ばかじゃないの


わたし、みくるは。いま──ぽつねんと、りんご飴をかじかじしております。あまい。
どうしてこうなった。いやまぁ、夏祭りの喧騒舐めてたわ。簡単に人混みに巻き込まれて、引き剥がされて…この有様ですよ。

…まぁ、この程度のひとりぼっちなら、とっくになれてるし。いずれは合流できるだろうし。
まぁ、ゆる〜く。屋台巡りでもしますかね。
けど、ちょっとだけ。ちょっとだけ、痛むのです。
───見つけてくれないかな、っていう、オトメゴコロが。


「……夏祭り、ね」
「ねぇねぇ行きましょ〜?予定空いてるでしょ〜?ミラ子ちゃんと一緒に3人で」
「いいぞ。思えばあまり、そういうの…無かったしな、お前とは」

ずきり。痛む。…ふーん。ミラ子ちゃんとはいっぱいそういうの、作ってたんだ。
………いいなぁ。

「…やり〜。地元ではありますけど、結構有名なんですよ?花火とか」
「ああ、楽しみにしておく。ミラ子、お前もいいかー?」
『あい〜〜。屋台で食べまくるぞ〜〜』
「自制しなかったらプールな」
『絶対零度の返しやめません?』

遠くから聞こえてくるミラ子ちゃんの間の抜けた声。そして、お兄さんのこえ。
ちょっと前ではあり得なかった、あったかいやり取り。それで、満足している。
──筈、なのに。手に入ったら…その先を求めてしまうんだよねぇ…わたしって、思ってたよりずっ………と。欲張りなんだ。

「…みくる?」
「楽しみに、しててくださいね?」
「? おう」

で。ミラ子ちゃんと一緒に浴衣を選んで、めちゃくちゃに気合い入れてめかし込んで。…気合い入れて化粧するの、いつぶりだろう。
本当に…亡霊みたいに生きてたんだなって実感する。
…やめやめ。楽しい時間が待ってるんだ。まずはこの姿を褒めてもらう事としよう。
───いざ、出陣!!

「おぉ…なんか、こう。大人びて見える」
「ばりばり大人なんですけど?」
「ぶ〜ぶ〜。落第点ですよその反応」
「…いつまでも、あなたの中では子供なんですね〜」
「…まぁ、時間の流れが違うっぽいから、どうしても…な」
「だが、そうだな。………ああ。本当に、綺麗だよ。綺麗に、なった」
「──────。」

あなたが居なくなってから、ずうっと求めていた…不器用で優しいアナタの、まっすぐすぎるあい。

………我ながら。ほんとうに、ちょっっろい。

「うえへへへへへ………」
「ちょっと〜!わたしも褒めてくださいよ〜!」
「お前のこと褒めてるだろいっぱい」
「ぐぅ〜…」
「…可愛いよ、ちゃんと」
「…えへ。」

ミラ子ちゃんとふたりして、目の前のひとのあいを受け取っててれてれしてしまう。…まぁ、そんな一幕を経て。

「あの日」から。喪った青を取り戻すために。わたしは一歩、踏み出したのです。なんちて。

舞台は移って、屋台から漂う様々な料理の匂いや、時代遅れの橙電球が、下駄の音を響かす雑踏を照らす…そんな、何も変わっていない懐かしの催し。
そこに、お兄さんとミラ子ちゃんがいて。それがたまらく、うれしくて。
ただひとつ、誤算だったのは……

「めっ〜〜ちゃ、混んでるぅ……」
「油断したら一瞬で逸れるなこれ」
「フラグ立てんでくださいよ〜…」
「…まぁ、極力注意して…あっ」
「「あっ」」

…見事に人の波に呑まれてしまいましてね〜。
幸いにして、押し流されはしたけど揉みくちゃに、なんて事にはならんかったので浴衣が崩れるとかもなく。ただ、お兄さんともミラ子ちゃんとも完全に孤立してしまって。
…さいあく。とか、思ってしまう。誰も悪くないんだけれど、この一夏の思い出が、わたしにとっては──「次」が、無いものなのかもしれないのだから。まさに、天国から地獄というやつ、だろうか。

食べていたりんご飴を噛み砕く。…苛立ちも纏めて、喉の奥へ流し込む。次へ──次の。この焦燥を呑み込めるものを。そうして、わたしは、雑踏の中へ踏み込んでいく。
唐揚げ、たこ焼き、チョコバナナ。ベビーカステラに焼きそば。…お腹は満たされるのに、何も満たされていない感覚。

…みつけて。みつけて、みつけて。おねがい。

ふと、ミラ子ちゃんの事を思い浮かべる。綺麗な銀髪、ぴょこぴょこと動くウマ耳、さわさわと揺れる尻尾。
──あんなに綺麗なら、きっと。あんなに可愛いのなら、きっと。見つけやすいだろうなぁ。…ウィッグ、持ってくるんだったかな。わたし、なんて。ふつーのおんなのこ、なんだし。

あ、だめだ。嫌なわたしが、顔を出している。…結局、わたしは。なにも、変わってな───

昏い闇の、わたしを押し潰そうとする人の濁流のなか。伸びてきたねつが──わたしを、とらえる。

「ひゃっ…」
「はっ…はっ…うし!確保!」
「ひぃ〜…っ…下駄だと走り辛いぃ〜っ…」
「おに、さ」
「…なんつー顔をしとるんだお前は」
「よく……見つけましたね?わたしを」
「見つけるのはッ……得意なんだよ俺は……あっちぃ…」
「他はともかく…お前らなら、どんなとこからでも…分かる」
「…このひと、いきなり駆け出したんです。マジですよ」

───か。

彼の額に浮かぶ汗。なんで顔してんだって言ってるそっちだって、すごい顔してる。ほんとうに、まっすぐに。一直線に、わたしを───

ばか。

「お前も、ミラ子もっ……何がなんでも、何度でも。必ず、探し出すから」
「だから。そんな顔するな」

────ば、か。ばかじゃないのばかじゃないのばかじゃないのっ………!
いきなりっ…消えたのそっちじゃん!わたしがっ、どれだけっ、探したと思ってるの…っ…なのに、探すのは得意って…ばかじゃないの……

ああ、もう。ほんっとうにっ……
すき。だいすき。…すきぃ……っ……

すきが、溢れて止まらない。

…あの日の「わたし」が、引き摺り出されてしまう。しまっておいた、埋もれさせていた「わたし」に、その続きを描いていいんだと呼びかける…優しくて残酷なあなた。
あなたに溺れていくほど、喪失の恐怖は更に増していくというのに。
最初は、わたしが。ロスしたぶん、取り戻すんだって息巻いてたのにぃ……
だから。幸せでぶくぶくに肥らされてしまったわたしは、なけなしの気力で反撃をする。しなきゃいけないから。

そうして、絞り出された言葉は。

「女の敵めぇ……」
「酷すぎない?」
「よく分かっちゃうなぁ〜」
「味方おらんの俺?」

───花が咲く。人々が足を止めて、空に咲き誇る夏を彩る華を見やる。
誰もが空を見上げる中に存在する…その、僅かな、輝ける刻のなかで。
わたしたちだけが、ソラを見上げていない、わたしたちだけの世界で。

二度と離れないように、あなたの手を握る。

「…つかまえた」
「見つけたのは俺なんだが?」
「かんどーの再会なのに張り合うの大人げな〜」
「ついさっきぶりだろうに…」
「…ね、みくるちゃんが手を繋いでるんですよ?わたしも繋いでしかるべきでは?」
「絵面がヤバいだろうどう考えても」
「両手に花なのに文句多いなー」
「そうだそうだ〜」
「…離す気なんてないですから、ふたりとも」
「……どっちかは袖つまむのに留めてくれ」
「「いやで〜す!!」」

わたしとミラ子ちゃんで、あなたをコチラに縫い付ける。ひとりでダメなら、ふたりで。
──くだらない絶対には、ほんのささやかな奇跡を。

…あは。めちゃくちゃに心臓が高鳴っている。いまなら、あの空に煌めく大輪の華のおとにも、熱にも負けないと、そう思えるほどに。

ほんとうに、あなたが、好きになっている。

伝わってほしいな。ていうか、つたわれ。熟成されきって、ぐずぐずの想いを、掌にのせる。あなたが受け止めきれずに倒れちゃうくらいに、これから何度でものせればいい。だって───



夏は、青は。まだ始まったばかりなんだから。
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