異世界交流


「何故今なんじゃー!」

 高級そうなスーツに眼鏡、よく手入れされた長髪、見るからにエリートに見える恰好をしている男はまとった威厳を投げ捨てるようにデスクの書類の山に当たり散らしていた。

「総裁、気持ちは分かりますが。仕事を増やすのはやめてください」

 男の正面に立つ秘書である女は机からこぼれた書類を集める。

「失敬、取り乱した。しかし、この状況は落ち着けない…」

男は一瞬背を伸ばし、表情を整える。しかしすぐに頭を抱える。


「それは困ります。トップが動揺は部下たちに連鎖するものです」

「心配ない。私にはそんな信頼も威厳も元々ないからね」

「でしょうね」

「少しはフォローしてよ!」

 男は駄々をこねるように叫んだ。

 閑話休題

「それで今後の指針は?」

 気を取り直し、秘書は無慈悲に聞いた。

「分かるわけないだろ?異世界との交流のやり方なんて…」

 男とその組織が直面している問題は、まさに異次元の問題だった。突如日本の東京に異世界とつながるゲートが開かれ、そこから現れた異世界人が国家レベルの交流を希望したのだ。しかもかなりでかいゲートだったので国家で秘匿するなどはできず、とりあえずその事実は世界の知るところとなったのだ。
 本来、この件は国家レベルの問題であり、国連の下部機関である『組織』が世界がこの問題に向き合う指針にまでかかわることはなかっただろう。しかし、『組織』の成り立ちが問題であった。『組織』はいわゆる超能力や怪異といわれるものなど超常的な問題に対処する組織だった。
 しかし、いかに超常といわれる現象だとしてもさすがに異世界となれば『知るか』の一言だ。そのはずだった。

「それでも一番分かるのは私たちです」

「そうなんだよなぁ~」

 異世界にはこちらの世界での科学に位置する技術となっている『魔術』といわれる技術がある。人の持つ生命エネルギーを利用する技術だとか。それを用いて異世界人はゲートを開いたのだ。
 そんな『魔術』こそが組織の専門である『超能力』のルーツであることが判明したのだ。遠い昔、異世界から何らかの理由で異世界人が持ち込んだ遺伝子、もしくは因子こそが現在ごく一部の人間に発現の起源となったらしい。
 しかし、それで二つの世界に交流が生まれたということもなく。ただ、『超能力』と『怪異』が蔓延することになった。そこに意味や目的はなく、歴史の中で多くの悲劇を産みもした。魔女狩りなどはその典型である。
 組織が立ち向かってきた問題は、まさにそういうものだった。人間の闇、社会の闇、『超常』が起こす問題も結局はそこに帰結する。その起源などそれこそ『知るか』であった。
 ただ、組織が積み上げてきた『超常』を解析することで得た知見は、異世界のことにも応用できるものだった。
 だから、当てにされる。

「解析はできても、それをどうするかまでは責任は持てない。私は政治家じゃないんだ。下手なことはできない。…そういえば例の金属の解析の報告上がってる?」

 男の問いに秘書は端末で確認し答えた。

「上がっていますね。まとめると硬度、性質ともに素材として優秀だとみられ、産業レベルの量が確保できれば革新的な~」

「ああ、分かった。みなまで言わなくていい。しっかり火種なんだな…」

「………」

 例の金属というのは異世界人が持ち込んだサンプル、撒き餌だ。それだけで各国が交流を持ちたがるだろう。男にとってうんざりすることだった。彼らには明確な目的があってこちらの世界と接触しているようだった。

「なかったことになんないかなぁ~」

 あまりの問題の多さに現実逃避したくなる男だった。

「どこからどこまでですか?」

 秘書は皮肉で返す。異世界との接触と交流それは世界のすべてを変えうるものだろう。宗教、文化、思想、技術そして軍事そのすべてを。そして国家間の関係にも大きな影響がある。場合によっては世界大戦すら考えられる。日本にゲートが開いたことは、不幸中の幸いかもしれない。アメリカにしろ中国にしろ日本以外ならいろいろバランスが崩れそうである。
 正直、男の手に負える問題ではないことは周囲の人間も本人も分かっている。そもそも男は総裁の立場を押し付けられたものなのだ。ゲートが開く以前に超能力者の起こした連続テロとそれに伴う戦乱で上層部は吹っ飛んだ。事後処理という巨大爆弾を押し付けられたのがこの男なのだ。正直どうしようもない。さらに異世界なんて言う核爆弾まで押し付けられた。

「はぁ~~~~、やっぱり先輩が死んでもで守ったもの投げ出すわけには行かないか」

男は数秒後に現実に戻る。

「とりあえずこちらの世界からゲートを開く技術が確立するまで接触は最小限にして時間を稼ぐように米国に掛け合おう」

 相手側の目的に確信が持てない時に、受動的にしか接触を持てないことにはリスクがありすぎる。互いの世界について情報格差がある可能性があり、そもそもゲートが日本でだけで開かれているなんていう保証もなく。
 最優先ですべきなのはゲートを開く手段の確立。次に変化をできるだけ緩やかにすること。ひとつひとつの要素が世界をひっくり返しうる。攻めて受け入れる時間だけでも稼がなければ。

「空間干渉の能力者をリストアップして協力者を募って」

「はい」

 男には本人の思っている通り、部下たちからは『できる』とは思われていない。だがこの困難極まる状況を認識しつつもそこにいる。その姿勢に対して支えてやろうと思われることはできている。

 秘書はイヤイヤ言いながらもやるところがこの男のいいところだと、改めて思いながら与えられた仕事をこなし始める。
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