【閲覧注意】 アレクセイ・コノエ×アーサー・トライン


ジブラルタルへと一足先にたどり着き、日を跨ぐとともに他の軍艦たちがこぞって寄港していく。特に、今話題の中心となるミネルバも同様。確か、このミネルバはエンジェルダウン作戦に参加していたんだったな。
…あの傷痕を見る限り、随分と無茶なことをしてきたとみる。集会所には多くの艦長と副長、その腹心の部下が集まっている。ハインラインは副長ではないが、腹心の部下で付き合いが長い、それに仕事は出来る方だ。
その集会所に遅れてミネルバの二人も足を踏み入れていた。
疲れが取れていないのか、くまもでき少し細く思える。周りの者たちは彼らの姿を目にすると、声を潜め件のエンジェルダウンのことを囁き始めた。
「アークエンジェルは沈んではいないというのに…皆、アレらが沈んだと息巻いていますね」
「思っていても口にしてはいけないと言っただろう。まったく…」
跳ね返り馬と言いたげに、正直すぎる部下にため息を吐いてしまう。

議長との対話が終わり、ガラスの外の景色は気が付けば夕方となり、夜との境界線が出来始めていた。
議長が言うにはヘブンズベースを討つ、それが最善だと言うが。ロゴスを討ってもそれだけで戦争は終わりは無い上に、新たな争いが生まれるのは明白。正しい道が分からなくなってきたな、我々【人】はどこまで行くつもりだろうか。
先の大戦で血を流してもなお、我々はそれ以上のモノを望み、滅びの道を辿っていると思ってしまう。
…事実だろう。私たちは、もう堕ちるところまで堕ちている。

「少し外に出る」
「私は少し整備に回ります。近頃物騒ですからね、お気をつけてください」
「あぁ」

首元を緩め、軍帽を脱ぎ外へと出る。オレンジ色が減り、夜へと近づいている。船周辺を少し歩けば潮風がなんとも気持ちがいい。しょっぱさを覚えるが、宇宙、プラントにはないハッキリとした味と粘つくような感触を覚える。
地球は青かった、なんてC.E.以前の宇宙飛行士が、そんなことを言っていた気がする。暗く色が同化していってしまっているが、確かに海は青い。
淵沿いを歩き、ふと後ろを振り向けばマリキュリエは遠くに映っている、しまった、夢中になっていたらここまで来てしまったか。
反省とともに、元来た道を戻ろうとしたが…係船柱に腰掛ける一人の軍人が見える。黒い軍服に、暗いオリーブ…あぁ、トライン少佐か。黄昏ている、のだろう…気にしなくていいはずだ。特にかかわりを持つべき、と言うわけじゃない。そういったわけじゃないのに…また、あの憂いを表す表情を浮かべている。
…人付き合いは得意でないんだがなぁ。
「どうされましたかな」
このような人気のないところで声をかけられたのが珍しかったのだろう、彼は大げさと言わんばかりに驚いた顔を見せる。…あの憂いの表情でなければ、どんな顔でもいい。
「こ、コノエ大佐。どうしてここに」
「なに、ちょっとした気分転換だ。君もだろう」
「そ、う、ですね…自分も、少し風にあたろうかと」
歯切れの悪い言葉を言いながら、目を伏す。しばらくお互いに黙ったままだったが、夜のなったころ合いでトライン少佐が口を開く。
「自分たちは、どこまでいくんですかね?」
何気ないことを聞いたつもりだったのだろう、いや…最終目的が欲しかったのか。生憎だが、君に与えられるほどのモノは持ち合わせていない。
「…それは、私にもわからない。ただ、このまま続けばきっと…近いうちにお互いに果てるさ」
「そうですか…。でも、なんだか嫌ですね」
「どうしてだい」
「自分にはナチュラルの気心が知れる人は居ないです、でも…大切な人と会えなくなるのは辛いですよ。軍人としての誇りは持っているんですけど、こんな役職だしなぁ…って思っちゃいます」
そのままの抑揚でこう、続ける。

──生きて会えることは、何よりも尊くて当たり前の事なはずなのに。

幾度も戦場で戦って逃げて、後ろ指差されながらも…クルーを生かしていった。かつてのコーディネイターやナチュラルが犯した罪を、この目で見てきたからこそ。なぜそこまで搔き立てるのか、理解出来てしまう自分が居て嫌気がさしたこともあった。…それでも、生きることは勝つことだ、と言い聞かせ続けて、ここまで来た。
簡単に言ってくれるとばかりに、さも当たり前かのように、トライン少佐は答えてくれた。
「君は、生きて会えることは尊いと思っているのかい?死に行くようなこの役職で」
「え、えぇ。自分の答えはきっと薄っぺらいですよ。でも、死んだら会うことも話すことも出来ない…それってあんまりじゃないですか。だったら、生きて会いに行く…それが良いと思うんです」
変ですよね、と困ったような笑みを向けてくる。
夜となり、月明かりくらいしか光源が無いはずなのに。この目は、慣れてしまっていて彼の顔がくっきりと見えていたんだ。
「君くらいだよ、そんなことを迷わず言える人は」
「えぇ、そうなんですか?」
「君は君のままでいい。どうか、その意思を忘れないでくれ…」
「は、はい…」
私はそれ以上深く言うことなく、彼の言葉に救いを得る。探せばいたはずなのに、私は探すことなく居ないと決めつけ、拒絶していたのだろうか。いや、今はそれはどうでもよくなってしまった…こんなにも近くに居たのだ、私と同じような願いを、思いを持つ同志が。
同じような人間と出会えたことが、子供のように嬉しいと言わんばかりに私は彼に話を振る。まだまだ経験不足ながらも、これまでの経験を忘れることのない勤勉な軍人であった。やはりまだ頭が固く、固定概念の強かったが…ヘブンズベースで少しでも剥がれ落ちるだろう。
それに、素直に私の話を聞き、分からないところにちゃんと意見を言える優秀な軍人。このような者がどれだけ重要か、現場を知らぬ身は解るまい。
「コノエ大佐、こんな若輩のために…ありがとうございます」
「そんな卑下するんじゃない。君はよくやっているじゃないか」
「いいえ。…自分はグラディス艦長にお手を煩わせてばかりです。
予想外の事にも慌て、何をどうすればいいか…マニュアル通りにしてしまう。応用が利かないんです。お役に立ちたい、だけなんですけど…あはは、上手くいかないことばかりで」
今にでも泣きそうなほどに、沈んだ気持ちを表すトライン少佐。
先の戦争で多くの兵士を失ったザフト。まともな階級が軒並み殉職及び退役してしまったため、若い軍人の階級が底上げされる事態があった、。彼もまた、その例に入っているのだろう。
「君の実力は、君が培ったものだ。今すぐの結果は出ない。だが、必ず君の助けになるよ…。
それにグラディス大佐も君を頼りにしているはずだ、自信を持ちなさい」
なんて薄情で軽い言葉をかけるのだろうか。もっといい答え方があったはず。

それなのに…どうしてか、彼女がひどく羨ましく思ってしまう。

自分に軽蔑を入れてしまうほどに薄情だ。なぜ、こんな気持ちを持っているんだ…わけもわからないままでいると。
『アーサー!今どこに居るの!?』
「は、はい!えっと、基地の港に…どうかされましたか?」
『今すぐ戻って。アスランとメイリンが脱走したのよ』
緊迫した空気が漂う、彼の持っていた無線機がガチャリ、と手元から落ちたのだ。無線機からグラディス大佐の声が聞こえる。
…何があった?トライン少佐の方を見ると、呆然と立ち尽くしている。しかし、無理矢理意識を戻し、無線機を広い通話を再開する。声は震え、動揺を隠しきれていない。
「は?…え、艦長…何言って。い、いえ…すぐに戻りますっ」
『艦長よろしいですか』
「なんだ?…ふむ、わかった…」
この基地で、脱走者…それも、ミネルバからか。トライン少佐を見る、ひどく動揺しており喋ることで精いっぱいであった。おそらく、彼自身が個人的に気にかけていた人物たちが、今回の騒動の原因だろう。
口を抑え、言葉に出来ないながらも…気を無理やり引き締め、こちらを向く。
「あ、あのコノエ大佐。…ご指導あり、ありがとう、ございます。すみません緊急の通信が入り」
「行ってきなさい。…それと、気をしっかり持ちなさい。私は酷いことしか言えないが…どんな人間であれ、君は信じたことを無駄と思わないでくれ」
一瞬こわばった顔で見るが、敬礼を一つしミネルバへと向かっていく。
「…」
私はマリキュリエの下へと急ぐ。脱走者は彼の友人とは言え、軍の掟に習って捕獲、または処分をしなければならない。
無常だな、ほんとうに。
ぽつ、ぽつ…と、コンクリートに黒いシミがいくつもでき始めた。雨か…どうも、今日は厄日と言わんばかりに、忙しない日だ。


ざあざあ、とけたたましいくらいに雨が降り続いている。今回の脱走者の件について緊急会議を終えた頃、外は変わらずひどい土砂降りだ。そんな雨音と共に会議室からワラワラと艦長や副長たちがこぞって自らの船へと帰還していく。
「…アスラン、メイリン…どうして」
「私にもわからないわ。…いったい、なんだって言うのよ」
その中にはあのミネルバの二人も、出てきて戻る途中であった。
…彼と目が合った。悲痛な顔で何かを言おうとしたのか、しかし言葉を飲み干しそのままトライン少佐は目を伏す。目を伏したまま、グラディス艦長と共にミネルバへと戻っていった。
私はその背を名残惜しくも思い、自艦の副長と共に足を進める。
廊下で行き交う他の艦の者たちからは、ミネルバへの対応とクルーのことでひっきりなしであった。確かに脱走者が出てい待ったことは由々しき事態だ。しかし、今はヘブンズベースのことを常に最優先にしておけばいいものを。
しかし、この期に及んで脱走する真意がいまだ見えないな。
脱走者はアスラン・ザラとメイリン・ホークの二人。…情報が少なさすぎるな、会議で出た情報は本当に最低限。あれでは射殺や殺しを念頭に入れているようなものだ。
…実際、軍の措置としてはこれが正解なのだろう。余計な情報が回る前に。
「しかし、今回の件で随分と戦力が削られましたな。あのアスランと言うパイロットは指折りの実力者、…まったくミネルバは何をしているやら」
「ミネルバへの対応は今は後回しだ。ここで脱走云々に時間を掛けて、先の作戦に支障をきたしても困るさ。
おそらくヘブンズベースはベルリンと同様の苛烈さになるだろうしな」
「…そうですな、しかしロゴスも早く降伏すればいいものを。これでは、兵の無駄遣いですよ」
無駄遣い、か。それは我らも言えることなんだがな。
「明日を拝めるかねぇ」
「はぁ…。我らは逃げ足だけは良いですからな」
じとり、とこちらを睨まれる感覚がある。戦う姿勢は持っているさ、でも私としてはこの作戦を納得はしていない。
…一般的なんだろうな。それでも、彼を含めてクルーを生かしておかなくてはならない。長引くだろう、勝てる勝率が減るだろう、それでも…生きることは、確かに勝負なのだ。


圧倒的、いや…最初はこちら側が押され気味だったのがデスティニーが発進し、さらにはレジェンズが動いたことにより形勢は逆転。デストロイをすべて鎮め、ロゴスに白旗を上げさせたのだ。パイロットの実力からして、…ミネルバは、まさに勝利を司っている。
ただ、危ういのだ…立場も、あのパイロットたちも。
パイロットの実力は認めるが、その戦闘の様はどこか行き急ぎ、がむしゃらに見える。行き場のない怒り、苦しさをどうにか鎮めたいと、暴れているかのように見える。
…だが、私どもで彼の怒りを鎮められる決定打を持っているか、と言われれば持っていない。持ち合わせていない、あるのは…戦場へ向ける切符のみ。
「艦長、我らは月へ向かえ、とのことです」
「議長からの指示か。…やれやれ、行ったり来たりと忙しないな…準備が出来次第、月へと上がる。パイロットたちには十分休息を取るようにと通達」
「はっ。…それと、我々には関係ないことですが…ジブリールの所在が分かったとのこと」
「オーブだろう。今、この緊迫した情勢で、人の目が忙しない中…あそこくらいしか隠れ蓑はあるまいて。
ただ、一時的な時間稼ぎしにかならんさ」
あそこでお縄についていたらいいものを。しぶといネズミだ…。

「…トライン少佐」
ジブラルタル基地内の階段、ほとんどの者はエレベータを使っているが…彼は艦長よりも先に船へと向かうべくこちらを使ったのだろう。書くいう私も副官に先に船へと向かわせた。その後に、幾人かの同僚に捕まり、話し相手にさせられて困ったものだ。
「これは、コノエ大佐。この度の作戦、お疲れ様です」
「君の方こそ、ミネルバはとんでもない隠し玉を持っていましたな」
「シンは、強いですよ。…それが、少し怖くなってしまうほどに」
また、その顔だ。憂いの表情、それがどうしてか…ひどく焦がれるくらいに、欲してしまう。潰れてしまいかねない、その姿が…欲しい、とさえ思ってしまう。
「…それは」
「本当はこんな感情、持たないほうが良い。軍人らしく…そうしないと思っているんですけど。彼は、壊れそうなギリギリのところ、いえ…何でもありません」
これ以上喋ればぼろが出てしまう、そんな気持ちを抱いてしまったのだろう。彼はすぐさま口を手で隠し、下へと続く階段を見つめる。私はゆっくりと階段を降り、胸元に彼の頭が来るくらいの段差で足を止める。
彼はこちらを見上げ、今にでも崩れてしまいそうなくらいに不安げな顔をしている。
「辛いことを無理に押し込めてもつらいだけだ。一時でいい、君は吐き出すべきだよ」
何を言っているのだろう。
彼に対してそこまでする理由がわからない。生徒や教え子でもなければ、部下でもない…さらに言えば、友人とも言える関係ではない。
なぜそこまで彼にこだわるのか。確かに彼は、私と似たような思いと考えを持っているだけだ、それだけで…なんでこんなにまで気に掛ける。
「…いえ、お気遣いありがとうございます。…お気持ちだけで、十分です」
「いや…すまん。自分でも、何を言っているのか」
「お疲れなんでしょう。そう思ってくれるだけでも、十分に嬉しいことです…大佐?」
あぁ、その顔は…無理繕った笑みは、好きではない。
「いつか、君と少し話をしたいものだ。…今、ここで約束をしてくれるか?」
「……え、ぇええっ」
一瞬呆けた顔を浮かべ、そこから驚きの声を上げた。私は、変なことを言ってしまったか?
「あっと、あの…僕で良ければ、僕もあなたの話を聞いてみたいです」
ふにゃり、と柔らかくへちゃむくれな笑みで、そう答えてくれた。それが、君の素なんだな。その笑みを見れただけで私は満足し、長らく呼び止めてしまったことを謝罪する。そうして、トライン少佐は敬礼をと頭を下げ、階段を駆け下りていく。
私はその背をじっと見つめ、一人ごちる。

「…私は、何をしているんだろうか」

こんな不可解な問いと感情を、答えてくれる存在は…居なかった。
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