貴婦人の帰る道


カァーカァー
「カラスが鳴いたら帰りましょ、ってかぁー」
「カーカー言っていないで前を見て歩いて歩きなさいな。また電柱にぶつかりますわよ?」
空が茜色に染まる頃、俺は幼馴染で担当ウマ娘のジェンティルドンナと一緒に夕飯の買い出しに商店街に来ていた。
というのも。

ーーーーー

「えっ、今日泊まりたい?ダメだよ」
「なんでですの?」
「なんでも何も俺とジェンティルは生徒と教師だからダメ」
「私たち幼馴染ですのよ?」
「幼馴染でもダメなものはダメです」
「そんなダメダメ言うだけでは分かりませんわ。どうしてダメか生徒と教師以外の理由をちゃんと誤魔化さず述べてくださるかしら」
「……いくら俺たちが幼馴染で仲が良い2人だとしても、世間じゃ俺たちの事を男と女としか見ないの」
「あら、男と女なら何が問題なのかしら?」ニヤニヤ
「それは、その、間違いが、だな……」
「間違い、とは?」
「男と女が一緒だとな?」
「一緒だと?」
「……あーもう!お前、分かってて聞いてるだろ!?」
「ええ勿論。子供じゃありませんもの」
「まだバリバリ子供だろ」
「少なくとも、ハッキリ言わなければならない事を言わずにはぐらかそうとする貴方よりは大人であると自負していますわ、お兄様?」
「ぬぅ……。ホント体が生意気になったと思ったら性格も生意気になっちゃってよー(ボソリ)」
「何か言いましたか?」
「イイエナニモ」
「あぁ、あと今思い出しましたわ」
「?」
「この前」
「え?」
「この前、あの女と随分仲睦まじくしていたそうじゃありませんの?」ゴゴゴ……
「いやいや!ヴィルシーナとは別に仲睦まじくしてたわけじゃ……!」
「あらあら?誰もヴィルシーナとだなんて言っておりませんわよ?」
「あっ」
「……許して欲しいですか?」
「はい……」
「ならお泊まりしてもよろしいですわね?
「はい……っておい!」
「言質取りましたわ。ではそうと決まれば早速参りますわよ」
「まだ良いとは……ってどこに?」
「勿論、夕飯の買い出しですわ♪」

ーーーーー

というわけなのだが……
「なぁ、今からでもやめにしないか?」
「何を今更。貴方が泊まっても良いと仰ったではありませんの」
「いや、そうだけどもさ……」
「ハッキリしない殿方は女性にモテませんわよ?」
「ぐぅ……」
「あら図星でしたか。それは失礼致しましたわ♪」
「なんで楽しそうなんだよ」
「それは乙女の秘密ですわ、ふふっ」
「……というかジェンティル、お前ちゃんと外泊届け出したのか?あれがないと泊まれないぞ?」
「あら、心配はご無用ですわ。先ほど部屋に一度戻った際に寮長さんに外泊届けを出しておきましたので。勿論許可は降りております」
「チィ、ホント用意周到だな!」
「あら今更ですわね」
そんなこんなで言い合いという名のじゃれ合いをしつつ、俺たちは商店街を回っていった。
「はぁ、もういいや。……ところで、何か当てはあるのか?」
「勿論ですわ。今日はビフカツにしようと思いまして」
「へぇ、ビフカツか。なら美味しいの頼むよ」
「?おかしな事を言いますのね。お兄様が作るのですよ?」
「えぇー!?俺がぁー!?」
「はい、可愛い担当を家に招待するのですから、ホストとしての責任を果たしていただかないと」
「いや、招待したわけじゃないじゃん。押しかけてきただけじゃん」
「別にいいじゃありませんの。お兄様は料理が得意だったでしょう?少なくとも、人に出せないような物を作る腕ではないことは知っております」
「まぁそこまで言うなら別にいいけどさ。ところでなんでビフカツ?」
「……別に深い意味はありませんわ」
「何その含み。いいじゃん教えてよ」
「乙女の秘密ですわっ」
「なんだー?人に言っておいて自分ははぐらかすのかよー?」ニヤニヤ
「それはっ。…………昔、お兄様が私によく食べさせてくれたから……///また、あの味が食べたいなって……///」
「あー、その、悪かったな。無理に言わせちゃって……///」
「…………///」
「…………///」
「……何この間」
「……それはこちらのセリフですわ」
そんなギクシャクした感じで俺たちは肉屋さんへやってきた。
「へいらっしゃい!おっと、こいつはえらく綺麗なウマ娘さんだねぇ。そっちの人は彼氏さんかい?」
「い、いえそんなんじゃ……」
「そうですわ、彼氏ではありません。旦那です♪」ニコニコ
「おいコラ」
「へぇ、旦那さん。……その、随分お若い夫婦さんだねぇ」
「お父さん真に受けなくていいですからね」
「あら、将来的にはそうなる予定でしょう?」
「そんな予定はないよ!?」
「そんなことを言って。いつも私に好きだ惚れただなんだと仰っているではありませんの」
「お前の走りにな」
「毎日私のことを穴が空くくらい熱心に見ているではありませんか」
「それもお前の走りを見てるんだよ」
「なら貴方は私の身体にしか興味ないのね……?」
「人聞きの悪いこと言うなよ!?」
「ははははっ!お二人さん、息ぴったりじゃないか。仲良しさんなんだねぇ」
「ふふっ、そうですわ。私達仲良しさんなのです♪」
「ならそんな仲良しさんにはサービスしてあげるよ!」
「あら嬉しい。ありがとうございますわ」
「いやホントすいません……」
「いいのいいの!」
「じゃあ……すいません、このオーストラリア産の牛もも肉ください」
「あら、そちらよりもこちらのお肉の方がよろしいのではなくて?」→ちょっとお高い国産牛肉
「いやーそれはちょい予算オーバーというか……」
「むぅ、私はこっちのお肉の方がいいのですっ」
「ワガママ言わないでよ……」
「久しぶりのお兄様のビフカツなのですから、良いお肉で食べたいのですわ!」ぷくー
「うーん……」
「こらこら旦那さん、奥さんを困らせるもんじゃないよ。それに奥さんのワガママを聞くのも良い旦那ってもんですよ。……ちょっとくらいならまけてあげるからさ」
「本当ですか!?ご厚意に感謝いたしますわ」
「こらこら。すいません……あの、本当に良いんですか?」
「いいのいいの!君たちを見てるとなんだか昔を思い出してね。それにここでサービスしとけばまた買いに来てくれるって下心もあるんですわ!ははは!」
「本当にすいません……」
「ありがとうございます」
「あいよ、今度来たらウチのコロッケを買っていきなよ!」
「ぜひ食べさせていただきますわ」
「はい本当にありがとうございます!」
こうして俺たちはお肉を無事に手に入れ、帰路へと着くのだった。

ーーーーー

ガチャリ
「ふぅ、ただいまーっと」
「お邪魔いたしますわ♪」ニコニコ
ジェンティルドンナは笑顔で俺の部屋へと入っていく。
男の一人暮らしの部屋なんかそんなに楽しい物だろうか。
「ここがお兄様のお部屋……。意外に整理整頓されていますのね」
「まぁ、生徒の模範となるべき仕事だからな」
「その生徒の模範となるべき方が、女子生徒を自室に連れ込むだなんて……私、どうなってしまうのでしょう♡」
「俺じゃどう足掻いてもペシャンコにされるだけだし、そんな事言うならビフカツは無しだぞ」
「むぅ、冗談ですわよ……」
「じゃあ俺はすぐに取り掛かるけど、その辺でくつろいでて……って、わーお。初手ベッドの下チェックする奴初めて見たよ」
「いえ、これはお兄様が生徒の模範となるべきではない本を持っていないかの模範チェックですわ」
「なんだよ模範チェックって、風紀委員にでもなったのか?」
「バンブーさんは担当トレーナーさんの前ですと風紀を乱す側になってますわ」
「ウチの風紀はどうなってんだよ。……まぁ、探すのは良いけどそういうのは置いてないから無駄だぞ」
「あら、お兄様は電子書籍派でしたか」パチパチ
「おいコラパソコン勝手に弄るな!しかもなんでパスワード開けれてんだよ!?」
「試しにやってみましたけど、不用心が過ぎるのではなくて?パスワードが私の誕生日だなんて。ふふっ、お兄様ったらそんなに私のことを……お可愛いですわね♡」
「おいバカやめろ、マジでやめてくれ。やって良いことと悪いことがあるだろうが」
「さて何が……って、これは、私の写真ファイル……?それもこんなに沢山、日付ごとに振り分けて……///」
「お前〜〜〜!!!」グリグリ!
「いたた!ちょっとおやめなさい!側頭部にグーはウマ娘でも痛いんですのよ!」ガシッィ!!!
ベキベキ!
「ぎゃあ!腕がぁーーー!!!」
「ぜー、ぜー」
「はぁ、はぁ……」
「もうお前ホントバカ」
「お兄様こそ、担当の写真だけで50GBはやりすぎですわ……私のこと好き過ぎですか?」
「そりゃ好きなのは当たり前でしょ。大切な担当で幼馴染なんだから」
「そ、そう、ですか……///」
「何?照れた?」
「照れてませんわ……!」
「えぇ?絶対照れたって」
「照れてませんっ。……ほ、ほら早くビフカツを作ってくださいませ!私お腹が空きましたの!」ぐいぐい
「あ、おい押すなって!まぁ、俺も腹減ったし作るけどさ。あとこれ以上パソコン弄るなよ」
「分かっていますわ。お兄様の性癖が私だったことを知れただけでも良しとします♪」
「性癖て」

ーーーーー

そんなこんなでビフカツを無事に作り終え、俺たちは夕飯を食べることになった。
「お待たせしましたお嬢様。ご注文のビフカツでございます、ってね」コト
「まぁ、まぁ……!」パァァァ
ジェンティルドンナは向日葵のような満面の笑みを浮かべている。
その笑顔はいつもの彼女らしくない、古い記憶にある幼い頃の彼女そのものだった。
「じゃあ手を合わせてーーー」
「「いただきます」」
「では早速……はーむっ♪……んんん〜っ♡んぐっ、これこれ!ずっとこれが食べたかったの!にぃに、ありがとう!」ニコニコ
「はいはいどういたしまして、そこまで喜んでもらえるとこっちも嬉しいよ。……やっぱりドンちゃんは変わってないな」
「!?……い、いきなりドンちゃん呼びは流石に恥ずかしいですわっ」
「別に良いじゃん。昔はこう呼んでたんだし。ここでなら他に聞いてる人もいないしさ」
「ですが……!」
「それにドンちゃんってば気づいてないかもだけど、今俺の事にぃにって呼んだじゃん」
「え?…………!〜〜〜っっ!!??//////」
「あの、ドンちゃん?」
「……い、言いましたわよ!?ええ、言いましたわ!?そ、それが何か!?」
「いや別にどうって事はないけど。ただ懐かしいなーって。昔はこんな感じでよく一緒にご飯食べたよな」
「そ、そう、ですね。……あの頃は本当に毎日が慌ただしかったのを覚えていますわ」
「だな。殆ど毎日一緒に山やら川やら行って日が暮れるまで遊んでたもんな」
「ふふっ、確かにそうでしたわね。毎日遊び疲れるまで遊んで、時にはお兄様のご飯を食べて、その……一緒にお風呂に入って、い、一緒のお布団で……!///」
「いや、恥ずかしいなら無理に言葉に出さなくても。それに子供の頃だし恥ずかしがる事ないだろ?」
「そ、それはそうですけど……」
「別に今更恥ずかしがる事はないさ。……俺はお前がいつも腹だして寝てたことも、おねしょしたのを俺が庇ったのとか全部覚えてるし」
「なな!なんてこと覚えているの!?忘れて!今すぐ即刻忘れなさい!」
「ははは、いやそう言うのも含めて本当に、楽しかったんだよ……」
「楽しかったのは私も同じですわ。……あの頃、強過ぎる力のせいで疎まれていた私の手を貴方は握ってくれた。そう、貴方は一度だって私を恐れる事をしなかった。私の事をいつも守って、いつも優しくしてくれた。忘れたくても忘れられない思い出ですわ……」
「ドンちゃん……」
「むぅ。ですが、私ももう立派な大人であり、貴婦人です。ですのでドンちゃんと呼ぶのは……」
「分かってる。2人きりの時だけだろ?」
「ええ、それなら構いませんわ」
「ならさ、二人きりの時はお兄様とかじゃなくて、俺の事も昔みたいににぃにって呼んでよ」
「えぇ!?そ、それは流石に、恥ずかしいと言いますか……///」
「いや別に恥ずかしがってるドンちゃんが可愛いからってだけじゃないんだよ」
「少しはそう思ってるのですね……」
「まぁね。けど、ドンちゃんはレースでも学園でも凄いものを背負ってるだろ?俺も担当トレーナーとしてその辺はよく分かってるつもり。でも、だからこそ、こうして2人きりの時くらいは、ただの女の子のドンちゃんとその兄貴分のにぃにでいたいんだ。まぁ、息抜きみたいなものだけど。……どうかな?」
「……にぃにはずるいなぁ(ボソ)」
「え?なんて?」
「分かりました。ではお兄様、いえ、にぃにの提案を受け入れますわ」
「そっか、それは良かったよ。ならーーー」
「その代わり、にぃにと2人きりの時は昔みたいに甘えさせていただきますからね?そのあたり、覚悟しておくように」
「ああ、分かったよ。会えなかった分いっぱい甘えてくれていいからな」
「後で無しと言っても撤回はしませんからね?」キラリ
「お、お手柔らかに頼むよ……」
「では、そうと決まれば早速甘えてもよろしいかしら?……後少しですけど、残りはあーんで食べさせてくださいな♡」
「はいはい、お姫様の仰せのままに」
「……あとこれが終わったら、一緒にお風呂に入って私の体の隅々まで洗って、夜はギューしてドンちゃん愛してるよって囁きながら一緒のベッドで寝て、朝はおはようのキス、帰りにはこの家の合鍵ください♡」
「いや、注文!!!!!」
お知らせ
実務でも趣味でも役に立つ多機能Webツールサイト【無限ツールズ】で、日常をちょっと便利にしちゃいましょう!
無限ツールズ

 
writening