『ロミオとジュリエット』騒動 ~2号家~


 高校で発表した演劇が成功したその日、令和ライダーハウス2号家に帰ってきたりんねはリビングのソファに腰掛け、どこか浮かない顔をしていた。

「どうしたのりんね?」
 景和が話し掛ける。
「……う、うん…」
 歯切れ悪く返すと
「遣り過ぎたと思っているなら明日にでも謝ればいいじゃないか」
 諫が、言った。
「(それはそうなんだけど…)……」
 りんねが下を向く。気まずいのだろうと察した大二は
「諫兄さん、もう少しりんねの気持ちを考えて…」
 口を挟んだ。
「だけど、確かにアレはちょっと ね…
 宝太郎、痛そうだったし。大丈夫かな…」
 景和がぽつり呟く。
「ちょっ、景和兄さん…」
 大二は3番目の兄を制す。
 が、
「演劇というのは大変なんですねー…
 お付き合いしていない方を相手に接吻しなきゃいけないなんて…!」
「倫太郎兄さんは黙ってて!」
 次兄のとんでも天然発言に突っ込むこととなった。

 途端、りんねがソファから立つ。
「あ、」
 景和が一音を発したときにはりんねはリビングを出ていて。
 そのまま彼女は階段を駆け上がっていった。


「……」
「……マズかったかな…」
 大二は無言になり、景和が面目なさそうな表情(かお)をする。
「何がマズかったんですか」
 事態を呑み込めていないらしい倫太郎に景和と大二は顔を見合わせ溜息を吐(つ)いた。
「俺はああいう言い方しかできない。言われなくてもあいつはわかってるだろうしな」
 諫は頭をガシガシ掻く。
「どうしよう」
「いまはそっとしておこう」
 困り顔のふたつ歳上の兄に大二は応え
「景和兄さん、夕飯の支度するでしょ?今日はりんねの好きなものにして。出来上がったら…俺、りんねの部屋まで運ぶから」
 そう続けた。
 景和がうんと頷き、夕食の準備に取り掛かる。



「できたよ~」
「わかった。じゃあ持って行くね」
「よろしく、大二」


 トントントン…
 大二はりんねの部屋のドアを控え目にノックする。
 妹から返事はない。
 大二はすぅと息を吐いて、声を掛けた。
「夕飯、ドアの前に置いておくから」
 すると…
「……どうぞ」
 微かに、耳に入る。
「…部屋の中…どうぞ…」
 再び聴こえた‘それ’に従い、大二はもう一度ノックしてから
「りんね、入るぞ」
 部屋の中へ。
 りんねは椅子に座っていて。机の上にはノート。
 勉強していたのかと問うと、りんねはひとつ頷いてからクローゼットの前にある折り畳み式の簡易テーブルを広げる。大二はテーブルの上に夕ごはんののったトレーを配した。
 その様をじーっと眺めている妹に
「温かいうちに食べて」
と促す。
 りんねは大二とごはんを何度か交互に見たけれど。やがて、いただきます、と言った。
 大二はりんねから人ひとり分くらいの間を空けて座る。
 少しして箸を止め、りんねが
「私…どうしたらいいのか」
 溢した。
 当惑している様子の妹に
「りんねはどうしたい?」
 大二はそっと問い掛ける。
「……」
 りんねが眉根を寄せた。
「質問に質問で返しちゃったな…ごめん」
 大二が詫びると、りんねは首を横に振った。
「謝らなくていいから…」
 そうして
「私がどうしたいか…」
 思案顔になる。
「うん」
 大二が肯いたら
「一ノ瀬に悪気がないのはわかってる…でも…」
 りんねは胸の内を語り始めた。
「あれはお芝居だし、」
「うん」
「一ノ瀬は一所懸命で…ただ一所懸命に演技をしただけで…」
「うん」
「だから…一ノ瀬は悪くない…
 でも…(だから逆に性質が悪い というか…デリカシーが足りないのよっ、あいつ!)」
 そこで口を噤むりんねの横顔を大二は見る。妹が何らかの答を出すまで、何も言わず、傍にいる腹積もりだった。
(宝太郎くん、ちょっとデリカシーに欠けるとこあるよな…)
 そんな処が一輝と似ている気がして、血は繋がっていなくても宝太郎と一輝は同じ仮面ライダー1号の系譜で兄弟なのだなと妙に感心してしまう。
「(本当に、あいつは…!でも、でも…だからって、あれは…)私…」
「うん」
「やっぱり…遣り過ぎだったなーって…」
「うん」
「だから謝らなきゃ、ちゃんと謝らなきゃ。って…」
「うん」
「だけど、何て言えばいいのかわからなくて。
 それに…―― 一ノ瀬、許してくれるかな…」
「りんね、」
 大二はそこで不安気な色を滲ませる妹に尋ねた。
「宝太郎くんは大切な仲間で友達なんじゃないのか」
「!!」
「友達ならりんねが謝れば許すだろ? それとも、りんねの友達はりんねがちゃんと謝っても許してくれないのか?」
「っ、(そんなこと…ッ)」
「逆にりんねは宝太郎くんが反省しても許さないのか?」
「そんなことッないっ!」
「だったら…――『ごめんなさい』でいいんじゃないか」
 結局、諫兄さんと同じこと言ってるな…と苦笑しつつ、大二がりんねの方を窺えば
「! そうだね。大二お兄さんの言う通りだ」
 妹ははにかんで、ありがとうを言う。
 その後、肩の荷が降りたのか、りんねはいただきますと手を合わせ食事を再開した。
「大二お兄さんは食べないの?」
「それ、りんね好みの味付けで景和兄さんが作ったんだ。
 …俺は辛いのあんまり得意でなくて…景和兄さんに香辛料の入っていないものを作ってもらってるから」
「そっか」
 りんねがふふふと笑うものだから、大二は妹に苦手なものを知られてしまったと恥ずかしくなったのだけど、

 ―――りんね、すっかり気分が浮上したみたいだ…

 だから、よしとしよう。

 大二もはにかんだ笑みを返すのだった…。
お知らせ
実務でも趣味でも役に立つ多機能Webツールサイト【無限ツールズ】で、日常をちょっと便利にしちゃいましょう!
無限ツールズ

 
writening