ファラクト しんかする


ここはアスティカシア学園の外にある5番道路。
道外れた草原の中、2体のモンスターがバトルを繰り広げていた。そのうちの一体、黒い装甲で全身覆われている人型のモンスターの方に、ポケモントレーナーのスレッタは戦いの指示を出し、それを受けたモンスターは目の前にいる別のピンク色の野生モンスターへ向けて技を放つ。打撃音と共に技を受けたモンスターはその場に倒れこんだ。
「私達の勝ちだよ!ファラクトⅣ、ありがとう!」
ファラクトⅣと戦っていたピンク色のまん丸とした体のモンスターは、そそくさと退散していった。
「ファララ!」
全長100センチ程度のスレッタの持ちポケモン、ファラクトⅣは声を上げながら僅かに勝利を喜ぶポーズを取った。ファラクトⅣはくるりと反対方向へ向き直ると、自分のトレーナーであるスレッタをじっと見上げた。無表情ながらも小さな頭を小首で傾げ、何かを待っているようだ。
「よしよし、今回も頑張ったね!」
スレッタはファラクトⅣの身長に合わせてしゃがむと、ヘルメットの装飾を避けながら頭をよしよしとで撫でた。目を瞑りながら撫でられていると、無表情な顔が心なしか嬉しそうに綻んでいるようにスレッタには見えた。
「ふふふ、かわいい♡」
モンスターと言えど見た目は人が全身硬い装甲を纏ったような見た目で、ヘルメットで覆われている頭部の顔も髪も人間そのものである。同類の別種にはもっと人間のような肌を晒しているタイプもいる。今は人間で言えば幼児のような背丈で、顔立ちもその年齢の子供のような可愛さで。体の硬い黒の装甲とは真逆の柔らかで白いフォギー肌の頬に、丸みのあるフェイスがとても愛らしい。スレッタは吸い込まれるようにファラクトⅣの頬へ、チュッ、とキスをした。
「………フ、ファラッ!」 
恥ずかしいのか、照れたようなもじもじとした仕草をした。
「ああっ!やっぱりかわいいぃいっ!!」
スレッタは思わずファラクトⅣを抱き上げると、頬擦りしながらぎゅーっと抱きしめた。時折ヘルメットが肌に当たるがそんなのもお構いなしだ。スレッタはついほっぺにキスしたり頬擦りしてしまうくらい、ファラクトⅣが可愛くて可愛くて仕方がなかった。
「! ファラ!」
急にファラクトⅣが声を上げたかと思うと、スレッタの腕から飛び出した。
「あ、ポケモン!ファラクト、お願い!」
スレッタの後ろには虫の形をした野生のモンスターがおり、既に攻撃体制をとっていた。芋虫のようなモンスターは体を縮こませたかと思うと、口から勢いよく白い糸を吐いてきた。ファラクトは地面を勢いよく蹴り宙へ浮くと、瞬く間に上空へ飛んでいき虫の糸を躱わしていく。
「ファラクト、『たいあたり』!」
ファラクトはスレッタの指示を受けると、旋回しながら相手の吐く力が弱まってきたのを確認して虫の方へ急降下していき、全体重をかけて虫モンスターへ『たいあたり』を仕掛けた。
その攻撃は急所に当たり、その一撃で戦闘は終了となった。
「ありがとう、ファラクト。私ってば気を取られてて…………あれ?」
ファラクトが全身眩い光に包まれていく。手持ちのスマホロトムが振動し、画面には進化をさせるかどうかのメッセージが表示されていた。
「進化……するんだ」
スレッタとてポケモンマスターを夢見るポケモントレーナーの一人だ。慣れ親しんだ姿のファラクトが変わってしまうのは少し淋しいが、強くなる事を望むスレッタに迷いはなかった。進化を先延ばしする事を選ばず、ファラクトの姿が変わるのをジッと見守る。ファラクトが光に包まれ、姿形が確認出来ない程に輝いた後、やがて光は引いていき姿を変えて現れた。
「……ファーーラ〜〜クーート〜〜ッ!」
「…………………でっ」
小さく可愛かったファラクトは、スレッタの身長を超えてデカくなっていた。180センチを越えた成人男性の身長程度になっており、スレッタは若干ショックを受けた。可愛いかった鳴き声も、心なしかねっとりした声に聞こえたような気がするけれど、まあそれはきっと気のせいだ。
「お、おめでとう!」
スマホロトムを確認すると『おめでとう!ファラクトⅣはファラクトⅤにしんかした。』とメッセージが表示されていた。
「カッコよくなったね。…これからもよろしくね!ファラクトⅤ!」
「ファラ〜♡」
拍手をして祝福するとにこにことした笑顔でファラクトⅤが近くに寄ってきた。
よくよく見ると、身長だけでなく顔立ちも子供から青年とへ成長した顔に変わっており、スレッタはドキリとした。スッキリとしたフェイスラインにくりっと可愛げのある大きな瞳。整った鼻や口角の上がった唇に、サラサラとした髪が靡いて、進化前のファラクトⅣより大人びており、そしてどこか甘い顔立ちをしていた。
「ファラ」
ニコリとこちらを見ながら小首を傾げる。
「…そうだね。いつもの、だね」
スレッタに頭を撫でて欲しい時、決まってこの動作をしていた。進化して姿を変えても、前と変わらない事にスレッタは一安心した。
「うーん。届くけど、これで良い?」
ファラクトⅤの頭に手は届くけれど、背が高くなり前のように上部を撫でる事は出来ず、前側を撫でる程度になってしまった。
「ファラ〜」
察してくれたファラクトⅤは少し屈んでくれた。
「そうだよね、前とおんなじが良いね。進化して私より大きくなったから、これからは屈んでくれると嬉しいな」
「ファラ!」
上にも手が簡単に届くようになり、前までと同じようにファラクトⅤの頭を撫でた。目を瞑りながら気持ち良さそうにしている。
「…………。」
長い影を落とす睫毛。潤った唇。肌に骨張ったところが出た輪郭。意識し出すと、撫でていた手が思わず止まる。
パチリ。視線が合った。
スレッタはパッと手を引っ込めてしまい、俯いた。顔が赤く、熱くなっていた。
「ファラ?」
「ま、またあとでいっぱい撫でてあげるね!」
目の前にいるのは確かに自分のポケモンの筈なのに、人の顔を持つファラクトⅤをまるで人間の男性かのようにスレッタは意識し始めていた。
「ファラ」
ふいにファラクトⅤの手がスレッタの顎に添えられ、クイと持ち上げられる。
「ファ、ファラクト……どうしたの?」
視線が合うとファラクトⅤはニコリと笑う。そして顔がどんどん近づいていき息遣いを肌で感じるほどの距離に、目の前には唇がせまってきて………。
「………だっ、だめぇーーーっ!!人間とポケモンがこんな事しちゃっ!」
ファラクトⅤの胸を強く押し返すがびくともしない。スレッタは思わずぎゅっと目を瞑る。
チュッ。
「…………はっ!」
頬に温かい感触が伝わり、それはすぐに離れていく。ファラクトの方を見ると、先ほどと変わらない笑顔がそこにあった。
「ファラ!」
「あ、ははは………そうだよね、私が今まで、してたもんね……」
スレッタは誤解していた。ファラクトはいつものスレッタの真似をしただけだ。
「ファララ〜♫」
「あ、あぁあああ、ちょっ、ファラクトったら!」
両腕で身体を抱きしめられ、持ち上げられる。そしてかつて自分がやっていたように、ファラクトは嬉しそうに頬擦りをしてくる。つま先がギリギリつく程度に抱き上げられているのも、時折装甲が当たって痛いのも気になるが、それ以上に。
(……どどどどうしよう!こんなにファラクトが近いと、心臓が痛いよ〜!)
進化前までは何ともなかった筈だが、今は外に音が聞こえるんじゃないかというくらいスレッタの心臓はドキドキとしていた。
これから1人と1匹の旅は、関係はどうなってしまうのか。スレッタと進化したファラクトⅤの日常は、まだ始まったばかり……。





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