Merry Sugar Coaster Girl


某小石川ピグレットランドジェットコースター近くのベンチにて

「ふぅ……」
「……大丈夫か?」
 ベンチに座って少し背を丸めた正雪が珍しく溜息をついたので、隣に腰掛けて様子を伺っていた伊織は思わず問いかけてしまった。
「少し目が回っただけで、大事ない。しかし、初めて乗ったがジェットコースターとは話に聞いた通り、凄い速度でぐるぐる進むのだな……。アドバイス通りカチューシャを外していてよかった」
(初めて乗ったのか)
 伊織が内心驚いていることも知らず、自分の言った言葉で思い出したのか、正雪は荷物の中から今日パークに来て買ったピグレットカチューシャを嬉しそうに頭につけると上を見た。ごう、と音がしてさっきまで乗っていた鮮やかな乗り物が高速で通り過ぎていく。
 悲鳴なのか歓声なのか、人の声が少し遅れて聞こえてきた。
「慣れないというのにカヤの好みに付き合わせて悪かったな」
「いや、いい体験だった。誘ってくれたカヤ殿には感謝している。……けれど、さすがに連続で乗るのは私にはまだ少し、ハードルが高いようだ」
「無理に付き合わなくてもいい。同じものに何度も飽きずに乗るあれが特別だ。俺も以前はカヤが飽きるまで付き合わされていたから」
「伊織殿はジェットコースターが好きではないのか?」
「嫌いではないが、あそこまでしつこく乗り続けようとは思わないな」
「それは……兄とは大変だな、と労うべきかな」
「今日はセイバーがいてくれて正直助かっている。女子を一人で列に並ばせる訳にはいかないからな。さて、二人が戻るまでまだ時間がある。折角だ、何か乗りたいものはないか正雪」
 勿論、休みたいならそれで構わないと言い添えたが、その言葉を聞いた正雪の目が近くのアトラクションに吸い寄せられるように向かうのを同じように目で追いかけた。
 あれの名前は、
「メリーゴーランドか」
 煌びやかな装飾の中を、同じように豪奢に飾られた馬や馬車が人を乗せてくるくる回っている。
 そういえばパンフレットでも熱心に見ていたなと正雪を見下ろしながら記憶を辿っていると、頬をほのかに赤く染めながら正雪が否を叫んだ。
「あ……いや!私はあれに乗りたいとかそう言う訳では……!」
「乗りたいのではないのか?先刻、あれを熱心に見ていただろう」
「なっ……い、伊織殿、見ていたのか……いつから!?」
「いつから、とは?いや、俺はパンフレットのことを言っているんだが。……そういえばコースターの列待ちからでもあれは見えたな。正雪は俺の後ろにいたからどうしているか見ていなかったが、やけに静かにしていたのはあれを見ていたからか。相槌もないから珍しいとは思っていた」
「っ!この……誘導尋問とは、卑怯ではないか宮本伊織……!」
 思わず立ち上がった正雪の表情にはコースター疲れはもう見られない。ならば良いか、と伊織も同じように立ち上がると正雪の背を軽く押した。
「では行こう。今なら待ち時間もなさそうだ」
 最初こそ少しだけ抵抗するように背中に力を入れた彼女も伊織がメリーゴーランドに足を向けるとすぐに歩を揃える。ちらりと正雪を見やると、不平不満やる形ないと言わんばかりの顔がアトラクションを見ているうちに期待に染まっていき、最後には微笑みに変わっていくのがよくわかった。
 アトラクションの回転が止まるとスタッフがすぐに手際よく乗り終わった者を誘導してくれる。そして新たに乗る者を誘導し始めた時、正雪が伊織の袖を控えめにくいと引いた。
「……ん?」
「い、伊織殿も、だ」
「……俺か?」
 言いつつアトラクションを見る。金と白でこれでもかと豪華に飾り立てられ盛られた馬は皆一人乗りだ。正雪のような女性が乗るのは合うだろうが、伊織のような無愛想な男が乗っても見た目としては合わないだろう。
「駄目だろうか……?その、遠くから見られるより、私は貴方と一緒がいい、のだが……。いや馬に二人乗りは規則でできないらしいけれど、気持ちとしてはその」
「わかった。乗ろう」
 躊躇いがちに引かれる袖と、遠慮がちに紡がれる恋人のささやかな我儘を聞かない道理は伊織にはなかった。どうせなら中も外も風景を堪能できるよう、一番外周を走る白馬に彼女を連れていき、手を取って馬上へ誘導する。
 スカートなので横座りをして、金色の棒に手をかけた正雪が嬉しそうに「ありがとう」とはにかむのに頷いてやり、伊織はその内側にいる比較的地味な黒馬にさっと跨った。
 時を待たず、スタッフの声がして明るい楽しげな曲がかかりメリーゴーランドが動き出す。外の光を反射して、内側の鏡の装飾が煌めき、馬の走りを模した上下の動きに最初は驚いていた正雪もすぐに乗り慣れたのか忙しく視線を内と外へ交互に向かわせている。
「伊織殿、これは凄いな!」
 ぱあっと花が咲いたよう、普段まるで言葉を飾らない伊織でさえそう脳裏に浮かんでしまうほど鮮やかに正雪が笑う。
 そして、思慮深い彼女にしては思いつきの唐突さで伊織へと手を伸ばしてきた。同じように伸ばしてやると触れた手をきゅっと握られる。
 ほんの一瞬、作り物の馬の一挙動にも満たない逢瀬。
 繋いだ手を離すのが名残惜しいのは常のことだが、彼女の嬉しそうな表情に伊織も自分の顔がいつもより緩むのを感じた。
 笑い合う二人を乗せ、白と黒の馬が走る。
 メリーゴーランドを降りると、無言のままどちらともなく手を繋ぎ、仲睦まじく恋人たちはそこを後にしたのだった。
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