女王は道化が気に食わない


バスタードミュンヘンの女王、ミヒャエル・カイザーの生理は重い。
最低でも五日間は絶え間なくじくじくと下腹が痛み、一向にそれが和らがないのが常だ。酷い時には熱もある。
今回は幸いそこまでではなかったが、それでも通常の女性に比べて遥かに重いことは確かだ。
股の間からどろり、溢れた生温かい液体に少しだけ顔を顰める。
そろそろ交換するべきか、と思ったタイミングで丁度腹心、アレクシス・ネスに耳打ちされた。
「カイザー、はい」
そっと渡されたそれに、毎度のことながらその観察眼に少し引いてしまう。けれども、痛みには抗えず受け取れば、ネスはひどく嬉しそうな顔をした。
「良かったぁ、そろそろ溢れそうですよね」
錠剤もどうぞ、と差し出されたのを黙って見つめる。確かにタイミングはバッチリだ。
ネスはカイザーの周期も痛み具合もとても良く理解してくれる。それこそ本人以上に。
体調管理が資本のスポーツ選手であるカイザーは生理に対してしっかり対策してはいるが、ネスに任せておけばそれ以上に管理してくれるのでそれは確かに楽ではあった。
血が新たに溢れ出さぬ程度の早足で化粧室に向かう。
夥しい量の血が付いたそれに再び顔を顰め、手早く交換して錠剤を口に放り込んだ。
錠剤を飲んだところで元が酷いので対して変わらないが、それでもまだマシにはなる。
首筋に薄ら浮かんだ冷や汗を拭って溜息を吐いた。
手を洗って顔を上げた先の鏡に映る自分は、まるで表情を削ぎ落とされたような無表情。
これでいい。忠実なネスを除いた誰にだってカイザーの弱みなど見せたくない。
化粧室を出れば即座に大丈夫ですか、とネスから声がかけられる。ネスお前女子トイレの前で待つとかジャパニーズHENTAIだぞ。
呆れたと同時に内心密かに安堵する。
飲みましたか、という問いに飲んだとだけ返事して行くぞネスと声を掛けた。

「……うげ、何でいるんだお前ら」
向かったトレーニングルームには先客がいた。最近のカイザーを苛つかせてやまない道化、潔世一。
顔を顰めたいのは此方だと思う。
「はあ? こっちの行動に一丁前に文句付けてんじゃねぇですよ。世一の癖に」
早速絡み始めたネスを援護する気力もなくただ見つめていると、忌々しい道化の矛先がこちらへ向かう。
「つーかカイザーお前、調子悪いんだろ?」
「は?」
気付かれていたことに、息を呑んだ。完璧に隠していた筈なのに。ネス以外の誰にだって聞かれたことはないのに。
「いっつも煽ってくる癖に今回やけに大人しいし、お前何してるの? 体調管理とか資本だろ。辛いんだったら休めば……」
悪気なんて一切なく、気遣いから来たのであろうその言葉に、しかし神経を逆撫でされたような心地に陥る。
きっと彼は知らない。
数日休んだだけでカイザーについての根も葉もない不調説やゴシップが飛び交うことを。
それこそ原因であるその現象について下品なジェスチャーで聞かれることも。
カイザーには敵が多い。バスタードミュンヘンの若きエースを敵視する存在がいることなんてある意味至極当然だけど、カイザーの場合は生来の見目や口調もあってその数は三桁にも及ぶ。
弱みなんて見せない。見せられるわけがない。
フィールド上では女王のように振る舞えていても、それだっていつ崩壊するかは判らないというのに。
そんなことを何も知らないのだ、目の前の『男』は。
知らないから、カイザーに対してあんな無茶で無謀で無遠慮で残酷な宣言ができたのだろうけど。
「……るさい」
「は?」
「うるさいと言ってるんだクソ道化、ああそうだなお前は良いよな! 休む必要がなくて! お前にはこんなもの《子宮》がないんだから!!」
泣いて叫んで睨みつける。先ほど軽く直した髪は乱れてしまっているだろう。ぽかんとしたアイオライトに映る己はきっと醜い。
めちゃめちゃな、ひどい八つ当たりだと理解している。
けれども、今のカイザーには世一の正論を聞いている余裕がなかった。
ずっとずっと憎らしかった。カイザーと似たプレイスタイルも、それでいてずっと劣る技術も、なのに潰れない心も。
憎らしい。恨めしい。……妬ましい。
何も知らないこの男が、カイザーが心底望んでも手に入れられなかった男の身体を持っている世一が、カイザーの心をあれだけ掻き乱してめちゃくちゃにしたエゴイストが、心底憎らしくて、妬ましくて────心底眩しかった。
そんなことも、彼は知らないのだろうけれど。
最悪な気分の中、涙で酷く歪んで見える道化の困惑だけが僅かに愉快だった。





ブルーロックは男女兼用です。
BMの女子チームのエースに対する周囲の妬み嫉みは酷いって話。
セクハラとかそういうの受け続けてきたせいで弱み見せられるか!ってなってたカイザー♀さんが一番バレたくなかった潔さんにバレた上に休めって言われてキレちゃう話。
潔さんはただの善意で言ったので泣かれて罪悪感がヤバい。サッカー除けばただの良い人なので。





魔術師は女王が心配

ネス視点
⚠️微妙に怪文書注意

カイザーが薄ら顔を顰める。ああまたかと思って僕はカイザーに耳打ちして渡す。今日は二日目だからこれが一番良いだろう。
序でに錠剤も渡しておけば、ああと僅かに掠れた声で返された。水分補給もした方が良いかもね、カイザー。

化粧室から出てきた彼女の雪花石膏の肌は微かに青褪めており、普段のカイザーとはまた違うけれど、この顔も悪くないなと僕は思う。
整った柳眉がほんの僅かに顰められて、凪いだアイスブルーの双眸に含まれる僅かな苛立ち。彫刻のような美貌は無感情に見えてその奥の感情は結構わかりやすい。
カイザーのサッカーが僕にとっての最高の奇跡だけど、カイザーの容姿だって物語で読んだ氷の女王が現世に現れたようで、僕にとってはどちらもかけがえのない宝物なのだ。
……最近はその宝物が“奴”のせいで汚されているみたいで面白くないけれど。
そう思った矢先に当の奴に出会してしまうのだから僕は運が悪い。
クソ世一と口論していたら、無駄に感のいい奴はカイザーの不調に気が付いていたようだ。
カイザーに話しかけるなよ[規制音]が、と思っていたらカイザーが爆発した。
爆発と言っても実際に爆発したわけではない。生理になってからの諸々のストレスが世一のせいで遂にキャパオーバーしてしまったようだ。アイツ本当に余計なことしかしない。
「ああそうだなお前は良いよな! 休む必要がなくて! お前にはこんなもの《子宮》がないんだから!!」
長い睫毛に縁取られたアイスブルーの瞳からきらきらと涙が溢れ落ちる。ひどく綺麗なそれは、同時にひどく痛々しい。
カイザーは僕に対してもそう思っていたのだろうか。そう考えると世一への怒りと一緒にその感情を引き出してあげられなかった自身にも腹が立つ。
言い終わった後には床にへたり込んでぽろぽろ涙をこぼし始めたカイザーに、慌てたように世一が近寄る。固まっていた僕は一歩出遅れて、世一がカイザーの背をさすって何事か話しかけているのを見てハッと我に返る。
カイザーに対して何をしてくれてやがるんだあの野郎は。レッドカード百億枚確定だ。[規制音]して[規制音][規制音]してやらねば気が済まない。
ああでも、世一の所為というのは心底苛立つけれど、素直に泣き叫ぶカイザーが見れたことは少し嬉しかった。
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