昼時の勇者のマズルカ (9話前編/JL-01)


古典、という意味でのクラシックには様々な言い伝えがある。「最も「はやい」皐月」「最も「つよい」菊花」だとか。
クラシック音楽の解釈も対比させることができる。ほとんどの音楽家はあえて自らのインスピレーションをまとまった文章で記録しておくことはない。楽譜に解釈を載せてくれている例などほとんどない。
聴衆が、とりわけ特別の知見を持っていたとされる当時の批評家の述べる評価がなぞられているというのがもっともなことである。

では、庶民の祝祭、労働者が、軍人が、その勇敢さを誇って楽しませた「野蛮な踊り」ではどうなるのであろうか。
例えばウマの足取り三拍子、勇猛果敢のねじれたロンド。特徴的な三連符とファンファーレの定型文法の4拍子をねじって撚り合わせてできたのが国営時代のファンファーレだった。
勇者のマズルカ。2015年に三澤 慶によって作曲された1曲。フルートも、サックスも、ホルンも激しく飛び跳ねて我先へと勇みゆく。
冒険を予期せざるを得ない主旋律が激動と静寂とを繰り返しながら進む。ゲームミュージックのような要素を備えながらも「勇ましい踊りの純化したマズルカ」として洗練されている。
洗練。静と動。
「あの日の貴女を言葉で総括するのは難しいけれど、ふさわしい音楽を、と言われればこれ。」
「偶然だけれど、今の論文のインスピレーションのもとにしてるの。いくらかフレーズを借りながら楽譜を組み立て始めているのだけれど、なかなかうまくいかない。」
「論文?」
本来はこれまでの、言うなれば「今年のジャンプレースの第一節」の総括をすべきだ。春の王者へ向けて白銀の切符を手にしたマンタスカイにとっては本題とは言い切れない話に流転していく。

「ええ。」
「論文かぁ……内部進学の試験に必要なんだっけ、どれどれ?」

いや、本題も本題じゃないか。
そう気が付いたのはマンタスカイの揚々とした目に疑問符がともったのを感じたあたりだった。

「トゥインクル・シリーズ 障害競走用ライブ楽曲等の提言」
取り組んできてはいた。一次提出は6月末であるということから、もちろんグランドジャンプに間に合うものではないと考えていた。実際に第一の重賞である阪神スプリングジャンプは主要曲目を同格の曲目から選択制にすることにしていた。マンタスカイが選んだのは平地の芝の重賞と同じ曲目だった。
その目には涙が混じり、それでいてとても、とても笑顔がまぶしかったのを思い出す。
叶えられなかった舞台で、歌えなかったその旋律とともに浮かぶ彼女の声は震えていた。
「正しい選曲、だったと思う。」
「一人ひとりが、思い思いの夢にまで飛んでいくための、もう一つの舞台。」
「それが、ジャンプレースだとも思うから。」

「うん、そっか。」
深く息をするデュオモンテの肩を叩き、「でもね」とマンタスカイは深呼吸を促す。

「楽しそうだなって、思った。」


「⸺それに『目指したい歌』があるのはとても良いことだと思う」
「私にとっては今一番歌いたい曲だよ」

マンタスカイ、「ジャンプライブ計画」4月第1週ミーティングにて

「もっと早く教えてくれてよかったんだよ、こんなの一人でやるのはもったいないよ。」

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