【※予告編?】真剣勝負、しろ!! in ガラル


『勝負の道に 魂こめ〜た♪ 1人の男が 今日も行く〜♪』

ここは、ガラル地方。

交代制で務めるキルクスタウンの親子も含め、

無敵のチャンピオン・ダンデと全てのジムリーダー、

そしてリーグ委員長・ローズまでもが一同に介した会議室。

『マジメにバトらぬ奴らには♪ 身体で覚えさせるぞ〜!』

各地の近況などをローズへ報告するための定例会。

普段なら、今ごろはとっくに解散の時間だ。


「パ、パルデア地方のギャグセンス……ぶっ飛びすぎだろ……!」

だが、今日はいつもと様子が違う。

「アッハハハ!!腹痛い腹痛い!!」

平行に並んだ無数のテーブルから、壁に垂れたスクリーンを鑑賞しているジムリーダー達。

薄暗い部屋には、机上につっ伏して震えるキバナの忍び笑い、

そして、目元をぬぐうメロンをはじめ、思い思いの反応が響いている。

「……い、委員長……ダンデさん……この人……正気……ですか?」

「なーに言ってんだい!こんなのスタントマンに決まってるじゃないか!」

バシバシと二の腕を叩いてくる母も気にとめず、隣のマクワは、サングラスごしに瞳孔を縮めながらワナワナと唇を震わせている。

「いやあ……こんな芸当……ぼくなんか、農業で鍛えても一生ムリですわ……」

「ヤローくん。お願いだから、あなたはそのままでいて……」

喘ぐようなルリナの懇願。

白い大きなスクリーンには、とある男の勇姿が映しだされていた。

パルデアリーグ公式がアップしている、各ジムリーダーたちのPR動画。

ガラル勢が、ローズ――の指示でプロジェクターを起動させた秘書・オリーヴから見せられているのは、

それらの最後を締めくくる8本目の動画である。

『♪若者よ……真剣に取り組んでいる事があるか!命がけで打ち込んでいる物があるか!』

無駄に壮大なイメージソングをバックに、水色の髪をたなびかせた柔道着の男が、

雄叫びとともに脳天で瓦を叩き割る。

野球ボールを蹴りで打ち返す。

(おそらく)悪人に背負い投げを決め、ビリリダマの群れに投げこむ。

直後、「男の背中……」という単語を言い残し、岩山を去りゆく柔道着の背後で大爆発!

『♪真剣勝負、しろ!
(ボールの投げすぎで)指が折れるまで!腕がもげるまで!!』

『絶対零度のウィンターヒート』を紹介する荒唐無稽をきわめるこの動画。

一同の多くは、特殊効果を用いたシャレのたぐいだと思い込んでいる。

……PVが終わり、明かりを取り戻した会議室。

「……どうでしたか委員長!

彼こそが、オモダカさんから推薦された、パルデア地方の優秀なジムリーダーです!」

「ダンデくん……素晴らしいどころじゃないよ!」

映像を見つめたままのエビス顔で、スクリーンの端に立つローズ。

「こんな逸材を、よくぞ見つけてくれたねえ!

弾けるようなバイタリティ!ポケモンや勝負への愛着!スクリーンごしから漢気がムンムン伝わってくるよ!」

恰幅のいいスーツ姿が、他の地方への慣れない根回しに奔走したチャンピオンを拍手まじりに褒めたたえた。

「いやあ……!このグルーシャくんを招待すれば、ファンがいっそう喜んでくれること間違いなしだ!」

ガラル地方で目前に控えたジムチャレンジ。

今年はチャンピオンの弟・ホップが、すでに参加の意志を表明している。

リーグ初の兄弟対決か?

はたまた、無名のチャンピオン候補が彗星のごとく現れるのか!

今年のジムチャレンジは、例年に増してファンからの期待が高まっているのだ。

「『ミスターX』としてシード枠での参加を!」

「ジムチャレンジが始まる前のエキシビションとして、あの瓦割りをやってもらおうよ!

きみとキバナくんの勝負に負けないくらい、スタジアム中が熱狂しちゃうだろうねー!」

気が早いダンデとローズは、早くも願望を語りだす。

だが、グルーシャの招致に乗り気ではない者も何名かいた。

「お待ちなさい……

よく出来たネタ動画だと感心はしましたがね。だからといって、トレーナーやアスリートとしてホンモノかは……」

列のど真ん中。頬杖をつき、じっとりとした目でネズが独りごちる。

「いいえ。恐らく紛れもない本物です」

しかし、最後列の窓ぎわ。

立ち上がったサイトウから凛と異を唱えられ、シンガーの目がパチクリと瞬いた。

「……お言葉ですが、この方――グルーシャさん……でしたよね。

彼が披露した動きの数々、間違いなく武芸を極めた達人のそれでした」

はっ?と背後を見やるネズ。サイトウは、いたって真顔で続ける。

積まれた瓦のもっとも脆い破砕点を、寸分の狂いなく打ちぬく頭突き。

ボールを効率よく飛ばせる力点を即座に見抜き、瞬時にえぐり込まれた鋭いキック。

人体の構造を理解していなければ決まらないほど美しいフォームでの背負い投げ。

「メロンさんやネズさんがおっしゃるような、冗談やスタントマンなどではなく……

グルーシャさんは、人智を超えた技能の数々をすべて生身で決めていらっしゃいます……!」

ショートヘアーのこめかみから、ひとすじの冷や汗を流すサイトウ。

真剣なトーンで彼女が話し進めるごとに、

おふざけやユーモアだと勘違いして笑っていたキバナやメロンでさえ、徐々に焦り、どよめき始めた。

「こちらが、グルーシャさんの簡単な経歴です」

席を回るオリーヴが、一枚の紙を配っていく。

「な、なんじゃこりゃあ!!」

目を見開いたキバナの、素っとん狂な雄たけび。

オリーヴから渡された資料の内容をひと目読むなり、会議室のざわつきはピークに達した。

『元スノーボーダーだったが、若くしてケガで引退。だが、ポケモンや勝負と出会って失意から再起、今にいたる。』

ここまでならば、万人の胸を打つハートフルな概要。

だが。異質なのは、男のパーソナルデータだった。

『パルデア地方のジムリーダー最後の砦。
(当地方におけるキバナに相当する地位か)

勝負の実力だけならば、パルデアリーグ委員長・オモダカ氏をも超える逸材。

リハビリとして始めた各種の武道や手習い、あわせて24段と3級。

勝負への並々ならぬ熱意。

そして何より、強靭なタフネスと桁はずれの身体能力を持つ男。

キャッチコピーは『絶対零度のウィンターヒート』。もしくは『パルデアの核弾頭』。

背丈ほどの岩を蹴り返してもビクともしない脚力。

怪我をした野生のクレベースをかついで雪山を登るスタミナ。

ビリリダマがひしめく地雷原で柔道の取り組みを行う胆力。

オモダカ氏が繰り出したドドゲザンの技を真剣白刃取り。

1km先の迷子の泣き声を聞きとる聴力。

巨大なミサイルにしがみついて軌道を変え、爆発に巻きこまれながらも、成層圏から無傷で生還。』……

「……ず、ずいぶんとワンパクだね……」

「ワンパクどころじゃないでしょ……!危険人物も良いところじゃないですか!?」

「待て待て待て、スペックがヤバすぎる。

TVの前のお子様が考えたヒーローか何かか!?無茶苦茶じゃねえか!

ダンデとオレ様の勝負がカレーを煮え上がらせるなら、

コイツきっと、でっかい鍋ごと燃やして周りを火の海にしちまう男だ……」

紙を手に、顔面蒼白で震えるカブ、ルリナ、キバナの面々。

食い入るように資料を見つめる無言のポプラや、

「オモダカさんから聞いた通りだ……!」

「やはりすごいな……!」などと唸る最前列のダンデ、

そして、ホクホクと一同を眺めるローズとポーカーフェイスの秘書を除いては、

皆が皆、驚きを通りこして戦慄さえ覚えているようだ。

「……よし!委員長!オレに異存はありません!

パルデアリーグが誇る『絶対零度のウィンターヒート』!

ぜひとも、チャンピオンカップに招きましょう!」

「ひぃっ!?」と鳴いたルリナが、跳ねるように立った。

「本気なの!?どう考えたってマトモじゃないわよ!!」

「……オレは至って真剣だが……?」

「そうじゃなくて!このグルーシャって人が!!」

ダンデの横に駆け寄り、マントの肩を激しくゆさぶるルリナ。

「パルデアのトレーナーには、ただでさえ変わり者が多いって噂なのに!

よりによって一番アブナそうな人呼ばなくたって!」

右手に掲げたグルーシャの経歴が、褐色の左手でパンパンと弾かれる。

「駄々をこねられても仕方がありませんよ」

「だ……!?」

オリーヴの無遠慮な物いいに、ルリナの眉がカチンと吊り上がった。

「チャンピオンダンデいわく、

オモダカさんに問い合わせたところ、

あちらのジムリーダーや四天王の皆さんで、スケジュールの調整が可能だったのは、そのグルーシャさんだけだったのですから」

業務に忙殺されている四天王たちは論外。
(チリという名の一番手の貸し出しは、特に拒まれた)

展覧会の準備。

ハイダイ倶楽部のTV番組にスイーツの鉄人として(強引に)出演させられ。

電気ストリーマーとコラボした際、
視聴者を喜ばせようとマトマのみを丸かじりしたせいで体調不良……。

「ルリナさんのコネで違う方を呼んでいただいても構いませんよ。ローズ委員長の手間も省けます。

もっとも、貴女にそんなコネクションがおありなら、ですけどね」

「くっ……」

返す言葉がなくなったルリナは、頭を掻きむしって席に戻った。

「……わたしは賛成です」

窓ぎわから、オープンフィンガーのグローブが挙がる。

「武道と手習い、あわせて24段と3級。リーグのトップをも超えるという強さ……。

カラテでもポケモン勝負でも、彼と手合わせしたくなってきました!」

キラキラとローズを射抜くサイトウの瞳。

怖さや驚きよりも先に、トレーナーや格闘家としての血が騒いでいるようだ。

「……このコの過去、そして面構え。ピンクその物を体現してるよ。悪くないね」

資料の端にあるグルーシャの顔写真を見ながら、ニヤリと微笑むポプラ。

「はぁ……。ポプラさんまで賛成なら、オレにとやかく言う権利はありません」

頭の後ろに手を組んだネズも、渋々と同意した。

「よし!ジムリーダーの賛成多数!さっそく正式なオファーをかけよう!」

思い立ったら即行動。

マントの布ずれとともに立ち上がったダンデは、会議室を勢いよく飛びだして行った。

「そういうワケだから!彼がトーナメントへ出場する事になったら、お相手よろしくね!」

じゃあね♪と一同に手のひらをかざし、悠々と立ち去るローズ。

規則正しい足取りでオリーヴも彼に続く。

「……もしガラル地方に何かあったら、委員長とダンデのせいだからね」

指先で額をおさえ、机上にうずくまるルリナ。

その不吉な愚痴は、遠からず当たる事になる。

「ま、まあまあ、ルリナくん。悪い人ではなさそうだから。

……サイトウくんに負けないぐらい、僕もグルーシャくんと会うのが楽しみになってきたぞ!」

先ほどまでは怯んでいたカブだが、すでに立ち直ったのか、ガッツポーズで気を吐いている。

「あたしらともやり合う時が来るかも知れないね!

あんたの岩タイプ、熱いこおり技で弾けとばないように気をつけな!」

「言われなくたって分かってるよ……」

頭をかかえてナーバスに落ちこむ息子の肩を、力強い手がバシバシと叩く。

ベテランたちは、さすがメンタルのリカバリーが早い。

「うわあ、マジか。そうだわ。どうするよオレ様……。

メロンさんにもマトモに勝てた試しがねえのに、ドラゴンの天敵がもう1人……!

ガンガンのピーカン照りにしてぶっ潰すしかねえか……!」

腕を組んだキバナは、勝負の獰猛な目つきで天井を仰ぎながらブツブツと呟いている。

期待に心身をはずませる者。どうしよう、と頭を垂れる者。

三者三様のリアクションを最後尾から見つめるサイトウは、脳裏に1人の少年を思い浮かべた。

「……この場に、オニオンくんも居てくれたら……」


「…………」

窓もドアも締め切られた、真っ暗な部屋。

カーテンまで隙間なく引かれ、外の昼も夜も区別がつかない室内。

闇を照らすのは、少年が抱えるスマホの灯りのみ。

『♪青い大空 白い浮き雲 真っ赤にたぎる勝負の血〜』

「…………ぼくだって……」

『♪とことん 極めぬヤツらには 心に〜問いかけるぞ〜!』

「……つよく……な、なりたかった……」


定例会で面白い動画をみました!

いつでも帰ってきてください!

オニオンくんが戻ってこられるのを、皆さん待っています!そして、わたしも

サイトウ


URLつきで送られてきた、現ラテラルジムリーダーからのメール。

この地方には、

チャレンジャーの戦略眼を試すという名目で、同じジムを交代制で務めるジムリーダーが二組いる。

いや、いた。

キルクスタウンのメロンとマクワ親子。

そしてラテラルタウンのサイトウと……

「うぅぅ……!」

普段ならお腹をかかえて笑えるはずの、シュールなPV。

だが、無駄に熱い歌詞も、グルーシャの超人的な動きも、今のオニオンには胸をえぐられるばかり。

「ぼ、ぼくもっ……この人みたいにっ……なりたいよぉ……!」

ジムリーダーを辞した直前。

オニオンは、勝負の腕を著しく崩していた。

焦りにかられ一心不乱に勉学やトレーニングに励んでは、また負けの繰り返し。

生来の気弱さや人見知りから、周囲に相談もできず、

いつしかポケモンへ対する愛情や勝負への熱意も薄れ、やりがいも見失った彼は、

ある日とうとう無断でリーグを飛びだし、自室で引きこもる毎日を過ごしていた。

『真剣勝負、しろ!指が折れるまで!腕がもげるまで!』

ベッドに突っ伏し、パジャマの袖を濡らす日々。情けなくなってきた。

もがきにもがいて、それでも強くなれなかったぼくは、真剣では無かったとでも言うのだろうか。
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