チリ婦人とドッペル婦人 part6 前編


オモダカ嬢、そして四天王の歴々。

まずは、書面でのやりとりになる事を許してほしい。本来ならばボクも実験に加わりたかったのだが、あいにく多忙が許してくれなかった。

その代わり、ジニアくんにはボクの持てる知識・見識の全てを授けておいたつもりだ。

さて。ボクのアドバイス通りに実験が終わったならば、キミ達は不可思議な、しかし見覚えのある現象を目撃したはずだ。

すなわち、Aの世界と我々の世界――Bが接合する瞬間を。

では、この手紙を見ているキミ達に問いたい。我が愛息・ペパーからは辟易されている質問だが、

「四次元」とは何だろうか?

まずは点と点を横に繋げた1本の直線。

これが、俗に1次元と呼ばれる世界だ。

1次元に上下の線が加わった平面が2次元。そして、そこに前後の概念が加わったのが3次元。では、四次元とは何だろうか?

正しくは、何をもって「4次元」と言えるのか。オモダカ嬢。キミ達は考えた事があるかね?

実は今のところ、ボクにもハッキリと断言はできない。しかし、長年の研究の末、ボクが思い至った結論は以下の通りだ。

3次元を4次元へと至らしめる要素。リップ嬢の言葉を借りるなら、不可能を可能にする「マジック」……それは「時間」などではない。

「心」だ。「心」こそ、宇宙とならぶ永久不変の真理。願望、希望、空想、誰かを思いやる絆……。

何をバカげた事を、と笑う向きもあるかもしれない。

だが。ボクから言わせれば、「時間」という概念ほど曖昧かつ当てにならないモノはない。

それに引きかえ、人の「心」は不可思議な現象をいとも簡単に引き起こす。

その証拠に、人は誰でもタイムトラベルが可能だ。

我が愛息と3人の親友たちが、それぞれの苦い過去を受け入れ、あるいは決別し、未来へ向けて歩みだしたように。

過去は取り戻せる。未来は変えられる。

持ち主の想いに応えて、生きる屍と化していたマフィティフが息を吹き返したように。

居場所を失っていた迷えるメリープたちが、友の望みによって居場所を取り戻したように。

孤独に苛まれ自暴自棄になっていた少女が、生まれて初めて誰かと固い絆を手にしたように。

そして、A世界のチリ嬢がBへと引きずりこまれたのも、恐らく「心」の力。

そしてチリ嬢をAに辛うじて繋ぎとめているとすれば、それもやはり「心」の力だろう。

ボクからチリ嬢へのアドバイスがあるとすれば、ただ1つ。こちらの世界に未練を残すな。悔いを残すな。後ろ髪を引かれるな。

AとBの祈りが寸分の狂いなく組み合わさらなければ、平行世界への渡航は不可能になる。

キミに残された時間がどれほどかは分からないが、Bの世界を目いっぱい謳歌するといい。

ああ、それから。
池に向かう時は、可能な限りAの状況と鏡合わせにする事を忘れるな。メンバー、人数、時刻……。過多があろうとも不足は厳禁だ!

ではオモダカ嬢と四天王たち。Aのチリ嬢が無事に帰還できる事を願って、ボン・ボヤージュ!

時空にまつわる全ての知識、そしてキミ達の友・フトゥーより。

……実験のあと、Aチリの意識が戻ったのと同時に、Bのリップもキハダも元の肉体に無事帰還したらしかった。

午後1時。タイムリミットまで9時間20分。

ボウルタウンへ行くミニクーパーのやや後ろを、モトトカゲに乗った四天王の面々が護衛している。

アカデミーの食堂で軽食をとった一行は、パルデア中の街とジムめぐりに繰り出していた。

『ミス・ゲンガー。この数時間で、わたくし達がしてあげられる事ならなんなりと!』

『……ならチリちゃん、時間が許すまでジムめぐりしてみたいです。』

1つには、こちらの世界に来てからというもの、ずっと振り回されっぱなしだったAチリの思い出づくりのため。

もう1つは、Aの世界で集まっている人員を可能な限り再現すべく、メンバーをかき集めるためである。

「フン。小生たちは、まるでスーパースターの護衛ですね」

ポピーを後ろに乗せたハッサクは、鮮やかな緑のミニと並走しながら鼻を鳴らすと、右前の車内に目をやった。

運転席には目をギンギンに見開いてハンドルを握るBチリ。助手席にはオモダカ。

そして後ろには、アカデミーの東ゲートで落ち合ったレホールが、リップ・キハダと3人で並びあっている。

「やっぱり、てらす池には不思議な力があったのね!」

運転席のチリと、ハッサクの反対側でモトトカゲにアオキと2ケツしている、黒いシャツに白いサスペンダーのAチリ。2人を見比べたレホールは、口をおさえて驚いた。

「レホール先生、連れ出してしまって申し訳ありません。本当は教室でお話を聞きたかったのですが、もう1人のチリに残された時間が少ないと分かりまして……」

「いいのよ。気にしないで理事長!」

もぞもぞと身じろぎながら、膝の上の史料をめくっているレホール。

「ジニア先生の講義で疲れてるでしょうから、ドライブがてら、世間話ついでに耳を傾けてくれれば嬉しいわ」

ミラー越しにニッコリとオモダカへ微笑むレホール。

しかしそれとは対照的に、リップは人格が戻ってからというもの、唇を一文字に結んだまま、黙ってうつむいたきりである。

いっぽう車の外では、モトトカゲの風に負けないよう、声を張り上げたAチリや四天王たちのやりとりがタネマシンガンのようにビュンビュンと飛び交っていた。

「アオキさん!こっちのコルサさんは?どんな人ですのん?」

「一言でいって、無類のお人好しです!コンサバティブで優しすぎるといいますか……。

ハッサクさんの代わりに講師をなさった時なんか、授業を受けた生徒全員に毎回ジムバッジをあげていたと聞きました!」

「チリちゃんの知っとるコルサさんより、えらい取っ付きやすそうですね!」

「コルサさんは凄くいい人ですわよー!人当たりも良くて!そう。コルサさんに関しては、ですけれど!」

「どういう意味やねんなポピー?」

「行けば分かりますよ!アイツのジムチャレンジだけで9時間つぶれない事をお祈りしております!」

ハッサクの不吉な言葉で、車外のやり取りもいったん途切れた。


ボウルタウン。

「お待ちしておりました!トップチャンピオン、そちらの黒いシャツの方が例の?」

「はい!わたくし達は、ドッペル婦人と呼んでいます。もしくはミス・ゲンガー」

「これはこれはドッペル婦人!ようこそボウルタウンへ」

一行を入り口で出迎えたコルサが、旅先の案内人よろしく慇懃に頭を下げた。

アオキとポピーの知恵を借りながらオモダカが食堂で取ったアポが効いていたようだ。

Aとのギャップに少し驚きつつ、Aチリもそつなく挨拶を返した。

「よ、よろしゅうに。ウチが知っとる通り、いつ来ても暖かくてええ場所ですね!」

「そう言ってもらえれば。自慢の子たちも喜びますよ」

広げられたコルサの腕が示したボウルタウン全域は、A世界のこの場所と一見かわらないようだ。

キマワリの彫刻、幾何学ともつかない「収穫」、遠くのジムそばに見えるジャングルジム。

「立ち話も何ですから、さっそくジムへ参りましょうか! 2人のチリちゃんさん達、ご案内!」

と、Aチリも聞きなれた少しダミが入った掛け声とともに、踵をかえしたコルサは力強く進みだした。

「私たちも、お散歩がてら着いて行こうかしら。キハダ先生たちも来る?」

「あ、ああ。Aチリさんの戦い方には興味がある。ほらリップ、行こう。」

「……うん」

何故か意気消沈したままの手をキハダに引かれ、リップも一行へと続く事にした。

「……このキマワリ…何かおかしないか?」

1歩また1歩と地面を踏みしめるたびに一行を出迎える彫刻の数々。

その中でもAチリの目を引いたのは、どこか違和感のある「投げやりのキマワリ」達だった。

「この子ら、何か咥えてへんか?それに、手に握っとるの……もしかして」

「キキーッ!!ヒヒヒヒヒ!!」

花壇の前に置かれた一対の「投げやり」に見入っていたAチリの耳を、いきなり笑い声がつんざいた。

「な、なんや今の!?」

絵本の悪い魔女10人分はあるかという甲高い鳴き声に、辺りをキョロキョロ見わたす一同。

「ああ……また問題児たちが暴れているのか!」

頭の両端を抑えたコルサが、Aでもおなじみのポーズで嘆いた。

「全く、ジムチャレンジになるといつもこうだ!

見慣れないお客さん達にテンションがあがるのか、この時期になると、プラザのキマワリたちが酒瓶を片手に街へと駆り出すんです……ああっ、コラ!」

「キキキキキ!!」

一同の視線の先には、ジムへと至る階段に寝っ転がったキマワリが2匹。1匹は、両手がわりの葉っぱを器用に丸めて酒瓶を掲げている。泥酔しているのか、どちらの顔も真っ赤だ。

「そ、それはワタシの秘蔵のバーボンとアローラシガーじゃないか!いつの間に持ちだした!返せええ!」

そして、コルサの叫びにニッタリと笑った2匹の口からは、白いリングが巻き付けられた長いエンピツのような葉巻が紫煙を昇らせている。

「ガ、ガッツリ楽しんどるやんけ!マフィア映画のドンかいな!?

……!もしかして、この世界の『投げやりのキマワリ』って、あの子らがモチーフ!?」

口には葉巻。片手に酒瓶。投げやりとは程遠い、酩酊に緩みきった笑顔。

Aチリの脳内で、本物と彫刻の風貌が一致した。

「そうなんです!街中に立ったキマワリの彫刻たちは、『この顔みたら捕まえてくれ』という投げやりな思いで作った、いわゆる人相書きなんですよ!」

コルサが頭をいっそう掻きむしった瞬間、

「キキー!」

「ひ、ひいいい!?」

「リ、リップ!?」

絹をさくような鳴き声と悲鳴が背後に起こり、一斉に振り返った一同。

「貴様ら待て!!リップをどこに連れていく気だ!!」

そこでは、5匹の泥酔キマワリたちが、リップの全身をツタでグルグル巻きにして担ぎあげ、時おり胴上げを交えつつ、今まさに一目散に逃げ出していく所だった。

「クソッ!見失った……!」

自慢の瞬足でも追いつけず、一行の遠くで肩を上下させる白衣の背中。

キハダに負けじと、四天王たちも消えたキマワリにヤジを送った。

「キマワリくんたちー!!リップさんを、もっと丁重に扱ったらどうですかー!!」

「そうですわー!!レディはお神輿じゃありませんのよー!!」

「そういう問題ではないわああ!!」

こちらを振り向いたキハダが、アオキとポピーに雄叫んだ。

「……ワタシも、あの子たちには手を焼いています。

いつもチャレンジャーたちの手を借りて捕まえているのですが、今回もやはり脱走しましたか……」

「……ま、まさか」

後ろ手を組み、天を見つめたコルサ。Aチリの頬に冷や汗が滲む。

「迷子は何度でも家に返さなければなりません。ボウルタウンのジムチャレンジは、10匹のキマワリ達をプラザに返す事です!」

「ムチャやってええ!!」

「ドッペルさん以外の皆さんもご協力を!住人の方々なら何か知っているはずです。情報を集め、知恵を駆使して、何とかキマワリ達を集めてください!」

Aチリの悲鳴を描き消そうと畳み掛けるコルサ。

腰を直角に曲げた彼には抗いきれず、Aチリは「分かりましたわ……」と頭を抱えた。

「セグレイブ」

いつの間にやら繰り出されたハッサクの切り札が、ジムへの階段を睨んで仁王立ちしている。

「飲んだくれのヒッピーどもに向かって、きょけんとつげき」

「ンボアアアアア!!」

主人の意図を理解し、咆哮とともに逆立ちしたセグレイブ。ハッサクがしっぽに飛び乗った。

鋭利な背びれをギラつかせたセグレイブは、サーフィンの要領でハッサクを乗せたままキマワリたちに突進していく。

「なっ!?殺す気かハッサクさん!」

狼狽えるコルサをよそに、きょけんとつげきは2匹のキマワリ達の間に炸裂した。

ズドオオオン!!

「キ、キマっ!?」
「キマワワワ……!!」

階段に深々と突き刺さった背びれ。

「まずは2匹ですね」

セグレイブの上からキマワリ達の首根っこを掴み、ハッサクは何食わぬ顔でしっぽから飛び降りた。

「な、な、何をするんですかハッサクさん!?」

「望みどおり、暴れキマワリを捕まえただけでしょう?……みなさん。小生は老骨ですので、このチリ毛の腐れ縁と旧交を深めます。悪いですが一足先にジムへ」

肩越しにペコリと頭を下げたハッサクは、コルサと並んで歩きだした。

「アナタは奔放と個性を履き違えていませんか。
そもそも、あんな八方破れどもを放し飼いにしているからこうなるんです……」

「何をおっしゃる!ポケモンも子供たちも、のびのび育ててこそ!ボールに押し込めるのは勝負用の子だけで十分だ……」

ペチャクチャと言い合いながらプラザへと向かうハッサクとコルサの背中に、逆立ちを解いたセグレイブもズシズシと続いた。

2人と1匹が登った真ん中の階段には、きょけんとつげきの跡がぽっかりと空いている。

「……ち、チリちゃんらも手分けして探そうか」

Aチリの声に、残された一同もうなずいた。

「キィー♪」
「おかえりなさいムクホーク!」

ボウルタウンの上空を旋回していたムクホークが、喫茶店前のテラスに座っているアオキ達の元に戻ってきた。

「しかし、よく思いついたものだな」

滅多に人を褒めないキハダも、腕組みしながら唸っている。

「レホールさんの知恵ですよ!この街は全体が開けているので有効だと思いまして!」

「うふふ。
パルデア帝国の兵隊さんはね?狩りをする時、とりポケモンに獲物を探してもらっていたらしいの。

アオキさんがひこうタイプも使うって聞いて閃いちゃった!」

飲みさしのカップを優しく置いて、人差し指をピンと立てたレホール。

地面に着いたムクホークのクチバシが、アオキのズボンをクイクイと引っばった。

「さっそく見つけたようですね!さっ、行きましょうか!」

カップを大きく傾けたアオキとキハダ、レホールは一斉に立ち上がった。

……次の2匹は、思いのほか近くにいた。

ムクホークに先導された3人が、惣菜屋の裏を覗くと……

「いいお酒ですねえ!」

「キーシシシシシ♪」

「キーマ?」

「あっ。たいへん申し訳ないのですが、タバコのたぐいは嗜まないもので……」

地面には、ご丁寧にピクニック用のクロスが敷かれている。

保存用の樽にもたれ掛かってボトルを呷るキマワリ。と、来客に葉巻の箱を差し出すキマワリ。そして、それを困り笑いで制しているオモダカがいた。

青色のクッションに座っている彼女の足元には、ショットグラス。

「な、何をやっているんですかトップ!!」

背後から轟いたアオキの叫びに飛び上がったオモダカは、持ちかけたバーボンを地面にこぼした。

「あ、あら!ずいぶんとお早いお出ましで!」

引きつった笑みで振り向いたオモダカの顔は、やや上気して赤みがかっている。

「オモダカさん!ワタシたちがキマワリを探している間……よりによって、そのキマワリどもと昼酒とは良い度胸だな……!」

アオキの隣であんぐりしていたキハダも、みるみるカミソリの目付きに変わっていく。

「あ、あっいえ!ちゃんと探してたんです!でも、じゃれてくるこの子たちが可愛くて……つい、お誘いに……」

「えっと、気持ちはすごく分かるわ理事長。でも、今はちょっと……」

「トップ!!」

背後にいるレホールの苦笑を掻き消すアオキの怒声に、オモダカの肩がビクッ!と再び上がった。

そうだ、言ってやれ。とキハダの目が無言で彼に催促する。

「バーボンは水で割らなければ悪酔いしてしまうでしょう!?もしくは氷!!」

「そういう問題ではないわあ!!」

パルデアリーグにはアホしかいないのか!?そんな嘆きとともに、キハダのツッコミが路地裏に轟いた……のと、ほぼ時を同じくして。


「キーマーワーリィィィィィィィッ!!!」

ひときわ大きなキマワリの絶叫が街中に鳴り渡った。

一方そのころ。

「キマ!キマ!」
「ワリ〜♪」
「キマワーイ♪」

街の外周を大回りで連れ回されたリップは、迷路の中心にある小屋で拘束を解かれるや、5匹のキマワリたちからサインをねだられた。

色紙ではなく、キマワリたちが愛読しているらしい雑誌の1ページ目に。どれもリップが表紙や巻頭を飾っている号だった。

「悪い子たちじゃ……ないのかしら」

サインが入った1冊の雑誌を5匹で持ち合い、代わる代わる頬ずりして喜ぶキマワリ達。

言わずとも、リップは道行く人々にサインを求められた事など何度もある。

しかしある時、自分のサインが転売にかけられていたのを目にしてしまい、リップはキハダでも手に負えないほどに取り乱した。

それ以来、サインや記念撮影は断って来たのだが、キマワリたちの屈託のない態度に、彼女の心は久しぶりに動いたのだった。

「キマ〜♪」

ひとしきり喜んだあと、1匹のキマワリが、ケースに入ったトランプをリップに差し出した。

「へっ?」

「ワリ!ワリ!」

「こ、これにもサインがホイシーってこと?」

ブンブン、と首を振って否定したキマワリは、フタをスライドさせ、トランプを床にぶちまけた。

「キーマ?」

「……遊びたいの?リップと?」

「キマ!」

コクリと元気よく頷いたキマワリに、強ばりっぱなしだったリップの顔が、ようやく綻んだ。

「ば、ババ抜きでいい?リップそれぐらいしか分からなくって」

「キマッ♪キマッ♪」
「「「「ワリ〜」」」」

キマワリの手招きにゾロゾロ寄り集まってくる他の4匹。キハダちゃん以外の子と初めてのトランプ。

ぎこちなくトランプを切るリップの胸が、まるで小屋の外から差し込んでくる日光のように、ほのかに暖かくなってきた。

「……バーボンと有名人に目がない、行きつけは缶詰の大将と喫茶店なぎさ、お惣菜屋さんの塩辛い料理が好物……〆にアイスクリームを好んで食べる……」

「行動パターンが完っ全に飲んべえのそれやんけ……」

2人のチリとポピーの3人は、バトルコートの下を散策しつつ、あちこちから集めた情報を整理していた。

「アオキさんから連絡はあったものの、お店の裏にいたのは2匹だけ……」

「なぎさにもおらへんねやろ?残り6匹はどこに行ったんや……」

「……ポピーが考えるに。優先すべきはリップさんを誘拐した5匹ですわね。何故なら……」

手元のメモ帳から顔を上げたポピーは、自分の右でトボトボと歩くBチリを見上げた。

「(´・ω・`) ……リップ……」

大好きな友達を目の前で連れ去られたBチリは、ポピーに顔を向ける余裕もないほどにガックリと肩を落としている。

「そ、その、ひょっとすると6匹目も他の5匹といるかも知れませんので!リップさんと一緒に!」

一瞬だけBチリを心配しかけたポピーは、不安げな顔を悟られまいと、視線を前に戻し早口でまくし立てた。

「ナハハ」

コガネ訛りのくすぐったい笑い声。

「な、何がおかしいんですか?」

「こっちのポピーも優しいなあ思うて」

Aチリのふやけた笑みに見下ろされたポピーは、顔を赤く染め、プイッとBチリのスラックスを向いた。

「( ・ ࿁・) ……オヤ?」

そして、3人が風車の周りを半周した頃。

10名ほどの住人たちが、迷路の入り口に集まっているのが見えた。

「あの人だかり何やねん?」

列をなし、中を指さしながらどよめいている住人たち。その最後尾では、涙目の少年がオロオロと右往左往していた。

悲しがっている子供を見て素通りはできない。生け垣まで駆け出した2人のチリをポピーも追う。

「じ、自分。どないしたん?なんや嫌な事あったんか?」
「ありがとう、双子?のお姉ちゃんたち……」

かがんだAチリに肩を持たれ、少年は手の甲で涙を拭った。

「ほら。どうしたんか、お姉ちゃんらに言うてみい?」
「( ´•_•` ) ハングリー?」

同じくしゃがみ込んだBチリの問いかけに首を横に振る少年。

「秘密基地が取られちゃったんだ。いきなり入ってきたキマワリたちに……」

「!!」

Aチリとポピーは刮目した。

「そ、そのキマワリ達は何匹いましたか?」

「見た感じだと、たぶん5匹……かな?キレイなお姉さんをグルグル巻きにして運んできたんだよね」

リップを連れ去ったキマワリ達だ。事態を理解できたBチリも含め、3人は喜びと驚きが混ざった「ハッ……!」という息を吸った。

「秘密基地って何処にあるん!?」

「この迷路の中。モンスターボールの形になってて、そのちょうど真ん中にあるんだ」

「おおきに!待っときや!チリちゃんらが秘密基地とり戻したるから!」

ユサユサと少年を揺らし、跳ねるように立ったAチリは、先頭をきって迷路に入っていった。

「( ゚д゚) マッテ〜!」

「チリさん!ポピーを置いていかないで!絶対に迷子になりますから!」

それに続き、Bチリとポピーも足を踏み入れる。

「たしか四天王の……」
「チリさんが2人?」
「兄弟か親戚に決まってるわよ」などとヒソヒソ話す住人の波をくぐりながら。

「リップさん!」
「(*ˊᗜˋ*)リップ!!」
「やっぱりここに!」

ポピーの方向感覚ゆえか、あるいは鋭い勘ゆえか、3人は一度も迷うことなく迷路の中心にたどり着いた。

「もしかしてチリちゃん達!?」

壁の隙間から見える褐色の人影。何やら手にカードを広げている。

「キマ〜♪」

「うっわ、酒くさっ!」

小屋の入り口から飛びだして来た1匹のキマワリが、鼻をつまんだAチリの足元に抱きついてきた。

「ウーイ、キマ〜♪」

「ちょちょちょ!離しーな!自分らを連れ戻しに来たんやって!」

どうやら3人を来客だと思っているらしい。
キマワリに手を引かれたAチリは、中腰でよろめきながら小屋に入った。

「ドッペルちゃん!よかった、見つけてくれたのね!」

紫のクッションに腰かけたリップ。

彼女を取り囲む4匹のキマワリ達。全員がトランプの札を握っている。場の真ん中に鎮座するのは、山札と1本の酒瓶。

キマワリ達の笑い顔が一斉にBチリを向いた。

「なっ、こ、これどういう状況やねん……?」

「キー♪キキー♪」

Bチリのすぐ近くに尻をついたキマワリが、片手の葉っぱで地面をパンパンと鳴らす。

まるで車座に同席をすすめる中年の手つきだ。

「この子たち、リップのファンだったみたい。サインして今はババ抜き。リップは1滴も飲んでないから安心して?」

「それよりも、キマワリを連れて早く戻らなければ!ドッペルさんが全てのジムを巡れなくなりますわよ!?」

Aチリの前に割りこんだポピーの言葉に黙りこみ、下を向いたリップは、数秒だけ考えてからポツリと声を出した。

「……ドッペルさん」

「お、おん?」

「リップ、ずっと考えてたの。アカデミーから、ここに来るまで」

「急にどうしたん?」

「実験で霧に包まれた時……たまらなく怖くなった。自分が自分じゃなくなったみたいで」

「( ˙꒳˙ ) What?」

「しっ!」

リップから神妙なトーンを感じ取ったポピーは、無言で聞き入るAチリの背後を制した。

「グルーシャちゃんは冷たいし、オモダカちゃんはキリッとしてるし、アオキさんは何考えてるのか分からない……。

Aの世界?に行った時、ゾッとしたわ……。
キハダちゃんと一緒にこの世からララバイして、まるであの世に迷い込んだ気分だった……!」

声を震わせ、自分の身体を抱きしめたリップ。

「……さよか……」

共感を覚えたAチリの眼差しが、真っ直ぐにリップを射抜いている。

「そして、こっちの世界に戻ってきた途端に、自分が情けなくなって……涙が止まらなかった」

Aチリは思い出す。人格が戻った際、彼女の第一声は、怒りを噛み殺すようなうめき声と滝のような涙だった。

「だって、ドッペルちゃんは耐えてるんだもの……あの地獄みたいな寂しさと怖さに……1週間も……!」

Aチリと重なったリップの瞳が、水面のように揺れる。だが、涙は零さない。

「だけどドッペルちゃんは、何とかしようって頑張ってる。今のシチュを受け入れようって努力してる。そして、元いた世界への切符を掴みとったじゃない。自分の力で」

「ウチの力やあらへんよ。みーんながお膳立てしてくれたからや」

「そう言い切れるのが、ドッペルちゃんの強さよ」

すくっと立ったリップを、周りのキマワリ達がキョトンと見上げる。

「……それに比べて、リップは嘆いてばっかりだった。自分ばっかりが悩んでるってクヨクヨ思い込んで……。

リップを想ってくれてる人の手まで振り払って、1人で突っ走って……。そのせいであんな思いをしたのよね。きっと」

Aチリがよく知るモデルウォークで、Bリップが歩み寄った。

「だから、リップも一歩を踏み出したい。ドッペルちゃんみたいに。もうこれ以上、哀しみに振り回されたくない」

目の前に並び立ったリップの一言一言に、Aチリは無言で耳を傾けている。

「自分の力を信じたい。

もっと周りの人に、ポケモン達に歩み寄りたい。このキマワリちゃん達がリップにしてくれたみたいに」

柔和に、だがハッキリと言い切ったリップ。
日光に映えた彼女の美貌は、ランウェイの照明を浴びるように輝いていた。

「……キハダさんに言ったら、ごっつ喜んでくれると思うで」

Aチリのニヒルな笑みに、うふっと首をかしげたリップ。後ろのポピーとBチリもニコッと微笑んだ。

「キマワリちゃんたち。トランプはナシにして、リップたちと一緒にお出かけしない?行きたい場所があるの!」

四天王やトップモデルとお出かけ!

プラザに戻されるとは知らないキマワリたちが、思い思いに飛び跳ねた瞬間。

「キーマーワーリィィィィィィィッ!!!」

ひときわ大きな絶叫が街中に鳴り渡った。

ボウルタウン中に散らばっていた一同の耳を、キマワリの騒音がつんざいたのは全く同時だった。

「キマーッ!!キマキマキマーーッ!!!」

大きな鳴き声が何かの合図であるかのように、酒盛りピタリとやめた2匹のキマワリ達。

「な、何事ですか?」

フラフラと路地裏を出て行った2匹に釣られて、アオキと2人の教師、そしてほろ酔いのオモダカも花壇の通りに躍り出た。

「みんな見て!あそこ!」

名勝地で喜ぶように半笑いのレホールが指さす。その先には、

「キーーマーー!!」

バトルコートから生えた風車の羽に、四方八方に向き直りながら絶叫する、1匹のキマワリが立っていた。

「……何かの……指示を送っているのか?」

人差し指と親指でアゴを摘んだキハダが、誰ともなく漏らす。

ゼーゼーと息をついたキマワリは、風車の柱にしがみつき、ツルツルと下に滑り落ちて行った。

「アハハ!器用に降りますねえ!」

「笑っている場合ですか!……キハダさんの読みが正しければ、彼らは何処かに集まる可能性があるかもしれません……」

お腹を抱えて笑うオモダカ。それを制したアオキ。

「後をつけてみるのはどう?もしかしたら、一気に捕まえるチャンスかも!」

「……なるほど!」

明るい顔つきで頷いたアオキを先頭に、4人は千鳥足の2匹を早歩きで追跡し始めた。

「なんやねん、今の雄叫び!?」

「き、急に落ち着かれても不気味ですわね……」

「ど、どうしたのキマワリちゃん達?ひょっとして、リ、リバースしたいとか?」

困惑するAチリとポピー、そしてリップ。

迷路の小屋の中。リップの申し出にあれほど飛び跳ねていた5匹のキマワリ達も、大きな鳴き声を合図にピタリと静止した。

「キーーマーー!!」

3度目の雄叫び。ニタっと口角を上げた5匹は、我先にと小屋を飛び出した。

「あっ!ちょっ!?」

「( ゚д゚) リ、リップ!!」

最後尾のキマワリに手を取られたリップ。ヒールによろつく彼女をお構いなしに、残された3人を押しのけて行った5匹。

「(#゚Д゚) マテ〜!!」

「あっ、ちょいまち!!」

「だからポピーを置いていかないでってば、もおお!」

行きと同じく、真っ先に駆け出したBチリに続いて、Aチリとポピーも迷路を抜けた。

5匹と1人の足音と、「ど、どこに行くの?」というリップの声を頼りに、元来た入り口にたどり着いた3人。

行きの時にはあったはずの、入り口のアイス屋台が忽然と消えている事に違和感など覚えず、3人はキマワリ達とリップの後ろ姿を追った。

「あっ!アオキさん達!」

「ポピーさん!それにチリさんとドッペル婦人も!」

「(;´Д`) ハアハア」

「アオキさん達もキマワリ達を追っかけとるんですのん?」

「そうです!どうやら、そちらも同じようで!」

「そうなんですわ。あの雄叫びが聞こえてから、あの子ら一斉に飛び出してしもうて……」

ジムの正面で落ち合った一行。そのそば――プールの前では、各々が尾行してきた2匹と5匹が合流し、リップをワラワラと囲んでいる。

「(*ˊᵕˋ*) リップ〜!!」

「チリちゃん!ソーリーね。心配かけちゃって」

キマワリの群れごしに、あのポーズ――ハイタッチの姿勢で両手ニギニギでじゃれあったBチリとリップは、足下のキマワリ達をあやし始めた。

「キマー♪」「ワリ♪」「ワリ♪」

「(*´艸`) oh, プリチー♪」

「だ、大丈夫。リップは逃げないから。1匹ずつ。ね?」

以前と同じくオドオドと。だが怯えるばかりだった以前とは異なり、しっかりと主張しながら、Bチリと共に1匹1匹と笑顔で頬ずりするリップに、キハダは感じる所があったらしい。

「……何かあったのか?」

「それは、後で本人から聞いた方がええと思います」

目尻を緩めたAチリとキョトン顔のキハダが彼女と7匹を見守るうち、遅れてきた――恐らく風車に立っていた1匹が、息を切らせて群れに飛びこんだ。

「ハッサクさんが捕まえたのも含めて、これで10匹!」

「キハダさんの読みは『スピードスター』なみに当たっていましたね!」

ホッと胸を撫でたポピーとアオキは、同時にスマホと腕時計を見た。

「もう何時間も経った気分でしたわ……」

「自分も同感です、ポピーさん……1つ目のジムから、コガネのどろソースよりも濃い気がします」

午後1時50分。アカデミーを出てから50分。この調子なら、全てのジムめぐりは十分可能である。

「……トップ。アナタまたポカをやらかしていましたね」

無機質なテノールが聞こえてきた。ジムを出てきたハッサクが、コルサとともに一行の後ろに立っている。

「念の為に、チャンプルジム以外に連絡をとりました。そしたら誰も知らなかったではありませんか」

「あっ……!」

酔いが覚めたオモダカが、青い手で口を覆った。食堂でコルサにアポを取れた事に満足して、残りのジムリーダー達に連絡を忘れていた。

「道中、アナタが一度も通話をしていなかった事を思い出したのでね。1から10まで、いえ、6人ですので60まで小生が説明いたしました。

チリが2人に増えた事、ドッペルゲンガーのほうはアホではない事。アホではない方にはカモフラージュのために黒いシャツを着せている事。帰還する方法や、ミス・ドッペルゲンガーの時短のため、特別ルールを提案などなど……」

「面目……ありません。それにアカデミーの授業も引き受けてくださって」

「何をおっしゃる!子供たちの笑顔が何よりのエネルギーですから、代わりならいつでも引き受けますよ!

それに、他のジムにも無事連絡が取れたので良かったではないですか。ねえ、ハッサクさん!」

「……ますます威厳が損なわれますよ」

はあ……と肩を落としたハッサク。ひと時だけ訪れた沈黙を、レホールが破った。

「あれ!あれ見て!」

観光地ではしゃぐように、嬉々として指さすレホール。

「おお!!全員集めてくださったのですか!」

ハッサク達が話しているうちに、彫刻や水飲み場を通りすぎたキマワリの群れ(とBチリ、リップ)は、プールサイドをワイワイと進み、一行からかなりの距離を置いていた。

「あの子たち。さてはアイス屋台が目当てだな!」

コルサの言葉に、Aチリはポピーのメモを思い出した。

「確か、〆にはアイスクリームを好むって言うとったな……!」

「そうですドッペル婦人!まとめて捕まえるなら今がラストチャンス……!しかし、どうすれば……!」

頭痛にもがきながら、コルサがうんうんともがく。コルサ曰く、アイスクリームを食べた後には解散し、それぞれの憩いの場所へと再び戻って、高いびきをかいてしまうらしい。そうなるとテコでも動かなくなるとか。

「?……コルサさん。キマワリ達、なんか揉めとりません?」

すでにプールの向こう側――アイス屋台の前に着いている8匹と2人が「キィーキィー……」と騒々しい声を上げている。プンプンと蒸気を立てながら飛び跳ねているキマワリ達を、両手をかざして拒否する屋台の女性。

「キィー!キィー!」

「ダメダメ!キマワリ達には売らないって、他の屋台と決めてるんだから!」

「あ、あの。お金ならリップが出しますから」

「お代の問題じゃないんですよ。

この子たちがどれだけ食べるか知らないでしょ?ジムチャレンジになると、毎回ボウルタウン中のアイスクリームが品切れになっちゃうんです!迷路の前の人なんか、『キマワリ達が来る前に逃げなきゃ……』って怯えてましたし。他のお客さんの良い迷惑なんですよ!」

しっしっと手を払う店員に、キマワリ達はさらに激高した。

「キィーッ!!!」

甲高い騒音に耳をふさぐリップとBチリ。

「うわっ、うるさっ!?ど、どないしたん!?」

8匹と2人に合流したAチリ達も、同じ反応を示した。

「とにかく!キマワリ達にアイスクリームを売る訳には行きません!コルサさんとプラザの人はこの子たちを甘やかしすぎです!」

「い、いやあ。面目ない」

毅然と言い放つ店員に、ポリポリと頬をかくコルサ。

「全くですよ。言っても聞かないなら、誰かにキマワリホイホイでも作ってもらいなさい」

店員の言葉に同意したハッサク。腕を組んだ彼の皮肉とも真剣とも取れる返し。

キマワリホイホイ……キマワリホイホイ……キマワリをおびき寄せる!

「( °∀°) ハッ!!」

アホで回りくどい知恵だけは働く頭脳が、Bチリに名案(迷案)を授けた。

「(´∀`*)ソーリー……」

尻ポケットから、1枚の万札を屋台に置いたBチリ。

「いや、だから売らないって……」

「(*^^*) ミー!リップ!ミンナ!」

自分、リップ、そして四天王と教師たちを交互に指さしたBチリは、どうやら「トレーナー達で食べるから!」と言いたいらしい。

「チリちゃんったら、キップが良いのね!」

「やっぱり!チリはお利口さんですね!」

Bチリの真意を図りかねる一同。だが、リップとオモダカが褒めているような100パーセントの善意では絶対になさそうだ。

「はぁ〜あ……分かりましたよ。それなら文句は言えません。今日も店じまいね……まずアナタは?何味にします?」

そう言うなり、店員はコーンを取り出して、大きなスプーンを構えた。

「(`・ω・´) No!コレゴト!プリーズ!」

何時になく精悍な表情で店員に凄むと、店員の手元にある、アイスがギッシリ詰まったケースの数々を、端から端まで積み上げ始めたBチリ。

「ちょっと!?」

面を食らう店員に万札をもう1枚差し出したBチリは、積み上がった大量のアイスを抱えたまま、瞬足で走り出した。

「はっや!!」

キハダでも追いつけないキマワリ達をも撒いたBチリに、保護者であるポピーも驚く。

Bチリを見失ったキマワリ達は、敬礼の姿勢でキョロキョロと辺りを見渡した。

「花壇の方へと降りていったな……」

だが、優れた動体視力を持つキハダは、彼女の行方を捉えていたらしい。


「(゚ロ゚;) ハアハア」

足が渦巻きになるほどの音速で駆けていったBチリは、街の外――ポケモンセンターの横に停めてある愛車に細工を施していた。

車内の後部座席に広げられた、山のような業務用のアイス。

ポケモンセンターから拝借した1人用のソファーと2本のモップ。まずBチリは、ダッシュボードから取り出した黒マジックで、2本のデッキブラシに文字を書いた。

柄が赤いデッキブラシには「アクセル」、青い方には「ブレーキ」。

「(`・ω・´)」

意を決した彼女は、次にトランクを開けた。

ギッシリと詰め込まれた、Aチリへの土産である大量の衣服の袋をかき分けて、牽引用の丈夫なロープを巻きとった彼女。

しなやかな細長いロープが、2本のデッキブラシをアクセルとブレーキの位置に固定し、余った部分も車の中と外に余すところなく張り巡らされていく。

「('ω' ;) コレデヨシ」

仕上げにソファーを屋根の上にガッチリ縛り付けたチリは、ミニのエンジンをかけるなり、屋根のソファーの上に這いのぼった。

「(゚A゚;) ドキドキ」

ソファーに鎮座し、手綱の要領で左手に持たれたロープをクイクイと引くBチリ。その動きに合わせ、ミニの前輪が左右に振れる。どうやら正常にハンドルと連結しているようだ。

「……(`・ω・´) Go!」

深呼吸したBチリの右手が、運転席の窓から生えた赤いデッキブラシを力強く押し込んだ。

「( ;゚Д゚)フ、フォッ!?」

ミニが勢いよく加速した。つんのめったBチリは、手綱をとっさに引っ張る。

街へと去ったグリーンの車体を、ポカンとして見届けるポケモンセンターの受付と店員。

屋根に人間を乗せたミニクーパーは、器用に右折し、花壇の間を通り越し、きょけんとつげきの跡が残る階段をガタガタと登っていった。


「エリアゼロで共闘した時から思っていたが……やはり、ただ者ではないな……」

「でしょでしょ!チリちゃんって、とってもユニークなのよ!」

ミニを唖然と見やるキハダに、笑顔のリップが爛々と答える。

「その、毎度毎度……何をどうしたらこんな事を思いつくのか……」

「チリさんって、普段はアホと迷惑しか振りまきませんけど、時々ホームラン級の解決策を生み出しますわよね……もちろん常人の斜め上の発想ですけど」

「まさに、何かと何かは紙一重ですよ」

思うままにボヤく四天王の3人。

「なるほど!これならキマワリ達が入れそうです。よく考えましたね!」

2本のデッキブラシを動かさないよう人1人ぶんの幅に開けた運転席をのぞき、オモダカは感心しきっている。

「(*´▽`*) カモーン♪」

「キマー♪」

ドアの隙間から、霜のついたアイスクリーム箱を認めた8匹のキマワリが、ゾロゾロとミニに寄って来た。

あとは、プラザまで運べば任務完了である。

気の緩んだBチリは、屋根の上で伸びと大あくびをした。……だが、そのせいで発車が遅れたのが命取りだった。

「え?あっ、ちょっ」

運転席の窓から、後部座席の窓から、ワラワラと乗り込むキマワリ達。その最後の1匹が、オモダカを運転席のドアから車内に引きずり込んだのである。

「ま、待ってください!わ、わたくしはアイス要りませんから!だ、出して……」

あれよあれよとキマワリの海に飲まれたオモダカ。そして、不運はさらに重なる。

「チ、チリさん!トップが中に!」

「( ゚д゚) What !?」

「構いませんポピー!チリ!このまま出発してください!プラザで降ろしてもらうまでの辛抱ですから!」

キマワリたちに溺れるオモダカが、顔と手を覗かせながら叫ぶ。

「(`・ω・´) b マカセテ」

下に向けてサムズアップしたBチリは、気づいていなかった。

そして車内のオモダカも、彼女たちを見守る一同も。

キマワリ達とオモダカが乗り込んだ拍子に、青いデッキブラシの先がブレーキ部分から逸れていた事に。

「(`‐ω‐´)……ゴクリ」

Bチリは、固唾を呑んで赤いデッキブラシを思い切り押し込んだ。

水飲み場の前に停車していたミニが、流れるように綺麗なUターンを見せる。

「安全運転ですよー!!」

アオキの叱咤を受け、みるみるプールから遠ざかるミニ。かなりのスピードが出ている。

「チリ!プラザはすぐそこです!速度を緩めて!」

我にかえったBチリは、慌てて青いデッキブラシを上から押した。が、手応えがない。

「チリ?チリ!?通りすぎましたよ!」

「(;˙꒳˙ 三 ˙꒳˙ 三 ˙꒳˙;)」

ブレーキが利かない!パニックになりかけたBチリだが、事故を起こす訳にもいかない。

運転手の機転によって、ひとまずミニは、そのままバトルコートの下をグルグルと周回しだした。

おかしい。この子は、わたくしの言う事は素直に聞いてくれるはず。

「まさか、ブレーキが利かないのですか!?」

車内で異常を察したオモダカに、「イエス、イエス!」と慌てふためく声が降ってくる。

プールに留まっている一同は、そんなアクシデントなど露しらず、テニスの審判よろしく、周回するミニに合わせて首を左右に動かしている。

「このまま回っておいてください!わたくしがブレーキ役になりますから……!」

アイスを求めて力強く覆いかぶさるキマワリたちを、オモダカは1匹、また1匹と引き離しはじめた。

「( ̄▽ ̄) ……ニヤリ」

彼女が身じろぎ出したのと同時。Bチリは、ある光景に気づいた。

「(`・ω・´) ツッコム!」

「突っ込む!?どこに!?」

「( ºロº) トラック!」

周を重ねるたびにチラチラと見える、プラザの建物に駐車された一台の大型トラック。こちらに背を向け、玄関に縦づけされている。

開け放たれた荷台には、キマワリ達の寝床や飼料に使うのか、大量のワラ。

「ま、まさか!!」

「(`・ω・´) b イチカバチカ!」

「ま、待って待って!待ちなさいチリ!!わたくし達、死んじゃいますってば!!」

いつもはBチリに甘いオモダカも拒否した。

加速しきったミニは法定速度ギリギリ。荷台に突っ込もうなら、緩衝材があろうともケガは必至だ。

「Go!」

「いやああ!!行きたくない!!逝きたくないよおお!!」

頭上から下された死刑宣告で半狂乱になったオモダカは、群がるキマワリ達を火事場の馬鹿力で引っぺがし続ける。

その間にも、プラザはぐんぐん迫っていた。

門に突入し、「投げやりのキマワリ」達を通りすぎた。トラックに集まっている数名の作業員が、映画のように横に前転して道をあけた。

その瞬間。

髪はボサボサ、息も絶え絶えのオモダカが、運転席に身を乗り出し、まとわりついた横髪を噛みながら、ブレーキを両手で目いっぱい押し付けた。

「\(´°Д°)/ ウッヒョオオオオ!!」

トラックの目の前で急停車したミニ。反動で投げ出され、大の字で宙返りしながら荷台に放り込まれたBチリ。

ファッサア……!

刹那、165cmの砲撃をうけた荷台から、無数のワラの破片が、ポゥッ……と吐き出た。
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