恋ひむ涙の色ぞゆかしき


あの、伊織殿……、お願いがあります。
いえ……そう、堅苦しくも大層なものでもないのですが……そうですね、最期ですので、私の手を握っていてほしいのです。
……え、「そのぐらい願わずとも俺の方こそ手を取ってやる」……ですか、ありがとうございます。嬉しいです、私なんかの手を取っていただけるのが、嫁いできたころからの幸せでした。残念なのが、もう目が霞んでしまいあなたの顔があまり見えないことですが
夜もすがら契りしことを忘れずは……きっと、ええ、そうなのでしょう。

ああ、それと私が死んだあとは、この身体はいかようにもなさってください。灰となるまで燃やすのも土に還すのでも。あなたの選んだことでしたらいくらでも受け入れます。どうせ作り物の命でしたから、創造主がいない今はあなたに託すほかありませんので。
……あとは、後添を得るのもご自由にしてください。子供達にはまだ母親が必要で、家老としての伊織殿には家を取り仕切るものも、必要でしょう。私のことは気にしないで良い人と

――「もう喋らなくともよい」
……そうですね、私も疲れました。でも、これだけは、これだけは本当に最期ですから。おやすみと言ってほしいのです。あなたにそういわれると私がここにいることを許されてると感じ取れて、心の底から安心できたのです

「    」

あ、ふふ、嬉しいです、私、ここにいてもよかったんだ……、愛してます伊織殿。ずっと、ずっと
――男【伊織】の言葉を聞いて目を閉じた女【雪】の手は力を無くしするりと男の手から滑り落ちる。男はそれを両の手で掴み上げ、声を噛み殺し涙を流し続けていたのであった。

――――
今ではもう、遥か遠いあの頃。自分を生み出した創造主にして師から聞いたことがある。ホムンクルスとは劣化してはいるが一種の受肉精霊種なのだと、そして精霊種についての説明も。女人の胎を介してはいるが、ホムンクルスとしてこの世に生を受けた私にもそれに価するのだったら。
……願わくば、死しても伊織殿の傍にいることを許してほしい。そんな想いから本能から沸き起こるものと今まで積み上げてきた知識を撚り合わせて、握られた手を介してひっそりと細工をする。
最期の最期に、あなたに何も言わずこのようなことをする私を許してください。構わぬと笑ってくれるのでしょうか、飼い犬に手を嚙まれたと唾棄されてしまうのでしょうか。もう私には思考すら出来る時間はない
それでも、それでも、私はあなたのお傍に寄り添っていたくて、この作られた命ではあるかどうかすらわからない来世に縋りたかったのです。

作られた意味の解らぬまま、いつ潰えてもおかしくのない命であった。養父母にすら疎まれて肉の絡繰では人と交われないと諦めたことすらあった。そんな私に眩くも優しい光をくれた人。ああ、でも、本当は、もっと……長く、伊織殿と生きていたかった、な。


夜もすがら~とタイトルは定子さまの辞世の句から
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