水漬き匂ひて


「日車!」
鍛錬を終えて汗を流そうとシャワールームへ向かっていたら、後ろから虎杖に声をかけられた。
振り返ると、虎杖が駆けてくる。
「どうした?」
「あのさ、今朝脹相に日車と初めて会った時のこと話したんだよ。スーツのまま風呂入ってて、『思っていたより気持ちがいい』って言ってたこととか。それでなんか考えてたみたいだからさ、もしかしたら実践してんじゃって思って。今からシャワールーム行くんだろ?もし良かったら風呂場も覗いてみてくれん?次俺の番だから見に行けんくてさ」
「ああ、構わないが」
「あんがと!日車脹相と仲良いだろ?だからちょうど居てくれて良かった」
「……まあ、よく話すな」
実際はよく話すなどというレベルでは無い事を致しているが、当然言える筈も無い。
虎杖は視線を落とし、15とは思えない憂いと諦観を湛えた表情で言う。
「あいつさ、なんかあっても俺には『大丈夫だ』と『問題無い』しか言ってくれんからさ。日車みたいなやつが気にかけてくれてるとありがたいし安心する。あんなんでも兄貴だし」
「本人がそれを聞いたら感極まって泣くだろうな」
「あ、脹相には言うなよ!そんじゃよろしく!」
先程までと打って変わって快活な表情に戻ると、そのまま駆け去って行った。
「また、まともに目を合わせられなかったな……」
独り言ちて、シャワールームへ歩を進めた。

果たして、虎杖の懸念は当たっていた。
しかし、脹相は着衣で湯船に浸かっている所か、身体を丸めて底に沈んでいた。
まさか溺れている……?
心臓がどくりと跳ね上がる。
急いで脹相をお湯から引き摺り出そうとして、伸ばした腕が止まる。
袖や髪を湯の中でゆらゆらと揺蕩わせ、穏やかな表情を浮かべているさまに神秘的な静謐さを覚えた。
まるで、いつか見たオフィーリアの絵画のようだ。
いや、見蕩れている場合では無い!
このままでは本当に溺れてしまう!
急いで体育座りのように膝前で組んでいる腕を掴み、引っ張り上げる。
腕を引いたまま湯船に座らせると、脹相はきょとんとした顔でこちらを見遣り、さも不思議そうな声を発した。
「一体どうしたんだ?日車」
「…それは俺の台詞だ……。……君こそ一体何をしていた?」
思わず溜息が出た。
「悠仁から日車との初対面の時の事を聞いた。服を着たまま風呂に入っていたと。そして、『思っていたより気持ちがいい』と言っていたとも。だから、試してみたくなった」
「……そこまではいいんだが、何故沈んでいた?溺れているのかと思ったぞ」
幼子のように俺の行動を真似するさまは愛らしいが、如何せん今回は心臓に悪かった。
それ故に責めるような口調になるのは致し方ないだろう。
その言葉に得心がいった様子で脹相が得意げに話す。
「俺はこの程度では溺れないぞ?血中成分を操作できるからな。只人の何十倍も息を止めていられる」
成程。
全く息が上がっていない理由はそれか。
「それに、お湯の中は色んな音がして、温かくて、まるで母の胎内に居るようだった……」
追懐。
緩く目を伏せ、微かに笑むその表情は受肉して数ヶ月とは思えないもので、つい目を奪われてしまう。
そうして伏せられた目が、俺の目を捉える。
慈母の如き微笑みのままで、脹相は言う。
「日車もやってみるといい。今出る」
脹相は派手に水を滴らせながら危なげなく立ち上がったが、紫の胴巻が重さに耐えきれず湯船に落ちる。
「いや、俺は──」
いい、と断ろうとして絶句する。
頭までお湯に浸かっていた身体は仄紅く染まり、それに濡れた白い薄衣が貼り付いている。
最早衣服の体を成していないそれから、普段より血色のよい胸の突端までが完全に透けて見えるさまは、余りにも煽情的に過ぎた。
まるで思春期の少年のように、目の前の媚態に視線も思考も釘付けにされてしまっている。
脹相が何かを言っていたが、まるで頭に入ってこない。
自分はこんなにも簡単に欲情するような人間だっただろうか。
彼と居ると、知らない自分ばかりが増えていく。
今までの自分はなんだったのかと思う程に、変えられていく。
そしてそれは、恒に歓びと伴に在るのだ。
そんなことより。
こんな姿を俺以外に見られたらどうしたというのか。
多分、彼は何も気にせず対応するのだろう。
だが、許せない。
こんな姿は俺以外に見せるべきでは無い。断じて。
また知らない俺が顔を出す。
自分がこれ程独占欲が強いとは思っていなかった。
彼の肩を掴んで、湯船に座らせる。
「君は…、少し…無防備すぎる」
溜息混じりに諌めると、言葉の意味を全く理解していない無垢な表情でこてんと首を傾げる。かわいい。
先程までの煽情的な姿とのギャップにくらりとして右手で目を覆う。
そうしていると、急に脇腹を掴まれ湯船の中に入れられた。
何が何だか分からない。
脹相の顔を見れば、得意気に言う。
「疲れを癒すには湯船に浸かると良いと聞いた」
待て。待て待て。
理屈は分かる。
だが着衣のまま湯船にぶち込まれるだなんて、さすがにその思考は理解できなかった。
呆気にとられていると、脹相が立ち上がる。
「ゆっくり浸かると良い」
そう言って胴巻を拾い上げる為に屈む脹相の臀部が目の前に晒される。
そう、濡れた薄衣が貼り付いて肌が透けて見える状態のそれが、だ。
これは履いていないのでは?そう思う程に肌面積の多いそこを目の前にして、俺の理性は限界を迎えた。
脹相の腕を引き、脚の間に座らせる。
「…日車……?」
振り向いて名前を呼ぶ彼を、腕を回してぎゅうと抱き締め、耳の裏に息を吹きかける。
「…ぁ…っ」
微かに嬌声をあげたのを聴き、そのまま耳の裏と付け根に口付ける。
彼はここが弱い。
「んっ…はぁ…っ」
前に回した腕で胸の突端を濡れた布越しに撫でる。
「あっ!?んん…っ、ま…て、ひ…ぐる、ま……っ!」
彼は知らないだろう。
濡れた布越しの刺激というものが、どれ程の快感を齎すのかを。
血流が良くなり感度が上がっている彼は、びくびくと身体を跳ねさせる。
その度にお湯が波立ち、ゆらゆらと布地が揺れる。
それにすら彼は高められているようだった。
「んぁっ、あぁ…っ、これ、だめ……っ、あっ、ん…っ」
「……君は少し、自分がどう見られているかを理解した方がいい」
「な…にを…、うぁっ、あ、や…っ、ぁう…っ」
随分と熱の籠った声になってしまった。
紅くなっているのに、まだひやりと感じる彼の耳を食みながら、『君の所為でこうなっている』とわからせるように昂りをその腰に押し付ける。
それだけで彼はまたびくりと身体を震わせ、喉を晒したままこちらに振り向く。
「あっ…ひぐるま……っ」
快楽と期待にどろりと蕩けた甘い声に、応えるように耳を噛む。
また身体が跳ねる。
そうして突き出された胸に育った突端を強くぐり、と捏ねあげた。
「あ…っは、ぁんっ、ふぁぁ…っ」
期待には応えなければ。
そうだろう?
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