幕間 He is forever young


 レースを終えたフォーエバーヤングの状態を確認し、リュウセイに労いの言葉を掛け、取材を一通り受けてようやく一息つく時間が出来た。ドバイの熱狂の夜も終わり、じきに朝日が昇る。
 フォーエバーヤングは強かった。ゲートが改善したのも良かった。しかし、キックバックなどまだまだ問題点はある。本気でケンタッキーダービーを目指すのだ。まだまだやらなければならないことは山積みだ。そう思いながらレース映像を見返すも、脳裏には父の顔が浮かんで浮かんで離れない。頼もしい父であり、尊敬すべき師であった。開業してめっきり会うこともなくなったが、とはいえ会いたくないわけではなかった。
 父に会う機会を永遠に失ったことは、確かに喪失感をもたらした。
 フォーエバーヤングを見せたかった。このUAEダービーを見せたかった。こんなに強いのだぞと、こんなにすごいのだぞと、これで本気でケンタッキーダービーを獲りに行くと言いたかった。あなたの子は、弟子はこれだけの結果を出したのだと伝えたかった。
 あぁ、そうだ。究極的には褒めてもらいたかったのかもしれない。頼もしい父であり、尊敬すべき師であった、あの人に。
 すると、ノックの音がした。ここまでメディアは入って来られない。リュウセイだろうかと思って許可すると、控えめに入ってきたのはかつての管理馬、コントレイルだった。顔パスが効く身分だろうに律儀に立ち入り許可証をぶら下げてヒトガタを模っている。
「先生、おめでとうございます」
鞍上譲りの関西弁でコントレイルは祝辞を述べた。わざわざ遠路はるばる応援に来てくれたらしい。頬が緩んだ。
「ああ。うん、ありがとう」
「次はケンタッキーダービーなんでしたっけ。楽しみです。種付けシーズン抜け出して応援しに行きますから」
「本業を疎かには」
「しませんって。僕以外からもお祝いの言葉があるんですわ」
そう言ってコントレイルは自らの流星を指し示す。戸惑いつつ触れると魔術の反応があった。軽く魔力を流すと、流星は白い受話器となってコントレイルの青鹿毛から分離した。おでこからコードが伸びているのも気にせず、コントレイルはニコニコとしている。軽く耳に当てた。誰だろうか、ナホか、リアルスティールか、残してきた厩舎の一員か。
 鼓膜を揺らした声は、そのいずれでもなかった。
「ヨシト」
それはもう、聞けるはずもない声だった。
「これ、本当に繋がるんだな。天国からだけど見てたぞ」
鼻を啜りそうになった。啜ったら声が聞こえなくなりそうで息を止めた。コントレイルがティッシュを差し出してきたので受け取った。
「よくやったな、ヨシト」
「……あぁ」
「あんまり話せないんだ。じゃあ、これからも頑張れよ」
そう言って通話が切れ、コール音が続いた。今生の別だというのになんとも未練のない終わり方だ。しかしそれもあの人らしかった。
 「ケンタッキーダービー、勝つぞ」
湿った声ではなく、思ったより力強い声になった。それはあのたった一言のお陰かもしれないと思うと、いつまでも息子で弟子の自分を自覚させられて少し気恥ずかしかった。

幕間 He is forever young

「あれ、コントレイルくん来てたんだ」
「おっ。リュウセイおめでとう。ユーイチんとこの馬にも乗って勝たせてやってな」
「騎乗依頼があれば是非。わざわざ来てくれてありがとう」
「まあちょっと僕も思うところあったんや。せやからちょっと一仕事」
「思うところ?」
「頑張るのは当たり前やけど、頑張って結果出せたらやっぱ親父には褒めてもらいたいやん?」
「あぁ……」
「結局、親の前ではずっと子供なんや」

Forever[副] 永久に、ずっと
Young[名] (動物・鳥などの)子
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