愛狂表現


現パロ?転生パロ?で、中途半端に剣鬼の性質を引き継いじゃったせいで、愛情と探求心と殺意がごちゃごちゃになっちゃってる伊織の話。
独自設定のパロって設定説明と馴れ初めパート書いたら、割と満足しちゃう傾向にあるよね。ない?






 宮本伊織が初めて自分の異常性を意識したのは、小学生の頃のこと。命の重さを学びましょう、と育てた豚の肉を食べた日のことだった。

「自分達が日々食している命について考える」という題目で、クラスで一匹の豚を1年間育てた。可愛らしく賢い子豚をクラスメイト達は好いていたし、伊織も人懐こいその豚を可愛いと思っていた。
 すくすくと育ち、クラスメイト達に愛された子豚は、1年後に当初の予定通りに食肉処理場へと送られて、肉となって帰ってきた。残酷だとか、美味しく食べる事こそが最後の仕事だとか、そんな討論をした後の給食の時間、豚は料理として提供された。
 可愛がっていた豚の死を嘆き、その肉を泣きながら食べるクラスメイト達。彼らを見ながら、自分の感性は一般的なものと少しズレているようだと伊織は自覚した。

 あの子豚はとても可愛かったし、好ましかった。……こうして死ぬのなら、その中に詰まったものを見てみたかった。鼓動が止まる瞬間、体温が失われるまでの時間を共に過ごしたかった。……自分の手で、その身体を分解したかった。
 可愛がっていた豚の肉を咀嚼しながら伊織が考えていたのは、そんな事だった。

 斯くして、宮本伊織は気付いてしまった。愛しい。理解したい。自分が他者へと抱くそんな感情の中に、殺したいという気持ちが並んでいることに。嫌いなもの、苦手なものへの敵意ではなく、好ましいもの、愛おしいものに対しての愛情表現の中に、殺害衝動が含まれているのだと、知ってしまったのだ。
 早くに両親を亡くし、身近に真に心を許した相手がいないせいで、気付けなかった自分の危険性。愛情と連動する殺意。愛として出力される攻撃性。
 幸か不幸か、伊織はそんな自分の性質を悍ましいと自己嫌悪する感性を持っていた。人を傷付けることは悪しきこと、許されないことだと、自分を律する倫理観を持ち合わせていた。人と接する事を最低限に控え、相手に深く興味を持たない様にすることで、己の中にある悪性を封じることを決めた。


 そうして一抹の寂寥感を抱えながらも、どうにか平穏と言える日常を過ごすこと10余年。大学生となった伊織は、奇妙な夢を見るようになった。刀を手にした自分が、人も化け物も等しく全て斬り伏せる夢を。
 時代錯誤かつ非現実的な光景。けれど何故か懐かしいような、あの場所こそが自分のいるべきと感じるような……そんな夢を幾度となく見るようになり、やがて伊織は危機感を抱いた。これは自分の、悪しき願望の表れなどではないかと。抑えつけている悪性が、発露しそうになっているのでは、と。
 いつかあの夢の中のように、自分も誰かを傷付けるのではないだろうか?愛しい者に対してのみ愛と共に抱くと思っていた衝動を、認識し得る全ての人間に向けることになるのでは、と考えて、伊織は恐ろしくなった。
 人と接する事を今まで以上に控えるべきなのだろうか?しかし、そのせいで生まれた僅かばかりの孤独感が募り、人を知りたい、愛したい、殺したいという欲求が強まっているのではないか?

……そんな自問自答を繰り返す日々の中で、宮本伊織は過ちを犯した。
 
 珍しく酒に酔っていた、自宅にいたから気が緩んでいた、共にいた相手を強く意識した事がなかった。そんな言い訳はいくつか思い浮かぶが、決定打となったのは、恐らく空に浮かんだ月だった。
 その夜、空に浮かんだあの月が、何度も夢で見た月と、あまりによく似ていたものだから、夢と現実の区別がつかなくなってしまったのだろう。

 それは望月が眩しい程に白く輝く夜のこと。
 宮本伊織は、知人である一人の男を……地右衛門を強引に組み伏せ、やめろ、離せ、と拒む彼の言葉を全て重ねた唇で飲み込んで、暴力的な衝動に駆られるままに泣き喚く彼の身体を無理矢理に汚し、貪ったのだ。


 過ちの明朝、地右衛門の目元に残る涙を指先で拭いながら、伊織は深く溜息を吐いた。一体どうして、こうなった。……否、何故この男へとこんな無体を働いてしまったのかと考える。
 自分の抱える歪みは、愛しい者に対する探究心と、愛情表情として出力される殺害願望だと伊織は認識していた。だから深入りせず、適度な距離を保ちさえすれば、人付き合いは出来るはずだと思っていたし、実際、自身の異常性を自覚してからも、問題を起こさずに過ごしてきた。それなのに昨晩、伊織はこれまで大して意識したことの無い相手に衝動を爆発させた。

 バイト先の先輩が退職をするからと設けられた飲み会。酔い潰れて一人で帰れそうにもない地右衛門を自宅へと泊める事になったのは、伊織の家が会場となった店から近いという、ただそれだけの理由だった。
 職場で交わす言葉は挨拶と業務連絡のみ。名前と年齢が近いという程度の情報しか知らない同性相手なら、家に連れ込んだ所で間違いなど起きないだろうと、周囲の人間も伊織本人も思っていたというのに、現実はこの惨状である。

 眠る地右衛門を背負って帰宅し、押し入れからほぼ未使用の来客用の布団を引っ張り出して、寝かせたまでは何の問題も無かった。……そこで彼が、ぐっすりと眠ったままだったのなら、きっと何も起きなかったのだろう。
 実際には、彼は伊織が立ち上がろうとした瞬間に目を覚ました。そしてぼんやりとした、どこか稚い表情で伊織を見て、手を伸ばしながら小さな声で呟いたのだ。いかないで、と。
 今思えばそれが引き金だったのだろうか。気付けば地右衛門の手首を掴み、少し骨張った痩躯を押さえ付けていた。
 ぱちり、と不思議そうに目を瞬かせた地右衛門の表情が、顔色が、一瞬で酔いから覚めて青褪める。ばたばたと暴れ、逃げ出そうとするも悲しい哉、伊織の腕力には敵わない。せめてもの抵抗とばかりに必死に罵倒の言葉を投げる唇も塞がれ、最後にはか細い声で泣き喘ぎながら、伊織でない誰かへと赦しを乞うていた。

(……最低にも程があるだろう)

 昨晩の自身の狼藉を思い出し、伊織は顔を覆いながら再度深い溜息を吐く。
 伊織本人の価値観としても、世間一般の常識としても、これは悪しきこと、許されぬことであるのは明確だ。しかも地右衛門に一切の非はなく、完全に伊織が悪い。
 疲れ果てているのか、未だに目覚める気配のない地右衛門の顔を眺めながら、伊織は彼が目覚めた時にすべきこと、言うべき言葉を考える。

 到底許される事とは思わないが、まずは謝罪をすべきだろう。それから、地右衛門が望むなら然るべき処罰を受けねばなるまい。第三者に知られたくないというのなら、彼が求めるだけの賠償金を支払おう。すぐには用意出来ないが、一生を賭けてでも償わねばいけない。自分はそれだけの事をしたのだから。

 ひとまずの結論を出した伊織の隣で、地右衛門がもぞもぞと身動ぐ。目を覚ましたのかと伊織は緊張に身を固くするが、その瞼はしっかりと閉じたままで、未だ開くことはなかった。
 その様子に身勝手にも安堵し、伊織は起きてから何度目になるかも解らない溜息を吐く。
……とりあえず、今出来ることとして、赤く腫れた瞼を冷やす為のタオルでも用意しようか。そう考えながら触れた指先に、地右衛門が頬を寄せた。無意識とはいえ、自身を傷付けた男の指へとまるで甘えるように、縋るように近付く姿はあまりにも無防備で、昨晩の衝動とはまた違った感情が伊織の中に湧き上がる。

「守らねば……」

 口にしてしまった後すぐに我に返り、一体どの口が言うのだと、伊織は自分の顔を思い切り殴りたくなった。
 弁えろ、と頭の中の冷静な部分は何度も訴えている。これ以上、彼に興味を持つな。執着するな。それが互いの為なのだと、警鐘を鳴らす。
 しかしそれでも、胸の中に込み上げる感情を抑える事が出来そうにない。

 知りたい、守りたい、愛したい。誰かに触れて、通じたいという欲求。長らく封じ続けてきたそれが今、外へと溢れ出そうとしている。……その先にあるのは破滅しかないと、解っているのに。
 宮本伊織という人間が欠陥を抱えている限り、他者と深く関わる事は悲劇しか生まないだろう。愛として出力される暴力性もそうだが、全てを知り尽くしたいという探求心を満たしてしまったら、その果てに自分が仕出かすのは、恐らく……。

「ん……」

 思考の海に沈む伊織を、寝返りを打つ地右衛門の声が現実へと引き戻す。
 もう少しだけ眠っていて欲しいと思う反面、彼を知りたい、もっと色々な表情を見たいと、制御を失いつつある探求心が騒ぎ立てている。

「地右衛門……」

 名を呼ぶ声に滲む熱に、既に芽生えつつある己の執着の片鱗を改めて垣間見た伊織は項垂れる。これはもう手遅れかもしれないと、嘆息する。
 思考の表層では拒絶される事を望みながらも、その奥で浅ましく彼に何かを期待する本能に、反吐が出そうだった。

……不意に、自己嫌悪に陥る伊織の腕を地右衛門の手が掴む。まるで引き止めるようなその仕草に、昨夜の彼の姿が脳裏に浮かび、思わずごくりと唾を飲み込んだ。

 ぱちり、と地右衛門の瞼が開く。
 至極色の瞳が自分を映したその瞬間、必死に積み上げようとした壁が一瞬で崩れ落ちた事を、宮本伊織は自覚せざるを得なかった。
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