荒廃世界の落とし物


ただでさえ喧騒とは程遠い街に、夜が訪れた。世紀末を感じさせるようなこの街の中でも特に荒れ果てた、エネミーの一匹も現れないようなビルの屋上。そこにはスマホがぽつん、と置いてあり周囲を淡く照らしている…それがきっと、今の俺の姿なんだろう。
俺は閉ざされたスマホの中で、楽しかった頃を思い出していた。インフィニティブレイブの社員としてエネミー討伐をしたあの日、みんなで結界練習をしたあの日…あれからどれ程の時が経ったのだろう。あの頃の友人たちは今何をしているのだろうか、そもそも生きているのだろうか。…そんなことを、夢想していた。

それからしばらく…いや本当にしばらくか?まあとにかく時間が経った。そして俺の意識も、夢から覚めるように過去から現実へと移行した。気がつけば、太陽がジリジリとスマホのソーラーパネルを焦がしている。こうして、今日も俺は、来なくて良いような明日分のエネルギーを、気が付けば手にしている。俺は異能のお陰で不朽のスマホの中の、寿命という概念が存在しない生命体なのだ。太陽が爆発でも起こさない限り、俺は生きることも死ぬことも出来ずに、このような毎日を過ごすことしか出来ない。義体も他の機械も失ってしまった今となっては、このスマホを出てからの行き先も、この場から逃げ出す足も持ち合わせていない。このままじゃ、この陽炎の中で気が狂ってもおかしくは…いや、もう既に狂っているのかもしれない。…このような思考は、周りの無機物さえもが朽ち果てなお、ずっと回り続ける。

…こうして生きているのか死んでいるのか、起きているのか眠っているのかもわからない日がずっと続くと思っていた。ずっと目の前にあったコンクリート片すらも、いつの間にか風化して、とても小さくなってしまった。そろそろ、能力で意味もなく暴れてそのまま消えてしまおうか…スマホ以外の明かりの一つもない暗がりの中、そのような思考が頭を埋めた時だった。屋上のドアを破って、なぜか現れたのだ。痩せ細り、様々な機械…メカと呼ぶのが相応しいだろうか…を身に付けた、パッと見人間だかエネミーだかわからんような男が。
「…やっぱあった、光源はコイツか!」
男はそういうなり俺…スマホを見て目を輝かせて手に取る。そしてそのまま嬉しそうに懐に仕舞おうとした。
「ちょっ…一体何なんだお前!?」
久しぶりに揺れる視界、久しぶりに聞く他人の声…その全てに対して俺は叫ぶ。生命体…しかも人間なんてここでは一度たりとも見たことがなかった筈だ。ああ、いよいよ俺は狂ったのかもしれない。幻覚が見えてしまう程に。
「喋ったってことは…エネミーだったのか!?すっげー!スマホのエネミーってとこかな!」
男は叫ぶ俺に驚いたかと思えばさらに目を輝かせ、俺を見つめる。何だコイツ。しかも変な呼び名を付けやがって…
「…俺はバグのエネミー、ケイ。お前は?なぜこんな場所に?」
…取り敢えず、自己紹介と質問をすることにした。こういう時こそ冷静になるべきだろう。相手のペースに飲まれるな、俺。
「…あっ自己紹介!俺は東益(とうます)栄治(えいじ)!機械弄りばっかしてたらコロニーを追い出されてここに来た!」
忘れてた、という風に笑う男…もといエイジ。何が何だかわからんが、変人が愛想を尽かされて路頭に迷ってやってきた…ということだけはわかった。
「そうか、ここに居ても野垂れ死ぬだけだぞ」
俺は言う。こんな場所に衣食住なんてある筈がなかった。さっさとこの場を離れるのが賢明だろう。そう思ったのだが、エイジの返答は斜め上を行くものだった。
「えっ?うーん…何処にも食べ物なんて無いしなあ…どうせ死ぬなら…なあバグ、お前やって欲しいこととか無い?」
「はあ?」
思わず声が出る。何言ってんだコイツ。「死ぬぞ」と言われてのうのうと他人の要望を聞き始めるとか…どうかしている。それとも、そうすれば食べ物が貰えるとでも思っているのだろうか。そんな俺の思考を遮るように、エイジは続ける。
「だってさ!俺の機械で誰かを笑顔に出来て終われるなら、すっげー嬉しいことじゃん!」
屈託の無い笑みをうかべるエイジ。その言葉に嘘偽りはなさそうだった。…どうやら、どんな時代にも他人を愛してやまない人間というのは居るらしい。唖然としている俺をよそに、エイジはずっと夢物語や理想を語り続けている。その様子は何だか、昔の仲間たちに似ているように感じた。真っ直ぐに生きて、俺の心に気持ちや思いを遺して逝ったアイツらに。だからだろうか。コイツの行く末を見届けたい、そう思ってしまったのだ。
「…なら、こういうのはどうだ?お前はお前の機械で人を笑顔に出来るように旅をするんだ。その間俺はお前のことを見ててやる。だから、楽しませてくれよ。もちろん、アドバイスやサポートはやってやる。…どうだ、悪くないだろ?」
…少し高圧的な物言いになってしまった。大丈夫だろうか。
「なんだそれ…まあ、お前がそうしたいってなら乗ってやるよ!改めてよろしくな、バグ」
俺の不安をよそに、エイジは楽しそうに快諾した。つくづく変な奴だと思った。それにしても、今の俺の顔は画面に、エイジの瞳にどう映っているのだろう。きっとかつての長命なエネミー達のような、何処か読めない怪しげな笑みが映っているのではなかろうか。だって、これからのことを考えると久々に楽しいと思えたのだ。限りある命が生き汚く…いや、コイツの場合はそうでもないが…まあとにかく生きていく様子を間近で見る。その面白さがこの歳になってようやくわかった…のかもしれない。
「これからよろしく頼むぞ、エイジ」
これからに胸を躍らせる。俺たちの門出を祝福するように、朝日が登り始める。しばらくは明日も、太陽も妬まなくて良さそうだ。その反面、コイツもまたかつての仲間達のように俺の心に気持ちを、思いを遺して逝くのだろう…なんて思った。

◯余談とか
・皆さん知ってのとおり、寄生者さんのSSと同じ世界観で執筆しました。とても楽しかったです、許可をくださりありがとうございました。
・実を言うと、ケイの心情描写って自キャラの中で一番少ないと思うんでSSでいろいろ書けてよかったなー、と思っております。意外といろいろ考えてるっていうのが表現できていたら幸いです。あと、本編に比べて長寿エネミーっぽくなってきているのを表現できていたら嬉しいです。
・「生きているのか」、と心配しているのは主にヴォーパルさん、辷楽さん、サソリさん、サメさん、シルクさん、ソーシャさん、幽霊さん達…つまりケイより年下のエネミーを指しているつもりです。そして「長命なエネミー達」は主に寄生さんや空間さん達、ケイより年上のエネミーを指しているつもりです。(この辺の話は、ケイから見た様子、ケイが想像した考えなので悪しからず。)
・東益(とうます)栄治(えいじ)はトーマス・エジソンをもじった名前です。このアポカリプスな世界で栄治(栄えを治す)という名前は個人的にとても気に入っています。明るくて変な奴です。「お前が作るキャラ、大体そんな感じじゃね?」なんて言われたら泣きます。
・投げっぱなしで終わっていますが、続きは気が向いたら書きます。(別に要らない。)
・このSSの内容や文章表現、キャラの台詞は「1000年生きてる」という曲に影響されてます。URLを貼っておくので合わせて聞いてみて欲しいです。https://youtu.be/3em-J9yYPAo
・最後に。読んでくださりありがとうございました!
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