星の花が降るころに・続


私はビニール袋を結ばずに持って銀木犀の木のある公園を出た。その時、風が吹いた。冷たかった。けれどほのかに銀木犀の香りがした。季節はすっかり秋になっていた。

月は変わり、十月になった。
私は学校の帰り、あの公園へ向かった。
銀木犀の木の下に戸部君がいた。なぜあそこにいるのか。不思議すぎて、夏実との思い出なんか忘れて戸部君のことをじっと眺めていた。

しばらくして戸部君が、何も言わずにぎこちなく手を振りながら走ってきた。さすがサッカー部。足が速い。

戸部君は、少し照れくさそうにして笑ったら、話の進まない質問をするばかりだ。あきれた私は、
「何してたの?」ときいた。

「いや、別に。あの白い花見てたんだけど。」

「あぁ、銀木犀?」

「へぇ。あれ銀木犀って言うんだ。」

(知らないのにあの木の下にいたの、なにかおかしい。いつもこの公園にはいないのに。)
私はまた、弱みを握られた気分になり、「あのさ、」と言った戸部君を遮った。
「なんでこの公園にいたの。戸部君いつもここにいないじゃない。ここは、夏実との思い出の場所なの。なのになんでいるのよ。おまけに絡んでくるし、それに塾も同じところに入ってくるし。」
言い過ぎたかもしれない。何かあるとすぐ夏実がよぎる。こんな自分は嫌だった。

私がそんなことを考えていると、「それは、…」戸部君は真剣に考えてくれていたのだ。

私たちが変に重い空気に包まれている中、公園をまたいだ反対側の歩道に夏実がいた。私と戸部君は一瞬にして黙り込んだ。視線を感じたのか、夏実もこっちを見た。

「行ってこいよ。」戸部君が言った。

「う、うん…。」
夏実と話すのが今までよりも恐くなっていた。その理由はわからない。けれど、なんとなくわかる。それは戸部君が見ているからに違いない。

無駄に緊張する身体(からだ)で、思うように動けない。
私は夏実のところへ向かった。

「あ、それ…」

夏実は私の持っていたビニール袋を見ながら言った。

「あ、…これ銀木犀の花が入ってたやつだけど…。」

私がそう言うと夏実はホッとして、まさに知っていたかのように表情を取り戻した。

「久しぶり、だね。」

「前はごめんね。返事できなくて。同じクラスの子に話しかけられたから…。」

夏実は申し訳なさそうに私に言った。「大丈夫だよ。」すぐにそう言いたかった。でもできなかった。あの日、夏実に声をかけたけれど、他の子の方へ行ってしまったのを思い出すと、悪夢のようで仕方がなかった。

泣きそうなほど鮮明に蘇る光景が、私の胸を締めつける。けれど泣いていられない。きちんと話さなければ、その一心で重くなった口を開いた。

「…うん、大丈夫。私の方こそごめん。一年間も話してないなんて、私たちひどすぎるよね。」

「ほんとだよね。」夏実はそう言って笑った。
最初は無理して笑っていたけれど、だんだん笑えるようになってきた。
「おい!」

戸部君が私たちに向かって走ってきた。
この三人が同じ場所にいるのは何年ぶりだろうか。三人だけではなかっただろうが、小学生の頃に同じクラスだった時以来かもしれない。

この日は三人一緒に帰った。

この日から三人の距離はそれぞれ近づいた。
戸部君は、私たちと話すことで人と話すのが上手くなったし、夏実は勇気を出して物事を言えるようになった。
そして私は、きちんと向き合いながらやっていくうちに、戸部君のことをもっと知りたいと思うようになった。

これからも、こんな毎日が続くのだろう。きっと。ーーー
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