ボガードの独白 姫様について


 姫様の名前を初めて聞いたのは、シェフィールドがようやく都市らしくなったころだった。
モルガンに溺愛されている娘、厄災で滅びたダーリントンから見つかった弱い妖精。
そういう、あまり重要視する価値もない噂話であり、当時の私は解決しなければいけない案件が多くあったのもあり、忘れていた。

 私が、ふたたび彼女のことを耳にしたのは、キャメロットでモルガンの養女が、次期後継者と認められつつあるという情報だった。
ヌオーやドオーはいざ知らず、女王兵や女王騎士、バーゲストやあのウッドワスまでもが認めつつあるというのが意外だった。
あの者たちは、実力を最重要視する。
モルガンの外付けの加護(ギフト)がいくら高性能でも、弱い妖精を認めるはずがない。

 どうにも、胸騒ぎがした私は彼女についての情報を集めることにした。
手に入った情報は下記の通りだった。
① 元はダーリントンに住んでいた弱い妖精だったが、好奇心のみで行動する大妖精グレイマルキンに誘拐される。
② グレイマルキンが誘拐した理由は、その妖精バーヴァン・シーが吸血という、人間も妖精も生ける屍(リビングデッド)に変える能力を有していたからだった。
なお、認識阻害の影響で、彼女の名を認識できるのはシェフィールドで私だけだった。
③ バーヴァン・シーはグレイマルキンに反抗したために、四肢を砕かれ礼装に改造される。
愚かなグレイマルキンは、その礼装を好奇心の赴くまままに領民に使用した。
最終的には、自分では制御できない規模の生ける屍の軍勢を作ってしまい、自分もその餌食になった。

なお、グレイマルキンは、生ける屍の軍勢をキャメロットに放って遊ぶ予定だったようだ。
……つくづく愚かだなグレイマルキン。
結局、妖精の本質は統治という行為に向かないのが、ほとんどだ。
それなのに、強い妖精でないと統治できないという根本的な問題が、この馬鹿げた悲劇をもたらしたのだろう。

④ 後に“蘇りの厄災”と呼ばれる惨劇は、バーゲストの手で解決され、その時にバーヴァン・シーも保護されたようだ。
⑤ その後は、モルガンがどういうわけか、バーヴァン・シーを徹底的に贔屓した。
妖精騎士の称号と加護(ギフト)まで下賜したのだ。
他の妖精騎士が、厄災を幾度も鎮めた妖精騎士ガウェインことバーゲスト。
ウッドワスにすら匹敵すると称される、オーロラの切り札メリュジーヌこと妖精騎士ランスロット。
この面子と並ぶには、あまりにも格落ちすぎるので、女王兵や女王騎士たちは抗議するし、大妖精たちもモルガンの奇行に困惑していた。

⑥ そのような逆境の中で、バーヴァン・シーは努力した。
魔導書を読みふけったり、自身を侮る女王騎士からも稽古をつけてもらったりしていたようだ。
妖精にとって、努力とは非常に効率の悪い行為だ。
私にしても、ウッドワスにしても、バーゲストもそうだが、妖精の本質とはどう足掻いても変えようが無い物である。
例外に見える、ヌオーたちやドオーたちでさえも、遥か昔すぎて詳細不明な原初の罪悪感に縛られている。
彼らが、この妖精國で弱者の立場なのは、この原初の罪悪感ゆえであろう。

 だからこそ、その努力は実を結ぶはずがないのだが、バーヴァン・シーはいかなる女王騎士よりも強くなった。
人間保護区で、大妖精相手に敗北した後も、彼女は強くなり続け、バーゲストが懸想するようになったという。
……以後の調査は無用だな。
興味深い妖精だったが、バーゲストに目をつけられた以上、先は無い。
私はただ、バーヴァン・シーとバーゲストを悼み、資料を閉じた。


 後日、暴走したバーゲストがバーヴァン・シーを襲撃したとの報告があった。
信じがたいことにバーヴァン・シーは生き延びたという。
しかも、バーゲストの罪をバーヴァン・シーは赦し、バーゲストはバーヴァン・シーの騎士になったのだとか。

 私の中で、バーヴァン・シーは最も警戒すべき妖精に含まれた。

 彼女の、その後の成果と活躍は枚挙にいとまがない。
人間たちの地位向上のために、粛正騎士たちを正規に編成して悪妖精やモース駆除で成果をあげさせたり。
大規模な文化事業の数々を成功させ、都市間の交流を活性化させるためのイベントを多数催して人間や妖精を熱狂させたりしていた。

 シェフィールドに来る人間たちも、反モルガンはいても、反バーヴァン・シーはいない。
いや、当時の私の妻から、最近亡くなった妻に至るまで、姫様のことを慕っていた。
姫様が作ってくれた靴を、いずれも大事にしていたな。

 バーヴァン・シーこと姫様に初めて会ったのは、60年くらい前だっただろうか。
当時の妻との結婚式に、姫様はやってきたのだ。
まがりなりにも、シェフィールドは反モルガンを掲げる敵地である。
そのようなところに、乗り込んできたことに私は驚いたが、妻のほうも狼狽していた。
気丈な妻は隠していたが、やはり妖精國の民でありながら反モルガンを掲げる地に来たことに罪悪感を抱いていたようだ。

 緊張した雰囲気の中で、姫様は
『新郎新婦が、そんな緊張してどうするんだよ。
ほら、今日はめでたい日だろ。
だから、微笑みなさい〇〇。
あとボガード、旦那のお前が、緊張してどうするんだよ。
旦那がそれじゃ、妻は気が休まらないだろ。
……なにを気にしているかと思えば、私はお母様の娘なのだから、結婚式の会場を襲撃するわけないでしょう』
と、柔らかく花が咲いたような笑顔で私たちに語りかけた。

 その後の記憶は朧気だが、姫様は結婚式を盛り上げるために、歌や踊りを披露したり、人間保護区時代の妻との思い出を語ったりして結婚式を盛り上げてくれた。
ああ、本当に楽しい結婚式だったよ。
妻も姫様に『どこに行っても、あなたは私の可愛い子なのだから。だから、後ろめたさなんて感じる必要は無いの。
精一杯、幸せになりなさい〇〇』
と抱擁されながら、囁かれて、感極まって号泣していたな。

 その後は最近に至るまで、姫様は定期的にシェフィールドを訪れた。
ある時私は、反モルガンを掲げる自分を殺したいと、なぜ思わないのかと姫様に訊ねた。
私は『憎しみ、憎まれると』力が増すという異界常識を保有している。

 それゆえに姫様が、私に嫌悪や憎しみを抱いていないことは分かる。
しかし、モルガンを心から尊敬している彼女が、そういった感情を私に抱かない理由が理解できなかった。

 そう訊ねた時の、どこか寂し気で遠くを見つめるような表情が忘れられない。
『お母様が、どれだけ頑張っても、国の統治には穴が生じる。
そして、穴が生じたことで被害を受けた者たちが、お母様を恨むのは仕方が無いことだ。
まあ、だからこそ、私は未熟なりに、その穴を埋めようと足掻いているんだけどな』
そこまで言うと、姫様は私に優しく微笑みかけながら、続きを告げた。
『だから、私はあなたに感謝しているのよ、ボガード。
私たちでは救えなかった人間たちや妖精たちが、このシェフィールドでは笑えている。
それが、すごくうれしいの。
……きっと、私が自然とここに足を運ぶのは、ここが好きだからなのだと思う。
まあ、あなたと私は敵同士だから、あなたはうれしくないでしょうけど、ね。
ボガード?』

 その柔らかな微笑みと、純粋な感謝の念、姫様の言葉はあまりにも甘く、私の身に浸透していった。
私は姫様に褒められたことに、思わず感激して涙をこぼしていた。
慌てた姫様に、ハンカチで涙を拭っていただいたのは、思いかえすと赤面するほど恥ずかしい。

 最近になって『予言の子』、そのような売り文句とともに、変わった娘が売られてきた。
まさか初夜で、塔から投げ落とされるとは。
花嫁としては落第だが、おもしろい女ではある。
姫様と出会えれば仲良くなれるだろう。

 そう思っていたのだが、モルガンから『予言の子』と称される女を引き渡すようにと命令が来た。
あの娘はすでに、シェフィールドの人気者になっている。
引き渡せばシェフィールドは、大義名分を失い、崩壊するだろう。

 だからこそ私は、返書で姫様をこちらに譲るように要求したのだ。
國に複数存在する『予言の子』とやらのために、あのモルガンが至宝である姫様を手放すわけがない。

 そして予想通り、シェフィールドへの総攻撃が始まった。
ウッドワスこそいないものの、妖精騎士全員となれば、使える戦力はすべて動員したに等しい。
そのような戦力を動員して苦戦すれば、反モルガン勢力はこぞって旗揚げをはじめ、妖精國中が大混乱になるだろう。
ノクナレアや円卓、表向きはモルガン派のキャップレスにムリアン等も間違いなく動きだす。
2000年という年月は、國中に綻びをもたらしたのだ。

 情報提供者が言っていた、この『黒い大筒』は、強力な兵器であることは見ただけでわかる。
この兵器で牽制すれば、姫様を守ろうとして、軍の動きに大きな制限が出来る。
充分に勝算はあるつもりだった。
単独であれば、私はバーゲストにも妖精騎士ランスロットにも勝てる。
世界樹の皮で作られた城塞は難攻不落。
そして時間はこちらの味方だ。
……私は知らず、驕っていたのかもしれない。

 『黒い大筒』は聖槍に匹敵する兵器だった。
その威力に魅了された私は、城壁を吹き飛ばし、自身が瀕死になるまで乱発してしまった。
結果的に姫様と相対した私は、あっさりと捕縛され、今地面を芋虫のように転がっている。

『……こんな状態で、戦闘とか、なにを考えているの? あなた。
ひょっとして、さっきの悍ましい兵器の後遺症?
――図星みたいだな。 このバカが!
どういう兵器か、わからないような物を使うな!
そのせいで、シェフィールドもお前もメチャクチャじゃねえか!』

 耳が痛い。
まさに姫様の言うとおりだ。
『まあいい、これでこの戦争は終わりだ。
とっとと、シェフィールドの住民に投降を呼びかけろ。
お母様への弁護位は、私がしてやる。
言っておくが、お母様の裁定が下るまでは、お前を死なせるつもりはないからな』

 甘いなあ、姫様は、じつに甘い。
姫様の横にいる、軽薄そうな男ベリル・ガットとやらも苦笑いしている。

 姫様は、この國に漂う閉塞感を理解できていない。
なぜなら姫様だけは、妖精としての本質にも、人間のような寿命にも縛られていないからだ。
私はノリッジを追い出された時から、感じていた怒りや不満、そして姫様への嫉妬と憧れを訴えていた。
哀しげな表情を浮かべる姫様と対照的に、ベリルという男はどこまでも冷たく
『死にぞこないの戯言に、耳を傾けるのは時間の無駄だから、とっとと始末した方がいいぞ、このおっさん』と姫様に耳元で囁いていた

 その後、あの娘(マシュ)が私を救援しに現れたが、姫様が相手では分は悪かった。
だが姫様も、私への拘束を解かなければならない程度には余裕が無かったようだ。
なので、私は残された一手をベリルという人間につかった。
そうすれば姫様は、この男を助けようとするだろうと。
予想通り姫様は、男を庇い、その隙に私たちは脱出した。

 死に行く最後の時に思い出していたのは、磯臭いノリッジのことだった。
姫様は、『キャップレスのヤロウ!
都市の衛生や福利厚生設備の管理をこちらに投げて、実権だけ手に入れようとしやがって。
しかも原資が、ノリッジに住むヌオーたちからじゃねえか!
そういうのは、領主の仕事だろ!』などと愚痴っていたなあ。

……マシュの言葉が朧気にしか聞こえない。
望郷か。
ああ、私はノリッジに帰りたかったし、シェフィールドを守りたかったのか。
なんとも、笑える話だ。
最後になって、ようやく自分の本心に気が付くとはな。

……最後に浮かんだ景色は、妻たちの最後や墓参りに参加しては悲しげな顔をする姫様の姿だった。
なぜ、あなたは無数の死を見つめ続けながらも、悲しむ心を持ち続けられたのですか?
そこまで思考した時に気が付いた。
ああ、姫様は、誰よりも不自由な方だったのだと。
だからこそ、自身に縛られている暇など無かったのだ。

 望郷と、疑問の解決。
それと同時に、ボガードは息絶えたのだった。
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