ケイバ・ネオユニヴァース エクストラストーリー 兆しはすぐそこに


放浪を続けているユーガは、愛機リバティアイランドの提案で険しい山中にある秘湯を訪れていた。この場所を訪れた目的は決して観光にあらず、度重なる無茶無謀で限界だった心身を癒すためだ。

「そういえばリバティ、今日は静かなんやな。いつもなら長く艦から離れるとやいのやいの騒ぐのに」
ユーガが入浴の支度をしながらそう言うと、腕に巻いた通信機から朗らかな声が返ってきた。
〈今のユーガさんならひとりでも大丈夫だと思えたからです。この前まではしょっちゅう危ないことに首突っ込んでは怪我してましたけど、最近はそんなことしなくなったじゃないですか。もう四六時中見張ってなくても元気に帰ってきてくれると、そう信じられるようになったんです〉
積み上げてきた信用の賜物ですよ!と得意げな様子のリバティアイランド。そんな愛機をユーガは内心でまだまだ子供やなあ、と愛しく思いながら、ぐぐっと背筋を伸ばしてゆっくり湯船に身体を沈めた。

「はあ〜ええなあ……」
普段の彼からは微塵も想像できないような気の緩んだ声を上げるユーガ。
白く濁った高温の湯、湯気とともに湧き上がる金属臭、モノトーンの岩肌と青々しい森林のコントラストが目に鮮やかな大パノラマ、どこかから聴こえる鳥の声、青空をゆったりと流れる白雲。五感を通して伝わる全てがユーガの心をじんわりと満たしていく。
〈辿り着くまでが大変ですが、傷と疲労によく効くそうですよ。大自然に囲まれたロケーションもいい感じですし、他の人と鉢合わせることが滅多にないんだとか。今のユーガさんにピッタリですね!〉
というリバティアイランドのリサーチはドンピシャだった。これだけのものを堪能できたのだから、薮をかき分け岩山を登り、道なき道を進んだ甲斐があったというもの。ユーガは久方ぶりの充足感にすっかりとろけ切っていた。

少し経った頃、ユーガが歩いてきた山道の方からがさごそと音がした。動物でも来たのだろうかと思ったユーガだったが、実際に現れたのはナップザックを背負った小柄な男だった。
「珍しい、他のお客さんがおる」
〈"SPRS"……!"フェルミのパラドックス"が否定されたね〉
男の言葉に続いて聞こえた少女の声は彼の宇宙艦だろうか、2人とも想定外の先客に虚をつかれた様子だ。
自分以外の人間が来ると思っていなかったのはユーガも同じだ。ユーガは男に顔を見られないよう急いでタオルを頭に掛け、「今出ますから、ごゆっくり」と温泉から上がろうとしたところで、男がわくわくした顔で自分を見ていることに気がついた。
「……あの、何か?」
視線だけ男の方にやりながら問いかけると、男はニコニコしながら口を開いた。
「せっかくの機会やし、一緒に入ってもいいですか?」 

人目を避けるために来た山奥の温泉で、初対面の男と2人きり。ユーガが気まずがっていると、男がフレンドリーに話しかけてきた。
「ここはボクのお気に入りの場所なんやけど、自分以外の人に会うのは初めてで嬉しくて。お兄さん旅人なん?」
「ええまあ、そんな所です。貴方は?」
「ボクも旅の途中!ずーっと乗れてなかった相棒と一緒にあちこち回ってるんだ」
男がニカっと歯を見せて笑うと、彼の腕巻かれた通信機に彼の宇宙艦から通信が入った。
〈マスターが“事象の地平面”を超えてしまってから『わたし』はずっと"月の裏側"で"STBY"……。この間やっと『再会する』ができたから、“ランデブー飛行”しているんだ。とってもスフィーラだね〉
宇宙艦は淡々と、しかし喜びの籠った声でそう語った。言葉の意味はよく分からなかったが、しばらく離れていた相棒と旅ができて嬉しいようだ。それを聞いた男もにこにこ笑顔を浮かべている。

〈長い間離れていたのに今でもこんなに仲良しだなんて、なんだか素敵ですね〉
黙って話を聞いていたリバティアイランドはふたりの繋がりに心動かされたようで、感嘆の息を漏らした。男はその言葉に一瞬驚いた様子だったが、すぐに柔らかな笑顔を浮かべた。
「そう見える?なら嬉しいな。これは仲直り旅行みたいなもんやから。色々あって逃げるみたいにこの子の元を離れてもうたから、また乗ろうと決めた時は『嫌われてるんだろうな』『ボクを許してくれないかも』って色々考えた。でも、ボクが正直にずっと一人にしてごめんねって謝ったらちゃんと許してもらえたよ。それにこの子だけやなくて、ボクの大事な人たちもボクをずっと待っててくれてたんや」
遠くを見つめながら話す男。男の真剣な語り口に、ユーガとリバティアイランドはすっかり話に聞き入っていた。

「ボクは逃げたことをいけないことやと思うてたから、逃げずに頑張ってるみんなに会いに行く資格なんかないって考えて、何年も何年も会いに行こうとしなかったんや。時間もタイミングもいっぱいあったのにね。でもいざみんなの所に帰ったら、『おかえり』ってあったかくボクを迎えてくれた。びっくりされたし『連絡もなしにどこで何してたんだ』って怒られたりはしたけどね。ボクはそれがすごく嬉しくて嬉しくて、それと同時にこうも思うたんや。みんなに会いに行かへんかったのは、『今更何しに帰ってきたの』って拒絶されるんやないかって怖かったからなんやないかって……」

ユーガは男の過去を知らないし無理に聞き出そうとも思わない。きっと自分とは何もかも違う理由があったのだろうが、友の元を去ったこととずっと帰らずにいたことに、いまの自分の姿を重ねた。
仲間たちはきっと、いまも自分の帰りを待っているのだろう。先日ミツマサと通信した時のことを思い出す。
仲間たちはきっと、あんなことをしでかした自分を受け入れてくれるのだろう。随分前に仮面兄弟と遭遇した時のことを思い出す。
彼らならそうするだろうとずっと頭の片隅で考えていた。しかし罪深い自分はそのあたたかいものを受け取ってはいけないと思って、受け取る勇気もなくて、ひたすら逃げ続けていた。
だが今は違う。あの夢の中でハープスターと交わした言葉を思い出す。あれが本当に彼女だったのか、確かめる術をユーガは持たない。それでもあの日の彼女は、己の為した全てを受け入れる覚悟と明るい方に進む勇気をくれた。

「……俺も、帰らんと」
考え込むうちについつい口から言葉が洩れてしまった。ユーガは聞かれていたら男につつかれるかもしれないと焦ったが、男は「いま何か言った?」と聞こえていない様子だ。
「いえ。大したことではないので。その……いい景色だな、と」
ひとまず適当に誤魔化す。いま考えていたこととは関係ないが、ここの景色を気に入ったのは本当だ。ユーガの言葉を聞いた男は「でしょー?」となぜか誇らしげだ。
「ここから見える景色は山も空もすごく大きくて強そうで、自分がすごくちっぽけに見えちゃうんだ。そう思うとちょっとした悩みとかがばからしくなってスッキリできるからさ、リフレッシュしたいなーって時は昔からここに来とったんよ。単純に温泉に入りたくて来ることのほうが多いけどね。ほんまに、ええとこだよ」
それから2人は、しばらく雄大な景色を眺めて過ごした。

「ごめんなさい、急に相風呂頼んだ上に長話してもうて」
「お気になさらず。こうして人と話すのは久しぶりだったので、いい気分転換になりました」
結局ユーガは男と2人でじっくり温泉に入った挙句、下山まで一緒にしてしまった。できれば他人に見つかりたくないから秘境を選んだのにこのありさまだ。ただこの選択を後悔していない辺り、本当は人恋しかったのかもしれない。サングラスのおかげかはたまた男が何も知らないのか、自分の正体がばれていないらしいのは幸いだ。
「それでは、またどこかで」
ユーガが男に別れを告げてリバティアイランドの待つ港に向かおうとすると、男に「ちょっと待って」と呼び止められた。
「お兄さんライダーやろ?せやったら新生サンデーキングダムには気をつけなあかんよ。何されるか分かったもんやない」
新生サンデーキングダムという不穏な響きに、ユーガの身体がぴくりと反応する。まさかここでその名前を聞くとは思っていなかった。
「噂には聞いています。なるべく鉢合わせないようにしますから」
ここでサンデーキングダムを追っているなどと言えばおそらく面倒なことになる。場をやり過ごすために大嘘をつくと、男はそれをきいてうんうん頷いた。
「間違っても相手せんようにね。なにせ大勢で来るから。それじゃあボクはこの辺で!今日はどうもありがとうね!」
〈『さようなら』。次に”ECUT”したときもよろしくね〉
そう言って男はばたばたと走り去っていった。

男の姿が見えなくなったことを確認したユーガは、港へ向かって歩き出した。
道中、リバティアイランドから通信が入った。
「何かあったんか」
〈いえ、何かって訳じゃないです。ユーガさん、温泉であの人のお話を聞いてた時に言いましたよね。『俺も帰らんと』って〉
確かにそう言った。その場では男が気づいていないようだったので安心したが、まさかリバティアイランドに聞かれているとは。ユーガは耳が熱くなるのを感じた。
「聞こえとったんか……」
ユーガがごにょごにょと呟くと、リバティアイランドははい!と元気よく返事した。
〈あの人の耳よりも私の集音マイクの方が近いですから。ユーガさんの口からああいう言葉が出てくるようになって安心しました。ついに来るんですね、先生やみなさんのところに帰る日が〉
リバティアイランドはずっと待っていた再会の日が近づいたことにうきうきしているが、ユーガは険しい表情を浮かべている。
「その前に新生サンデーキングダムを追わなあかん。……早うあいつの首根っこつかんで突き出したる」
裏で糸を弾いていそうな人間の見当はついている。あの男の周到さも、賢しさも、隠れようと思えばいつまでも隠れられることも、幾度となく対峙してきたユーガはよく知っている。
「ひとまずこの惑星を出ようか。もっと人の多い惑星なら目撃情報も増えるかもしれんし」
〈了解です!こっちについたら作戦会議と行きましょう!〉

ケイバ・ネオユニヴァース エクストラストーリー 兆しはすぐそこに



ユーガとリバティアイランドが港を発ったのと同じ頃、温泉にいた男は愛機とともにとある場所へと向かっていた。
〈マスター、”ボイジャー計画”の”ローンチ”が接近してきたね〉
「うん。新生サンデーキングダムがまさか原始宇宙まで行こうとしとるなんて。何する気なんやろ」
〈”多元宇宙”には”MDZN"の”PSVT"が眠っているはず。きっとそれの”採取”を狙ってる〉
「うーん、技術も資源もこっちのほうが発展しとるはずなんやけど……ま、難しいこと考えるのはボクじゃなくてコウシロウさんたちやし、考えすぎてもしょうがないか。ネオユニヴァース、もっと急げる?」
〈アファーマティブ。30秒後に”ワープ航法”に切り替えるね〉
「オッケー!ネオユニヴァース号、ボクらの拠点まで全速前進!」


~ユニちゃん語解説編~
・SPRS→surprise(びっくり)
・フェルミのパラドックス→「宇宙人が本当にいるならどうしてこれまで地球にコンタクトを取ってきていないの?」という矛盾のこと。「フェルミのパラドックスの否定」で外部の存在と遭遇したことを表す
・事象の地平面→ブラックホールの重力で光や電磁波が観測出来なくなる境界のこと。この境界から先は外部から観測できない。ネオミルコと連絡が取れなくなったことを表す
・月の裏側→月の裏側は地球から見ることができず、通信も届かない。ネオユニヴァース号が誰にも見つからない、コンタクトも取れない場所にいたことを表す
・STBY→stand by(待機する)
・ランデブー飛行→2機の宇宙船が同じ軌道に入って航行すること。2人で旅行していることを表す
・ECUT→encount(遭遇する)
・ボイジャー計画→太陽系外惑星および太陽系外の探索計画。ネオミルコ達がケイバ・ネオユニヴァースの外=原始宇宙に向かう計画を立てていることを表す
・ローンチ→launch(開始する)
・多元宇宙→パラレルワールドのこと
・MDZN→many dozen(たくさん)
・PSVT→possivility(可能性)
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