――孤独は誰のなかにも存在する。それだけの話だ。
<比率>
2:0:0
<時間>
40~50分
<登場人物>
マオ
【真生(まお)】男性
ウリ専(男娼)の男。赤ん坊の頃に母親の手を離れ、ジンに育てられた。
ジン
【仁(じん)】男性
風俗店へのスカウトを生業としている男。元ウリ専。とある事情で赤ん坊のマオの身元引受人になり、マオを育ててきた。
<利用規約>
https://writening.net/page?bmsmZi
------------以下台本—----------
―ある日の夜/いわゆる歓楽街
(通りをジンが足早に歩いている)
(ジンの姿を見かけたマオが声をかける)
マオ:あ、ジン。
(ジン、そのまま歩き続ける)
(マオ、追いかける)
マオ:ねえ、ジンってば。
ジン:……
(ジン、そのまま歩き続ける)
マオ:ちょ、待ってよ。ジン。
(ジン、ようやく足を止め、ため息をつく)
ジン:……マオ。
マオ:久しぶり。相変わらず歩くの早いね。全然追いつけなくて焦ったよ。
ジン:これから仕事か。
マオ:ううん、今一本終わって、これから一旦事務所に戻るとこ。
ジン:うまくやってるか。
マオ:まあ、相変わらず。それなりにね。
ジン:そいつは良かった。
マオ:ジンは?
ジン:ちょうど「かさね」に行ってきたところだ。
マオ:うちに?
ジン:ああ。
マオ:また新しい人?
ジン:まあな。
マオ:そっか。
ジン:ああ。
マオ:ほんと、よく見つけてくるよね。
ジン:……
マオ:ウリ専なんて、女よりスカウトの難易度高そうじゃない。
ジン:そうでもねえよ。餅は餅屋だ。
マオ:ふうん、そんなもん?
ジン:そんなもんだ。
マオ:ねえ、ジン。そいつさ
ジン:事務所。
マオ:え。
ジン:戻るんだろ。早く行けよ。逆方向だぞ。
マオ:ジン、今日はもう終わり?
ジン:まあな。
マオ:じゃあ俺、今日の仕事全部終わったらさ、久しぶりにジンの家、行ってもいい?
ジン:お前ね
マオ:お店やお客さんには絶対バレないようにして行くから。
ジン:……
マオ:ジンとご飯、食べたいんだ。
ジン:うちには食えるものなんかねえよ。
マオ:知ってる。でもちゃんと食べなきゃだめだって。
ジン:うるせえな。
マオ:ていうか少し痩せた?ただでさえ細いんだから、ほんと、食べなきゃだめだってば。
ジン:大きなお世話だ。
マオ:はいはい。何か買ってくよ。ジン、好きだったでしょ。ほら、あそこの中華屋さん。
ジン:「パンダ」な。
マオ:そうそう、「パンダ」。
ジン:いい加減覚えてやれよ。難しい名前でもねえのに。
マオ:まあいいじゃない。とにかく、あそこで何か買ってくよ。それでいいよね。
ジン:……
マオ:ね。
(ジン、ため息をつく)
ジン:……辛くないやつで頼む。
マオ:え?
ジン:最近胃の調子が悪くてな。
マオ:そうなの?大丈夫?
ジン:もう若くない、ってだけだ。問題ねえよ。
マオ:辛くない麻婆豆腐って、オーダーできるのかな。
ジン:店主もいいかげん爺さんなんだから、無茶言って困らせてやるな。
マオ:でもさ。
ジン:別に麻婆以外も美味いだろうが、あそこ。
マオ:それもそうだね。うん、わかった。
ジン:分かったなら早く戻れ。
マオ:わかったってば。
ジン:それじゃあな。
マオ:一応何か薬買ってく?
ジン:いらねえ。ある。
マオ:食べ物はないのに?
ジン:うるせえな。
マオ:はいはい。それじゃあまたね。
ジン:ああ。
【間】
―ジンの家
(小さな座卓を挟んでジンとマオが座って口をもぐつかせている)
(座卓の上にはプラスティック容器が並んでいる)
マオ:うん、やっぱり中華は「パンダ」のが一番好きだな。
(ジン、黙々と麻婆豆腐を口に運ぶ)
マオ:辛くないのでもおいしい?
ジン:よく作ってくれたな、あの爺さんが。
マオ:「マオの頼みなら仕方ねえや」って。いい人だよね。
ジン:相変わらず甘えるのだけは上手いな。
マオ:生存戦略って言ってよ。
ジン:そんな難しい言葉、どこで覚えてきた。
マオ:イチさんが教えてくれた。
ジン:イチさん?
マオ:俺のお客さん。俺が「ろくに高校行ってなかったから、全然勉強できないんだよね」って言ったら、色々教えてくれるようになったんだ。
ジン:……あんまり客に自分のことを話すな。トラブルのもとになる。
マオ:イチさんだけだよ。
ジン:……
マオ:なんか話したくなっちゃうんだよ、あの人。聞き上手っていうか。とにかくいい人なんだ。
ジン:そうかよ。
マオ:最近じゃ、プレイの時間を削って勉強を教えてくれる時もあってさ。
ジン:物好きだな。
マオ:なんとかって団体で、困っている子供の支援?みたいなのをしてるんだって。ボランティアで。
ジン:へえ。
マオ:お父さんってあんな感じなのかなあ。
ジン:なわけねえだろ。
マオ:そう?
ジン:息子を金で買う父親がどこにいる。
(マオ、ぷっと吹き出す)
マオ:それもそっか。
(ジン、残りの麻婆豆腐を掻っ込み、水を飲む)
ジン:ごちそうさんでした。
マオ:美味しかった?
ジン:さっきそう言ったろ。
マオ:言ってないよ。ねえねえ、美味しかった?
ジン:自分が作ったわけでもねえのに、しつこいな。
マオ:でも買ってきたのは俺だもん。
ジン:そういうとこ、相変わらずめんどくせえな。
マオ:美味しかった?
ジン:美味かった、美味かった。ていうか、俺にとっちゃ食い慣れた味だ。
マオ:安定の、ってやつだよね。
ジン:ああ。
マオ:俺は久しぶりに食べたから、なんかこう、「これこれ!」って感じがした。
ジン:なんだそりゃ。
マオ:「これこれ!おふくろの味!」的なやつ。
(今度はジンが吹き出し、そのままゲラゲラと笑う)
ジン:爺さんが聞いたら怒るぜ。「ジジイつかまえて何言ってやがる、気持ちわりぃ」って。
マオ:そうかな。案外にんまりしながら聞いてくれそうな気がするけど。
ジン:そうかあ?
マオ:うん。
ジン:ま、マオが言うならそうかもしれねえな。
マオ:なにせ赤ん坊の時からの付き合いだからね。
ジン:お前の名前を「マオ」ってつけたのも、あの爺さんみてえなもんだしな。名前もまだついてねえ赤ん坊のお前を引き取った日だ。爺さんの店で飯食ってるとき、お前が泣き出して
マオ:「こいつぁ発情期の猫(マオ)みてえだな」ってね。もう何回も聞いた。
ジン:そうだったな。
マオ:発情期の猫だなんて、ひどい由来だよねえ。漢字は「真に生きる」で、すっごく綺麗なのにさ。
ジン:今のお前にゃぴったりだろ。
マオ:「名は体(たい)を表す」ってやつ、そのまんまだね。
ジン:だな。
マオ:だな、じゃないよ。今はいいけど、小学生の時に初めてそれ聞いた時のこと、忘れたとは言わせないよ。
ジン:「そんなの発表できない」ってさんざ泣かれたやつか。
マオ:そう。宿題だったのにさ。結局ジンが適当にそれっぽく作ってくれた話を発表したんだよね。今でも由来聞かれたらそれ使ってるよ。
(ジン、タバコを取り出し、火をつけて吸い始める)
ジン:一晩中唸ったんだぞ、あれ作るのに。
マオ:そうだったの?
ジン:……まあな。俺の人生で一番の苦労話だ。
マオ:それ、初耳なんだけど。
ジン:言ったことなかったからな。今のも口が滑っただけだ。
マオ:なんで内緒にしてたのさ。
ジン:わざわざ話すようなことでもねえからだよ。
マオ:いい話なのに。
ジン:どこが。
マオ:なんとなく?
ジン:こういうのはな、「身から出た錆」って言うんだよ。
マオ:そうかなあ。俺は嬉しかったけどな。
ジン:やめろ気持ち悪い。
(しばしの間)
マオ:ねえ、ジン。
ジン:ん?
マオ:新しくスカウトした子ってさ、どんな子?
ジン:はあ?
マオ:先輩として聞いておきたいだけ。
ジン:お前だってまだまだひよっこのくせに、よく言うよ。
マオ:それでも先輩は先輩でしょ。いいじゃん、教えてよ。
ジン:……大学生。「ロゼ」の外に捨てられてたのを拾った。
マオ:ああ「ロゼ」。ぼられて金払えなくて、ボコられたってとこかな。あそこ超悪質店じゃん。ネットでも少し検索すれば出てくるレベルなのに、ばっかだねぇ。
ジン:借金したのを親にも学校にも知られたくないから、手っ取り早く稼いで返済したい、バイだからウリ専にも抵抗ないってんで、「かさね」に紹介したんだよ。
マオ:ふうん、要は世間知らずのお坊ちゃんだ。
ジン:どうだかな。
マオ:そいつ、続くかなあ?
ジン:は?
マオ:バイって言っても、絶対お綺麗な「やりとり」しか知らないと思うけど。うち、変態客も結構来るよ?
ジン:だからって、お前が口出しすることじゃねえだろ。
マオ:だってそいつが飛んだら、ジンの評価にも関わるじゃん。
ジン:そんなのは気にするな。俺は元々底辺だ。
マオ:そんなこと
ジン:あとな。
マオ:なに。
ジン:世間知らずはお互い様だ。
マオ:え。
ジン:お前だって、この街しか知らないだろうが。お綺麗なお屋敷の池で育ったそいつと、酒とゲロと体臭の匂いがするドブで育ったお前、生きてきた場所が違うってだけで、俺からしたらどっちも世間知らずだ。
マオ:……
ジン:ま、俺も「お互い様」なんだけどな。
マオ:そんなこと……
ジン:別にお前だって、飛んでいいんだぞ。
マオ:え?
ジン:井の中の蛙だって、壁をよじ登って大海に出ようとしてみてもいいと、俺は思ってる。俺にはもう無理だがな。
マオ:なんで。
ジン:そこでしか生きられないのを知っている生き物だってことだよ。
マオ:俺だってそうだよ。
ジン:……
マオ:……
(ジン、大きく息を吐く)
ジン:……俺も、年取ったもんだ。
マオ:なにそれ。
ジン:なんでもねえよ。ほれ、食ったんならもう帰れ。
マオ:久しぶりに来たんだ。泊まっていってもいいでしょ?
ジン:馬鹿野郎。
マオ:今夜は、ジンといたいんだ。明日は俺、出勤遅いし、帰りもちゃんと客には見られないようにするから。
(しばしの間)
ジン:……勝手にしろ。
マオ:やった。ねえ、シャワー浴びていい?
ジン:好きにしろ。タオルの場所は分かるな。
マオ:もちろん。
ジン:ん。ベッドはお前が使え。俺はソファで寝る。
マオ:いいの?
ジン:今更何言ってやがる。昔からそうだったろうが。
マオ:ふふ。
ジン:なんだよ。
マオ:なんだか懐かしいな、ほんと。
ジン:そうかよ。ほれ、さっさとシャワー浴びてこい。俺はここ片づけたらもう寝る。
マオ:シャワー浴びないの?
ジン:胃がきついから動きたくねえんだよ。久しぶりに腹いっぱい食ったからな。
マオ:大丈夫?
ジン:だから言ったろうが。単におっさんになっただけだ。
マオ:寝る前にちゃんと薬飲みなよ。
ジン:わかったわかった。
マオ:ん。じゃあ、おやすみ。
【間】
―また別の日の夜/ジンの家
(ドアを叩く音)
(ジン、ドアを開ける)
ジン:はいはーい、どなた……って
マオ:よかった、いた。
ジン:マオ。
マオ:ねえジン、ここチャイム壊れてるよ。
ジン:そうだったのか。
マオ:気付いてなかったの。
ジン:訪ねてくる奴もいねえからな。
マオ:いるじゃん、俺。
ジン:いるじゃん、じゃねえよ。何しに来た。
マオ:ちょっと、ジンに相談したいことがあって。
ジン:店でなんかあったか?
マオ:んー、まあ近い、かな。
ジン:……
マオ:……
ジン:入れ。
マオ:ん。あ、これ。お土産。
ジン:要らねえよ、んなもん。
マオ:「パンダ」の杏仁豆腐。
ジン:お前、あそこ以外に食いもん屋知らねえのか。
マオ:そんなわけないでしょ。
ジン:皮肉だよ、馬鹿。
マオ:分かってるよ。でも好きでしょ、「パンダ」の杏仁豆腐。やっぱり、ジンと何か食べるならあそこのものかなあ、ってなっちゃうんだよね。多分さ、二人で一番一緒に行った店だよ。
ジン:……お前、最近どうした。
マオ:ん?
ジン:やけに感傷的なことばっかり言いやがって。
マオ:やっぱりジンには分かっちゃうか。
ジン:今日の話と、関係あるのか。
マオ:まあ、ね。
ジン:待ってろ、今茶入れるから。
マオ:いいよ別に。
ジン:いいから。座ってろ。
マオ:……
(しばしの間)
(ジン、カップを座卓に置く)
ジン:ほれ。
マオ:これ、俺が子供の時に使ってた「ゴジュウゴレンジャー」のカップじゃん。まだあったの?
ジン:捨てる理由もなかったから放っておいただけだ。
マオ:あれ、ジンは?
ジン:白湯(さゆ)。
マオ:胃の調子、相変わらず悪いの?
ジン:歳を取ると、毎日どっかしら調子が悪いんだよ。お前もいずれ分かる。
マオ:そんなこと、イチさんも言ってたなあ。
ジン:また「イチさん」か。
マオ:最近よく呼んでもらってるからね。というか、相談っていうのもイチさんのことなんだ。
ジン:トラブルか。
マオ:ううん、全然。むしろ最近は全くプレイせずに勉強ばっかりさせられてる。
ジン:はあ?
(マオ、へらりと笑う)
マオ:これはこれで変態客だよねえ。俺、今までで一番勉強してるかもしれない。
ジン:……いいことじゃねえか。
マオ:本当にそう思う?
ジン:ああ。
(しばしの間)
マオ:イチさんに、さ。
ジン:……なんだ。
マオ:「かさね」を辞めて、本格的に勉強してみないかって言われたんだ。
ジン:……
マオ:生活の面倒は見てあげる、僕の家に住めばいいから、って。
ジン:……それで?
マオ:ちゃんと勉強をして高卒認定?っていうの取れば、もっと色んな働き方や生き方も選べて、人生の選択肢も増えるから、って言われた。
ジン:……
マオ:ジン?
(ジン、大きく息を吐く)
ジン:そいつは……
マオ:うん。
ジン:そいつは、信用できるのか。
マオ:そう言うと思った。だから俺、イチさんと話したんだ、昨夜(ゆうべ)。
ジン:……
マオ:俺の話―― 両親がいないこと、スカウトのジンが両親の代わりに俺を赤ん坊の時から育ててくれたこと、高校の時に、育ってきた環境を担任に馬鹿にされまくったこと、そいつをジンが殴りに行って高校を退学したこと、十八になってすぐジンに「かさね」を紹介してもらってウリ専を始めたこと、全部話したんだ。
ジン:……客に自分のことを話すなってあれほど
マオ:イチさんも話してくれたよ。自分のこと。
ジン:そんなもん、いくらでも捏造できるだろ。
(マオ、ふふと笑う)
マオ:きっとジンはそう言うだろうから、ってイチさん、なんならジンに会って身分証明してもいいって言ってた。
ジン:は?
マオ:必要なら定期的に様子を見に、イチさんちに来てくれてもいいって。
ジン:……ふざけたことを。
(ジン、煙草に火をつける)
(しばしの間)
マオ:続けてもいい?
ジン:……
マオ:イチさんはジンよりもう少し年上で、昔高校の先生をしてたんだって。
ジン:はっ、元高校教師が男を買うのか。世も末だな。
マオ:そんな風に言ってあげないでよ。年食ってパートナーのいないゲイの寂しさは、ゲイの俺らが一番よく知ってるじゃない。
ジン:……そんなのは、ゲイじゃなくたって同じだ。
マオ:そうかもね。だったらやっぱり、そんな風に言ってあげないで。
ジン:やけにそいつの肩を持つんだな。
マオ:……ほっとけなかったんだ。
ジン:はあ?
マオ:ずっとずっとゲイであることを隠して、自分で自分を黙らせて生きてきた過去の方が、残りの人生よりも長くなっていたことに気付くのって、多分すごくこわいんだろうなって。
ジン:分かったようなことを言うな。恐ろしかったとしても、それはそいつが選んだ道だ。
マオ:でもさ、選んだ道の先でゲイの自分がゲイのまま、パートナーでなくとも、誰かに寄り添って、その人の力になって生きていけるかもしれない可能性を見つけたら、やっぱり縋(すが)りたくなるんじゃないかな。
ジン:……知らねえよ。
マオ:俺は、なんとなく分かったよ。しょうもない自分にもできるかもしれないことが見つかった時の嬉しさが。
ジン:で?お前はそいつを救うために、単なる同情心でそいつに囲われることを選ぶのか。
マオ:そんなんじゃないよ。俺、そこまでチョロくないって。
ジン:どう見たってそうだろうが。
マオ:ううん。本当にそんなんじゃない。
ジン:どこが違う。言ってみろ。
マオ:……俺も、イチさんを利用するつもりなんだよ。イチさんが俺を、無意識とはいえ、自分の人生のために利用しようとしているように。
ジン:利用?
マオ:イチさんに言われて、はっとしたんだ。いつまでもウリ専なんてできるわけじゃない。ウリ専で稼げなくなったら俺、どうしたらいいんだろう、って。
ジン:……
マオ:ジンにも分かるでしょ?元々ウリ専だったんだから。
ジン:……どこでそれを聞いた。
マオ:「かさね」のオーナーが言ってたよ。俺が小学校に上がるくらいの時に辞めたんだってね。
ジン:……あのくそババア。
マオ:ちょっと脱線するんだけどさ。
ジン:なんだ。
マオ:俺の両親って、どんな人だったの。
ジン:……
マオ:昔から、この質問には答えてくれなかったよね。はぐらかしてばっかりでさ。でも、今なら答えてくれるでしょ。
ジン:どうしてそう思う。
マオ:俺のこれからの選択に必要なことなんだ、って、俺が言うから。
ジン:卑怯者め。
マオ:うん。そうだね。
(しばしの間)
ジン:……ただの風俗嬢だよ。平和な家庭で何不自由なく育ってきたくせに、何を間違えたかちんけなホストに入れあげて、挙句風俗落ちするような、平凡で馬鹿な女だった。
マオ:……父親は、ジン?
ジン:んなわけあるか。
マオ:そうだよね。
ジン:……そのホストだよ。
マオ:そっか。
ジン:さんざ女に貢がせておきながら、子供ができたらあっさりと捨てて、そのくせ子供が生まれて女が身軽になった途端に、また金欲しさに気を持たせるようなことを言うような……
(ジン、口をつぐむ)
マオ:くそ野郎だね。
ジン:……すまん、つい。
マオ:いいって。それで母親は、男を取って俺を捨てたんでしょ。
ジン:すまん。
マオ:だからいいって。別にそれを知って道を踏み外すような歳でもないよ、俺。
ジン:まだそういう歳だよ、俺からしたら。
マオ:やめてよ、父親でもないのに父親面するの。
ジン:父親じゃねえが俺はお前の保護者だ。あいつに託された以上はな。
マオ:……あいつって俺の母親?
ジン:……ああ。
マオ:仲良かったんだ。
ジン:勤めてる店も家も近所だったってだけの腐れ縁だ。
マオ:ただの腐れ縁だったとしても、赤ん坊なんて超ド級のお荷物は引き受けないって。
(少しの間)
ジン:……お荷物なんかじゃなかったさ。
マオ:……
ジン:あの日、お前は俺に、笑顔で腕を伸ばしてきた。生まれたばっかで名前もない、まだこの世に片足しか突っ込んでないような存在のくせに、世界の何も、まだ分かっていないくせに、母親の手を振りほどいて、この小汚ぇ俺に、腕を伸ばしてきたんだ。
マオ:……
ジン:声を上げて、腕を伸ばしてきたんだ。
マオ:……ジン。
ジン:……結局俺も、そのイチさんとやらと同じだ。
マオ:え?
ジン:お前を利用したんだ。
マオ:……
ジン:そういや、言ったことなかったな。
マオ:何を。
ジン:俺もお前と似たような育ちでな。
マオ:……
ジン:父親は生まれたときからいなかった。母親は……一応はいたって程度だ。
マオ:一応は?
ジン:帰ってこない日もザラだったし、俺が中学を卒業したら、早々に姿を消しちまった。逃げたのか消されたのかは知らねえけどな。
マオ:確かに、似てるね。
マオ:幸いゲイだった俺は、歳を誤魔化して変態親父どもに身体を売って生きていくことができたが、まあ底辺も底辺の暮らしだったよ。
マオ:それで、「かさね」に?
ジン:ああ。オーナーに拾われた。
マオ:……ねえ、そんなの、俺に教えていいの?オーナーだってそこまでは教えてくれなかったのに。
ジン:お前から始めた話だろうが。
マオ:そうかもしれないけど。
ジン:ここまできたら、同じだよ。
マオ:……
ジン:未来なんか見えねえ、いや、見ようとすることすら忘れてた。それがだ、そんな俺の目の前に、急に「未来」が現れた。そりゃあ、はっきりとした像なんか結んじゃいなかったが、確かに意味のある「未来」が見えたんだ。……見えた、気がしたんだ。
マオ:そっか。
ジン:結局どぶの中でしかお前を育てられなかったんだから、果たしてそれでよかったのか、今となっては分からねえけど。いや、やっぱり間違っていたんだろうな。……何をかは、やっぱり分からねえけど。
マオ:でも、おかげで俺はイチさんに会えて、未来の選択肢が少しだけ増えたよ。
ジン:……そうだな。
マオ:うん。
(少しの間)
ジン:……マオ。
マオ:なに?
ジン:イチさんのところへ行ってこい。
マオ:……
ジン:お前、しっかりしてきたよ。きっと、イチさんのおかげなんだろうな。
マオ:……うん、多分。
ジン:もう保護者なんて要らねえだろ。
マオ:ジン。
ジン:だから、お前の好きにしたらいい。
(少しの間)
マオ:……ジンさ、なんか勘違いしてない?
ジン:は?
マオ:確かに保護者のジンはもう要らないかもしれないけど、ジンは必要だよ。
ジン:は?
マオ:実は俺、物心ついてから、ジンのことを父親みたいだと思ったことって、一度もないんだよね。
ジン:……父親でいたつもりもないからな。
マオ:でも、もしかしたらジンが俺の父親なのかも、とはずっと思ってた。だってそれが一番自然っていうか、納得できる一番綺麗な落としどころじゃない?
ジン:予想が外れてよかったな。
マオ:うん、本当に。
ジン:息子にウリをさせる父親なんて、いてたまるかってんだ。
マオ:いいんだよ、それは別に。そもそも俺がやりたくて始めたことなんだから。ジンは実際止めてたんだし。
ジン:それでも、結果は結果だ。
マオ:だとしても、だよ。ジンは、俺の父親じゃなかった。だから、これで俺も堂々と、イチさんを利用できる。
ジン:どういうことだ。
マオ:イチさんさ、俺がイチさんちに住むようになったら、もう俺を抱くことはしないって言うんだ。それが俺のこれからを引き受けることのケジメで、覚悟なんだってさ。
ジン:それがどうした。
マオ:だけど、俺はイチさんを誘惑するよ。
ジン:なんのために。
マオ:イチさんと俺は、契約関係だから。少なくとも俺の中では、ね。それに、情だけのつながりより、そっちの方が俺も安心なんだ。だってそうすれば、イチさんはますます俺を手放せないはずだから。
ジン:……マオ、お前は一体、何が目的なんだ。
マオ:未来の選択肢を増やすため、ってのは嘘じゃないよ。
ジン:だとしたら、俺がお前の父親かどうかなんて、関係ないはずだ。
マオ:関係あるんだよ。すごく。むしろそれが前提じゃないと成立しないんだ。
ジン:……
マオ:……
ジン:おいまさか
マオ:俺
ジン:やめろ
マオ:俺、ジンのことが好きだから。
ジン:やめ
(マオ、ジンを抱き寄せて口づける)
(ジン、身じろぎをする)
(マオ、ジンを離さない)
ジン:やめろ……
マオ:ジンを愛してるから。ずっとずっと一緒に生きていきたいんだ。
ジン:俺がお前を愛することはない。
マオ:ずっと保護者でいるつもり?
ジン:そうだ。お前がそれを必要としなくなっても、それは変わらない。
マオ:……本当に?
ジン:ああ。それだけは絶対だ。
(マオ、再び強引に口づける)
ジン:マオ……っ!
マオ:さっき俺、言ったじゃん。年食ってパートナーのいないゲイの寂しさは、ゲイの俺らが一番よく知ってる、って
ジン:だからって俺もそうだと思うな。
マオ:でも、否定もしなかった。
ジン:孤独は誰のなかにも存在する。それだけの話だ。
マオ:そうだね。うん、そう。俺だって例外じゃない。
ジン:……
マオ:誰もが孤独を積んだ舟を漕いでいく。でもその積み荷は、漕ぐごとに少しずつ重くなっていく。年を取る、って、きっとそういうことなんだ。そうでしょ?
ジン:……それがどうした。
マオ:だから人は、誰かと生きることを望むんだよ。イチさんもそう、俺もそう。だからきっと、ジンだってそうなはずなんだ。
ジン:やめろ……
マオ:ジンさ、かなり悪いんでしょ。身体。
ジン:……
マオ:いいよ、隠さなくて。「パンダ」の爺ちゃんも、「かさね」のオーナーも言ってたよ。隠しているつもりなんだろうけど、最近明らかにおかしい。病院にも行けていないみたいだ、って。実際、俺から見ても尋常じゃない痩せ方してるもん。
ジン:……だから、そばにいてやろうってか。
マオ:違うよ。
ジン:何が違う。病気でひとり孤独のまま死んでいくのはかわいそうだ、って言いたいんだろ。
マオ:違う。
ジン:じゃあ
マオ:俺が……俺の孤独を埋めるために、ジンのそばにいたいんだ。
(ジン、マオを振りほどく)
ジン:だとしても……!
マオ:……
ジン:だとしても、もう二度と愛しているなんて言うんじゃない。
マオ:じゃあほかになんて言えばいいのさ。
ジン:お前のそれは、同情だ。お前はまだ若いから、同情を愛だと勘違いしているだけなんだよ。
マオ:……
ジン:よくある話だ。気に病むことじゃない。
(しばしの間)
マオ:……さっき、さ。イチさんと俺は契約関係だって言ったでしょう?
ジン:……ああ。
マオ:ジンの治療費、出させてみせるよ、俺。
ジン:は?
マオ:イチさんいい人だから、ジンの病気のことを話したら、きっと金を出すと思うんだ。じゃないと俺がまたウリを始めるだろうって、分かってるからね。
ジン:……
マオ:だからその見返りとして、俺はイチさんに俺を抱かせる。イチさんはきっと断れない。だって元々は、俺のことをそういう目で見ていたんだから。それに、そうしないと俺が納得しないってなればなおさら、ね。どう?すごくシンプルなギブ&テイクでしょ。
ジン:お前……
マオ:これが、一番いい契約の形だと思うんだ。誰も孤独にならない、さ。
ジン:なんで、そんな……
マオ:言ったでしょ。俺、ジンを愛してるんだ。
ジン:だからって
マオ:ジンのそばに居続けたいんだ。
ジン:……
マオ:それに、きっとこれが、ジンへの一番の愛の証明にもなると思うんだよ、俺。
ジン:馬鹿を言うな。
マオ:だって馬鹿だもん、俺。育ててくれた人に欲情するような馬鹿だもん。俺のために必死に父親ごっこしようとしてる人を好きになるような、馬鹿だもん。
(ジン、小さく息を震わせる)
(マオ、そんなジンを優しく抱き寄せ、口づける)
(しばしの間)
マオ:……今度は抵抗しないんだ。
ジン:こうなったら何言っても聞かねえだろ、お前。
マオ:うん。
ジン:その「ゴジュウゴレンジャー」のコップを欲しがった時だって。
マオ:うん。
ジン:ウリを始めるって言い出した時だってそうだった。
マオ:……あの時は、金のためだって言い張ってたけどさ。
ジン:ああ。
マオ:確かに半分は本当に生活のためだったんだけど、もう半分は、ジンと同じものを見てみたかったからなんだ。
ジン:馬鹿らしい。
マオ:純情だったって言ってよ。
ジン:……それで?何が見えたよ。
マオ:「未来」かな。
ジン:しょうもねえな。
マオ:……愛してるからさ。
ジン:何度でも言うぞ。俺はきっと、お前が望むような形でお前を愛することはない。
マオ:うん。
ジン:ただ、お前が孤独なら、イチさんといても孤独だと言うのなら、積み荷を抱えて舟を漕ぐのに、俺が必要だと言うのなら、俺はお前のそばにいる。
マオ:……うん。
ジン:俺は、死ぬまでお前の保護者だからな。
マオ:それでいいよ。
ジン:それまでにお前は、お前の抱える孤独との生き方を考えろ。俺が死んでも、一人でも、船が漕げるように、イチさんに学びながら。
マオ:できるだけ長生きしてよね。俺、馬鹿だから、時間かかるだろうし。
ジン:分かったよ、くそったれ。
(マオ、ジンに口づける)
ジン:……こういうのも、これで最後にしろよ。
マオ:やっぱりだめ?
ジン:だめだ。
マオ:分かった。
(しばしの間)
(ジン、大きく息を吐く)
ジン:……嬪夫(ぴんぷ)か。
マオ:嬪夫?
ジン:娼夫(しょうふ)に寄生して生きる男を、そう呼ぶんだ。英語でも同じ音の言葉があるが、こっちは売春斡旋者って意味だから、まあどっちにしても俺だな。要はくそ野郎ってことだ。
マオ:ジンってさ、意外に物知りだよね。
ジン:どこにも使えねえようなことしか知らねえよ。
マオ:そんなことないと思うけど。
ジン:……ちゃんと勉強しろよ。お前は
マオ:頑張るよ。
(少しの間)
(ジン、大きなため息をつく)
ジン:疲れた。もう少しこのままでいさせてくれ。
マオ:ん。
ジン:マオ。
マオ:なに?
ジン:ありがとう。
マオ:やめてよ、そんな死亡フラグみたいなの。
ジン:勝手に死亡フラグにするな、馬鹿野郎。
(マオ、ふふと笑う)
マオ:ねえ、ジン。
ジン:ん?
マオ:愛してるよ。
ジン:……
マオ:生きていこうね、一緒に。
ジン:ああ……そうだな。
【幕】