どっちのお姉ちゃん?


「お姉ちゃん、一緒にお昼食べに行こ!」
「わかったわかった。行くから、そんなにくっつくな」
午前の授業が終わった後、いつも通りの光景が高等部の教室で繰り広げられていた。ヒルノダムールが駆け込んできて、姉のところに向かう。サンデーサイレンスの同級生にとって、特筆することもない日常だった。ただ、今日は少し違うところもある。
「カプはどうした?」
「トレーナー室に行ってからくるって。もう少ししたら来るんじゃない?……ほら」
話題に出せばその通りになるかのように、カプチーノが教室に入ってきた。
「来たかカプ。じゃあ食堂に――」
「お姉ちゃん、お父さん呼んでる。今後のトレーニングに関することだから、一緒に来て」
「そうか。じゃあダム、俺たちはトレーナー室に行ってくるから、先に食べ始めておいてくれ」
「はーい……」
ダムールはトレーナー室に向かう姉と妹の背を見ながら、少し悲しそうな顔をする。父が呼んだのは姉と妹、自分は呼ばれていないのは自分のメニューには変更がないということなのだろう。喜ぶべきか悲しむべきか難しい問題だった。

姉と妹がトレーナー室に向かった以上、一人で昼食を食べることになる。ダムールは食事をいろいろな話をしながらしたいタイプであった。一人で食べるのはなんだか味気ない気がするのだ。
「ダムールちゃん、ダムールちゃん。良かったら、私と一緒に食べない?」
「そう?じゃあお言葉に甘えて」
今日は風向きがいいらしい。持つべきものは気兼ねなく話してくれる友達だ。たまには姉妹以外の子と二人で昼食を取るのも悪くはない。意外な話ができるかもしれないから。ダムールはそう思った。
「前から気になってたんだけどさ」
「うん?」
「カプチーノちゃんってダムールちゃんもサンデー先輩もお姉ちゃんって呼ぶじゃない?どうやって聞き分けてるの?」
ダムールの予感は的中していた。ある意味自分も不満に思っている過去の話をする機会が訪れたのだから。
「やっぱりそう思う?アタシもカプの呼び方についてはいろいろやったの!でも、強制できなかったのよね」
「気になる話の予感がするな~。話して問題ないなら教えてよ」
「話すとちょっと長くなるけどね、あれはカプが2歳くらいのときで――」


ヒルノダムールは妹、ジョーカプチーノのことで悩んでいた。妹が生まれたころのような、自分に向けられる愛情を奪われているとかそういう悩みではない。妹が自分たち姉妹を呼ぶときの問題であった。
「おねーちゃ、だーこ」
「カプちゃん、抱っこしてほしいの?いっぱいしてあげる、おいで?」
「ちーがーう!おねーちゃ!」
「ああ……お姉ちゃん、カプちゃんが抱っこしてほしいって」

「カプ、一緒に遊ぶ?お姉ちゃんといっしょに絵本読む?」
「えほん、おねーちゃ!」
「じゃあおいでー。お姉ちゃんのお膝の上で読む?」
「む!おねーちゃ!おねーちゃ、や!」
「そう?ダム~?カプがえほん一緒に読みたいって~」
このような状態がここしばらく続いていた。ダムールは妹のことをかわいい子だと思っている。だからこそ、妹が自分とサンデー、どちらのことを呼んでいるのかをはっきり区別できるようにしたいと思っていた。
「お姉ちゃん、カプちゃんのことでお話ししたいの」
「カプのことで?」
何のことかわからないというようなサンデーに対し、ダムールは自分の考えを説明する。黙って聞いていたサンデーも、ダムールの話を聞いて頷く回数は多かった。サンデーもまたカプチーノがどちらの姉を呼んでいるのかがわからなくて困ることがあった。かわいい妹の頼みであり、自分にとっても利益がある内容に協力しないという選択はなかった。
「でもどうやってカプに区別して呼ぶように教えるか思いつかないの……お姉ちゃん、手伝ってくれる?」
「いいよ。ダムのお願いだもん」
無事サンデーの協力を取り付けたことで、ダムールによるカプチーノに対する呼び方強制計画が始まった。

「カプちゃん、お姉ちゃんといっしょに遊ぼう?」
「は~い」
サンデーと協力して計画を練り、実行に移す日がやってきた。なかなかいい考えが出ずに悩むことになったが、カプチーノが絵本を読んでいるときに思いついた案を活用することにした。
「カプ、昨日パパと読んでた絵本、何が描いてあったか、お姉ちゃんたちに教えてくれる?」
「おねーちゃに、教える!」
「じゃあ、これは何か教えて?」
「わんわん!」
「こっちは?」
「にゃーにゃー!」
「カプちゃん、物知りさんだね!」
絵本を読みながら描かれているものが何か、パパの言葉を繰り返して覚える姿を見て、思いついた作戦は、繰り返してもらって自分たちをどう呼ぶべきかを覚えてもらおうというものだった。
「絵本に描かれた全部覚えてえらいね~」
「ん~♪」
サンデーになでられてご機嫌な今なら取り組んでくれると思ったダムールは、サンデーに合図を送る。
「カプちゃん、あと2つ覚えてほしいの。頑張れる?」
「やーる!」
「じゃあカプちゃん、この人は誰?」
そう言ってダムールはサンデーを指さす。
「?おねーちゃ?」
ダムールが何を聞きたいのかよくわからないといった風に首を傾げ、それでもカプチーノは答えた。
「じゃあカプちゃん、アタシは?」
「おねーちゃ?」
やはり姉が何を聞きたいのか、そして何を覚えてほしいのかがわからないといった風にカプチーノは反応する。
「そうだよカプ。お姉ちゃんとお姉ちゃん。それは正解」
「でも、お姉ちゃんからだと、カプちゃんが、どっちのお姉ちゃんを呼んでるのか、わからないの」
「だから、これからはちゃんとサンデーお姉ちゃんとダムールお姉ちゃんって呼んでほしいの」
「一緒にお姉ちゃんを呼ぶ練習しよ?」
「はーい!」
笑顔で素直に返してくれるダムールの様子を見て、サンデーとダムールはこれならうまくいきそうだと内心喜んでいた。

「カプ、今日もお姉ちゃんの言うこと繰り返してね?」
最初からうまく呼べるとはサンデーもダムールも考えてはいない。少しずつ呼べるように練習することが計画の成功のためには重要だと考えていた。
幸いカプチーノの素直な性格もあり、練習は大きな失敗もなく進んでいた。そろそろ次の段階に進んでもいいかもしれないと考え始めていた。
「サンデー」「さーで」
「お姉ちゃん」「おねえちゃ」
「サンデーお姉ちゃん」「さーで、おねえちゃ!」
繰り返す形ではあるが、自分の名前を呼んでもらえたことで、サンデーの表情がパッと明るくなった。まだ舌が回り切らないのか、サンデーとは言い切れてはいないが、最初に比べれば大きな進歩を見せている。この進歩を維持できるように、ほめて伸ばそうとわしわしと頭を撫でると、カプチーノも笑顔を見せる。
「次はアタシね?ダムール」「だむーう」
「お姉ちゃん」「おねーちゃ」
「ダムールお姉ちゃん」「だむーう、おねーちゃ!」
あと少しで完璧に発音できそうでもどかしさはあるが、これなら問題ないとダムールは考えていた。あとはカプチーノがダムールと呼んでくれるたびに、反応して褒めてあげればいい形で覚えてくれるのではないかと期待を寄せている。

「カプちゃん質問。アタシは誰?」「だむーう、おねーちゃ!」
「わたしは?」「さーで、おねえちゃ!」
あれからしばらく練習を重ねたことで、カプチーノはサンデーとダムールを呼び分けるようになっていた。これなら今後、妹がどちらを呼んでいるかで迷うことはない……そう思っていたのだが――

「おねえちゃ!あそぼ!」
「いいよ。何して遊ぼっか?」
カプチーノがサンデーとダムールを呼び分けられるようになって早2か月。サンデーを呼ぶ妹の姿を見て、ダムールはふくれっ面をしていた。少し前まではしっかりと呼び分けていたのだが、近頃また「おねえちゃ」と呼ぶようになってしまったためである。確かにサンデーもダムールも言いにくいのか、呼び辛そうにしていたのだが、あの時の苦労は何だったのかともやもやした気持ちを抱えていた。
「おねーちゃ?だいじょうぶ?」
心配そうにのぞき込んでくる妹を抱きしめて安心させるものの、その心配の原因はカプチーノにあるのだと怒りたい気を押さえつけていた。かといってかわいい妹に怒りを向けるわけにもいかず、その怒りの矛先は姉に向かって行った。
「お姉ちゃん!」
急に怒気を向けられ、サンデーは飛び上がりかけた。妹がなぜ怒っているのか、大方の予想はつくが、あえてわからないふりをする。
「カプちゃんにやさしくしないで!ちゃんと呼んでもらうようにして!」
ぷりぷりと怒る妹を宥めるために、考えあってのことだと説明するも、そう簡単にダムールの不機嫌は収まる気配がなかった。
「カプが呼びにくそうにしてたから……ね?」
「ね?じゃないの!わかりにくいの!」
「カプはちゃんと違う呼び方してるでしょ?」
「むぬぬぬぬ……」


「ちゃんと呼び分けるように教えたのに、お姉ちゃんがカプは呼びにくそうにしてるからって甘やかしちゃって!そのせいで大変だったの!」
想定以上に長く、かつ根に持った話を続けるダムールに若干の同情を寄せつつも、過剰にヒートアップしないよう上手く宥めようとしていたが、なかなかうまくいっていなかった。こうなったら話をこちらでコントロールしようと彼女が考えるのも当然の帰結である。
「でもさ、今のダムールちゃんは聞き分けてるわけでしょ?何か違いがあるんじゃないの?」
「確かに違いはあるの。お姉ちゃんを呼ぶときは“おねえちゃん”で、アタシを呼ぶときは“おねーちゃん”だから。でもわかりにくいし、今でもたまに間違えそうになるの!」
間違えそうになるのがたまになのだったら別にいいんじゃないか――そう思いこそすれ、口に出せばさらにヒートアップすることが目に見えているため飲み込んだ。
早くトレーナー室からサンデー先輩とダムールちゃんが戻ってこないかなと思いながら、彼女はダムールとの昼食を続けるのだった。
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