完走記念SS


アオイと勢いで交際を始めてから数日。
あれだけ結婚を迫ってきたというのに、恋人という座に収まってからのアオイは驚くほどいつも通りだった。
(まあこれまでダチだったのに急にどうこうするっていうのも変だしな)
どこか拍子抜けしながらホッとしたような気持ちの方が大きく。ペパーは自室のベッドの上に座り込み、同じく自分と向かい合うようにして漫画を読みふけっているアオイをちらちらと眺めるのだった。
と、漫画を読み終わったらしいアオイが不意に本を閉じ、キリッとした顔でペパーに向き直った。
「ペパー!き……き……」
真っ赤な顔でぷるぷると震えるその姿に、ペパーもまた自分の開いていた雑誌を置いて背筋を伸ばす。
……これは。
ペパーは当然覚えている。付き合い始めたあの日、アオイが何か言いたげにしてはなんだか頓珍漢なことを口走っていたこと。そしてその後の顛末を。
何が飛び出してくるのかと息を呑むペパーを前に、アオイは散々言い淀んだ末に口を開く。
「キラフロルしよ!」
その名前に一瞬固まったペパーは、思考をフル回転させた。何か返答しなければならない。
「アオイ……オレはどくびしはまけないぜ」
「ステルスロックはまいてくるのに……じゃなくて!」
ぶんぶんと首を振るアオイ。
「えっと……き……き……」
ゴクリ。前回は素でやり過ごした一言一言の重みを感じ、ペパーは喉を鳴らした。
「き、緊縛して!」
「アオイ……そういうのはまだ早いぜ」
「マンネリになんてなりたくない……!ち、違うの!そうじゃなくて」
そうじゃなくてー!と腕をぶんぶん振った後に、アオイは半ばヤケクソ気味に言い放った。
「キスして!!!」
ヤケクソついでにずいっと顔を寄せてきたアオイに、ペパーはぐぅと喉を詰まらせた。
前回のパターンから多少の予測はできるようになったとはいえ、ペパーはお付き合いというものに耐性がない。付き合って数日、むしろアオイと手を繋ぐのすらどこか恥ずかしくなってしまったペパーにとって、それはあまりにも高くそびえ立つハードルのようなものだった。
「お、オレたちまだ付き合い始めたばっかだしさ、まずはお互いのこととか知ってから」
「今っ!!」
引けた腰を敏感に察知してか、アオイの勢いは止まらない。
「アオイ……」
「今っ!!」
さあこい!とばかりにぎゅうっと目を瞑るアオイを前にして、ペパーはコミカルに表現するとするならぐるぐるとした目で考えた。
何か、なにかしなければ。でもキスだなんて震えてしまって上手くできやしない。
「わ……わかったよ!」
その時、ペパーに閃いたのはまさに天啓。正面からその両肩を抱くと、目を瞑ったままのアオイがビクリと身を固まらせる。
そしてペパーは……そのおでこに、そっと口付けた。
「キ、キス……したぞ!したからな!」
「……あ」
アオイはぽう、と頬を染め、自分のおでこを触る。
「……ずるい」
次こそ、と呟いたその小さな声に今は聞こえないふりをして、ペパーはまたろくに頭に入りもしない雑誌に目を落とすのだった。
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