーナーがあって、その中で色とりどりな山菜の天ぷらが取り上げられていた。
テレビで見る分にはすっごく美味しそうに見えたんだけど……そっかぁ、苦いのかぁ。苦いのはそこまで得意ってワケじゃないから大丈夫かなぁ。

「たかみーのは『さばの味噌煮定食』だっけ?」

「そうそう、私のイチオシメニュー。圧力鍋で煮込んでるから骨までホロッホロだし身も柔らかいんだよ」

「あー、何となく想像出来るかも。さば缶のアレとか美味しいもんね」

「それはすごい分かるんだけど……今や国民的大女優なのにイメージが庶民的過ぎない?アイらしいと言えばらしいだけどね」

「だって庶民だもーん」

嫌味とかじゃなくて実際そうなのだからしょうがない、生まれと育ちだけなら庶民にも届かないまであるし。それに大御所の芸能人達がインスタに上げたりバラエティで見せているようなセレブな暮らしは絶対肌に合わないと思う、何より愛するヒカルとルビーとアクアが居れば私はそれだけで十分だ。
お金は子供達の将来のために貯金しておきたいしね。

「ニノのやつは何だっけ?」

「私?私のは『ミックスフライ定食』だよ。たまにはこういうのも良いかなって」

「揚げ物も衣がカリカリで美味しいけど、年のせいか油が結構キツくなってきたんだよね~。旦那はモリモリ食べてるから実はちょっと羨ましい…」

「私はまだ食べれるなー。こないだヒカルと後輩のゆらちゃんの3人で焼き肉行ったけどカルビの取り合いになっちゃった、しかも負けたし」

「ゆらちゃんって、あの片寄ゆら?今CMとか雑誌とかで話題の」

「マジ!?あの子アイの後輩なの!?」

「そーだよ」

「「し、知らなかった……」」

ゆらちゃんこと、片寄ゆら。ニノが言ったように今話題のフレッシュな新人女優で、化粧品のCMやファッション雑誌など色々なメディアに引っ張りだこになっている。アイドルから転身した私と違って、ゆらちゃんは初めから女優の道を進むためにこの世界へと足を踏み入れてきた。
その理由がなんと私に憧れたからと言うのだから驚き。ゆらちゃん本人からそれを聞かされた時にはめちゃくちゃビックリしたのを今でも覚えてる。

「初めの方は目をキラキラさせながら私の後ろを付いてきてたのに、今じゃちょっと生意気な小娘になっちゃって……慣れって残酷だよねぇ」ハァ…

「「……」」

「あれ?」

おかしいな、話を聞いてたはずの2人が黙っちゃった。何か変な事言っちゃったかな……

「だって、ねえ……?」フイッ

「うん……。アイが先輩って言われてもそっち方面のカリスマ性が在るかって聞かれたら正直……」フイッ

「酷くない!?」ガーン

私だって芸能界に入って長いことやってるのに失礼しちゃうよね。それに2人のこの、「どう言葉を選んであげたらダメージが少ないだろうか」的な気遣いをされる方がよっぽど心にザックリくるんだよ?

なんて事を思いながら、私は初挑戦となる山菜の天ぷらを1つ箸で掴む。

「これは何て山菜なの?」

「多分ふきのとうじゃない?今が旬で好きな人も結構居るみたいだよ」

「ふーん」

ふきのとうかぁ、名前は聞いた事ある気もするけど実物を見るのは初めてだ。
メニュー表に書いてあるオススメの食べ方は、塩をちょっと付けるのが良いのだそう。それの通りに小皿の塩をちょっと付けてひと口で食べる。

「…んん、確かに苦味はあるけど天ぷら衣の甘さと合わさって美味しい!次これいってみよ」

「あ、それタラの芽じゃない?確か旦那が会社の同僚とそんなの食べてた気がする」

「タラの芽ってなんかすごい山菜じゃなかった?気のせい?」

「栄養価が高いから『山菜の王様』って呼ばれてるね。油と一緒だと効率良く栄養が摂れるから天ぷらが一番良いんだって」

「ほえ~…すごいねニノ、物知りだぁ」

「あはは、大体テレビとかの受け売りだけどね」

それをちゃんと自分の知識に出来てるから偉いよね。
そんなニノから教えてもらった山菜の王様、タラの芽。これも塩がオススメらしいけどそればっかりになるのも面白くない、なので今度は小鉢に注がれてる天つゆ(紅葉おろし入り)でいただいてみよう。
おー、さっきのとは違って天つゆで味の深みが増したって言うのかな…そんな感じで美味しい。ほかほかのご飯がめっちゃ進む。

「んー、美味しー!」モグモグ

「「………」」ポカーン

「ん?たかみーもニノもどしたの?そんなにポカーンってして」モグモグ

「いや、だって……」

「アイ、あなたって白米食べれたっけ……?」

「あー、そういやあの頃はほとんど食べてなかったね。へへ、実は克服したんだ!」

たかみーの言うように、あの頃の私は白米が苦手だったのでなるべく避けていた。
理由は昔のブログに書いたのでみんな知ってると思うけど、白米に異物が入ってたらどうしようっていう不安と恐怖を感じるのが原因。なんでそうなってしまったのかは、まぁ私の生い立ちを知ってる人なら何となく気付くんじゃないかな?

口の中に入れた白米に砂とかガラスが混じってる、なんて経験をした事ある?柔らかいはずの食べ物なのに、噛んでみると有り得ない食感(かたさ)を感じる違和感と恐怖を感じた事ある?普通なら無いよね。
でも私はある。

私のお母さんは気に入らない事があると物によく当たる人だった。手に付いた物を辺り構わず投げるのは当たり前で、テレビのリモコンやコップが飛んでくる事なんて日常茶飯事。その時に割れたコップの破片が知らない内にご飯に入り込んでいて、それを知らない私が食べて口の中を切っちゃう…っていうのが顛末。
それだけじゃなくて、私の事を時折疎ましく思うお母さんが意図的に砂を混ぜたご飯を食べさせてくるって事もあったなぁ。

だから、私は出来る事なら白米を食べたくなかった。

「でも今じゃ白米は大好きだよ。ヒカルが作ってくれた料理をご飯と一緒に食べるとめっちゃ美味しいんだー」モグモグ

「あー、なるほどね」

「確かにヒカル君って料理上手だよね。私達の楽屋によく差し入れ持ってきてくれてたけどどれも美味しかったもんね」

「私あれ好きだったな~、あのレモンをハチミツに漬け込んだやつ。甘いだけじゃなくてレモンの酸っぱさも絶妙に残ってたから、漬け方上手かったよね~」

「私はおからクッキーを推したいかな。アイドルの私達に気を遣ってカロリー低め、でもバッチリ美味しいっていう」

そういえば色んなもの差し入れてたなぁ。一緒に来たアクアとルビーを可愛がりながら皆で食べたのを今でも覚えてる。
あの頃から私の旦那様最高過ぎない?

「そんなヒカルも今では我が家のコック長を担ってくれてます」

「アイは料理しないの?」

「なーんかあんまり想像出来ないな~」

「んなっ!?」

また失敬な事を言うねたかみーは。私だって2児の母親なんだよ?料理くらい出来ますよーだ。(コック長様から手解きを受けてるのは内緒だけどね)

「たかみーは最近どう?やっぱ子育て大変?」

「もうめっちゃ大変!毎日てんてこ舞い!専業主婦だからまだマシかもしんないけど、オムツ替えは大変だわミルク作らないといけないわ寝かしつけもままならないわで忙しい忙しい!」

「でも本音は?」

「めっちゃ可愛い!私達の宝!」

あはは、だよねぇ。どれだけ忙しくてもどれだけ手間を要求されようとも、それを補って余りある程に我が子というのは可愛いものなのだ。ルビーとアクアは全然手間が掛からない子達だったけど、それでもヒカルやミヤコさんが居なかったらまともにお仕事復帰も出来たかどうか怪しい。
それにしてもあのたかみーがお母さんかぁ、私も先輩としてアドバイスとかお手伝いとかしようかな。

「そういえばニノの方は最近どうなの?」

「私は旦那と共働きで、平凡だけど幸せな暮らししてるよ。まだ子供は居ないけど、お仕事の方がちょっと調子良いからそっちに集中気味かな?」

「服飾のデザイナーだっけ。凄いよね~」

「うん、私がデザインした服とかが皆に気に入られて着られてるのが嬉しくて。あの頃の私が今の私見たら驚くかもね」

「あの頃のニノは引っ込み思案だったもんね。おどおどしてるニノをたかみーがよく引っ張ってたの覚えてるよ」

「あんたも随分人見知りっていうか人と関わるの避け気味だったからね~、手が掛かる可愛い同期だったわ!」

「あはは、実は結構助かってたんだよ?私自身はニコニコ笑顔振り撒く以外出来る事も無かったし、アイが言うように引っ込み思案だったから話をするのもちょっと怖くて……。だからリードしてくれるたかみーには感謝してるんだ、こんな私でも皆と話せるんだって」

「そ、そんな面と向かって言われたら照れるんだけど……」

「あっはは、たかみーが照れてる!やー珍しいもの見れたねー」ケラケラ

「あ、アイ!あんたねぇ!」モー!

……本当に2人も変わったなぁ。ヒカルに出会う前はこのメンバーがこんな仲になれるなんて夢にも思ってなかった。私なんて後入りのぽっと出なのに社長に贔屓されて初期メン全員から恨み妬みの的になって、たかみーは何て言うか傲慢?高飛車っていうのかな?そんな性格だったからウザがられてる節があった。ニノはニノで他のメンバーと深く関わろうとしなかったから、空気みたいに皆気に留めてなかった。
チームのくせに皆が皆、個人プレー。むしろ他のメンバーが邪魔だって思ってる子すらも居た。

ヒカルがウチに来てからは確実に変わった。全員積極的にメンバーとコミュニケーションを取るようになり、それぞれが思ってる事とか抱えてる不満について腹を割って話した。真剣に向き合って、怒って、喧嘩して、それから大泣きして……泣き止んだら皆スッキリとした良い笑顔になっていた。
それ以降の私達は良い意味で遠慮しなくなり、不満を抱え続けるなんて事が無くなった。お互いに真正面から意見をぶつけ合って解決したり妥協点を見付けたり、友達みたいな喧嘩をしたり。少しずつだけど皆が1つになっていった。

今ではもう、皆大好き。

「でもめいめい達来れなくて残念だったね。久しぶりに会いたかったのもそうだけど、たかみーオススメのここ相当美味しいのに」

「抜けれない仕事があるんじゃ仕方無いよね~。まぁまた集まれる機会見付けた時で良いよ、近所のママ友から美味しいお店結構教えてもらってるし!」

「相変わらずたかみーはコミュ力高いねー。番組の打ち上げで連れてかれるお店って高いばっかりのとこが多いから私のレパートリー少ないんだよね」

「だろうね。鏑木さんなんて1貫ウン千円とかするお寿司屋さん行ってるらしいし、私達向けではないよね」

「そうでなくてもヒカルのご飯が一番好きだけどねー」ケラケラ

「隙あらばノロケるね~この子は……。10何年も愛情が冷めないのは素直に羨ましいけどね」

「私もアイ達みたいな家庭にしたいなぁ」

ふっふっふ、私とヒカルの愛は冷めないし永遠に消える事は無いのだ。でもこの2人にも幸せな家庭を築いてほしいな、愛する事も愛される事もとっても大切な事だから。


久しぶりに会えたたかみーとニノ、2人の近況を聞けたのも良かったし何だかんだで幸せそうなのも知れて良かった。今度は他のメンバーも集まって同窓会みたいな事したいな、その時は我が家に招いて私とヒカルで手料理とか振る舞っちゃったり?ルビーとアクアも未だに大ファンだし喜んでくれるかもね。

アイドルになったばかりの頃からは色々な事が変化した、私自身の事だったり周りの環境だったり。当時の私だと友達が出来る事も友達同士でワイワイ楽しむなんて有り得ないと思ってたなぁ、だから今のこの関係はすごく心地が良い。社長もミヤコさんも言ってたけど、『仲良き事は美しき哉』って本当だね。

次はいつ集まれるかな…今から楽しみ!
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