#自分語りしてみた


アドベントカレンダー12月24日


この記事は、Kumano dorm. #2 Advent Calendar 2020の24日目の記事です。@末期一アドカレ書こうか笑。昨日は熊野寮祭企画 24時間写文(予定)さんが「魔法は見る人の心の中に」というテーマで語ってくれました。明日はるん氏が甘酸っぱい話をしてくれるみたいです。ちょっと気になりますね。その1では今日明日で湖雪とぐしゃりんが最後をきちんと締めてくれます!お楽しみに!!

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#自分語りしてみた

こんな神聖な日に書く内容ではないしほんとうに誰得?っていう内容なので、こんな日ではなくて本当に暇な時に軽い気持ちで読んださい。迷ったけどここで逃げたらもうないなと思って書くに至りました。自分の口からはたぶん話せないので。不特定多数の人に自分をさらすのは好きじゃないんでTwitterとかもほとんどやってないけど、この場なら書いてもいいかなと。めちゃシリアスかつ拙文ですが、その点はご了承ください。

基本自分の内側を見せないのでクールに見られがちだが、日ごろは隠そうと必死。たぶん下に挙げてるののいくつかは今年よく交流のあった人なら気づいてると思う。今日ははじめに自覚している自分のだめな性格、考え方を洗いだして、その根源を自分史を振り返りながら考えたい。

 承認欲求が強い
 人からどう見られるかを常気にしてる
 常に何かしらの仕事をしていたい
 人の役に立ちたい
 でも大した能力がないからしょうもない仕事をして、仕事してる感に一瞬浸り、そのあと他者と比べて自分が恥ずかしくなり、自己嫌悪に陥る
 自分の存在意義をよく見つめ直す
 自己肯定感が極めて低い
 人の役に立ってる感を欲っす
 自分がやりたいこと、好きなことをするよりも、人が喜ぶこと、人の役に立つことをするほうが好き
 自分の好きなこと、やりたいことをすることに罪悪感を抱く
 相手の考えを真っ向から否定できない
 自分の考えや行動に自信がなくなり、だんだんと話すことが苦手になっていった。大半の人といるときは言いたいことが出そうででず、常に頭の中で言いたいことが回ってる
 年上の前で委縮しがち。先輩や顧問が絶対的な存在だというイメージが根強くあって、年上といるときの自分の振る舞いがぎこちなくなる。
余談だが、この文章を書いている時にブロックラインで「自己評価と集団における行動についての調査」という今日のテーマどストライクのアンケートが流れてきた。参考までに。

 まわりの人は自分より優れていると思う。 はい
 集団に対して貢献していると思う。 いいえ
 集団の中で自分の役割を見出すことができる。 いいえ
 私は他の人と自分を比較して落ち込むことがしばしばある。 はい
 たとえ納得できなくても、しかたなく周りに合わせてしまうことが多い はい
 自分の主張を押し通して場を乱すくらいなら、何も言わないほうが気が楽だ はい
 人と意見がぶつかった時はたいてい相手に譲る はい


自分史

小3の頃にサッカーとギターを始めた。サッカーはちょうどその時やってた2010年のワールドカップがきっかけ。ギターは親の影響で小さいころから洋楽ばかり聞いてて弾きたくなった。小学生の間はサッカーしてるか遊んでるかの毎日。好きなことだけしてた。



中学でもサッカー部に入った。けど入ってすぐに違和感を抱いた。これまでは純粋にサッカーを楽しんでたのに、部活のサッカーは顧問や先輩が絶対的な存在で、彼らに命令されるがままに走り、筋トレし、先輩の荷物を持ち、日常の学校生活でも先輩や顧問に遭遇したら深々と頭を下げた。なにかにつけて怒鳴り散らされ、恐怖の存在になっていった。ただ、サッカーがうまい先輩、サッカーを教えてくれる顧問だから、尊敬の念もあって、当時は嫌だとかしんどいとかはなかった。ただ一生懸命ついていく感じだった。でも、いつまで経ってもボールにさえ触らしてもらえず、先輩や顧問に気に入られた奴だけが試合に出るみたいな状況に段々嫌気がさすようになり、次第にサッカー部に所属しているという感覚を失い始めた。たぶんどこでもそうだと思うが、一般的に中学生はだいたい何かしらの部活に入っており、そこがアイデンティティーの支えになってたりする。友達関係も部活から始まることが多い。それもあってか中1ながらに自分の居場所について考え始めた。当時はアイデンティティーとかいう言葉を知るよしもなかったけど、必要とされていないのが悔しくて、必要とされる場所を求めた。生徒会に入ってみた。バンドを組んでみた。サッカー部が練習してるグラウンドの横のサブグラで練習してるバレー部の毎日気になっていた子と付き合ったりもした。当時はなんとなくそれで満たされた感を得ていた。そしてそれ以上は求めないままに時が過ぎた。新入生が入ってきて、はじめての後輩ができた。自分と同じ経験を後輩にはしてほしくなかったので、後輩には優しく接した。しかしその必要はなかった。厳しい先輩が引退した開放感からか、サッカー部は急に緩くなり、後輩は先輩を、そしてサッカー部そのものを舐めるようになっていった。自分が嫌いだったサッカー部の体質が、180度が変わって、でもそれもまた嫌いだった。結局サッカーにのめりこむことはできず、練習にもいかなくなった。好きだった人に対する感情も虚無になった。何気に過ぎていく日々の中で、やはりまた自分の存在のよりどころをいつのまにか探していた。今度は生徒会長をやってみた。やりたかったからではない。松卓先生の言葉を借りれば、防衛策として先制攻撃的にやるような、それはまるで生徒会長という肩書きと、生徒会長としての仕事をすることによって、他者に対してマウントを取り、また自分の存在意義を他者に認めてもらうためにやるような感じだった。そんな気持ちで生徒会長を務めたが、実際やってみると、サッカー部での自分の現実から逃避できるし、先生や生徒から信頼を置かれるし、俺いま他の人のために仕事してるから存在してていいわ、みたいな感情に浸れるので、快感に酔いしれることができた。生徒会活動をひと通り終えると、もう3年になっていた。なまぬるいサッカー部は早々と引退試合を迎えた。終わった時になんの感情も湧かなかった。そのまま受験シーズンに突入した。結論から言えば勉強にはまった。どれだけ練習しても、試合に出してもらえず、どれほど筋トレしても筋肉がつかず、それ以上に上下関係や顧問崇拝がクソほどめんどくさいサッカーに比べれば、やればやるだけ結果につながる勉強はシンプルに面白かった。自分が求めていたのは、楽しんで何かに熱中することだったんだとその時気がついた。



無事受験に合格し、いわゆる地方の自称進学校に入った。中学で何を学んだんだという話だが、高校でもサッカー部に入った。サッカーは好きだから。サッカー以外できることといえばギターくらいだったが、ギターは趣味程度に1人で弾くのが好きだったので、軽音という選択肢はなかった。高校生デビューではないけれど、中学までの自分を一新できるのではないかという期待は持っていた。同じ高校に入学する中学の同期はほとんどいなかったし、この高校はサッカーが強いことで有名だったから。でも現実はそう甘くなかった。中1に逆戻り。強いということは、それだけ顧問と先輩が厳しく、上下関係は絶対的なのものになっていた。先輩や顧問は崇拝対象みたいなもので、何を言われても首を横振ることはできなかった。毎日走り込み。緩みきった身体は過酷な日々についていくだけで精一杯だった。それでも、緩くて舐めきったサッカー部を知っているので、それよりはましだと思い、サッカーを楽しめる日々が来ることを信じて必死に食らいついた。でも心の内ではサッカー部員であるという肩書きが欲しいがため、サッカー部に、所属しているものとしてのアイデンティティーが欲しいがために続けていることに気づき始めていた。どこの高校でも大概サッカー部や野球部、アメフト部といった体育会系部員が、学校カーストの上位に君臨してオラつきたがる。もしかしたら自分もそれを享受していたのかもしれない。実際、日常の高校生活や、いわゆる「青春」はサッカー部の友達や、自分がサッカー部員であるというその肩書きによってもたらされていたものでもあったことは否定できない。そんな生半可な気持ちで部活をしていてレギュラーが勝ち取れるような甘い世界ではない。段々と部活動が苦痛になってくるとともに、続けている意味が分からなくなってくる。気づけば退部届を提出していた。2年の夏ごろである。辞め方が悪かったのか、あるいはサッカー部員であるという肩書きがなくなったからなのか、サッカー部員や他クラブの仲の良かった友達とも離れ、当時付き合っていた彼女とも、疎遠になった。趣味で弾いていたギターも弾かなくなり、何をしていいのかわからなくなった。クラスでも孤立し始めた。この時再び、自分の存在意義について、そして自分がこれからどうしたいのかについて考えた。何も浮かばない。時間を無駄にするのは好きじゃないので惰性で塾の自習室に向かった。幸い高校での成績は悪くはなかったので、勉強には入りやすかった。分からないスタートではないから。数日勉強を続けていると、高校受験の時の快感を思い出した。クラスで当時手の届かないようなところにいた賢い奴らと勉強の話で盛り上がれたのが嬉しかった。孤立していくのかに見えた自分の高校生活に一条の光を見た。それから受験までの約1年半、はっきりいって勉強しかしなかった。休日1日あたり5〜6時間から始まった勉強時間はやがて8時間になり、10時間になり、冬休み前には12時間に達した。その頃には模試の結果が出始め、先に述べた奴らに追いつけそうなところまできた。彼らと模試の点数で競えることが楽しくなってさらにエスカレートし、彼らが目標にしていた、高2のセンター同日模試で全科目平均8割という目標を達成してみたくなって、冬休みはほぼ毎日15時間勉強した。たぶん理解できないと思うので生活リズムを説明しておくと、深夜0時に寝る、朝6時に起きて朝飯を作って食べ、7時から自習室に行く、昼飯を食わずに22時まで勉強する、23時前に帰宅、飯と風呂を済ませて0時に寝る、みたいな感じでこれをリピートする(通ってた塾が個人経営のとこだったので、営業時間にかかわらず、ずっと鍵が空いていた)。このルーティーンは受験前日まで続いた。別にどこ大に受かりたいとかじゃない。何もできない自分に唯一存在意義を与えてくれるものが勉強しか見つからなくて、勉強してる時はその他のことから現実逃避ができて、なおかつ決して無駄ではないと自分に言い聞かせることができた。だから勉強してたんだと思う。これで勉強もできなければ本当に誰も振り向いてくれなくなる、誰にも必要とされなくなるという思いに駆り立てられるとともに、模試の点数でしょうもない優越感に浸り、自己満足で日常生活に欠けているものを満たしていた。表面上は勉強するためにサッカーをやめたみたいな振りをして、まだサッカー頑張ってる奴らに勉強でマウントを取ろうとしていたんだと思う。けど、1人でいる時には、特に塾の行き帰りと寝る前には、輝いている彼らが眩しくて、羨ましくて、惨めな自分と比較しては涙していた。四六時中勉強していると、本当に誰とも喋らないし、学校に行っても話題が何もない。自分に自信がなく、自己肯定感もない。本当にコミュ力が著しく無くなっていくし、段々話すことや自分の意見を述べることさえ怖くなっていった。本当に一部としか話さないようになっていった。彼らと話すことなんて、模試の結果を言い合うか、学校の授業がしょうもないという言って先生をディスるか、難しい問題の質問をして教えてもらうかくらいしかなかった。狭くてしょうもない世界だなと今振り返ると思うけれど、当時はそれでなんとか自分のアイデンティティーを保っていた。模試の順位と判定、そして15時間勉強してる俺偉い、みたいな自己満。これらをガソリンに受験まで走った。受験が終われば全てから開放されると信じて、そうまさに中3の時と同じように。そうこうしてるうちに受験を迎えた。おそらく大半の人とは違う意味で、あーやっと終わるんだという気持ちになった。勉強すること自体を自己目的化していた自分にとって、ゴールはなんでも良かった。入試当日、数学の時間が終わった時、正直魂が抜けた。17、18歳という貴重な時間を犠牲にしてここまできたのに全て無駄になるという感覚に襲われ怖くなったし、吐き気がした。けど、もう失うものは何もなかったので乗り切れた。落ちてたら今ごろ自分がどうなっているのかを想像するだけで恐ろしいけど、ありがたいことにこうして今、楽しい日々を過ごすことができている。


合格発表の数日後に寮を見に行った。はんさんに面接と案内をしてもらった。寮祭とかコンパの話をしている彼は楽しそうだった。階段の側壁一面に貼ってある「皇居突入」「首都突入」みたいなビラと、「反革命分子粉砕」みたいな落書きを見てめちゃくちゃ引いたけど、そのときすでに、これからここに住むんだという実感はあった。

寮に入った理由は大きく3つ。1つ目は金銭的な理由。自己肯定感が低いので、基本的に人に迷惑をかけるのが受け入れられない。で、当然親にももう迷惑をかけたくない。だからこれ以上自分にお金をかけてもらうことに申し訳なくなった。とはいえ大学の授業料は払えないので、せめて大学生活にかかるそれ以外の費用は自分で負担したかった。奨学金をもらえなさそうだったので、仕送りも奨学金もなし、バイト代だけで生活できる場所が必要だった。まあ、留学費を貯めるために毎月バイト代のほとんどを貯金に回しているので、寮生活でも余裕は全くないんだけど。(p.s. 京都市の営業時間短縮要請で最近バイト無くなりました)
2つ目は、最初に挙げた自分の欠点を少しずつ変えていきたいということ。寮では他者とコミュニケーションをとらなければ生きていけないので、半強制的に自分を外交的にできると思った。そのような環境の中で、いろんな人とラフな感じで付き合えるようになりたいし、しっかりと自分を持ちたいし。あと、存在意義とか考えずに好きなことをして生きたい。

見学きた時とかパンフ読んだ時に、自分の好きなことだけやってる人がいっぱいいる印象を受けて、自分もそうなりたいと思った。

後者の目標については現時点でどれほど達成できたのかはわからないけど意識的には動いてきたつもり。まだ到底十分じゃないと思うけど、自分の黒歴史を文章にできただけでも成長はできたと思いたい。ほんとは全部隠してたいし。でも、過去を見つめ直さないと根本的な解決には至らんのかなと思ったから書いた。普段はあんま自分を見せない。口頭ではこんなことしゃべらないし。あえてこの文章で述べたことが正しい保証はしない。でも、この文章を書いて少しスッキリした。



こんな日にほんとうに長々と暗いこと書いてすみません笑
ここまで読んでくださった方がいるのか怪しいですが、ありがとうございました
最後に、1つだけ。酒とスマブラと、最近は麻雀にアホほど時間を費やしてカスになってる談話室民の雰囲気に最初はついていけませんでしたが(今でも若干引いてますけど笑)、アットホームな雰囲気はとても好きでいつの間にか自分の帰る家になりました。バイトばっかであんま談話室にいませんでしたが、ちょうどバイトも無くなったので見かけたらしゃべってやって下さい笑
自分語りはこれが人生最初で最後かな。
来年は留学してるんで、唯一参加できるこの寮祭企画にカナダから参加します!
来年は明るく近況報告できたらなと思ってるんで楽しみにしててください!!
最後に寮祭実行委員のみんなほんまにありがとう。そしてお疲れ!

Mҽɾɾყ Cԋɾιʂƚɱαʂ
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