月光


身の内を巡る不快感と割れそうな頭の痛みに意識が浮上する。
あたりには複数の人の気配。知ったものではない。腕は後ろで縛り上げられているようだ。差していた大小も取り上げられている。
そこまで把握してから、薄目を開け様子を伺う。

見知らぬ破れ家、何やら話している知らぬ複数の男、こちらの覚醒には気づいていないようだ。そこまで確認して目を閉じ、己の記憶を辿る。
確か今日は幕府の関連で呼び出しを受け、そのまま昼餉を馳走になり、その帰りに具合が悪くなり……何か性質の悪いものでも盛られたか。委細はわからぬものの、捕らえられたということまでは把握した。これからどうするか、までは考えられない。頭痛が酷い。ボロボロの板間に転がされているのは不愉快だが、しばらくはこのまま回復に努めるしかないだろう。
小さく息をつく。ああ、今日は伊織殿の長屋に伺うと言っていたのに約束を破ってしまう、そんなことを考えながら意識は再び沈んでいった。

耳障りな絶叫が聞こえた気がした。ただならぬ気配に即座に覚醒する。
気づかれぬよう目を開けると部屋にいた男たちも浮き足立っている。
「なんだ今のは!」
「こいつの引き取りは夜まで来ねえ!」
「様子を見てくる!」
そう言って立ち上がった男が扉を開けた途端、声すらあげず崩れ落ちる。途端に漂う鉄錆にも似た臭い。

扉の向こうには両の手に刀を下げた人影が一つ。夕日の逆光で顔はよく見えない。しかし。
「なんだテメェ!」
「ああ、やはりここか。迎えにきたぞ正雪」
場に似つかわしくない落ち着いた声は宮本伊織、その人のものだった。

「だからなんだってんだテメェ!」
「よくもやってくれたな!」
「やっちまえ!」

そんなことを叫びながら伊織殿に襲いかかるゴロツキの姿に私は目を閉じた。結果など見るまでもなく明らかだった。

静寂が訪れるのはすぐだった。ゆるゆると目を開ける。
「大丈夫か正雪。……顔色が悪いな」
「伊織、どの……」
「すまない、遅くなってしまった」
ざくり、と音がして腕が自由になる気配がする。しかし酷く体が重い。
動けずいるのを見かねたのだろう、どこにあったのか白の大小を私に預けるとゆっくりと横抱きにされた。

視点が上がり、そこらに転がる肉塊が、血の海が遠くなる。そして伊織殿の顔が近くなる。
体は重いが、できれば腕一本たりとも動かしたくはないが、これだけはしておかねばならない。
「伊織殿……」
さりさりと伊織殿の頬を擦る。そこにはたった一筋、黒くなり始めた返り血がついていた。

そうして伊織殿は歩き出す。血と死臭の満ちた家を出て、外へ。
日はすでに落ち、柔らかな光を湛える月が昇り始めている。
この恐ろしく月光の似合う男が、あのようなものの血で汚されたままにその光を浴びずにすんでよかった。

そう思いながら目を閉じる。頭は痛いし体も重い。それでもこの腕の中では満ち足りた心地がした。

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頬に一筋だけ返り血をつけてる伊織はめっちゃ絵になるなと思ったのでまた煎じた。癖なら何度煎じても仕方がない(言い訳
それを消そうとする先生もめっちゃ絵になるなと思ったので追加で煎じた。

この手の奪還系ヤンデレ伊織にはゴロツキなぞ眼中になく、なんか邪魔なもんを片付けたくらいの感覚でいてほしい。

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