白を冠す彼のその後


 久方ぶりに踏んだ故郷の土地は、相も変わらず冷たく、生命というものを拒絶していた。吐いた息が白く染まることもなくなってから何年が経っただろうか? およそ生きているとは言えなくなった体でどれほどの日々を過ごしても、かの国は全く変わりもしないようだった。
「ああ……」
 声帯を震わせる。北の果ての孤島が流刑に向いているという見方を否定する気はない。生かしてはおけない政敵を、けれど自分の手を汚したくはないときに選ばれる土地。流刑先とは名ばかりの実質的な死刑場。
 それを理解した上で、嘆きに似た言葉が吐き出された。それは同情と同じような形をしていた。
 かつての自分と、妻たちと似た、誰からも見捨てられた人間がたどり着くのがこの土地だった。
 氷漬けの死体に囲まれ、寒さに震える女がそこにいた。運のいいことにまだ生きている。
「俺と来るか、女」
 栗色の髪。蜜色の瞳。妻たちとは似ていない、しかし美しい顔立ちをしている女だったが、俺の手を取る際に迷いを一切見せなかったところが気に入った。毛皮のコートを着せて抱え上げる。急がなければ死ぬだろうというのは、人間だったときと比べて温度の変化に鈍くなった体でも、経験則として知っていた。
 城に戻ったなら、まずは火を焚かなくてはいけない。存在としてはともかく、生物としてはか弱い者に久しぶりに近づいて、封をしていた記憶があふれそうになった。
 ……ああ、そういえば。主がいない城にこうして女を迎え入れるのは初めてだと、そんなことを思いだした。俺を天使と呼んだその人はもういないが、まだ誰かと生きることはできるのだと、うぬぼれてもいいだろうか。これは人命救助で、俺と彼女は所詮他人にすぎないけれど。それでも支えることは可能なのだと。
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