【閲覧注意】アレクセイ・コノエ×アーサー・トライン


(前に上げた恋人疑惑発生中のコノアサ小咄。まさかの続きです。でも書きたいところまでなのでゴールイン部分はありません。引き続き幻覚と捏造を堂々と練りまくりです)


 コノエとアーサーは艦長室で揃って頭を抱えていた。していいのなら今すぐにでも床に転がりたかったが、年甲斐もなくやるには二人共理性的すぎた。
 原因はただ一つ。ミレニアムを中心として急速に広がっているとある噂の所為である。

「まさかもうアークエンジェルにまで波及しているとは思いませんでした……」
「人の口に戸は建てられないとは言うが、ここまで早いとはな……」

 ゔぅ……と呻くアーサーの頭を黙って撫でる。自分より動揺しまくりな副官を目の当たりにしているので若干だが心に余裕があるが故だ。
 本当にどうしてこうなった……と暗澹たる思いでコノエは天を仰いだ。
 だが悲しいことに頭上に広がるのは冷たい金属の天井だけで、特に解決策は降ってこなかった。


『ミレニアムの艦長と副長は恋人関係らしい』

 そんな噂が二人の耳に入ってきたのは流行し始めて間もない頃だった。あそこで消火に当たっていればおそらくは今のような状況にはならなかっただろう。
 二人が行動しなかった理由は簡潔だ。あまりに根も葉もない噂であったことに尽きる。更に言うなら戦艦という閉鎖環境では娯楽が限られているため、暇つぶしくらいにはなるだろうと思ったからである。話題提供をしてあげよう、くらいの気持ちだったのだ。
 これで賭け事が入るようになれば直ちに動いたのだが、クルー達はいい意味で面白おかしく話しているだけだったので、ズルズルとここまで来てしまった。完全に読みが外れたという訳である。
 とりあえず今回の噂の出どころであるハーケン隊を引き止めて嘘の噂をこれ以上広めないようにと注意はした。だが首肯はしたものの3人の表情が困惑したものだったことを考えると、あまり効力はないかもしれない。

「……申し訳ありません」
「……うん?」

 これからどうするかと考えを巡らせていた時、弱々しい謝罪を拾って我に返る。
 漸く口を開いたアーサーはしかし、青白い顔をしていた。
 両手を繋ぐように握り締めている姿は懺悔する像を彷彿とさせる。見ていられず、右手を被せるように乗せた。コノエより少しだけ温かい体温なのに今日は少し低い気がして僅かに目を細める。

「噂を止めなかったのもそうですけど、よりによって相手が自分だなんて……」
「あぁ……。まぁ、驚きはしたがその点は気にしてないよ」

 でも……と言い淀み、俯いてしまったアーサーを見下ろしながら音もなく苦笑を零す。
 時に能天気と評されるが、アーサーがそんな評価を下される時は意図的にオーバーリアクションを取っていることを知らない者は多い。勿論素の場合もあるが。
 そうとは知らずに彼に対してつまらない評価するなんて、と彼の話題が挙がる度に苦々しい気持ちにさせられる。
 だが相手にちゃんと理解させたい反面、そんなことを宣う者達に彼の良さを知られたくないと思ってしまう自分がいるのも事実だった。
 業務中を除き、自分といる時は大概穏やかに喋っているかニコニコと笑っているかのどちらかだ。
 彼が笑顔でいることがいつしか自分にとっても良いことと思えるようになったくらい、アーサー・トラインはコノエにとって大事な副官として位置づけられていた。
 恥ずかしい独占欲に自分ごとながら呆れるしかない。この体たらくでは今回のような噂が流れてしまうのも当たり前と言えよう。

「……艦長にご迷惑がかかっています」
「それを言ったら君もだろう」
「自分は別にいいんです。舐められるのはよくあることですから。でも、」
「でもも何も無いよ。君はミレニアムの副長であり、つまりは私の副官だ。ちゃんと誇ってくれないと私が困る」
「……はい。ありがとうございます」
「それに僕は……、っ、いや、なんでもない」
「? はい……」

 考えるより先に口に出た言葉を慌てて止める。思わず口に右手を当ててアーサーから一歩離れた。

(今、何を言いかけた?)

 僕は……? 僕は君が必要だから? いや必要ってなんだ? 彼は自分と同じくコンパスに出向してきた身で、志願して以降初めて出会った同じスタンスの副長クラスの軍人で……。
 自分を見て顔を綻ばせると橙色の瞳が柔らかく形づくることを知っている。有事の際はよく通る声がテーブルの向こうに座っていると澄んだ湖のように静かで、とても耳触りの良い音になることを知っている。

(……僕は、アーサーの『何』を欲しがっている?)


 急に黙り込んでしまったコノエをアーサーはキョトンとした顔でコノエを見上げていたが、暫くするとふ、と笑って立ち上がった。
 淡い笑みだった。遠い昔、まだ新任教師だった頃に教え子が傷ついたのを隠した時見せたものと同じもの。確かに今、コノエがアーサーの内面を傷つけたという証明。

「アーサー、僕は……」
「……定時報告はリモートで行いましょうか。懸念事項があれば直接伺う形にすれば当面の間は問題ないかと。噂が消えたら元に戻しましょう」
「……分かった。そうしよう」
「あと、ハーケン隊からの内容を見るに自分達は少々距離が近いのだと思います。全く気づいていなかったのですが……」
「私もだよ。だから君の所為ではない。君だけが責任を取る必要はないんだ。分かったね?」
「……はい」

 やっぱり、淡い微笑み。どうやらこちらの言いたいことが伝わっていないようだが、今ここで言い募ってもむしろ悪化の一途を辿ってしまうような気がする。結局退室するアーサーを黙って見送るしかできず、盛大な溜め息をつくしかなかった。


 あれから3週間。業務は恙無く進行できている。
 たまに世間話をするがあくまでクルー達の話題であり、今までよく聞いていたアーサーが楽しいと思ったことや彼が後見人をしている子供のこと等は一切聞けなくなってしまった。
 いい年をした大人なのだし、航行できているのなら問題ないだろう。理解している。
 なら何故、ここまで引き摺っているのだろうか。

「……ここまで来るといっそ感激するな」
「どうかしたかハインライン大尉」

 端末に次々と上がってくる完了報告の最終チェックをしていく。目につくような懸案事項は無し。良いことだ。
 モニターで数値を確認している筈のハインラインが独り言を呟いたので何か問題が発生したのかと振り返ると、苦虫を100匹程噛み潰したような表情でこちらを見ていたので目を瞬いた。
 まるで嫌々ながらもこの瞬間を待っていたかのような眼差しについ、息を詰めてしまう。
 ブリッジの空気がにわかに緊張し始める。だがミレニアムは1時間ほど前にアプリリウス市に着艦した為、ブリッジにはコノエとハインラインしか居ない。
 思い返せば他のブリッジクルーは早々に休憩に入ったので、二人きりという状態は予め計画されていたものであったと今更ながらに気がついた。
 溜め息と共に艦長席に深く沈み込み、自分の不覚に呆れ返る。

「やられた……」
「艦長にしては気付くのが遅かったですね」
「うるさいよ……」

 クルーの動向を全く読めていなかったこと。あのハインラインがクルー達と共闘したこと。そしてそれをお膳立てされて初めて気づいたこと。
 アーサーは気づいていただろうか。否、気づいていないだろう。ここまでの動きを事前に気づいているのであれば必ず連絡を入れてくる筈だ。

「トライン副長なら今頃ルナマリアとシンに捕まっていますよ」
「は? なんだって?」

 まるで心の中を読んだかのようにアーサーの状況を説明される。夏空の色の瞳が鋭く煌めき、コノエの瞳を貫いた。 

「……いい加減認めたらどうですか? 私は副長には一切興味はありません。ですがクルーの作業効率が落ちれば私にしわ寄せが行きその所為でストレス値が上昇している状況は許容できません。……貴方とこんな会話をする為に時間を割いてもいいくらいには認めているんですよ」
「……認めている、はどこにかかるんだい」

 軍帽を目深に被る。
 認めよう。『答え』から敢えて目を背けていた。
 ミレニアムの副長のアーサー・トラインとして気に入っているのではなく、個人としてのアーサー・トラインを好いている。
 一連の騒動を期に距離を置き自分達は事務的な会話ばかりになり、どこにでもいるありふれた艦長と副長になった。別に仕事の上ではそういうのでも問題ないだろう。
 だが。
 前より2歩遠い距離。形式的な薄い微笑み。できるだけ感情を引っ込めた横顔と声色。軍帽の影により暗がりにいる橙色。
 どれもこれも許しがたい。今すぐにでも引かれた線を取り払って前のように自分に笑いかけてほしい。

 手を伸ばすから、自分の手を取ってほしい。

「願っていいものかな」
「艦長の交際歴を顧みれば今の状況の方がおかしいと思いますが? 歳を取って臆病になりましたね」
「……そうだった。お前とはもう20年の付き合いになるんだったな……」

 そうぼやけば返答の代わりに鼻で笑われる。悔しいが今回に関しては手札が一つもないので反撃できない。
 深く息を吐く。
 目を瞑り、ゆっくりと開けて視界を確保する。
 深海の色の瞳が耀く。
 地球の海を泳ぐザトウクジラのように悠然と。瞬く間に近づき獲物を仕留めるシャチのように獰猛に。

「漸くですか」
「……あぁ、お陰でね。ついでに少し手伝ってくれ」
「嫌です」
「認めさせた責任くらい取ってくれ。ここまで来たら絶対に離すつもりはないからね」
「ハァ………………………」

 人生で一番の面倒事に遭遇したと言わんばかりに盛大な溜め息をついた腐れ縁の教え子に苦笑する。
 それでも今度は断らずに再びモニターに姿勢を戻したので、一応は片棒をかついでくれるのだろう。
 さて、どうやって壁を壊そうかとコノエは策を巡らし始めた。
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