ギリシャ神話におけるヌオーの物語


 ギリシャ世界におけるヌオー達の始祖である、慈悲の女神エレオスはもともと妖精であったとされている。
彼女の登場する話は非常に多いので以下に、有名な話だけを記し、彼女の来歴を語りたい。

① アフロディテとヌオー
ヌオーはガイアの娘として生まれたが、もともと謙虚で控えめな性格だったので、沼とその近くにある洞窟を住処としていた。
彼女は装飾品においては最高の製作能力を有していたが、誇示したりはしなかったので一部の者以外はそれを知ることはなかった。

 ある日、アフロディテがそれを知り、ヌオーの住処を訪れた。
その際にヌオーの作品を気に入って、紆余曲折の後、アフロディテとヌオーは友人となりました。
ですが友情は長く続きませんでした、ある時ヌオーがヘラとアテナの依頼で装飾品を作っていることを知り、嫉妬に駆られたアフロディテはヌオーを自分の住処に監禁してしまう。

② アフロディテの浮気への罰として、ヌオーがヘファイストスの義娘となる
ヘファイストスはアフロディテがアレスとの浮気の件をまるで反省していないことに激怒していた。
そこでヘファイストスはヘラとアテナと共謀して、アフロディテからヌオーを奪うことを画策。
ヌオー監禁の件でヘラとアテナはアフロディテを恨んでおり、制作途上であろう自分たちの装飾品をヌオーに完成させることと引き換えに、彼女たちはヘファイストスに協力した。

 それによりアフロディテは半狂乱となり、地上を放浪したという。
なおヌオーを奪ったヘファイストスだったが、彼女の献身的な性格に徐々に絆され、いつしか彼女を娘のように扱うようになっていた。

 アフロディテは地上の全てを散策しても、見つからないので、ひょっとしたら夫のところにいるのではと考え、ヘファイストスの工房へと向かった。
だが工房の門は閉ざされ、アフロディテの涙ながらの懇願もヘファイストスは無視。
友人の嘆きを聞き、アフロディテのところへ戻ろうとするヌオーをヘファイストスは止めた。
ここでヌオーを返したら、元の木阿弥である。
それにヘファイストスには、すでに妻への罰とは関係なしにヌオーを返したくは無くなっていたのである。

 工房の前で泣き叫び続けたアフロディテだったが、さすがに数ヶ月が過ぎるころには衰弱が進み、もはや声も出なくなっていた。
そんなアフロディテの様子に、ヘファイストスも完全に怒りが治まり、彼女を許した。
この後、三者は宴を行い、互いへの要求や不満を隠さずにぶつけ合ったあと和解したという。

この一件以降、アフロディテの浮気癖はかなり減ったのだという。
だがこれで万事、解決とはならなかった。
恥をかかされた挙句、アフロディテから縁切りされたアレスが、ヘファイストスとアフロディテに復讐を目論んだのである。

③ アレスの復讐 慈悲の女神の誕生
とはいえアレスは小難しい策略を弄する神では無いので、その復讐は実に短絡的であった。
端的に言えば、ヌオーを言葉巧みに誘いだして、凌辱したのである。
そして行為でボロボロになったヌオーを、衆目に晒したのである。

 結果的に復讐は成功したが代償はあまりにも大きかった。
アフロディテの友人となり、彼女に監禁されるまでの間に、ヌオーはアレス以外のオリュンポスの神々と交流していたのである。
またティターン神族にとっては、遥か古の時代からの付き合いで家族に近い存在だったのである。

そのため、オリュンポスの神々のみならず、ガイアを筆頭としたティターン神族までアレスの処刑を求めたのである。
アレスに一番好意的な神であるハデスでさえ、神権を奪い人間の最底辺に転生させたうえで、100回ほど人生を繰り返した後に心底から反省していれば許し、そうでなければ処刑というかなり厳しい罰を求めていた。

 だが当のヘファイストスとアフロディテの夫婦は、アレスの息の根を自分達で止めたいことを、神々に訴えた。
これらの神々の意見に恐怖したアレスは逃げようとしたが、多勢に無勢であえなく捕まり、アレースの丘で裁判にかけられることとなる。

 裁判とはいえ弁護人は無く、もはやどんな処刑が適当かの論争が繰り広げられる法廷に、意外な者が現れた。
それはボロボロのヌオーで、彼女は自身が凌辱されたのではなく、合意の上で行為をしたが、存在の格が違ったのでこうなったのですと訴えた。
どう考えても虚偽であり、これほどに慈悲深い者をアレスが短絡的な復讐の当て馬にしたことを再認識した神々は、余計に怒りに燃え、もはや判決を待たずにアレスを袋叩きにして殺しかねない勢いだった。

 そこでヌオーは、神々に自殺をほのめかし、そうなれば神々の求める品は永遠に得られなくなると脅した。
「なぜ、そこまでして愚息を庇うのか?」と、ゼウスが問うと、ヌオーは「だれでも過ちは犯します。 私もかっては大きな罪を犯しました。 だからアレス様にも更生の機会を頂きたいのですゼウス様」と答えた。
全ての神々に見据えられながらも毅然と訴えるヌオーの姿に、ゼウスは思案しました。
ヌオーを失うのはあまりにも惜しい。
アレスもヌオーの姿に見惚れているし、ひょっとしたら更生の芽があるかもしれない。

そこでゼウスは、ヌオーの嘘を信じたことにして、ヌオーに神格を授け、アレスの妻としました。
ゼウスの横紙破りに、他の神々は激怒しましたが、「ここでアレスを殺しても、ヌオーを失うだけで良いことは何も無い」と訴えを退けました。

 このゼウスの裁定は大きな不満を生み、後のヘラとポセイドンを筆頭とした反乱の原因となります。
とはいえ、ゼウスも強引であったことは認めおり、反乱を起こした神々への罰則を異様に軽くしたのは、この件が原因だったそうです。

 ヌオーは神格を授かり、慈悲を意味するエレオスの名を得て女神となりアレスの正式な妻になりました。
彼女は献身的にアレスを支え、後のローマ神話におけるマルスの基礎を作りました。
その後、女神エレオスはローマ神話の女神クレメンティアとなったのです。

 この一連の出来事がロムルスによるサビニの女たちの略奪に繋がったとされています。
なおヘファイストスとアフロディテ、ヘラ、アテナとアレスが和解するまではそうとうな紆余曲折がありましたが、それは別の機会としましょう。

ヌオー(女神エレオス)と英雄達の関わり。

① ケイローンの養育
ギリシャ神話の世界において、子捨ては横行しており後の大賢者ケイローンもその被害者でした。
エレオスはその事を大いに嘆き、捨て子たちを養育する施設を建てました。
最初の孤児院とされるその施設に、ケイローンもエレオスに導かれ養育を受けたのです。
エレオスは全ての孤児達を我が子のように慈しみ、育てていました。

 ケイローンの教育方針はエレオスの影響が大きいそうです。
後に、その才能を見出されアポロンとアルテミスからケイローンは教育を受け、大賢者となりましたが、終生エレオスを慕ったそうです。

② 誰も殺さなかった怪物
 ミノタウロスと言えば、ギリシャ神話では代表的な怪物でしょう。
彼は出生から悲惨でした、父であるミノス王がポセイドンを謀った為に、母は怪物であるミノスの牡牛と交わって子供を生み死んでしまいました。
彼の父であるミノス王は、その子にアステリオスの名を与え、怪物として生きるように命じました。
住処としてダイダロスにラビリュントスという大迷宮を作らせ、アテナイからは毎年7人づつの少年と少女を送らせ、ミノタウロスの餌としたのです。
ですが、エレオスに養育されたダイダロスは、子供達に同情し、エレオスに協力を依頼しました。

 エレオスは快く快諾し、アステリオスと生贄の子供達を養育しました。
ミノス王は憤慨しましたが、女神相手では我慢するしかありません。
アステリオスは生来の才能を開花させ、生贄だった子供達も技能を習得して、順調に成長していきました。

 ですがアステリオスに流れる怪物の血は安穏な生活を許しませんでした。
ある時、アステリオスは異常な空腹に襲われ、子供たちに襲い掛かりました。
その時はエレオスの肉を喰らうことで、空腹は治まりましたがアステリオスは自身が生きてはいけない怪物であると悟ります。

 この結果にミノス王はご満悦でした。
アレス神の妻であるエレオスを喰らえば、アステリオスは世界さえ滅ぼしかねない化け物になる。
その日を、ミノス王は楽しみにしていました。

 アステリオスの発作は、その都度エレオスが自身の肉の一部を捧げることで抑えましたが、限界の時は近づいていました。
運命の日、後の英雄テセウスが怪物を殺すべく、生贄に扮してラビリュントスに忍び込んだのです。
英雄と怪物は出会うと、目の前の相手を運命と一目で理解し、死闘を繰り広げました。
いかに後の大英雄であっても、神の肉を食うことで成長したアステリオスが相手では、本来ならば勝ち目はありません。
ですがテセウスは紙一重で勝利を収めました。

テセウスは直感で理解していました。
この戦いはテセウスだけでなく目の前の男と一緒に、恐るべき怪物と戦っていたのだと。
決着がついた時、テセウスは泣き崩れました。
目の前の敬意に値する英雄と一緒に怪物を殺したのに、英雄は怪物とともに死ななくてはならない運命だったのです。

英雄アステリオスは泣き崩れるテセウスに感謝の言葉を伝え、息を引き取りました。
こうしてテセウスは怪物ミノタウロスを討ち取った英雄となり、華々しい英雄譚の最初の第一歩を歩み始めたのです。
尊敬する友を殺した罪悪感を抱えたまま。

③ 母の愛
アタランテとエレオスの出会いは、アルテミスが捨てられたアタランテを見つけ、その養育をエレオスに依頼したことが始まりでした。
エレオスはアタランテの養育を熊になっていたカリストとアルカスと一緒にしたそうです。
カリストとアルカスは元々は人間でしたが女神ヘラの怒りをかって、熊に変身させられた挙句に永遠の渇きに苦しむ運命を与えられました。
その後、エレオスがヘラと約定を交わし、エレオスの施設にいる間は二人とも永遠の渇きから解放されることとなりました。

アタランテはエレオス達の愛情を注がれて育ち、やがて狩人として大成し、アルゴナウタイに加わったり、カリュドーンのイノシシ狩りで活躍し、大きな名声を得ました。

 ですが栄光は深刻な影を生みます。
アタランテの実の両親が、彼女に子供を求めたのです。
自身を捨てた親でも親は親なので、彼女は自身よりも脚の速い男となら結婚すると伝えました。
そこで両親は、アタランテを結婚させるべく徒競走大会を開きましたが、命もかけられない男はお断りのアタランテは、敗北は死というルールを大会に設けました。

結果は悲惨な殺戮でした。
彼女よりも速い男など、未来のアキレウスくらいです、英雄でもない人間にどうしようもありません。
大会の会場には頭を矢で射抜かれた死体が大量に転がっていたそうです。

 その事態に激怒していたのが女神アフロディテです。
アフロディテは友人のアルテミスに処女の誓いをしながら、婚姻が目的の大会に参加するという不実と、結婚する気がそもそもないのに、両親の頼みで優柔不断な態度で大会に臨むことも気に入りませんでした。
とはいえ友人であるエレオスの養女なので、助け舟は出すことにしました。

 エレオスはアタランテのもとを訪れ、このような大会に参加するのは辞めるように言いました。
エレオスはこのまま大会を開催し続ければ、毒を盛られたりして誰かと結婚せざるをえない状況になるのが分かっていたのです。
というか、アタランテの好みの男はこんな狂気に満ちた大会には参加しないのは確実です。
ですがアタランテはエレオスの訴えを退けました。
もうアタランテは自棄だったのかもしれません。

 その顛末を知り、アフロディテはアタランテに報いを受けさせることにしました。
ヒッポメネスという英雄に黄金の林檎を与えたのです。
その後は言うまでもありません。
アタランテは最終的に獣にまで堕ちてしまいました。

 ですがエレオスはアタランテを見捨てていませんでした。
 アタランテがキュベレの神殿を汚した罪で、獣にされたことを知ると、キュベレの欲しがっていた首飾りと引き換えにアタランテを解放しました。
なお、同じく獣にされていたヒッポメネスは、アタランテを悲惨な目に合わせたとして、かなり長いあいだエレオスは許さなかったそうです。

この件で、アタランテはエレオスの傍で仕えるようになり、自省として獣の特徴を残したそうです。
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