奉仕の灯


あたし…キタサンブラックは、ある人が好きです。はい。あたしのトレーナーさん、デス……
…初めはそんなに自覚がなかった筈だったんけれど、ね。
ずっと隣にいて欲しいなーって。あの人もずっと隣にいるもんなんだなーって漠然と思ってた。
けど、後輩が出来てやっと、自分の持つ独占欲や嫉妬に気付いてしまい…苦しんでいる。

一目惚れではなかったはず。あたしの直感は反応しなかったから。でも、気付けばあのひとにどっぷりと堕ちていて。
このココロに気付いてほしい。でもあのひと鈍感そのもの過ぎるし。大抵のことは笑って流せてしまう、大らかででっかい海のようなひとだから。…うぅ〜っ……

そんなわけで。あたしはいちいち悩んで眠れなくなり───安眠を図る為に、提灯を増やした。ちゃんとダイヤちゃんに許可はとった。
赤く柔らかな光は、不思議とあたしの心を落ち着けて眠りへ誘ってくれる。くれていた、筈なのに────

後輩への指導が的確だと褒められた。
いい体付きになったと褒められた。
いつもの「キタちゃん」じゃない「あたし」をもっと見てみたいとお願いされた。
「重いひと」は別に嫌じゃない。受け止めるだけだよと言ってくれた。
あたしの特製マッサージをねだる事が多くなった。

…オチツケナイ。アタシ・ガ・オカシクナル。

悶々と悩む事が増えて、その度に提灯を増やす。ダイヤちゃんは笑顔で受け入れてくれる。なので、甘えて増やす。眠れる。
…この一連の行動は際限なく続くと思われたけれど、もちろん限界も終わりもあるわけで。

──ある日。

「……ね、キタちゃん。私、特製の提灯持ってきたんだ」
「これなら安眠間違いなし!だよ!」
「えぇ!?いいの?わざわざあたしの為に…?」
「キタちゃんが寝れないのは大問題だから。キタちゃんが布団に入る時の真上!そこに飾ろっかなーって」
「…ありがとう。ほんとにゴメンね」
「いいのいいの。だけどちょっとだけ手伝ってね?流石に高いところだから台座とか抑えてて欲しいの」
「よぉし!任せといて!」

なんの変哲もない、ルームメイト同士のの会話。そうして──あたしは、何の疑問もなくダイヤちゃんの指示に従う。
ベッドを動かして、台座をセット。ダイヤちゃんは黒いマットをあたしの立つ位置に置いて─

「滑り止め!わりと滑りやすいから!」

とのこと。あたしは別にすっ転んでも大丈夫だけどなぁ…とか思いつつ、指示に従って黒いマットのようなものの上に立つ。結構、硬い。

ダイヤちゃんがするりと台座の上に登り、いざ───提灯は?あれ?
そんな疑問を持ったあたしの頭の上に、なにかが載せられる。ん?なに、こっ────

ぐしゃん!!!!!!!!

───────────ぷぇ?

意識の断線。視界が歪み、その後のことはさっぱり分からない。
けど──意識が途切れる寸前。ダイヤちゃんは……笑顔でこちらに向けて両手を振り下ろしていた、と、おもう。

…がさがさ。ごそごそ。……ばさりっ!!

ふぇ………ぇ?にゃ…っ…なに…?なに、が…?

「おはよ、キタちゃん。いまは、提灯だけど」

ちょ…ちん?……ちょうちん?提灯!?

「うん、そう。サトノ家謹製の変化アイテム。足元にあったマットと、キタちゃんにのっけたのがそれ」
「…流石にここまでとは思わなかったから、強行手段に出ました。奥手すぎるよ!」
「あともう流石に無理です。提灯増え過ぎてもう昼みたいに明るいよキタちゃん。提灯を増やす相談されるたびに惚気られる私の気持ちを考えてキタちゃん。奥手なのに無自覚でそういうとこあるよねキタちゃん」

…ボロクソに言われている。たしかにあたしばっかりだった気がするなぁ…うぅ、恋の魔力、恐るべしだよぅ……

「……いやぁ、とっても可愛いよ?今のキタちゃんも」

あたし自体はピクリとも動くことはできない。なので、空中でぷらぷらと持ち上げられているだけの状態から─あたしはダイヤちゃんに鏡の前に持っていかれる。

鏡の中のあたし。それは──少しだけながい円形のフォルム。唐竹の骨組みを覆うようにして、あたしの体だったものが、うっすい和紙となって張り付いている。しかもちゃんと勝負服デザインだし!!
手足は直立したように固定され、ウマ耳も尻尾もつるぺたに。凹凸が存在しない姿を晒している。
カラダはそこにあるのに、中は空っぽ。むずかゆいし…恥ずかしいよぉ……

「……ごめんなさいぃ……ゆるしてぇ……」
「許す許さないじゃありません」
「これからキタちゃんをキタちゃんのトレーナーさんの所へ持っていきます」
「トレーナーさんの近くに置いて貰って慣れてもらおー!という提案だよキタちゃん」
「鬼…鬼がいるよぅ……」
「んじゃ行こっ。善は急げ!だよ」
「待って!まだ心の準備がっ……ふぎゃ!!」

再び意識が遠ざかる。これっ……あたし、畳まれるとこう、なっちゃうのぉ……?


─これ、キタちゃんからのプレゼントですって!どうぞ受け取ってください!
─……おぉ?これ、は…?
─特製の提灯です!キタちゃんデザインの!
─そ、そうか。まぁ、そうだな。キタサンの贈り物だしありがたく受け取っておくよ。
─安眠をサポートする光源付きなのできっとお気に召すと思います!

なんか、こえが、きこえる。くわしくは、わかんないけど。とれーなーさんのこえは、わかる。…あのひとの、ねつ。あった、かい。

─半ば押し付けられるカタチで貰ってしまった……まぁ、拡げてみるかな?

……ばしゃっ!!

強いチカラで引き伸ばされる感覚。あたしはその感覚に揉まれることしかできない。
うひゃんっ!!!…うひぇぇ……この感覚、慣れにゃい……っ…
ぼんやりとした視界に広がるあの人のかお。一気に意識が覚醒する。
……ふぎゃあっ!!ちかっ…ちかいよぅ…!!
ていうかこえ!こえ出ないよ!何したのダイヤちゃん!!

──ふーむ。なんとも可愛らしいデザインだ。キタサンの特徴をよく捉えているし…ベッドの横に飾っておくか…?

混乱し切ったあたしをよそに、整頓された簡素な部屋にあるベッドの横の棚に、あたしは置かれる。ぴしりと立つのではなく、ぐらぐらと揺れ動きながら。

─へぇ。起き上がりこぼしみたいな提灯なんだな。遊び心に溢れている良いインテリアだ。

はひっ……ふにゅっ!!ダイヤちゃんのっ…ほんとにっ……ばかぁ〜〜〜っ……!!ひぇ…やめ………うひゃあぅ……っ

──とろん。

……あぇ?

つんつんと突かれて、ぐらぐら、ぐらぐら。それが、何ともいえない心地よさで。貴方のにおいを近くで感じながら、あなたに弄ばれるのが、なんだか堪らなく甘美なもので。伽藍堂のあたしの中に、ナニカが満ちていく、感覚。

いい、インテリア。……えへへへへ。あたし、変になっちゃってるのかな。でも、いっかぁ。あたし、いま提灯だもん。ほら、トレーナーさん。あたし、提灯ですから、光をください。お願いします。役に立って、みせます、かりゃっ。

──そろそろ、寝る準備でもするか。まず着替えてーっと…

え。着替え?ままま待ってくだ──うひゃああぁぁあ………
あたしは当然、視線を外すこともできない。部屋全体を俯瞰しやすい場所にいるので、トレーナーさんの姿は必ず目に入る。……コレハ、不可抗力ナノデ。仕方ナイノデス。

──さて、いよいよだな。使うとするか。

ちょっとしたご褒…いやアクシデントはあったけど。でも、これで───
やった。今からあたし、提灯として役に立てるんだ。大好きなひとの眠りを、優しく誘う光を。暖かな光で、あなたを癒せる。はやく!はやくっ…光を灯してっ…ください……

せつないから、情けないおねだりをするあたし。それに応えてくれるように、貴方はリモコンを操作する。
ボタンを一押しして、あたしの中にある電球が輝く。あたしの薄いカラダは、その煌々とした燈を柔らかなものへと変質させる。
先に部屋の電気は消されていて、あたしが作り出す光だけが貴方の部屋を優しく、小さく照らしている。

──おお。凄いな…本当に、綺麗だ。

あっ……ダメ。そんなに褒めないでください…っ。
提灯としての、モノとしてのあたしが喜んでいる。
…戻れなくなっちゃうかも。そんな考えが去来する。

─まるで、キタサンの…太陽のような。そんな柔らかで、優しい光、だな。
──ふ。らしいなぁ…キタサンらしい。
─本当にキタサンが傍に居て、癒してくれてるみたいだ。
─……む。眠くなってきたな。サトノ製のオーダーメイドっぽいし、本当に凄いやつなのかも…

…ふきゅぅううっ…!うれ、しい。とれーなーさんの、まっすぐなおもいが、あたしを灼いている。
それ、あたしが提灯じゃない時に言ってくださいよぉ…!その言葉が、欲しいのに…!
そんな、あたしの葛藤なんて知る由もなく。暫くして、あなたの寝息が聞こえてくる。規則正しい、静かだけど安心する旋律。

…ふぁ。あたしも、眠く……

貴方の匂いに包まれて、貴方の言葉で満たされて。しあわせと満足がキャパオーバーしたあたしは、時限式の電灯が切れるように、ふっと。意識を手放した。

翌朝。時計のアラームが鳴り響くトレーナーさんの部屋で、あたしは目を覚ます。ふぁ…寝ちゃったかぁ…なんか、すんごいスッキリ寝れた気がする。トレーナーさんの近くに居れて安心しちゃったのかな?
そう考えていると───ばしぃっ!!!!

はぴゅっ!?!?………ぷぇ???

急に来た衝撃になす術もなく半潰れになってしまうあたし。
…この衝撃は、とても。痺れるような甘さを感じてしまって。…半潰れなので、半端に意識が残ってしまっている状態になる。

──あ、やべ。直るかな……

とれー しゃ っ ん  ひど  で、しゅ  ……

うまく、しゃべれ、ない。

尤も、抗議の言葉は寝ぼけ気味のあなたにはとどかないだろうけど。でも、この衝撃さえも今のあたしには心地よくて。

ばしゃん!!

ふたたび、ひらく。寝ぼけて、加減がわからない貴方の力で、むりやりに。潰された時とは、また、違う────

ふぎゅっ!!!!…うぅ、戻れたぁ…アラームと間違えないでください…っ…もうっ……♡

─しっかし、久しぶりにぐっすり寝れた気がするなァ……ほんとにキタサン提灯のおかげかもしれん。
─キタサンに、改めてお礼言わないとな。

────ぱちぱちぱちっ。ばちっ。

…うれ、しい。あたし、『お助け』できてる…んだ。だいすきなひとの。

電撃が走るような貴方の言の葉。それに蕩されてしまう。そんなあたしを気にも留めず、貴方はいそいそと着替えて朝食をとり、部屋を後にする。一瞬の出来事で、置いてけぼりにされるという事実に気付くのに少しかかった。

………えっ。これいつになったら戻れるの?流石にトレーニングの時とかは元に戻らないと心配かけちゃうし、どうしたらいいのこれ!?
色々ありすぎて忘れてたけど、普通に学生だもんあたし。どどどどうすんのどーすんの!?

冷静になったあたしは、当然そんな考えに至るわけで。そんな焦燥を読んでいたかのように、ダイヤちゃんが部屋に入ってくる。
…えっ、なんで普通に鍵開けて入ってきてるの?

「それはそれ。これはこれだよキタちゃん」
「そんなわけでキタちゃんを回収しにきました〜」

あたしを提灯として使うためのリモコンとは別に、黒いリモコンのボタンを押すダイヤちゃん。そうして──ポンッと音を立てて元に戻るあたし。へんにゃりとトレーナーさんの部屋で座り込んでしまう。

「お……終わったぁ…つ…つかれた…」
「……まだ、『慣れてない』か」
「へ?」
「…このまま、夜は提灯になって。日中は私がキタちゃんを回収して学園生活を送るっていうのはどう?」
「すごい落ち着いて、すっと寝れたでしょ?」
「キモチよかったでしょ?」
「それ、は………」
「もし壊れちゃっても、破けちゃっても大丈夫だよ?元に戻る時に破損は全部直るし」

魅力的な、提案。でも…あたしの本能が、訴えている。このままじゃ、ほんとに─堕ちちゃう。あの人へのモノとしての奉仕に目覚めてしまう。
それは…あたしのあの人への好きとは、また別の感情のはず。断わら、なきゃ───

「…うん。あたし、これからも提灯になる」
「ぼんやり光って、柔らかな光で入眠をお助けする…トレーナーさんのインテリアとして、役に立ちたい、カラ……♡」

……ふぇ?思ったことと真逆のことばを吐くあたし。なんっ…でぇ…?

「よく出来ました。…まだ立てないよね?じゃあ…もういっかい。提灯になろっ?」
「ふぁい………」

ちがっ…ちがうよ。あたし、そんなことかんがえてにゃいっ…!やめてよぅダイヤちゃん…あ、あぁぁあっ………やめっ

ぐしゃんっ!!!

ぴぎゅっ。

───それからというもの。あたしは日中は普通のウマ娘として、恋にレースに学園生活を謳歌し、夜はトレーナーさんの部屋へ。…あなたのお助け提灯として。
ダイヤちゃんから貰った鍵を使って、暗くなったトレーナーさんの部屋へぬるりと侵入する。
あたしの手には黒いリモコン。これを押せば、あたしは──提灯にはやがわり。何の躊躇いもなく、ベッドの横の棚に腰掛けて…ボタンを押す。

…かたんっ。ぐにいっ。ぐにん!………

……ゆら、ゆら。…ゆらり。

へんしん。押し潰されたような姿から、アコーディオンみたいにぐにっと自分で自分を引き伸ばして、あたしはゆれる。昏い部屋で。

みんなやトレーナーさんが褒めてくれる、丈夫なカラダや眩しいほどの輝きを持たない、脆く弱く、儚い光を発する存在へと成り下がる。

それが、とてもうれしくて。────あ♡

きた。ご主人様が、きたっ……今日はどんな光がお好みですかっ?あたしのひかりで、癒してあげますからっ…!
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