シュヴァルグランがトレーナーの元カノと遭遇する話


「あっ」
「げっ」

 それは、僕とトレーナーさんが、街へと出かけている最中のこと。
 トレーナーさんは、正面からやってきた女の人を見て、凍り付いたように止まってしまった。
 目を大きく見開いて、口元を引きつらせて────あまり見たことのない、表情だった。
 それに対して女性の方は、そんなトレーナーさんの態度を見て、むっと眉を顰める。

「……何よ『げっ』って、私と会いたくなかった、とでも言いたそうね?」
「いや、そんなことは、まあ、その、今は、ほら、アレだしさ」

 なんとも歯切れの悪い返答をするトレーナーさん。
 二人が知り合いで、そして何やら、穏便な関係ではないのは明らか。
 けれど、僕は間に割って入ることも出来ず、おろおろと視線を彷徨わせるだけであった。
 我ながら情けないなあ、と思いながら、女性の方をちらりと見やる。
 恐らくはトレーナーさんと同い年くらいの、ロングヘアーの、スーツ姿の女性。
 いかにもキャリアウーマンといった感じで、姉さんが大人になったこうなるんじゃないかな、と思う。
 それと、まあ、美人さん、なんじゃないかな、と思う。
 ……心が、少しざわつく。
 この人と、トレーナーさんは、一体どういう関係なんだろうか。

「あら、その子は」
「……っ!」

 女性は、今になって僕の存在に気づいたのか、興味深そうにこちらへ視線を向けた。
 僕は反射的に帽子を深くかぶって、その視線から逃げ出してしまう。
 すると、トレーナーさんは僕の前に割って入ってくれた。

「この子は、関係ないだろ」
「ちょっと見ただけじゃない……そっか、アンタ、トレーナーになったんだもんね?」
「……ああ、何年か前に」
「ふうん、それはおめでとう、夢が叶って良かったわね、それで、その子が今の担当ってわけ」
「そうだよ、ニュースで見たことないか? 結構活躍しているんだけど」
「さあ、興味ないし」
「…………そうか、そうだったよな、ごめん」
「……へえ、謝るってことは、付き合ってた頃の私がどう思ってたか、自覚してたんだ」
「……それは」

 トレーナーさんの顔が、苦虫を噛み潰したかのように、歪む。
 ただ、僕はそれ以上に、先ほどの女性の言葉が気になっていた。
 
 付き合ってた頃の私。

 それはすなわち、この人が、トレーナーさんと特別な関係を持っていたということ。
 いわゆる、元彼女、ということだった。
 ずんと、気持ちが沈み込む。
 ……いや、それは変だろ、シュヴァルグラン。
 トレーナーさんだって立派な大人の男の人なんだから、恋人がいてもおかしくない。
 僕にとっては初めてをたくさん経験した男性だけど、彼にとってそうとは限らない。
 それは当然のこと、だから落ち込む理由なんて、ないはずなのに。
 僕は何故か、とてもショックを受けていた。

「────へーい、かのじょー♪」
「ひゃっ、ひゃい!?」
「あっこら……!」

 聞こえて来た軽い調子の声に、僕は我へと返る。
 顔を上げると、目の前にはひらひらと手を振りながら微笑む、女性の顔があった。
 思わず、変な声を出してしまう。
 どうやら、トレーナーさんの脇をすり抜けて来たようで、彼も慌てていた。
 そんな僕らの様子をまるで気に留めず、彼女は悪戯っぽく言葉を続ける。

「ちょっとさー、私とお茶しなーい?」
「へっ?」
「えっ?」

 思いもよらぬ誘いに、僕とトレーナーさんは間抜けな声を出してしまうのであった。


  ◇


「────ここ、パンケーキもなかなか美味しそうね、二人は何を頼むのかしら?」
「……アイスコーヒー」
「……人参ジュースで」
「そっ、じゃあ私もアイスティーだけにしておこうかしらね、あっ、店員さーん!」

 どうして、こうなった。
 僕達は、元カノさんにあれよあれよと喫茶店に連れ込まれ、一緒にテーブルを囲んでいた。
 キタさんとヴィブロスを足して二で割った感じの押しの強さが、彼女にはある。
 店内は、時間の関係もあって、お客さんはあまりおらず、注文した飲み物はすぐにやって来た。、 
 そして元カノさんはアイスティーのグラスをぐっと掴むと、それを高々と掲げる。

「それじゃあ、再会と新たな出会いを祝して、かんぱーい♪」
「えっ、あっ、その……かっ、かんぱーい……」
「シュヴァル、無理に乗らなくて良いから」

 僕は、流されるままに、元カノさんとグラスを合わせてしまう。
 すると、彼女は得意げな表情をして、トレーナーさんをじっと見つめた。
 トレーナーさんはため息一つ、まずは僕とグラスを合わせて、それから元カノさんとグラスを合わせた。

「アンタはむしろその子を見習いなさいよ、はい、お砂糖」
「いや、コーヒーに砂糖は入れなくなったんだ」
「……もしかして、昔より太った?」
「…………まあ、それはともかく」
「うわ、露骨に話ズラした」
「と・も・か・く、お前はなんでこっちにいるんだよ、向こうの会社に就職したんだろ?」
「それはね…………秘密♪」
「…………出た、秘密主義、そういうところ昔から全然変わってないな」
「あはっ、まあ実際は仕事絡みの話だから、細かい内容を外部に漏らせないだけなのよね」

 二人の間に、流れるような会話が続いていく。
 少しだけ乱暴な口調のトレーナーさんと、先ほどよりも口調の柔らかい元カノさん。
 僕の目の前で、二人だけの世界が形成されている気がして────少し、モヤッとした。
 
「あっ、あの!」

 気が付いたら僕は、会話に割り込むように、声を出していた。
 普段の僕だったら、絶対にしないであろう行動。
 すると二人の視線が、揃ってこちらに向けられる。
 トレーナーさんは、珍しいものを見るような目で
 そして、元カノさんは、何か値踏みをするよう目で、こちらを見ていた。
 臆してしまいそうなのを必死に堪えて、僕は何とか、喉から声を絞り出す。

「……その、ですね、お二人は、どのくらいお付き合いをしていたのかな……って?」
「ふふっ、それはね、ひみ──」
「同じ学校で、二年くらい付き合ってただけだよ、最後に会ったのは、いつだっけ?」
「…………卒業式の時。トレーナー学校入ってからは、アンタLANEすらしなかったわよね」
「ああ、そうだったな、だからもう他人みたいなもんだよ」
「……」

 ────いや、トレーナーさん、流石にその言い方は、ちょっと。
 元カノさんがすごい冷めた目でトレーナーさんを見ていたが、僕は見なかったことにした。
 どうにも、元カノさんに対して、トレーナーさんは言動が雑になっているような気がする。

 僕に対してはとても気を遣ってくれているから────正直、ちょっと羨ましい。

 大事に扱ってくれているのは、とても嬉しい。
 でも、この二人のような、気安いパートナーのような関係が、僕には眩しく感じられた。


  ◇


 それからしばらく、僕達は喫茶店で会話を交えていた。
 話しているのは主に元カノさんとトレーナーさんの二人で、僕はたまに話が振られるくらいだけど。
 それで、少し、わかったこと。

 まず、元カノさんは多分、良い人なのだろう、ということ。

 飲み物のお代わりを気にしてくれたり、時折、答えやすい話を振ってくれたり。
 殆ど知らないであろう僕を、良く気にかけてくれている。
 そして、その時に見せる、どこか懐かしそうな微笑みを前に、どうにも悪い人とは思えないのだ。
 
 そして、二人はお互いを、悪く思ってはいないのだろう、ということ。

 それは、お話をしている様子からもわかる。
 ずっと会っていなかったはずなのに、お互いをちゃんと理解し合っている。
 口振りはどうあれ、少なくとも、憎らしく思っているようには感じられない。
 そうなると、ある疑問が浮かぶ。
 僕には、それを聞く勇気は、なかったけれども。
 やがて、お代わりの人参ジュースと、結局頼んでしまったパンケーキが届いた頃。
 テーブルの上に置いていたトレーナーさんのスマホが────振動した。

「……」
「……」
「……」

 トレーナーさんは無言のまま、画面を一瞥して、内ポケットにスマホを仕舞う。
 けれど、静かな店内に、バイブレーションの音はずっと響き渡っていた。
 多分、電話なのだろう。
 しばらくの間、僕達は沈黙し続けていたが、やがて元カノさんが痺れを切らした。

「早く出なさいよ」
「……いや、店内で電話するのはさ」
「だったら外に出て、電話すれば良いでしょ?」
「…………ほら、シュヴァルを一人置いて行くのもさ」
「ぼっ、僕は大丈夫ですよ? 大事な用事かもしれませんし、どうぞ出てください」
「………………その、だな」
「随分と気遣い上手になったのね? 私と付き合ってた頃はデート中でもレースの速報見てたのに」
「……………………イッテキマス」

 トレーナーさんは、苦々しい表情を浮かべて、逃げるようにお店の外へと向かった。
 ……というか、トレーナーさんそんなことしていたんだ、今じゃ考えられないけど。
 そして、その場には僕と、元カノさんが残される。
 気が付けば、店内のお客さんはいなくなっていて、店員さんも見えず、本当に二人きり。
 お互い言葉を発さず、グラスの中で、氷がからんと転がる音が、妙に響く。
 何か喋った方が良いだろうか、そう考えていた矢先。

「……ねえ、シュヴァルさん、で良かったかしら?」
「はっ、はい!? あっ、べっ、別にさん付けなんてされなくても……!」
「ああ、これは職業病みたいなもんだから気にしないで……それで、シュヴァルさん」

 元カノさんは、じっと、僕のことを見つめる。
 真剣な表情で、何かを見定めるように、視線を外すことなく。
 普段だったら僕の方が目を逸らしていただろうけど、何故か、そうしてはいけないと思った。
 今この時だけは、逃げてはいけないと、心の奥底で僕自身が叫んでいるから。
 数秒、けれど無限にも感じられる時間が経った後────元カノさんはにぱっと、悪戯っぽく笑った。

「アイツのこと、好きなんでしょ?」
「…………ふえ?」

 一瞬、何を言われたのか、わからなかった。
 元カノさんの言葉が、じっくりと脳に浸透して、ようやく思考回路がそれを取り入れて。
 僕の顔は、燃えるように、かあっと、熱くなった。

「なっ、ななっ! そんな! 僕が、トレーナーさんを、好きとか! そういう!?」
「あはっ、かわいー♡ うんうん、別に照れなくても良いわよ、アイツに言ったりしないし」
「あっ、あうう……」

 それは、僕が、心の奥底に仕舞い込んでいた想い。
 トレーナーさんにも、他の人にも、決してバレないようにしていたはずの想い。
 ……まあ、姉さんやヴィブロスには、すぐにバレちゃっていたけど。
 …………もしかして、かなりわかりやすいのかな、僕。
 元カノさんは楽しそうに笑いながら、ストローでアイスティーをかき混ぜる。

「いやあ、でもシュヴァルさんも、厄介なヤツを好きになっちゃったわね?」
「…………トレーナーさんは、とても優しくて、素敵な人です、厄介なんかじゃないです」

 元カノさんの言い方に、思わず、むっとなってしまった。
 確かに、過去の過失はあったみたいだけど、そんな言い方は良くないと思う。
 けれど彼女は、僕の視線にまるで臆さず、言葉を続けた。

「えー、厄介でしょ、鈍感なくせに、本人すら知らない、言って欲しいこと伝えてくるし」
「うっ」
「やたらこっちが無理するのは拒否するくせに、自分は好き放題無理するし」
「ううっ」
「せっかくサプライズプレゼント用意したのに、カウンターでサプライズを返してきたりするし」
「うううっ」
「普段は指一本触れようとしないのに、感極まると気軽に手を握ったりさ」
「うううう……っ!」

 ごめんなさい、トレーナーさん。
 何一つ、僕には、否定ができません。
 というか、本当に昔からああなんですね、トレーナーさん……。
 
「────でも、気を付けた方が良いわよ、シュヴァルさん」

 急に、元カノさんの声のトーンが変わった。
 先ほどまで、どこか緩んでいた彼女の顔が、一瞬にして引き締まる。
 これから伝えることが大事なことだというのが、嫌でも伝わって来て、僕は背筋を伸ばした。

「アイツはさ、一つのものに、とにかく夢中になるのよね」
「……一つの、もの?」
「付き合っていた頃は私、その次はレース、今はシュヴァルさん」
「……っ!」
「夢中になっている時は周りが見えないくらいに、そして、その対象が変わった時は」

 ────夢中になっていたものが、『周り』になる。
 元カノさんじゃ、とても、とても深い実感のこもった声で、そう言った。
 そして、トレーナーさんがいるであろう、外を見ながら、寂しそうに呟く。

「それで、そうなったらそっちに一直線…………薄情よね?」

 今は、僕が担当ウマ娘だから、僕のことを見ていてくれる、一緒にいてくれる。
 けれど、僕はいずれ、現役を引退し、トレセン学園からも卒業する。
 そうしたら、トレーナーさんはどうするだろうか。
 決まっている、また別のウマ娘を担当して、その子と一緒にいて、その子を見つ続けるだろう。
 きっと、僕なんかに、見向きもしないで。
 トレーナーさんの、『過去』になる。
 それは、すごく寂しくて、すごく辛くて、すごく悲しくて────嫌、だった。

「…………あっ、ごっ、ごめんなさい!」
「…………えっ?」
「私ったら、つい……泣かせるつもりはなかったのよ……」

 元カノさんが、慌てた様子で立ち上がって、僕にハンカチを差し出して来た。
 何を言っているんだろうと思い、僕は目元をそっと触れる。
 ────目尻から、一筋の涙が流れていることに、僕はようやく気が付いた。

「……少し、脅かし過ぎてしまったわね」
「ぼっ、僕の方こそ、勝手に泣き出してしまって、すぐに、止めますから……!」

 僕はハンカチを受け取って、目元に当てる。
 何度か、大きく深呼吸をして、心を落ち着かせると、涙はぴたりと止まった。
 元カノさんと僕は、ほぼ同時に大きく安堵のため息をついた。

「本当にごめんなさい、シュヴァルさんに、同じ想いをして欲しくなくて」
「あの、本当に気にしないでください」
「……お詫び、ってわけじゃないけど、もう一つだけ伝えておくわね?」

 こほん、と元カノさんは咳払いを一つ。

「アイツは薄情だけど────繋いだ手を振り解くほど、薄情じゃないわ」

 元カノさんは、自分に言い聞かせるように、言葉を紡いでいく。
 そんなことは、わかっていた。
 そんなことは、わかっていたのに。
 懐かしむような、悔やんでいるような、そんな表情だった。
 
「だから、ずっと居たいのなら、ずっと手を離さないこと、いいわね?」

 遠い過去を見るような目で、彼女は僕を見る。
 その瞳に映し出されているのは僕なのか、僕の瞳に映る、自分自身か。
 彼女の言葉には、筆舌に尽くしがたい、ずっしりとした想いが乗っかっている。
 僕はそれを受け取りながら────口からすり抜けるように、質問をしていた。

「あの、どうして、トレーナーさんと、別れたんですか?」

 それは、言うべきではない質問。
 それは、聞くべきではない質問。
 僕自身、何故、口にしてしまったのか、わからなかった。
 元カノさんも、まさか聞かれると思っていなかったのか、目を丸くする。
 けれど、すぐにくすりと微笑んで、口元に人差し指を立てて、彼女は囁くように言った。

「…………秘密♪」


  ◇


「いやあ、良いお店だったわね~!」
「……何で俺がお前の分まで払わなくちゃいけないんだよ」
「良いじゃない、慰謝料? 手切れ金? というわけで」
「人聞きの悪いこと言わないでくれるかな」

 トレーナーさんが戻って来た後しばらくして、僕達はお店を出た。
 愚痴を零しながら、トレーナーさんは財布をポケットに入れる。
 ……なんだかんだで支払っている辺り、ちょっと負い目を感じているんだろうな。

「じゃあ、私もう帰るわ、デートの邪魔して悪かったわね?」
「デッ、デートって……!」
「いや、デートとかそういうのじゃないから、シュヴァルに失礼だろ」
「……」
「……」
「えっ、なんで二人ともそんな顔で見てくるんだ?」

 そんな顔ってどんな顔だろう。
 そう思って、僕は元カノさんをちらりと見やると。
 彼女は『何言ってるんだコイツ』と言わんばかりの表情を、トレーナーさんに向けていた。
 多分、僕も同じ顔をしているんだと思う。
 元カノさんは大きくため息をついてから、困ったような笑顔を浮かべた。

「シュヴァルさんも苦労するわね、まっ、アンタも精々頑張りなさいね」
「ああ、お前も元気で、なんやかんや言ったけど、久しぶりに会えて本当に嬉しかったよ」
「…………バカ」

 なんとも複雑な顔で、元カノさんは声を漏らす。
 零れたその一言には、きっと、色んな想いが込められていたのだと感じた。
 そして、彼女は僕の方に向いて、柔らかな微笑みを浮かべる。
 
「シュヴァルさんも、頑張ってね?」

 元カノさんの、心からのエール。
 僕は、それに何とか応えてあげたいと、そう思った。
 
「……っ!」
「シュッ、シュヴァル!?」
「あら」

 だから僕は、トレーナーさんの腕に、ぎゅうっと抱き着いた。
 胸が当たってしまうのも気にせずに、しがみ付くように、強く。
 そして、元カノさんに向けて、僕の気持ちを、出来るだけはっきりと言葉にした。

「ぼっ、僕は、絶対に、離しませんから……!」

 元カノさんは、きょとんとした顔になる。
 そして顔を伏せると、ぷるぷると肩を震わせて────破裂するように笑い始めた。
 心の底から楽しそうに、嬉しそうに、色んなしがらみを晴らすかのように、大きな声で。

「あはっ、あははっ! いや、良いわね、シュヴァルさん! 次の天皇賞は応援させてもらうわ!」
「……レースは興味ないんじゃなかったのか?」
「あら、女の趣味なんて案外すぐ変わるものよ……男が絡んでいる時は、特にね?」
「……そっか、それは良かった」

 トレーナーさんは、どこか安心したような顔をした。
 きっと、彼は、誤解をしている。
 元カノさんが意図した通りに、正しく、誤解をさせられている。
 多分それは、あえて訂正しない方が、良いことなのだろう。

 こうして────元カノさんとの出会いは、終わりを告げたのであった。

「……あの、シュヴァル、そろそろ離れてもらっても」
「……ダメです」

 元カノさんと別れた後も、僕はずっと、トレーナーさんの腕にくっついていた。
 通りすがりの人からも見られて、とても恥ずかしかったけれど、離れたくなかったから。
 トレーナーさんの太くて、逞しい腕を、僕の身体で包み続ける。
 困ったような顔をしながらも、彼は決して、それを振り解こうとはしなかった。
 
「あー、シュヴァル、それで、なんだけどさ」
「……なんでしょうか?」

 諦めたトレーナーさんは、少し目を逸らしながら、言いづらそうに頬を掻く。
 やがて、意を決したようにこちらを向いて、問いかけて来た。
 少し、不安そうな顔をしながら。

「アイツさ、俺について、なんか変なこと言ってなかった?」

 多分、元カノさんがここにいたら、呆れた顔で大きくため息をついていたことだろう。
 それを思うと、彼女が少し、不憫に思えてしまった。
 だから僕は、元カノさんの分の意趣返しも込めて、人差し指を口元に立てる。
 そして目を細めて、微笑みを浮かべながら、トレーナーさんに伝えるのであった。

「……秘密、です♪」
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