満天の星は、君 -アルタイル-


――遠いところから眺めていても見つからないのなら、近づいて手を伸ばしてみるしかなくない?


<比率>
2:0:0

(0:2:0版 -ヴェガー)
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(1:1:0版 -デネブー)
https://writening.net/page?jm5tCw

<時間>
30~40分


<登場人物>


加藤
【加藤文孝(かとうふみたか)】男性
中学二年生。漫画の好きな、ほくろの多い少年。

篠崎
【篠崎裕樹(しのざきゆうき)】男性
中学二年生。文武両道でクラスの人気者。


<利用規約>
https://writening.net/page?bmsmZi


------------以下台本—----------


―ある日/旧美術室にて

加藤:あの、さ。

篠崎:……

加藤:……

篠崎:……

加藤:あの、篠崎……くん。

篠崎:別に篠崎でいいよ。タメなんだから。

加藤:あ、うん。えっと、じゃあ、篠崎。

篠崎:……なに。

加藤:どうしたの?

篠崎:何が。

加藤:ええと……

篠崎:何だよ、言えよ。

加藤:それは、僕のセリフだと思うんだけど……。

篠崎:……

加藤:急に「放課後、旧美術室に来い」だなんて。

篠崎:別にいじめようとか、そんなんじゃない。

加藤:あ、いや、そうは思ってないんだけど。ただ……

篠崎:ただ、なんだよ。

加藤:僕ら全然話したことないでしょ?だから多分、その、ちゃんと理由はあるんだと思うんだ。できたら、それを教えて欲しいなぁ、って。

篠崎:……

加藤:言いたくないならいいんだけど……。いや、よくはないか……。ずっとこうしているわけにもいかないし。

篠崎:そんなこと、分かってるよ。

加藤:……うん。

(篠崎、大きく息を吸って吐く)

篠崎:……服。

加藤:服?

篠崎:脱いで。

加藤:え?

篠崎:上だけでいいから。

加藤:え、なんで?いやだよ。

篠崎:別にキモいことはしない。いや、キモいか……。でも、本当に、なんもしないから。

加藤:キモいのキモくないの、どっちなの。

篠崎:うるさいな。とにかく、触ったりとかは絶対にしないから。

加藤:写真撮ったりとか……

篠崎:しない。だから、頼む。

(篠崎、頭を下げる)

加藤:ええ……

(少しの間)
(加藤、ため息をつく)

加藤:……本当に、上だけでいいんだね。

篠崎:ああ。

加藤:本当に、変なことしない?

篠崎:しない。

加藤:……分かった。

篠崎:……

(加藤、上裸になる)

加藤:……はい。

篠崎:……

(篠崎、加藤をじっと見つめる)

加藤:一体なんなの、これ?

篠崎:背中。

加藤:え?

篠崎:後ろ。

加藤:後ろ、向けばいいの?

篠崎:ああ。背中を、見せて欲しいんだ。

加藤:なんで?

篠崎:見るだけだから。

加藤:……うん。

(加藤、後ろを向く)

加藤:これでいい?

(篠崎、加藤の背中を見つめる)

篠崎:……

加藤:……篠崎?

篠崎:そのまま、しばらくそうしてて。

加藤:……分かった。

(少しの間)

篠崎:加藤、ほくろ多いよな。

加藤:やめてよ、気にしてるんだから。

篠崎:いいんだ。

加藤:何が?

篠崎:これが、見たかったんだから。

加藤:え?

篠崎:星空みたいだと思ったんだ。この間、体育の着替えの時に見かけて。

加藤:星空……

篠崎:だから、もう一度見たかった。

加藤:えっと……

(篠崎、ふっと笑う)

篠崎:やっぱりキモいか。

加藤:あー……ぎりぎり、かなあ。

篠崎:ぎりぎり、どっち?

加藤:まだよく分からない。ぎりぎり、どっちともとれる感じ。

篠崎:そうか。

加藤:本当に、ずっとコンプレックスだったんだよ。この背中。

篠崎:……

加藤:だから、星空みたいって言われたのは嬉しかった。けど、いきなり裸になれって言われたり、背中をただ見られているだけっていうのは、さすがにちょっと意味が分からないからさ。

篠崎:まあ、それは……そうだよな。

加藤:だから、ぎりぎりセーフとも言えるし、ぎりぎりアウトとも言えるかなって。まあでも、今はいいよ。その辺は。

篠崎:……

加藤:篠崎は勉強もできるし、スポーツもできる。クラス委員もしてるし、まあ誰もが認めるクラスの、なんなら学年の人気者じゃない?

篠崎:それがなんだよ。

加藤:僕みたいなクラスの隅っこで漫画ばっかり読んでるような人間は絶対関わることのない人種だと思ってたから、なんだか不思議な感じでさ。だから、いい意味でも悪い意味でも、今は現実感がないんだよね。

篠崎:……

加藤:だから、まあいいやって。

篠崎:別に……

加藤:ん?

篠崎:別に俺だって漫画くらい読むから。

加藤:へえ、意外。

篠崎:「忘却のシリウス」なら、全巻持ってるし。

加藤:ああ「忘却のシリウス」、面白いよね。あれ、アニメもすごくよかったよ。

篠崎:アニメまでは、分からないけど。

加藤:そっか。じゃあおすすめだけしておくよ。

篠崎:ああ。

(少しの間)

篠崎:……ごめん、さすがにそろそろ寒いよな。

加藤:まあ、少し。

篠崎:ありがとう。もういいよ。

加藤:分かった。じゃあ服着るね。

(加藤、服を着始める)

加藤:篠崎さ。

篠崎:なに?

加藤:星が好きなの?

篠崎:なんだよ、急に。

加藤:星空みたいって言ってたでしょ。僕の背中のこと。だから、星が好きなのかと思って。

篠崎:……多分。

加藤:多分、って。

篠崎:多分は多分だよ。

加藤:そっか。

篠崎:……

(少しの間)

篠崎:加藤。

加藤:なに?

篠崎:また、呼び出してもいいか?

加藤:……

篠崎:本当に、見るだけだから。今日みたいに。

加藤:ん、分かった。

篠崎:ありがとう。

加藤:えっと……じゃあ僕、そろそろ帰るね。

篠崎:うん。

加藤:また明日。

(加藤、出ていく)
(篠崎、その背中を見送る)

【間】

―また別の日/旧美術室にて

篠崎:加藤。

加藤:ん?

篠崎:今更なんだけどさ。

加藤:うん。

篠崎:本当に、いいの?

加藤:本当に今更だね。

篠崎:あの時は「現実感がなかった」って言ってたから。

加藤:うん。

篠崎:だから、現実感がないままオッケーしたんじゃないかって思って。

加藤:……

篠崎:一週間も経てば冷静になって、やっぱりキモいから嫌だってなってもおかしくないだろ。でも、今更後には引けないし、ってなってたら悪いから。

加藤:まあ、今も変だなあとは思ってるけど……

篠崎:……だよな。

(少しの間)

加藤:こないださ、帰ってから動画を見たんだ。

篠崎:動画?

加藤:星空の。適当に検索したからどこのだったかは忘れちゃったけど。

篠崎:……

加藤:篠崎が、星空みたいって言ったから。僕の背中のほくろを。

篠崎:……それで?

加藤:東京じゃ星なんかろくに見えないし、篠崎は僕に何を見たんだろうって、気になったんだ。

篠崎:うん。

加藤:すごかった。

篠崎:……

加藤:だから、見たらいいよ。見るだけなら、好きなだけ。あれは、何度だって見たくなるよ。

篠崎:……ありがとう。

加藤:ん。じゃあ、少し待ってて。今脱ぐから。

(加藤、服を脱ぐ)
(篠崎、その背中を見つめる)

篠崎:……理由は、聞かないんだな。

加藤:篠崎が星空にこだわる理由?

篠崎:まあ、そんなところ。

加藤:気にならないわけじゃないけど、簡単に言えることなら、もう言ってるでしょ。篠崎は、結構はっきりと物を言うタイプだし。

篠崎:……

加藤:だから言わないなら、別にいいやって。

篠崎:そっか。

加藤:それに、僕あんまり好きじゃないんだ。深刻な話って。

篠崎:誰だってそうだろ、そんなもん。

加藤:切り出されたら、ちゃんと聞かないといけないもんね。

篠崎:責任が生まれるからな。

加藤:ね。

(少しの間)

篠崎:……なんか、変な感じだな。

加藤:ん?

篠崎:こないだまで全然話したことがなかった奴と、いきなりこんな、さ。

加藤:人には言えないことしてるみたいな言い方やめてよ。

篠崎:言えはしないだろ、実際。

加藤:まあ……そっか。

(少しの間)

加藤:篠崎みたいな、誰からも注目されてる人気者には分かりづらいかもしれないけど……

篠崎:なんだよ。

加藤:同じクラスって言ったって、結局は他人だからさ。

篠崎:……

加藤:ただ同じ教室にいるってだけで、結局は同じ町で生活しているだけの通りすがりと変わらないんだよ、僕ら。だから、会話することがないのも当たり前だし、ふとした瞬間に……えっと、それこそ、「落としましたよ」みたいなところから会話することも、それはそれで当たり前にあることなんじゃないかな。少なくとも、僕は、そう思ってる。

篠崎:随分と受け身な考え方だな。

加藤:篠崎ほどじゃないよ。

篠崎:……

加藤:ごめん、別に悪い意味じゃないんだ。ただ、篠崎が自分から誰かに話しかけたりするのを、僕、あんまり見たことがなかったから。

篠崎:他人だって言う癖によく見てるじゃないか。

加藤:篠崎は目立つからね。どうしたって目に入るよ。

篠崎:そうか。

加藤:それに、ここ最近は、特に見てたから。

篠崎:……

(加藤、くすりと笑う)

加藤:こう、漫画を読むふりをしながら、こっそりと。たまにね。

篠崎:通りすがりじゃなくなったからか?

加藤:そう。通りすがりから見知った人になった感じ。

(少しの間)

篠崎:……俺にとっての星空も、そんな感じだった気がする。

加藤:そっか。

篠崎:星なんか、全然興味なかった。好きでも嫌いでもなかった。でも、あの満天の星を知った瞬間に、そうじゃなくなった。

加藤:あの時――星が好きなのかって聞いた時に、篠崎が「多分」って言ったの、今ならなんとなく分かる気がするよ、僕。

篠崎:……

加藤:好きかどうかは分からないけど、嫌いじゃない、みたいな感じなのかなって。

篠崎:そうかもしれないな。

加藤:うん。

篠崎:……好きって言えるほど、俺はそれを知らないし、それに触れてもいない。だけど、気づくと目が、それを追っているんだ。


加藤:わかるわかる。嫌じゃないし、興味はあるんだけど……ってね。

篠崎:むしろそんな中途半端なところにあるものばかりだけどな。俺らの周りって。

加藤:好きな教科とかね。

篠崎:嫌いな教科ならはっきり分かるのにな。

加藤:篠崎、嫌いな教科なんてあるの?

篠崎:国語。

加藤:でも、成績いいじゃない。

篠崎:質問している人間はきっとこういうことを答えさせたいんだろうな、ってのを読むのは得意なんだ。だけど、感受性とか、そういうのを求められるのは苦手なんだよ。

加藤:へえ、すごいなあ。僕、そんなことまで考えたことないや。

篠崎:あと国語担当の粕谷(かすや)がうざいのもある。

加藤:ああ、だいぶうざいよね。「国語は作者と対話することです!」とか、意味わからないし。あとさ、あの人いつもちょっとおばあちゃんちのタンスみたいな匂いしない?

篠崎:するする。加藤は?

加藤:嫌いな教科?

篠崎:うん。

加藤:僕は体育。

篠崎:まあ、確かにあんまり得意な印象はない、かな。

加藤:体育はね、公開処刑だよ。ペーパーテストなら、点数は自分しか知らないでいられるけど、体育はできないのがみんなにバレるじゃん。あれが嫌なんだ。

篠崎:それは、考えたこともなかった。

加藤:だろうね。

(加藤、小さくくしゃみをする)

篠崎:ごめん、長くなった。今日はもう終わりにしよう。

加藤:ん。

篠崎:ほれ、服。

加藤:ありがとう。

(加藤、もぞもぞと服を着る)

篠崎:今日も、ありがとな。

加藤: あ、そうだ。ねえ、篠崎。

篠崎:ん?

加藤:篠崎って、家どっちなの?

篠崎:旗池(はたいけ)の方。

加藤:あ、じゃあ僕と同じだ。

篠崎:そうだったのか。

加藤:一緒に帰る?

篠崎:いや、今日はもう少しここにいる。

加藤:そっか。それじゃあ、また明日。

篠崎:ああ。

(加藤、出ていく)

【間】

―さらに別の日/旧美術室

(顔を腫らした篠崎と向き合う加藤)

加藤:顔、結構腫れてるね。

篠崎:……

加藤:ごめん。

篠崎:別に加藤が謝ることじゃない。

加藤:でも

篠崎:加藤のせいじゃない。

加藤:でも、本田が僕の背中のほくろをからかったから、それで怒ってくれたんだろ?

篠崎:やめろよ、そういう悲劇のヒロインみたいな言い方。

加藤:僕、男だからヒロインにはなれないよ。

篠崎:揚げ足取るなよ。

加藤:ごめん。

篠崎:お前の背中は、星空なんだ。あいつは、俺の星空を侮辱した。だからむかついて殴った。そうしたら殴り返された。それだけの話だ。

加藤:……うん。

篠崎:なんだよ、「病気みたい」って。あの野郎……

加藤:……

篠崎:……

(少しの間)

加藤:そういえば、はじめてだね。

篠崎:なにが。

加藤:僕から呼び出したの。

篠崎:……心配かけたのは、悪いと思ってる。

加藤:そんな理由じゃないよ。

(加藤、ゆっくりと服を脱ぎ始める)

篠崎:加藤、別に今日は

加藤:僕は。

篠崎:……

加藤:僕は、いつも通りのことをしたいだけだよ。

篠崎:……

(加藤、篠崎に背を向ける)

加藤:……篠崎。

篠崎:なに。

加藤:僕の背中、今日もちゃんと星空に見える?

篠崎:……見えるよ。当たり前だろ。

加藤:よかった。

篠崎:……

加藤:そりゃあ、篠崎が心配だったのも少しはあるけどさ。

篠崎:……ごめん。

加藤:謝らなくていいよ。悲劇のヒロインのつもり?

篠崎:……むかつく。

加藤:じゃあこれでおあいこだ。

(長めの間)

篠崎:……こないだの夏休みにさ、ばあちゃんちに行ったんだ。

加藤:うん。

篠崎:鳥取。

加藤:……

篠崎:そこで見たんだよ、星空。

加藤:鳥取って星見えるんだ。

篠崎:星取県(ほしとりけん)って呼ばれてるんだってさ。県内のどこからでも天の川が見えるから。

加藤:へえ、知らなかった。

篠崎:俺もこないだまで知らなかったし、今まで何度も鳥取には行ったことはあったけど、わざわざ夜空を見上げたことはなかったよ。興味もなかったから。

加藤:……

篠崎:ごめん、俺、今から少しだけ深刻な話しようとしてる。

加藤:いいよ。

篠崎:ん。

(篠崎、大きく息を吸い、ゆっくりと吐く)

篠崎:鳥取には、ひとつ年上の従姉妹がいるんだ。

加藤:うん。

篠崎:……いたんだ。

加藤:……うん。

篠崎:いや、いるんだ。

加藤:……

篠崎:……

加藤:どっちでもいいよ。「いた」でも「いる」でも。

篠崎:……

加藤:……

篠崎:鳥取に行くたびにアキは……従姉妹は、年上ぶって俺にかまうんだ。うざいくらいに。東京のスタバはどうだとか、原宿はどうだとか。田舎もん丸出しで。

加藤:うん。

篠崎:友達はいるのかとか、好きな子はできたのかとか、最近はスマホを買ってもらったとかで、電話でもLINEでもそんな感じで。俺は、それが本当にうっとうしくてさ。

加藤:でも僕、その人の気持ち、なんとなくわかるなあ。

篠崎:なにが。

加藤:篠崎はすごくちゃんとしてるけど、あんまりにも隙が無さ過ぎて、嘘っぽく見えるときがあるから。

篠崎:なんだよ、それ。

加藤:ごめん、悪い意味じゃないんだ。ほら、前に国語の話をしたでしょ?

篠崎:……

加藤:あれ聞いてて、なんかすごく納得したんだよね、僕。

篠崎:納得?

加藤:篠崎って多分、他人(ひと)から求められているものを察知するのがすごく得意だから、誰に対しても日常的に、反射的にそれにしっかり応えちゃってるんだろうなって。応えられるだけの能力もあるから、余計に。

篠崎:……

加藤:でも、篠崎を見ているこっちは、本当の篠崎はどこにいるのかなって思う時があるんだ。だからきっと、その人もそうだったんじゃないかな。

篠崎:……むかつく。

加藤:ごめん、知った風なこと言ったかも。

篠崎:……確かに、アキも同じようなことを言ってたよ。

加藤:……そっか。

篠崎:だからあいつ、鳥取に行くと必ず、俺に全部決めさせるんだ。「ユウは何がしたい?」「ユウが決めんとあたしは動かん」って。自分から誘っといて。いつもいつも。

加藤:すごいね。

篠崎:本当にうっとうしかったんだ。

加藤:うん。

篠崎:……もうわかってるだろ、この話の落ち。

加藤:どうかな。僕も別に国語が得意なわけじゃないから。嫌いじゃないってだけで。

(少しの間)

篠崎:……嫌いじゃなかった。自分でしたいことや行先を決めさせられるのも、アキの無駄な元気も。無駄にでかい声も。俺は別に嫌いじゃなかった。でも、好きなのかは、分からなかった。

加藤:うん。

篠崎:分からないまま、アキは死んだ。

加藤:……

篠崎:脳幹なんとかだったって、おばさんに聞いた。去年の夏行ったときは、いつも通りだったのに。

加藤:そっか。

篠崎:通話した時も、元気そうだったのに。

加藤:……篠崎。

篠崎:……

加藤:言っていいのか分からないけど……

篠崎:なんだよ、言えよ。

加藤:きっと篠崎は、自分の求めているものを察して、その通り動いてくれるだろうから、動いてくれてしまうだろうから、それがその人は嫌だったんじゃないかな、って。

篠崎:……

加藤:あくまでも、僕がその人ならって話だけどね。

篠崎:でも、加藤はアキじゃない。

加藤:そうだね。僕は彼女じゃない。だから、今のはどう受け取っても構わない。

篠崎:……

加藤:……

(少しの間)

篠崎:夏に鳥取に行ったとき、アキはもう病院から自宅に戻ってた。それがどういう意味か分かるか?

加藤:……なんとなく。

篠崎:毎日アキの家に行った。アキは嫌がったけど、俺がそうしたかったから行った。

加藤:うん。

篠崎:最期の時は、夜だった。おばさんから電話をもらって、俺はアキの家に走った。俺が着いた時、アキはもう目を閉じていて、息を止めては吹き返して、を繰り返してた。その姿は、俺にはなんだかもう、別の生き物に見えた。

加藤:うん。

篠崎:……数秒だった。突然アキが目を開いて、窓の外を見た。そして言ったんだ。「おかあさん、おとうさん、ユウ。星が綺麗ね」って。

加藤:……

篠崎:みんなが反射的に夜空を見上げたよ。……すごかった。今がどういう状況なのかを忘れるくらい、それはすごい星空だった。ほんとだな、ってアキを振り返ったら、アキはもう、目を閉じて、息も止めていた。もう、吹き返すことはなかった。アキは……アキはその瞬間を見せずに、夜空いっぱいの星のひとつになったんだ。

加藤:そっか。

篠崎:二学期になって偶然加藤の背中を見た時、あの日の夜空が強烈に蘇ってきた。その背中のどこかにアキがいる気がして、それで俺は思わず……

加藤:背中を見せろ、なんて言ったんだ。

篠崎:……探したかったんだ。アキを。

加藤:うん。

篠崎:確かめたかった。

加藤:何を?

篠崎:……分からない。

(少しの間)

加藤:手を伸ばしてみたら?

篠崎:え?

加藤:遠いところから眺めていても見つからないのなら、近づいて手を伸ばしてみるしかなくない?手を伸ばして、触れて、探ってみなよ。

篠崎:……

加藤:もし篠崎が「そうしたければ」だけど。

篠崎:加藤は……

加藤:篠崎、僕には「僕が篠崎に求めているもの」を探ったことなかったじゃない。自分がしたいことばっかりでさ。

篠崎:……

加藤:まあ、僕には、というより、その人のことがあってから、気の持ちようが変わっただけなのかもしれないけど。

篠崎:……

加藤:うぬぼれ、だったかな。

篠崎:そんなこと

加藤:とにかく、僕のことは気にしないで。別に嫌じゃないから。

(篠崎、加藤に近づき、その背に掌を這わす)

加藤:……っ

篠崎:ごめん、指、冷たいよな。

加藤:ううん、大丈夫。

篠崎:俺は、あったかいよ。

加藤:うん。

篠崎:あったかいな……

加藤:……

篠崎:……あったかい。アキ、お前の夜空は、あったかいな。なあアキ、お前、寒くはないんだな。

(加藤、ちいさく鼻をすする)

篠崎:アキ……俺さ、もっと早くあの満天の星を見たかったよ。アキと、見たかったよ。そうしたら、俺はきっと、もっと早く分かったと思うんだ。俺、俺……

(篠崎、加藤の背にすがったまま、こらえきれず涙を流す)
(加藤、大きく鼻をすする)

篠崎:なんで……加藤まで泣くんだよ。

加藤:知らなくていいよ、そんなこと。僕の求めているものなんて、君は知らなくていい。一生、知らないままいてよ。君は、君はずっと、君がしたいようにすればいいよ。

(篠崎、声を上げて泣く)

加藤:それでいいんだよ。それ、で。

(加藤、むせび泣く)

【長めの間】

(篠崎、鼻をすする)

篠崎:ごめん。迷惑かけた。

加藤:今更だよ。そもそも、いきなり背中見せてくれって時点でおかしかったんだから。

篠崎:それも……そうか。

加藤:気は済んだ?

篠崎:分からない。

加藤:そっか。

篠崎:でも、ありがとう。

加藤:何に。

篠崎:分からないけど、なんとなく。

加藤:ん。……ところで、そろそろ服着てもいい?

篠崎:あ……寒かったよな、ごめん。

加藤:別に。あったかかったよ、篠崎がくっついてたから。

篠崎:……っ!

加藤:話したこともないクラスメートの服を脱がせる方がよっぽど恥ずかしいと思うけどな。変なの。

篠崎:うるさいな。なんだよお前、さっきから。

(加藤、ふっと微笑む)

加藤:ねえ篠崎。

篠崎:なに。

加藤:星は好き?

篠崎:……好きだよ。

加藤:そっか。僕も好きだよ。僕の星空も、好きになったよ。

篠崎:加藤

加藤:すっかり暗くなっちゃったね。日が短くなったんだなあ。このままだと、二学期が終わるのもあっという間だね。

篠崎:……

加藤:ところで、今日は僕、もう少しここにいるつもりだけど、篠崎はどうする?

篠崎:じゃあ俺も、もう少しここにいる。

加藤:そっか。じゃあ帰りたくなったらそれぞれ帰ろうか。

篠崎:そうだな。

(少しの間)

篠崎:なあ加藤。

加藤:なに?

篠崎:……明日の体育、一緒に組もうか。

加藤:嫌だよ。余計に公開処刑になるじゃん。

篠崎:そっか。

加藤:別に約束なんかしなくても、明日も僕らは変わらないよ。

篠崎:……

加藤:相変わらず、少しだけ交わっただけの「他人ではないくらいの誰か」だよ。

篠崎:「友達」じゃダメなのかよ。

加藤:その言葉は、重いから好きじゃない。

篠崎:……

加藤:なに、変な顔してさ。

篠崎:いや、別に。

加藤:なんて呼んだらいいか分からないくらいの関係でいいんだよ。僕らは、多分。

篠崎:……

加藤:僕は、それがいい。

(少しの間)

篠崎:加藤。

加藤:なに?

篠崎:やっぱり俺、先に帰るよ。

加藤:ん、お疲れ。

篠崎:ありがとうな。

加藤:顔、帰ったらまたちゃんと冷やしなよ。

篠崎:ああ、そうする。それじゃあ、また明日。

加藤:うん。また、明日ね。


【幕】
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