【閲覧注意】 アレクセイ・コノエ×アーサー・トライン


「…、……、…」
むかし、子供の頃に母が好んで弾いていた曲があった。まだC.E.になる以前に発表された、クラシックのようでポップスの曲。一人の少女が、おじいさんに扮した異国の王子と共に月へと向かうコンセプトの曲。どこか物悲しくもあるけど、明るめの曲だった…。ただ、子供の頃は、流れた映像に恐ろしさを覚えた複雑な曲でもある。
どうしてこんなことを思い出すのか、オーブの軍事港の基地で停泊中、ブリッジから覗ける満月で、ふと思い出した。
雲一つない快晴、この日はちょうど満月でいつもよりいっそう輝いている。周りの星々も、うっすらと光って見えるほど。透き通っていた。
「……、…、……」
案外、覚えているものだな。
母がピアノを弾きながら口ずさみ、それをまねして母に上手よ、と褒められるのが嬉しかった。子供らしい子供。大人に成っても、軍へと入っても…性格は変わっていないと思う。あの悲劇が起きるまでは、まだ平穏だった。

血のバレンタイン。

C.E.70年2月14日…そう、世界ではバレンタインデーの日に、プラントの農業用ユニウスセブンが破壊された日でもある。あの頃、地球での軍事活動でプラントを不在としていたが…言葉が出なかった。両親ともども、あのユニウスセブンへ働きに出ていたこともあったから…なおさら、現実が受け止められなかった。
ナチュラルが憎い、確かにはじめは憎くて仕方がなかったがそれよりも…理由が分からなかった。
コーディネイターだから悪い、…何が悪いんだと思っていた。そりゃあ、遺伝子をいじって外見を良くし、さらには理想を求めただろう。自分は病気等の抗体が良くなく、それを補うための遺伝子をいじくったに過ぎない。この顔立ちは、両親譲りでコーディネイトされていない。
「…、……はぁ」
変わらず、この世界は異なるようで同じな二つの人種同士で骨肉の争いばかりを行っている。もう、これで深く考えてもらちが明かない、そう思えていた。手段が目的になった、それを思わせていた。
「こんなに、月が青いのに…どこもかしこも、青くないなぁ」
青くはない、どこもよどんで黒ずんだ錆のような色ばかり。
…こんなことを聞かれれば、苦い顔をされる。辛気臭くてかなわないや。
こういう時は、気を紛らわすに限る。かつての思い出の曲を頭の中で、もう一度流していく…夢であったら、いいのになぁ。
「……、…、……」
王子様、か。
もう夢見る年ごろでもない。大人となって、この世界をより良くしようとしている一人の軍人。
僕はもう、肉親には会えないけれど…生きて会いに行きたい、と思えるほどの人が居る。一回りも年上の同性で、聡明で腹の底が見えない人。穏やかでのんびりとした人であるけど、戦う姿は勇ましい人であり、誰よりも生きることを大切にしている。
…彼は、王子様なのかな。
「……、……。僕の王子様、現われるかな」
なんて、いい歳の大人でそれも男が、おしゃまな女の子のようなことを言ってみる。痛々しい、なんてハインライン大尉にでも聞かれたら、苦言が入るだろうな。苦言どころではないかも。

「酷いな、私が居ると言うのに…他の男を望むかね?」

「わっひゃいぃい?!」
不意に、耳元で低くいあの声を聞かされ情けない悲鳴と、身体を飛び跳ねさせてしまった。
見れば、いつの間にかブリッジにコノエ艦長の姿があった。首元を開け、気崩したなんとも珍しくラフな格好をしている。
「お、おかえり、なさい。休めましたか?」
「あぁ、充分に。…いい歌だったよ」
あぁ、聞かれた。恥ずかしいな、ほんとうに。褒められるのは嬉しいから…ありがとうございます、と恥ずかしさでいつも通りに言えない。そんな僕を、笑うことなくコノエ艦長はこてり、と首をかしげるように微笑んだ。
そうして、上を見上げ…眩しいと思えるくらいにくっきりとした満月を見ながら、呟いた。
「今日は一段と満月がはっきりとしているな」
「えぇ、今日は特に綺麗ですよ」
本当に、はっきりとした満月だ。プラントの外…宇宙に出れば、このような満月ではなく、でこぼこの強大な灰色の球体でしかない。

「…君は【永遠の満月の方程式】、を知っているかね?」

永遠の満月、…あーなんか、聞いたことがあるぞ。
物理学の…ダメだ、これ以上思い出せない。これ以上思い出せないとみてコノエ艦長に仰ぐと、月を見上げながら教えてくれた。
「C.E.以前の物理学者ラグランジュが考えた方程式でね。今の時代では古臭く、見向きもされんが…この方程式は、どうすれば月を永遠に見続けられるかを求めた式だ。
二天体がお互いに重心を中心に回転し安定点を算出。月が一定のポイントにたどり着くと、地球から見た月は満月となりそれは永遠と同じような時で見続けられる、…という方程式さ」
「月が、永遠に見られる…ですか。それですと、太陽が姿を現さなくなって…地球は冷え込みますよ」
「そうとも、普通なら地球は氷河期のように冷え込み生物が生きられない。…ただ、満月が永遠に見られる、昔の学者は可愛げがあっていいじゃないか。今の学者なんざ、効率ばかりでつまらんお固いやつらだ」
そんなことを言うならあなたもなんじゃあ、と声に出してしまい、慌てて口を塞ぐ。あぁ、駄目だ。思いのほか、ずいぶんとハッキリと言いやすい口なのだな、と改めさせられる。これでよくグラディス艦長に怒られてばかりだった。
「ははは。確かに、それだったら私も頭の固い連中と同類だ」
「そんな卑下しないでくださいよ。…さっき言った手前、説得力無いですけど」
「そう言ってくれるだけで嬉しいよ」
くすり、と小さく笑みをこぼしながらそうそう、と続けるようにこんな言葉を続ける。いたずらを考えたいやらしげな笑みを浮かべ、コノエ艦長が言葉を続ける。
「王子さまは、来たかね?」
さも自信ありげな顔と声、その態度を表に出している。先ほどの恥ずかしい独り言を、聞いていたのか。地味にショックを受けつつも…僕が求めていた王子は目の前に居る。でも、恥ずかしいので言わないでいるけど。
コノエ艦長は自分がそうだ、と言いたげな自信にあふれた顔。そういった子供っぽいところ、変なところでギャップがあるよなぁ。軽い気持ちながら、思っていしまう。
実際、この人は僕にとって、大事な運命の王子様だ。…お互いの年齢的に王子様、という表現はちょっと難しいけど。
「ふふ、僕の王子さまはずいぶんな自信家ですね」
「きらいかね?」
「まさか、もう夢中ですよ」
そうだ。こんなことを言えるくらいに、僕がもったいないくらいに素敵な王子様を、独り占めできるこの時間。でも時間は有限で、永遠じゃないから…そろそろブリッジにクルーがやってくる。クルーが入ってくれば、もうそこからはこのミレニアムの艦長と副長。
せめて、もう少しだけ長引いてほしい…。
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