子守唄


睦言特有の気だるさが残る中、いつもならばすぐに眠りにつく正雪は俺に身を寄せたまま眠らないよう船を漕ぎながら身を擦り寄せる。
(珍しいな)
滅多にない正雪からの誘いだったうえ、積極的に動くのは珍しいとは思いつつも、良い目を見させてもらったため、自由にさせていた。が、これは些か様子がおかしいと流石に問い詰める。何度か言葉を濁すが、正雪は恐る恐るといった様子で言葉を紡いだ。
「……今日は森宗意軒先生が居なくなってしまった日だ。もし、起きた時に貴方が」
「俺はお前を置いていったりはしないぞ」
「わかっている。それでもだ」
必死で俺を引き留めようとしていたのかと嬉しく思うが、同時に他の男の名が出たことに苛立ちを感じつつも顔に出さぬよう努める。
そんな筈がないのに俺がいなくなると怯えているのだろう震えている正雪を抱きしめ、幼い頃にカヤにしたように頭を撫で、抱きしめたあと背中を一定の調子で叩く。
「〜〜♪」
「伊織殿。それは……?」
「子守唄だ。些か聞き苦しかったか?」
心地よくなってきたのか眠気に負けそうな正雪はぼんやりとしたまま俺の胸に顔を寄せる。やはり、聞き苦しかったのだろうかと思い正雪を見ると、正雪は顔を見せずに小さく呟いた。
「私は好きだ」
それだけ言うと満足したのか規則正しい寝息が聞こえる。正雪が気に入ったのかと思うと口元が緩むのがわかった。
(眠っていて良かった)
眠ってしまった正雪には聞こえぬだろうがと思いながらも悪夢など見ぬようにと正雪の頭を撫で、再び子守唄を歌った。


「〜〜♪」
仕事から戻ると、子を寝かしつける正雪が歌っているのだろう、少し調子の外れた子守唄が聞こえた。それがいつか俺が歌ったものと同じだと気づき、苦笑する。
(そこまで再現するとはな……)
些かむず痒くはあるが、彼女にとっての子守唄が俺の歌ったものしかないのだと思うと胸が満たされる気がした。
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