■■■■邑落 ■■


黒く昏い地に包まれた一欠片の肉が脈を打つ。
其れは、其の時、光を見た。根の堅洲国には一筋どころか、一粒の光もあるはずないが其れは嘗てやんごとなき身であった。

無い手を伸ばす。無い手で掴む。身体なくとも、それにはできることである。

[わたしはこのち。このちはわたし。わたしを、このちを、あいするならこたえよ]
無い口で紡ぐ。無い言葉を紡ぐ。気が水になるように、無が有に成り顕れる。有と成れば後は待つだけ。はじめにシダが生まれ、あらゆる樹木が増えるように。

やがて夜が明ける。日の門が開かれる。
彼女は無い足を踏み込んだ。無い眼を向けた。無い耳を澄ませた。眼の前には影が二本。

「佐竹伊賀っちゅう。御身が此度の雇い主かぁ、よろしゅうな妙なの」
背の高い益荒男──佐竹伊賀が朗らかな挨拶をする。撓んだ麻糸のような穏やかな面持ちの一方、眼光は冬の月のように鋭い。早くも目で揚羽蝶を追っている小柄な男も似た目つきをしているが、彼の方が理知的であった。

彼女は無い眼で男を見る。傷んだ鏡が男を見る。とりわけ美しい顔でもないのに、彼は彼女の目を引いた。初めて虹を見たように、彼女の無い眼は輝いた。
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