陶器でできた貴婦人の彫像の中からパンツ一丁のおっさんが出てくる話と性転換(♂→♀)←過程をじっくり


 前回までのあらすじ。
 "壊滅"の悪魔サンダーボルトが、小説家志望の無職、御堂千晴へと迫る。

『体ヲ……ヨコセ……!』
「お、オレの体はポッキーみたいに痩せてて美味しくないですよ……?」

 その類い稀なる精神力でサンダーボルトの魔影を一度は跳ね除けた千晴だが、今度は柔道部員を取り込んだ、"強壮"のウィッチに襲撃される。

「グギィッ! ……おイ、オ前……音楽ハ、好きカ?」
「う、そーん……」

 そして千晴にとり憑き、少し調子を取り戻したサンダーボルトに、再び契約を迫られた千晴は、悪魔と契約し"壊滅"のウィッチとなってしまうのだった……。

「ウガァアアッ! 死ネーッ」

 トゲ付き装甲の両腕を広げ、サンダーボルトへ突撃するビートルホーン。
 怒りのままに走る彼は最早、"強壮"の悪魔技能を使う素振りすらない。

 赤い三角目を尖らせ、食い縛った牙からヨダレを滴らせ、自分が悪魔であることすら忘れてしまったようだ。

「……」

 怒りの矛先は"壊滅"のウィッチ、サンダーボルト。
 当の彼女は目を閉じた余裕の微笑顔で、むき出しの背中をビートルホーンへ向けている。

「ガァッ! 死ネェ!」

 ビートルホーンの巨体が跳び上がった。
 ツノとトゲの装甲が宙を唸り、ツメを尖らせ、そしてその瞬間サンダーボルトの頭部の炎から黒い爪先へとスパークがはしる。

「壊滅キック、サンダーボルト・カウンター。ハッ!」

 ビートルホーンのツメが魔女の頭へと達する直前、サンダーボルトの振り向きざまの回し蹴りが、カブトムシ怪人のわき腹をとらえた。

「ウガ───ッ!」

 稲妻をまき散らし、悲鳴をあげてブッ飛ぶビートルホーン。
 その装甲体が岩砂肌へと叩きつけられた時、"強壮"の魔影が剥がれ、気絶した柔道部員がその場に転がった。「う、うぅ……。ここ、は……?」

『や、やったのか?』
「魔影が剥がれたな。中途半端にとり憑くからだ……んっ?」

 鼻を鳴らして馬鹿にしたような笑みを浮かべる、サンダーボルト。
 しかし、すぐに彼女の姿にもブレが生じ、怪訝な顔をした悪魔が、次の瞬間には小説家志望のメガネ顔に戻っていた。

「うん? えっ……あ、ああっ!」
「何ィ──ッ!?」
「も、戻ってきたァ! オレの体──あ、あれ」

 小さな黒い妖精がはじき出され、千晴はハスキーボイスで大歓喜。
 その声に違和感を覚え、歓喜もそこそこ、喉に手をやる。

「あれ、え……あ、あれ」
「おいコラ、もっぺん変身しやがれ! アタシの体が小っちゃくなっちまった!」
「あ、あー!? あー!」

 顔の周りをくるくる飛び喚く悪魔を気にもとめず、発声を繰り返す千晴。
 彼が手をやった喉には、成人男性には普通あってしかるべき、固い膨らみが失せていた。

「聞いてんのか? おーい……」
「お、お、お……!」
「お?」

 妙に丸く柔らかく細くなった肩を抱き締め、その感触も加わって、千晴はわなわなと震えだす。
 その様子に叫声の予感がして、小さな妖精サンダーボルトは慌てた顔で耳を塞いだ。

「女の子になってるー!?」

 時は初夏、冬の寒気が薄らぎ暖気の張り切りはじめた、青い空。
 元・成人男子の心の叫びが、さわやかな春の空にこだました。

 千晴宅。
 多数のアイドルやマンガ・ゲーム映画のポスターがはられた部屋で、千晴は必死の形相に目を落とす。

「……ホッ。無くなってはない、な。夜が明けても、そのままだ」
「アラそう。でも思い返してみて? アナタの記憶より、ちょっと小さくなってな~い?」
「いぃ~っ!? だ、黙れ黙れ、悪魔退散!」

 パンツが少しズリ下がったまま、腕を振り回して暴れる千晴。
 ただでさえ筋肉の少ない腕だったが、今は見た目だけならサンダーボルトの細腕と何ら変わらない。

「当然よ~♡ アタシと契約して、不完全でも"壊滅"のウィッチになったんだもの。そのうち、アタシ好みの素敵な女の子ボディーになるわ。そうなれば……」
「じょ、冗談じゃないっ。ガキの頃から容姿で散々からかわれたのに、正真正銘のオンナになってたまるか!」

 きゃらきゃら笑って、闇の妖精が飛び回る。
 闇堕ち・ティンカーベルめ。千晴は心のなかで毒づいた。

「ほら、オトコなら些細なことなんて気にしない。そんな事より出かけるわよ、仕度しなさい」
「些細じゃないよ。人のシンボルの危機だぞ、まったく……」

 ぶつくさ言いながら絵の具模様の服に手を通す千晴。
 ふと、ブロンドに染めた髪を揺らして、あれ、と思う。

「なんでオレが出かけるコト知ってんの? 予定のメモなんか、してないぞ」
「はぁ? アタシと契約したアンタには、魔力を集める義務がある、つったろーが」

 途端にむくれて、腕を組むサンダーボルト。
 改めてよく見ると、この悪魔の露出度はヤバい。生足を絡めた足組みが目に入り、千晴は慌てて目をそらした。

「アタシたち悪魔の現界維持には、お前ら人間の生命力エナジー……魔力が必要だ。できるだけ人間の多いトコで、アタシに変われ。そしたらサバトを開く」
「サバト?」

 サバト。
 悪魔それぞれが持つ、自らの悪魔技能を最大限発揮する、固有の世界を展開する闇儀式である。
 空間内部に含まれた人間は、生命力エナジーを吸い取られ、そのままなら普通は衰弱死する運命にある。

「だ、ダメだぞ! そんなの許さないからな!」
「許す、許さないじゃないっつーの。契約したアンタとアタシの存在はリンクしてる。アタシの魔力が尽きたらアンタも道連れ、共倒れよ」

 唾を飛ばしてくってかかる千晴をかわしながら、サンダーボルトは呆れた顔をした。
 アンタら人間だって、他の生き物を食べるでしょうが。ソレと何が違うワケ?

「ビートルホーンの魔力を食べたとはいえ、これっぽっちじゃあスグに──」
「だめだめだめーっ! そのサバトってやつ禁止! 破ったら死んでも変身しないから!」

 メガネのレンズを真っ白にして言い捨てると、千晴はバッグを手に取り、逃げるように部屋を飛び出す。
 サンダーボルトは呆れ顔でため息をつき、闇の瞬きと化して千晴のあとを追った。

 そよ風ニュータウン、駅前広場。
 恰幅のいい市長が、よく私物にしている広場には、常に何らかの催しが開催されている。

 海洋展覧会やら科学・歴史展、アイドル撮影会にホビー・ゲーム大会、アニメ映画が上映された事もあった。
 とにかく行けば何かしらあるので、小説のネタ探しや行き詰まった時、千晴は駅前へ訪れることにしている。

 今日は美術個展をやっているようで、たっぷりとワックスを乗せた、七三分けの若い市長が熱く語って演説している。

『──というわけでして、孫ほどに年は離れども、彼の作風に胸を打たれたワタクシが、友人として、ここに"マイマボー展"を開催したのであります』

 スチール・マイマボーは、先日亡くなった、老年の芸術家だ。
 千晴がテレビで見た顔は、幾重の深いシワにたるんではいるが、高名な芸術家のバイタリティに溢れた人物だった。

「彼の作品は親子の愛、特に母親をテーマにしたものが多いんだってさ」

 ステゴサウルス親子の彫刻に目をやりながら、千晴は言った。サンダーボルトは頭の後ろに手をやり、寝そべった格好で「興味な~い」のポーズをしてみせる。

 そこへ唐突に、元気な声がとどろいた。

「やあ、ガール! まだ若いのにマイマボーの作品に興味があるのかい!」

 ずっこけた千晴を助け起こし、タンクトップにスキンヘッドの筋肉マンがハッハッハ! と笑う。

「彼の作品はね、凄いもんだぞ! 母の胎内を思わせるような……飲まれるような迫力で、圧倒される」
「あ、あの……オレ、男です。千晴といいます」
「ホワイ? それはスマなかったね、チハル・ボーイ! ハーハハ!」

 四角いアゴを揺らし、マッチョマンが豪快に笑う。
 幼い頃から女性に間違われてきた細身の千晴にとって、彼の姿は、ど真ん中ストレートに憧れるものだった。

「あの、あなたもマイマボー先生の作品を?」
「いいや。彼のファンだが、たまたまだ。日課のジョギングのコースにしていてね!」

 眩しい白い歯が、キラーンとチカる。

「今日は、いい日だ! 偶然に尊敬する母と会えて、その上、新たなフレンドまで生まれた!」
「おじちゃん、おじちゃん。どいてよぅ……」
「うん?」

 声がした方へ二人が目を向けると、ほつれたクマの縫いぐるみを抱えた女の子が、筋肉幹の太い丸太に訴えている。

「どいてよ、おじちゃん。見えないよぅ」
「おお、これは失礼した。そらっ!」
「わ!? わぁ──」

 マッチョマンが幼女を拾いあげると、滑らかな後頭部に掴まらせ、肩車をしてみせた。

「わぁ! すてござうるすだぁ」
「エクセレントな日だ! こんな素敵なレディーとも、知り合えた!」
「スゲェ……憧れるなぁ。ん、そういえば……」

 二人の意識が恐竜に向いている隙に、千晴は声を潜めサンダーボルトに喋りかけた。

「うっかりしてたけど、隠れててくれよ。裸のフィギュアを連れ歩く変態だと思われる……」
「あー? 普通の人間に悪魔実体は見えねぇわよ! 声も聞こえないし」

 寝そべり姿勢のまま、サンダーボルトは答える。
 確かに、ヘタな昆虫よりは背が高いのに、誰もこのハレンチ闇堕ちティンカーベルに怯んだ様子も見られなかった。

「なら大丈夫か。サバトすんなよ」
「うるせぇな。しね~よ」

 しないよ、なのか死ねよ、なのか分からないトーンで言って、サンダーボルトがそっぽを向く。
 千晴も、この悪魔を無視して芸術を楽しむことにした。

「ヘイ、ガール! 見たまえ、聖母アリアナ様の像だ!」
「わぁ、すごーい!」

 マッチョマンに肩車されたまま、幼女は両手を上げてバンザイする。
 見上げた千晴も、感嘆の声をあげた。なるほど、よく出来ている。

 『聖母アリアナ女神像』とめい打たれた像は、布を巻いた服装の、妙齢の女の姿をしており、植木と花に囲まれた中心に、自らを抱くようにして立っていた。

 その顔は慈悲を多分に含んだ、冷たい陶器ながらも柔らかな笑顔をたたえている。

 明らかに個展の目玉らしき像は、近くにベンチもあり、よく目立つので待ち合わせ場所にも使われているらしかった。

「萌え、萌えーっ!」

 焦る女の声が駆け込んできて、マッチョマンへとすがりつく。
 肩車をした幼女の顔が、パッと明るくなる。

「あ、お母さん!」
「やあ、レディー。お帰りかい? さあ、ママのもとへお行き」

 筋肉の塔からゆっくりと降ろされ、母へと抱きつく萌え。
 涙の跡を残す母に、マッチョがまたも白い歯を見せた。

「ありがとう、ありがとうございます! 何とお礼を申し上げれば……」
「いいんですよ、お母さん。子供を守るのは、大人の義務。育てた体を正しいことに使わねば、天国のママにも怒られますからなぁ!」

 ハッハッハ! と笑うマッチョ。
 何度も頭を下げる母と、笑顔で手を振る女の子を見送り、それから千晴は夕陽に焼かれるマッチョを見た。

「いやぁ、実に素晴らしい日だ! それではガール、いや千晴ボーイ!」
「は、ハイ!」
「また会おうッ! わたし達はね……実を言うと、そう遠くない日に再会する! そんな気がしてならない」

 ハーッハッハッハ! 最後のひと笑いをして、ジョギングへと戻るマッチョマン。
 いい気分で帰路につこうとする千晴に、サンダーボルトが囁いた。

「おい、サバトだ」
「もう、またソレ? やるなってば──」

 ゲンナリ顔でうめく千晴の顔を挟み、引っ張るサンダーボルト。

「違うわバカ! サバトが始まる。アタシのじゃない。別の悪魔が近くに居るぞ」
「えっ?」

 暗転。
 夕焼け茜が、黒へと染まり、周囲が赤と黒色に穢れる。

 多数の悲鳴、そして物音。やがて辺りは夜となり、先までが嘘のように静まりかえった。

 サバトの、始まりだ。

「ど、どうなった? 皆どうしたんだ?」
「急に生命力エナジーを吸われたんだ、気絶してるよ。放っといたら、おダブツね」
「な、なんでオレは平気なんだ?」

 思わず声が裏返る。
 見ると、千晴の周りの人たちが、皆一様に青ざめた顔で倒れていた。

「お前が"壊滅"のウィッチだからだ。どうする? アタシに変われば脱出ぐらいはしてやるよ」
「そ、そんな……! あっ!?」
「たーだーしィ、──あ? おい! どこへ!?」

 千晴は突然、駆け出した。したり顔で何か言おうとしていた、サンダーボルトが慌てて宙を滑り、後を追う。

「いない……あの子は!?」
「急に走るなよ! このカラダは小──聞けよ、おい!」

 倒れた女性の姿を確認すると、千晴は周囲を見回した。あの女の子がいない。

「おい、悪魔! さっきの女の子が、サバトを歩けるように見えたか!?」
「あ? ナイナイ! ウィッチでもないフツーの人体が、サバト内部を──おいってば!」

 最低限、聞ければ充分。またも走り出した千晴を追い、サンダーボルトが涙目になる。

「いた! その子を返せ!」
「落ち着け、バカ! 悪魔の力・ナシにウィッチが、どうやって戦うつもりだ!」

 歪に抱きついたステゴ親子を、無理に人型に押し込めたような怪物。そいつが、あの女の子を小脇に抱えている。
 お母、さん。呟き声を耳にして、千晴が冷静さを失った。

「放せーっ!」
「落ち着けってば! アタシに心を委ねろ、変身だ! でも、」
「変身ン!」

 顔を真っ赤にして、吠える千晴。その勢いに悪魔の方が怯みながら、千晴の胸へと吸い込まれる。
 たちまち、千晴の体が闇の炎に包まれた。

 伸ばした両手から血の気が抜け、両足は黒く染まりヒール靴に。
 最低限の黒ビキニの上から、最低限の布きれを羽織り、ゴツい白ベルトで締める。

 さらに後ろ髪が肩まで伸び揃い、ブロンドから濃いパープルへと染まる。
 アタマ後ろから闇の炎を噴き出して、キバをちら見せフフンと笑うその顔は、もはや千晴のものではなかった。

「"壊滅"のサンダーボルト。押し切らさして、まかり通る!」

 ──壊滅のウィッチ、ここに降臨。

「行くぜ行くぜ、行くぜぇーっ!」
「ガアアッ!」
「はっ。おっそい、遅い!」

 雷の勢いで、サンダーボルトがステゴ怪人へと迫る。
 迎撃に繰り出された、ステゴ怪人の腕スパイクを、難なくかわして蹴りを入れる。
 怪人がうめいて後退し、わきに抱えたものが揺れた。

『やめろ! まだ女の子がいるんだぞ!』
「ああ? るっさいなぁ。サクッと早く倒しちゃえば、あのガキも浮かばれるもんでしょ」
『ダメだダメだ! あの子を助けないなら今後、変身なんてしないぞ!』

 出来もしないことを。舌打ちをして、悪魔は怪人に向き直った。
 やむを得ない。宿主のウィッチがイヤがっては、悪魔の力も剥がれかける。

「ガアッ」

 おお振りに猛腕を振るい、サンダーボルトへ躍りかかるステゴ怪人。
 攻撃の範囲を広げたが、がらあきになった腹へとサンダーボルトが潜り込んだ。

 ドン、ドン! ドン!
 裏拳とジャブのワン・ツーが決まり、うめくステゴ怪人。たたらを踏む巨体の小わきに、既に小さな体は無かった。

 女児を抱えて、悪魔が叫ぶ。

「そのまま、寝てろっ!」
「グアア……ッ!?」

 突き出された前蹴りで、悲鳴をあげて吹っ飛ばされるステゴ怪人。
 彼が身を起こした時、片手をあげたサンダーボルトの、頭上に浮かぶ天体を見ることになる。

「天におわします、壊滅の星──サンダーボルト・デスボール」
「……!?」

 無造作に投げつけられた"壊滅"の天体を、その正体を理解する間もなく、ステゴ怪人は全身で受け止めた。

 壊滅の稲妻光がはしり、石の体に、まんべんなくヒビが入る。

「ガ、ガガガッ」

 爆発。
 煙と爆炎を噴き上げ、ステゴの彫刻が弾けとんだ。

 抱えた女児をその場に降ろすと、変身を解こうとしたサンダーボルトの動きが止まる。

『や、やったか? 早く変身を……』
「──待て、チハル。これは」
「……オ、ガア、サ」

 足元に転がった、ステゴの首。悪魔技能の影響を受けたであろう、その欠片は今も止むことなく話している。
 お母さん。怪人の死骸が喋る言葉を認めた時、

 もう一つの爆発が、発生した。

『こ、今度は何よ!?』
「聖母像の方だ! 行くぞ!」

 駅前広場・中央庭園。
 聖母アリアナ像が、さく裂している。

 その長い胴体から縦に裂かれ、母の陶器ボディを靴にして、長い髪とヒゲをフサらせた、ムキムキの中年男性が生まれ出でようとする。

 母と同じく陶器の体をした男は、布を巻いたような下着以外の、何の衣服も着けていなかった。
 ──背中から生やした母の残骸、長い上半身を除いては。

 駆けつけたサンダーボルトに暗闇の目をやると、男は石くれのヒゲに囲まれた口を開く。

「──ワタシは、歓喜する」
『は?』
「母のみより生まれ、母のみが孵す。かの救世主がそうであったように、いまワタシも聖なる母から、生誕の時を迎える」

 男のボルテージが頂点に達する。
 鍛えられた両腕を広げた男の姿に、サンダーボルトの顔が歪んだ。

「まずい。格上だ──」
「母のみを尊び、母の痛みに嘆き、母と共に悦びを。胎誕式、マザールーム。この身こそ、聖誕の化身なれば」

 言い終わるや男は跳躍し、サンダーボルトへ襲いかかる。
 凄まじい豪腕の拳が、とっさのガードを突き破った。

「ぐうっ! アアッ……!」
『痛ぁ!?』

 少女の姿がブレまくり、吹き飛ばされるサンダーボルト。
 うずくまり、咳き込む間もなく男に腹を蹴り上げられる。

「ガッ!? あ、ウウ……」
「弱いのう、おな子よ。宿主がウィッチ足りえぬクズなばかりに。ゲラゲラゲラ……」

 サンダーボルトの耳に、千晴のハスキー声が入る。
 同じ体を使っているため、咳き込みながらだが困惑の色も見てとれた。

『ゲホッ……おい、どうしたんだよ! あのオッサン、そんなに強いのか!?』
「あ、アレは……"胎誕"のウィッチよ。アタシたちや先のビートルホーンとは違う、完成体のウィッチ……」

 完成体のウィッチは、そうでないウィッチと比べて、赤子と恐竜ほどの力量差がある。
 完成に至る条件は、悪魔それぞれに多種多様。なれど、絶対に共通することが一つある。それは、

「ウィッチと悪魔の心情的相性、そうだな? 壊滅のおな子よ」
「はッ……ゲブッ!」

 またも腹を蹴られ、石タイルの床を転がるサンダーボルト。
 さらに腹を蹴り踏み、ムキムキの男──"胎誕"のマザールームがせせら笑う。

「グウッ! アグ……」
「哀れよのう、しかし容赦はせんぞ? 我が子、我が友、我がきょうだいを砕いた罪は重い……ゲラゲラゲラ」

 笑いに伴い、ゆさゆさと聖母像が揺れる。真っ白い陶器の目から、赤く濁った血が流れた。

『悪魔との相性!? どういうこと、サンダーボルト』
「あ、アンタが……アタシと一体になるのを拒んでる。それが、そのまま変身体の完成度にあらわれてるの」
『そんな……それじゃあ!』

 喚く千晴に、サンダーボルトはそっと唇に指を立てた。
 痛みに苦しむ今、そんな真似をする余裕なんてあるはずもないから、もちろん、想像で。

「ダメよ。女の子になるのイヤなんでしょ? 無敵のサンダーボルト様が、何とかしてあげるから。アンタは──ぐ、グウッ!」
「はァ~ッ? 無敵がどうしたって、小娘がァ! 母の無償の愛に勝る無敵など、あるものかァ~!」

 再び、マザールームのボルテージが上がる。揺れる聖母像の血涙が、ますます勢いを増していく。

「ああ、マザー尊いよォ! 子を砕かれて憤怒と慟哭に泣く、ママの姿は宇宙ほどにキレイだ!」
『強がるなよ! このままじゃ、二人とも死んじゃう。わたしがサンダーを受け入れたらいいんでしょ!?』
「ま、待ちなさい。やめ──」

 瞬時に膨れあがる、サンダーボルトの悪魔技能。
 求めていたはずの力の高まりに、なぜだか彼女は大切な何かを失ったような焦燥が芽生えた。

「やめなさいッ……、ったら!」
「ウオッ!?」

 感情のままに、両手を突き出すサンダーボルト。
 顎を持ち上げ高笑い、完全に自分に酔ってる真っ最中だったマザールームが、たたらを踏んで後退する。

 そして立ち上がるサンダーボルトの姿を見るなり、女神像のウィッチが怯んだ。

「何か変です、マザー」
「ええ。小娘の悪魔技能が、急激なパワー・アップをしています」
「ならば、マザー。ええ、撤退です。可愛い我が子よ。まだヤツは、アナタの正体を見てはいないッ」

 もはや一人の口で話すマザールームが、身を翻し逃げていく。
 「待て!」追おうとする千晴だが、サンダーボルトの体が、その場でがくりと膝を折った。

「バカね……自ら、悪魔に近付くなんて……」
「あっ、何で!」
「……変身負荷よ。悪魔も体力の限界、ってワケ。しば、らく、休ませ──」

 サンダーボルトの体が次第にブレの激しさを増し、やがてはチリ火の粉と消えて、あとには千晴のみが残された。

「あっ……くっそォ! 野郎っ。絶対、ブッ殺してやるゥ──ッ」

 サバトの暗闇が剥がれ落ちゆく空に、元は青年のものだった、ハスキーボイスがとどろいた。

 救急車が殺到し、サイレン響く駅前広場。
 タンカで運び込まれる市長から、包帯巻きの千晴が離れていく。

「よし、よしよし……! 手応えアリだ。見てろよ、あのクソマザコン野郎」
「お姉ちゃあん!」

 そこへ駆け寄ってくる幼女。やはりガーゼと包帯まみれだが、困惑する顔を見ると思ったよりは健康そうで、そっと千晴は安堵した。

「あ、あれ? おに、おねえ、あれっ?」
「どっちでもいいよ。そんなことより、どうしたの?」
「あ、あのね。助けてくれてありがとう!」

 千晴が身をかがめると、幼女がパッと手を開けた。そこには包み紙にくるまった、小さな飴玉が二つある。

「あのね、萌え、よく分からなかったけど……ユメの中で、お姉ちゃんに助けてもらったような気がする。ううん、絶対そう!」
「……そう、そっか。ありがとね。わたしも萌えちゃんを助けられて、嬉しいよ」

 頭を撫でられて、萌えが満面の笑みを浮かべる。
 今の千晴に、また体に帯びた柔らかさと丸みなど、もはや気になるものではなかった。

 時を進めて、深夜2時。
 もうすっかり人も出払い、サイレンの影もウワサ口さえ静まり返る、ウシ三つ時。

 悪魔の力が最も高まる闇の時、聖母の像跡地にすがる人影があった。

「間一髪だったね、母さん……次はもっと、別の場所でサバトを開こう? そしたら──」
「やあ、やあ。ずいぶん、お早いジョギングですな~あ!」

 挑発的な言葉に、ひかるメガネのレンズ。腕を組んだ千晴が、像の台座にすがる男に声をかける。
 「!?」巨体をビクとし、振り向く男。その顔は昼間の、あのマッチョ・マンのものだった。

「千晴ボーイ!? なぜ……」
「地道に待ち伏せですよ。クソマザコンのテメェなら、ママに会いたくて戻るとふんでね」

 イヤ……。言葉を区切り、にやけ顔でねめつける千晴の顔は、千晴そのままでありながら、もはや悪魔の表情をしている。

「まさか、その日のうちとは思いませんでしたが。マザコンは死んでも治らないようですね、マイマボー先生?」
「……貴様」

 イカついハゲ頭の顔が、怒りと屈辱のしかめ面に塗れる。
 ただでさえ膨らんだ筋肉が隆起し、背中から高いこぶがのぼる。

「いつ分かった?」
「あんたがママ、ママってうるさいからさ。ちょっと怪しんで市長に聞いたの。そしたらさ、面白い話が聞けたよ」

 ……確かに、芸術家の腕はあったが、母という概念に対する、異常な執着も彼には見られた。
 彼と交わした最後の会話も、電話越しに、やけに弾んだ声で、母との邂逅について話していた。それが彼の芸術の秘訣だったかもな──

「フフッ。まったく、若造は口が軽い。お喋りボートマンめ」
「あんた。市長との電話に使ったの、その声だろ? 未だに死んだことが信じられないほどの、若々しい声だって」
「ああ。尊い母の愛が、ワタシをこうした」

 角ばったゴツい顎を撫で、うっとりとした目で若マイマボーが語る。
 やはりだ。完成体のウィッチは、その力の代償に悪魔の趣味へと変質する。

 この張りつめた筋肉の、丸いツルツルの頭こそ、赤子を求める"胎誕"の悪魔の最も愛しい姿ってわけだ。

「ヘンタイ親子が」
「母の悪口など言うな。愛しい我が子を語るな、小娘。我こそ、聖誕の化身なり」

 凶悪な変質音を立て、再び生誕するマザールーム。
 千晴は舌打ちをして、それから暗闇の炎に包まれた。

「薄らキモいんだよ。変身」

 サンダーボルトが姿を現し、頭の中に少女の声が響く。
 ちょっと、まだ寝かせて欲しいんだけど! ……千晴は、その声を無視することにした。

「聖なる親子を侮辱する、罪業の者に天罰がくだるッ」
「言ってろ……フンッ!」

 怒りのままに飛びかかるマザールーム。その平たい腹に、千晴の拳が突き刺さる。

「ごぬゥ! ゲ、ゲハッ……」

 陶器のヒゲを血に濡らし、よろめき後退する聖母男。
 サンダーボルトは構わずに、怒り顔でそれを追う。

「バチが当たったのはテメェだったようだな!」
「そ、そんな……! 嘘だ、嘘だァ~ッ!」

 マザールームは半狂乱になり、豪腕をメチャクチャに振り回した。
 襲いくる拳の嵐を受け止め、払い、かわして、敵の懐に潜り込み、サンダーボルトはカウンターのラッシュを決める。

「グウウウ……ッ。な、なぜ? 母の愛は、母の愛は無敵なはず……!」
「母だの愛だの、ふざけんな! 子供を襲って、親から引き離そうってテメェが、二度と愛情を語るんじゃねえ!」

 サンダーボルトの怒りが爆発し、悪魔技能が極まった。もうマザールームは戦意を失い、背中を向けて逃げ出そうとしている。

「いイッ、ヒィッ。いヒィイイーッ!」
「サンダーボルト、壊滅キック! ハァッ!」

 稲妻をまとい、宙へ跳びあがるサンダーボルト。その伸ばした爪先が急速降下、逃げるマザールームの背中をとらえた。

「ウワァアア~ッ!? ママぁああああ~!」

 爆炎から、筋肉マンが抜け出し、裸のままで夜の街へ駆け出していく。
 走るうちに、その張りつめた肌から次第に力も抜けて、シワが目立ち、ヨボり始めた。

 恐らく、元の老マイマボーに戻るのだろう。学会が震撼するな。
 千晴は、ようやく肩を張らない笑いが出た。

「な、ぜ……なぜだ。壊滅の小娘」

 見ると、女神像の残骸が転がっている。
 もはや血涙も流せずに、ただうめき声をあげるのみだ。

「なぜ、悪魔を討とうという。貴様とて、同じ悪魔だろうに!」

 千晴が何か答えようとする前に、サンダーボルトが足を出す。
 そして、一息に残骸を踏みつけた。

「なぜなら──」
「ぎゃっ。……! ……」

 沈黙。
 もはや物言わぬ陶器の欠片をもの憂な顔で見おろし、千晴ではないサンダーボルトは一人ごちた。

「──なぜなら、アタシが。"壊滅"の悪魔だからだ」

 ……翌朝。
 千晴宅にて、ハスキー少女の悲鳴が近所に響くほどに、叫ばれた。

「うるせェな! 今度は何よ!?」
「服が! わたしの服がぁ、着れなくなってるゥ~!」

 ブカブカの服を着たまま、駆けまわる千晴。
 その体は昨日の同じ時間より少し背が縮まり、メガネすらサイズがズレてガクついていた。

「あーら、それならブツを無くす日も近いんじゃなーい? ゲラゲラゲラ」
「もう無くなってるよ! ちょっと、ヤダもう! お気にの服が丸ごとダメにィ~!」

 あっさり言いながら、涙目で家中のタンスを引っ繰り返す千晴。彼……いや、もう彼女は自分の喋り方さえ気にならなくなっているようだ。

「ああ~ん。明日から、どうやって暮らしていけば……!」
「ちょっと、これ女物じゃない? 2階の部屋にあったやつだけど……」
「それ姉キの! うわ~ん、姉キに殺されるゥ」

 結局、新しい服を用意するまでは上京中の姉の服を借りることにした。
 いつか必ず訪れる将来、姉の帰省と嵐のような怒りを思い、千晴はヘタり込み目を潤ませた。

「も、もう変身なんて……しないんだからね~ッ!」

 つんざく千晴の声を背後に、廊下へ飛んでいく闇の瞬き。
 サンダーボルトは戸惑っている。

「何なの? この喪失感は……。悪魔のアタシが、宿主の影響でも受けたっていうの……?」

 まさか、ね……。
 痛む胸の幻痛を見ないようにして、飛びながらサンダーボルトは股間を押さえた。


To Be Continued……
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