猫ノッブと猫社長


カルデア中のサーヴァントに猫耳が生えた。

なんだその馬鹿みたいな、いや馬鹿そのものな状況は。

稀によくある深刻性のない異常事態、と平然としている古参のサーヴァント達の正気を疑う。覚えた頭痛は気の所為ではないだろう。

「あくまで外見上の変化、魔力で一時的に貼り付けられたアタッチメントみたいなものさ」

焦げ茶の猫耳をピンと立てて、なんでもないように技術顧問の少女は笑った。

まぁ何事にも例外というものはあるけどね?

「にゃん」

隣に寄り添った熱が愛しい声で鳴き声を上げた。



『面白ければ正義』を軸に行動する男が今回の騒動をどう思ったものかはわからない。

なにせ本人はご覧の有様だ。

今回の例外枠を引き当てた晋作は、外見のみならずその中身まで猫に侵食されていた。

人の言葉は喋らず、人の思考回路で行動もしていない。

『それでも一応は高杉晋作をベースに思考・行動はしているはずだよ』

だからこそそんなに君に懐いているんだろうしね。

この異常事態が発覚して以降、見つけた晋作は俺のそばから離れようとしなかった。

カルデア中が猫仲間(?)だらけのこんな状況でも、俺は特別だと態度で示されれば悪い気はしない。

とにかく一日。

事を起こした元凶は既に説教部屋に放り込まれているらしく、事態は時間経過とともに収束する見込みである、というのが管制室の面々の見解だった。



促されるまま部屋まで付いてきた晋作は存外大人しく、ひとまずは安堵する。一通り部屋を眺め終えた赤い瞳は俺を捉えている。

「晋作」

「にゃあ」

名前を呼ぶと返事がある。それが己の名だという認識はあるようだ。

俺が寝台に腰を下ろすと、追いかけてきて隣に陣取る。やはり俺から目を離さない。

「晋作」

焦れたように肩口に頭を擦り付けてきた。構ってほしかったのか。頭を撫でてやると満足げに喉を鳴らす。

もっともっと。目が催促してくる。

首筋に手を滑らせると身を震わせる。嫌だったかと手を引っ込めようとすると、なぜやめるのかと不満そうな視線。

首から喉元にかけてくすぐってやると、それが堪らないらしかった。上擦った声で鳴き声を漏らす晋作に気を良くして撫で続けてやっていた時だった。

「痛っ…!」

鋭いなにかが皮膚を食い破る感触。

突然の暴挙に目を丸くする俺と、俺の手に食らいついた実行犯が同じように目を見開いて見つめ合う奇妙な状況。

あぁ、そういえば。

たらりと垂れる血を目で追いながら思い出す。猫はあまりに構い過ぎると無意識に攻撃に転じてしまうのだったか。

やり過ぎたなと己の行動を省みていた時。

「みぃ…」

か細い声だった。

ぺたりと耳を伏せた晋作がバツの悪そうな顔でこちらを伺っている。やってしまった。そういう顔だ。

驚きはしたが怒っているわけではない。

そう伝えてやるために頭を撫でてやろうとした手に晋作から顔を近づけてきた。

ぺろりと傷口を一舐めされる。

動かない俺を見て、今度はちろりちろりと舌を這わせ始めた。

そんなつもりじゃなかった。ごめんなさい。許して。

こちらを伺う赤い瞳は常の晋作よりも素直に感情をさらけ出す。

「大丈夫だ。もう痛くはない」

血はすぐに止まるだろう。なにより事の発端は俺の不手際だ。責めるつもりなど端からない。

それでも晋作は納得がいかないらしい。傷口だけでは足りないのかと、顔を耳を首筋を丁寧に舐め繕って許しを請うてくる。

これは、謝罪だ。言葉を持たない今の晋作の。

それでも、それでもだ。

愛しい恋人に身体のあちらこちらに舌を這わされて平静でいられようか。させたことこそなかったが、晋作の赤い舌が己の逸物に奉仕する姿を夢想した夜がないわけではない。思い起こされた醜態が居たたまれない。

「晋作、本当に大丈夫だ。だから…」

さりげなく身体を引き離そうと肩に手をかけると拒絶されると思ったのかスーツに爪を立てて離れようとしない。

もとより俺の思い通りになってくれるような男ではないが、猫になってもそれは変わらないのか。

いじらしい懇願に、勝手に煽られて思考が煮立つ。

そんなにも。

それほどまでに俺に許しを請いたいというのなら。

気付けば晋作の細い手首を寝台に縫い付けていた。

強張った身体が逃げるのを許さず、赤い瞳に怯えが走るのを見下ろしながら、熱が暴れるままの頭で思う。

そうまでして俺の許しが欲しいなら、俺の気が済むまでその身を食らって啼かせてやろうか。従順さを対価に俺に慈悲を請えばいい。

「……………まったく…」

なにを考えているのか俺は。

長い溜め息を吐き出して、湧き起こりかけた獣性を振り払う。

この晋作は、猫なのだ。

俺の知らない無垢さで俺を見る、俺の恋人であってそうではない晋作。

「済まなかった。怖がらせたな」

今度こそ慈しむために手を伸ばす。

「怒っていない。本当だ」

今の晋作相手にこれで通じるのかはわからなかったが、抱きしめて髪を梳き、顔中に口づけを降らせた。

「怖がらないでくれ、晋作」

腕の中で撫で続けてやっているとようやく。

「みゅう…?」

小さな鳴き声とともに晋作は目を合わせてくれた。

「許してくれるか」

伺いを立てるとおずおずと頬ずりを返してくる。なんとか許しは得たようだった。

ごろりと体勢を入れ替えて晋作を腹に乗せてやる。

「詫びになるかはわからんが、今日はお前の好きなように過ごすことにしよう」

このまま撫でてやっていてもいい、散歩に行きたいのならそれもいいだろう。

「どうしたい、晋作」

腹の上でようやく緊張を解き始めた晋作があくびをする。なるほど、人肌の布団がご所望らしい。

「そうか、ならば安心して眠るといい。俺はここにいる」

髪を撫でてやるととろとろと瞳を閉じていく。寝息に変わるまでそうはかからないだろう。



腹の上の重みは愛しい。

安心しきった寝顔を見れば頬が緩む。

だが。

早く帰ってこい、俺の晋作。

髪を梳く掌の下で、零された吐息はどちらの晋作のものであったか。
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