うっとうしい=大好きらしいっすよ。知らんけど。


やってしまった。
アグネス娘はプラントの人口太陽の沈む夕日を見ながら、自己嫌悪に陥っていた。
砂時計の形をした人工の大地を一望できる高台で、彼女はただぼんやりとその景色を視界に収めている。
「どうしてかな」
目の前に映る壮大な景色も、今の彼女には薄っぺらい。
理由は単純だ、母と喧嘩してしまったのだ。
「せっかく、久ぶりに帰ってきてくれたのに」
いつも仕事人間として軍で働く母の姿が脳裏を横切る。それは、彼女が憧れるかっこいい母の姿だ。
だが、同時に傲慢さも鼻につく。
「たまに帰ってきたんだから、一緒にいてくれてもいいじゃない」
そっと、膝を抱えてつぶやきを口に出す。
色々悪循環が重なって、思わず爆発してしまったのだ。
幼馴染がまた馬鹿をやっていたり、学校の成績が悪かったり、食べたかったお菓子が食べれなかったり。
そういう小さいことが積み重なって。

『あなた、最近成績落ちてるんだって?』

何気ない、それでいてこちらを値踏みするような母の言葉。
それが、我慢できなかったのだ。
母の言葉に噛み付くように、彼女は文句と物を投げて。
その激情を心に宿したままの勢いで彼女は家を出て、バスに乗ってここまでやってきた。
帰りのバスはすでになく。少し落ち着いたなら途方に暮れる。
そうした自己嫌悪に浸りながら、今にいたっていた。。
コーディネーターとはいえ、女手一つで家を維持するのは簡単ではない。
それをわかっていながら母に文句を言ったのだ。
「バカみたい。ガキじゃないんだからさ」
シングルマザーであることを、自分をないがしろにしていることを、母に投げつけたのだ。
「ママは頑張ってくれてるのに」
尊敬する母を、自分が拒絶した。それが許せない。
だからと言って、家に帰って謝ることもできない。
それができる程、彼女は大人でも子供でもなかった。
「・・・・・・おなかすいたな」
かわいらしくクぅと鳴るおなかの音を聞きながら、彼女はだから途方に暮れていた。
未だに夕日は赤いが、既にすそ野は夜の色だ。
「・・・どこで寝よう」
その時、スマホが震えた。
通話だ。
「・・・・・・・・・誰だろ」
母はあり得ない。
彼女は最初の一手ですでに母からの着信を拒否設定にしているのだ。
だからこそ、疑問に思いながら―――否、誰かを確信しながら、通知者の名前を見た。
「あいつ」
相手は、腐れ縁の幼馴染。
彼女の想い人だ。彼女は数舜迷ってからスマホをつなげた
「もしも―――」
『おーっす!元気してるか?』
「声でかい。うるさい」
こちらの声を遮るような、からからと明るい声。
その声に胸が高鳴るが、それを出さずに低い声で返答する。
『なんだよ暗い声だなぁ。なんかあったのか?』
分かっているくせに、聞いてくる。
そういうところが、嫌いだった。
「別に、そういう気分ってだけよ。あんたこそ、どうしたのよ」
『おう!アグネスおばさん帰ってきてるだろ?俺久しぶりにアグネスおばさんのラザニア食いたくなってさーお前からの言ってくれよ』
その言葉に、彼女は眉根を寄せた。
今の彼女には、その全てが苛立たしいものだった。
「・・・・・・知らないよ、あんな人。あんたが頼んで作ってもらえば?」
いらだちと、怒りを込めた冷たい声。
自分でもそんな言い方はないだろうと思うのだが、止めることはできない。
『えーお前アグネスおばさんと喧嘩してんだろ?そんな時に頼めねーって』
それを、電話越しのこの幼馴染は全て無視する。
気にしていないように、いや、実際気にしていないのだろう。
「わかってんなら聞かないでよ・・・・・・今あの人に会いたくない。だから、あんたの家行かせてよ」
すがるような、媚びるような声。
とろけるような、オスにまとわりつくような響きだ。
彼女が嫌う声音。
『え?やだけど?』
それを、幼馴染は軽くいなした。
分かっていたとは言え、少し・・・・・・いや、かなり腹が立つ。
「・・・・・・なんでよ」
『だってお前、アグネスおばさんのこと尊敬してるじゃん。アグネスおばさん、気にしてたぜ。お前を傷つけたってな』
「・・・それは、私の成績が落ちたから」
『それで親子喧嘩してたら俺の家なんて今頃更地になってるぜ!!』
「あんたは少しは気にしなさいよね」
ゲラゲラと笑う声が、スマホから聞こえてくる。
品のないその笑いが、いつもうっとうしかった。。
「・・・・・・なんか、馬鹿らしくなってきたわ」
『だろぉ?下手な考え休むに似たり、ってやつさ』
「あんたには暖簾に腕押しじゃない?」
自分の声が、軽くなっていくのを感じる。
胸につっかえていたモヤモヤが晴れていく。
『んで、どうよ。とりあえずアグネスおばさんのラザニア食いにいかね?』
「あのね、わたしは自分の家で・・・・あー・・・・無理かも」
『んあ?なんでだよ?まさかお前!俺の分まで食うつもりか!?太るぞ!?』
「あんたの分まで食べれるわけないでしょ!」
見当違いな危機感を抱いている幼馴染に文句を言って、ちらりと空を見る。
夕日は沈み、既に夜空に移り変わっていた。
「あの、ね・・・帰りのバス。なくなっちゃった」
『おいおいマジかよ。それでよくさっき俺のベッドを寄越せとか言えたな』
「ば!だれがそんなこと言うか!」
顔が熱い、からかってくる彼の言葉がうっとうしい。
『場所はどこだよ。あーまて。当ててやる。風車丘だろ?』
「え、なんで?」
彼女は疑問を隠せない。
場所を告げてなどいないし、GPSなど二手目で切っている。
『なんとなくな、お前ならそこに行くんじゃないかって思ったんだよ』
ドキリ、と胸が高鳴る。
顔が赤くなり、血液が流れていくのを感じ取れる。
本当に、この幼馴染は自分のことを乱してくるからうっとうしくてたまらない。
「って、何で来るの?おばさまの車?」
『いんや。父さんのバイクがあったから拝借してきた!』
瞬間、彼女の脳裏にアスカ家でほこりをかぶっていた大型バイクが思い出させる。
「え?おじさまの?あんたそれちゃんと許可とってるの!?」
『免許は取ってる!』
「そっちの許可じゃなくて!」
言っている間に、遠くからエンジン音が聞こえてきた。
思わず出所に目を向けると、ライトに照らされたバイクが一台。
巧みなコーナリングをしながら、彼女の下に向かってきている。
バイクはそのまま彼女の前に滑るように止まると、幼馴染がヘルメットのバイザーを上げて声をかけてきた。
「よう。元気してるか?」
「今、元気になったわよ」
「そっか、そりゃよかった」
まるで何もなかったような言葉とやり取りが、本当にうっとうしくて仕方がない。
彼はエンジンを止めてバイクから降りると、サイドからヘルメットを出し彼女に放り投げた。
「っと」
突然ではあったが、彼女はヘルメットを受け取る。
「ナイスキャッチ」
ニヤニヤとうっとうしい笑みを浮かべる彼に、彼女は「ふん」と鼻を鳴らして渡されたヘルメットをかぶる。
そして、彼によこせとジェスチャーした。
「あいよ」
何を、とも何がとも言わずに彼はバイクの鍵を彼女に手渡す。
「よろしい」
「仰せのままに」
彼女はバイクにまたがると、渡されたカギをバイクにさして、エンジンを回す。
アクセルをふかしてから調子を見て、グリップを確かめる。
ほこりをかぶっていたように見えたが、きちんと整備はされていたらしい。
「いいようね」
「だろ?」
短い言葉の後、彼女は彼に声をかけた。
「おなかすいたわ。ママにラザニア作ってもらいに行くけど、乗ってく?」
「お!いいねぇ!!俺ポーク入りがいいなぁ」
そのまま、彼は彼女の後ろにまたがった。
ここで「運転させろ」と言わないのが、癪に障る。
なにより、ラザニアに豚を入れるというセンスがいただけない。
「ばかね、チキンに決まってるでしょ」
「お、いいね。チキンも大好きさ!」
その言葉を聞いて、彼女はアクセルを回す。
いきなり全開にはしない。
それでも彼女としては強気な速度だ。
エンジンから鳴り響く心地よい爆音の中で、彼女はそっとつぶやいた。
「ありがとう」
「あ?なにか言ったか?」
「なんでもない!」


なお、アグネスとはあっさり仲直りしたし、ラザニアも作ってくれた。
その後、幼馴染がバイクで馬鹿をして大けがしたが、それはまた別の話。
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