機動戦士ガンダムSEED STRIKE 『蒼天のベルセルク』


 バギン!
 音のない宇宙空間に、鉄同士が思い切りぶつかったような高音が響く。
 ヒダカのストライクベルセルクと、アグネスのギャンは既に長時間打ち合っていた。
 お互いの実力は拮抗し、ここまではとてつもなく緊迫した静かな戦いを見せていた。
 だが、

「クソッタレめ……」

 ヒダカは口の奥が渇いたような感覚に襲われていた。
 体の不調が、まるで波のようにぶり返してきた。
 息も荒いものになり、体には力が入らない。
 そして、動きが鈍くなっていくところを、アグネスは容赦なく突いてくる。

『舐めないでよね……そんな動きしかできない体で!』
「グッ……!」
『宇宙(ここ)で私が、アンタに遅れをとるわけがないのよ!』

 アグネスは啖呵を切りながら猛攻を仕掛けてくる。
 これは決して自惚れではない。
 先の大戦で、彼女は月を舞台に多くの戦果を挙げている。宇宙はいわば、彼女が最も戦い慣れた主戦場だ。
 対してヒダカは大気圏内での戦いの経験が長く、コンパスに入るまで宇宙には出たことすらない。
 模擬戦で経験はしているが、宇宙での実戦はこれが初めてだ。

「確かにそうだ……俺は宇宙じゃ、お前にまともに勝てたことはねぇ」
『だったらァ!!』
「でも……それでもなァ!!」

 ギャンのビームアックスの一閃を掻い潜り、ビームサーベルを肩口へと突き刺す。
 衝突と同時に凄まじい火花が周囲に散った。
 左側のビームガンが破壊され、アグネスはたまらず距離を取った。
 
『くっ……!』
「それでも俺は昔のままじゃない……いつまでもお前に遅れをとる俺じゃねえんだ!」
『……っ。生意気なのよ! アンタ!』

 アグネスは武器をビームサーベルに持ち替えて突撃を仕掛ける。ヒダカもそれに合わせ、ビームサーベルを構えて突貫。スラスターを全開にする。
 すれ違い様にお互いビームサーベルを振るう2機。激突の衝撃に機体は軋み、一瞬後に離れた。
 アグネスは機体に制動をかけて即座に振り返り、再度突進。一歩遅れてヒダカも期待を反転させる。
 体の状態を鑑みても、やはり宇宙においてはアグネスが一歩先んじていた。
 ヒダカはビームブーメランを起動し、応戦するがそれも弾かれてしまった。
 苦し紛れの対艦刀もシールドに防がれ、上手く後退できず、距離を詰められ、そこからのヒダカは防戦一方だった。
 それでも、ベルセルクの高い運動性能を用いて、ギャンの攻撃を凌いでいくが、機体からコクピットへと伝わる衝撃は、徐々にヒダカの体を蝕んでいく。

「ッ!? ガハッ……!?」

 そして、ついに体は限界を訴えかけるように、その意思に反して血の反吐を吐いた。

「はっ……! なっ……はっ、ぐうっ……!」

 口から漏れた血は無重力で浮き、まるで夕焼けのような赤色が視界を染める。
 それらはまるで、眼前に迫る自らの死期を直視させられているような、そんな気がした。
 死への不安と恐怖に、ヒダカの操縦の手が止まる。

『もらった!』

 それをアグネスは逃さなかった。
 ギャンの振るうビームサーベルは、ベルセルクの胴体にクリーンヒットした。
 衝撃で正気に戻ったヒダカは、反射的に後ろに飛んで距離を取ろうとした。
 だが、アグネスが黙って見過ごすはずもない。
 トドメを刺さんとばかりに、ビームアックスが頭上へと構えられた。

(クソッ……! こんなとこで……俺は死ぬのか!?)

 振り下ろされる光の刃。
 モニターの映像が、その光いっぱいに包まれる。

(……諦められるか)

 ヒダカはヘルメットのシールドを開き、不安と恐怖と共に目の前の血を拭い去った。

(俺の命を……お前を……!!)

 ———諦められるか!!
 心の中でそう叫んだ瞬間、ヒダカの中で何かが弾けた。
 これまでの人生で経験したことがないほどに思考がクリアになっていく。
 そして次の瞬間、ベルセルクの姿はアグネスの視界からかき消えた。



「何っ!?」

 ギャンの攻撃は空を斬る。
 さっきまで目の前で戦っていたはずなのに、ベルセルクはまるで煙に巻かれたように消えていた。

「一体どこ……ッ!」

 その時、目の前を超高速で過ぎるベルセルクを見た。

「ッ!」

 今度は後方。
 だが、速すぎて振り返った時にほとんど姿が見えなかった。

(何なのよこの動き……! 何で急に……)

 疑問を整理する暇もなく、死角から二度の突撃。
 衝撃で、ギャンの態勢が大きく崩れる。
 回転する機体を何とか制御し、態勢を立て直したアグネスの目の前に、ベルセルクは既にいた。

「なに、あれ……」

 ベルセルクは機体の全身の駆動器官、メインのスラスターから補助用のバーニアに至るまで、全てを噴射させていた。
 機体は凄まじい負荷により、ガタガタと震えている。
 あり得ない操縦方法だ。こんなことを続けていれば、機体もエネルギーも、当然パイロットも持つはずがない。
 アグネスはビームサーベルをベルセルクに向けて振るうが、それより先にベルセルクの蹴りが胴体に突き刺さった。
 転がるように飛んでいくギャン。それより早くベルセルクが後ろに回り込む。
 アグネスは勢いをそのまま利用してサーベルを振い、ヒダカはそれを対艦刀で受け止めた。

『もうやめろ! これ以上俺たちが戦って、いったい何の意味がある!』
「意味なんて知らない! 私とアンタは敵! それだけでしょ!?」
『ッ! 俺はお前と戦いたくないんだよ!』
「うるさい!」

 怒号と共にシールドのビームカッターが起動。
 それを間一髪で躱した隙を見て、ギャンは近くのデブリベルトへと逃げ込んだ。
 あのイカれた高機動に馬鹿正直に付き合う必要はないのだ。
 動きを制限する場所で、身を潜めながら待ち構える。
 無茶な運転をし続けた分、燃料も残り少ないだろう。
 動きが止まったところで仕留めればいい。

「……」

 今のあいつは、倒すべき敵だ。
 私はシュラを選び、ファウンデーションという勝ち馬に乗ってここに来た。
 それに、私は元々コーディネイター。ナチュラルであるあいつと肩を並べて戦っていた今までがおかしかったのだ。
 
「……これでいいのよ。これで全部元に戻る」

 まるで自分に言い聞かせるように、アグネスは呟いた。
 直後、レーダーが急接近する熱源を感知。
 アグネスはその方向へと守りを固める。
 だが、そこから飛んできたのはベルセルクではなくビームブーメランだった。
 ブーメランを弾いたギャンの背後に、ベルセルクが現れる。
 振り向きざまに盾を構えたギャンだったが、勢いに乗った対艦刀は盾ごと左腕を斬り裂いた。

「くっ……!」

 たまらず逃げるギャン。
 追い縋るベルセルク。
 その一瞬、アグネスはベルセルクの装甲が、ディアクティブモードの鋼色に戻っていくのを見た。
 フェイズシフトダウン。向こうのエネルギーが切れた証拠だ。アグネスはそう確信した。

(勝機!)

 ギャンは制動を強くかけ、一気に急旋回するその瞬間、ベルセルクに向けてビームサーベルを投擲。
 ベルセルクはこれを回避しようと、体制が崩れた。
 ここだ! アグネスはビームアックスを起動し、一気に突っ込んだ。

「これでお終いよ!!」

 ビームアックスがベルセルクを捉える———はずだった。
 その直前に、またしてもベルセルクの姿が視界から消えていた。

「なっ———」
『お前なら見逃さないと思ったぜ』

 声が聞こえた一瞬、ギャンのバックパックが斬られ、爆発する。
 衝撃に押され、姿勢を立て直すこともできず、ギャンは月へ落ちていく。

「なんで……」

 そんな言葉が、不意にアグネスの口からこぼれ出た。
 躱されたことに対して言ったのか、負けたことに対してか、それとも殺されなかったことに対してか。
 その真意は、彼女にも分からなかった。



 戦いが終わると同時、ヒダカの口からブハッと勢いよく息が出た。
 さっきまでの戦闘で、自分がまともに呼吸できていなかったことにようやく気付いたのだ。
 戦闘経験は豊富だと自負するヒダカだったが、そんな彼でもこんなことは初めてだった。

「ハァ、ハァ、なんっだよこれ……どんだけ必死だったんだ俺は……」

 息苦しさを紛らわしながら、PSのスイッチをオンにすると、鋼色の装甲にたちまち色が戻った。
 ベルセルクはエネルギー切れなど起こしていなかったのだ。
 そもそも動力は核エンジンのため、エネルギー切れはしようがない。
 あのままでは決着に時間がかかると判断したヒダカは、アクティブモードを切ることで隙を作り、アグネスを釣り出したのだ。
 とはいえ、また同じ動きで躱せるかは、賭けだったが。

「ちょっと意地が悪かったかな……と」
 
 視界の端に飛んでいくデスティニーとインパルスを捉えた。
 行き先からして、レクイエムを破壊にしにいくのだろう。あれさえ壊せば、ファウンデーションの勝ちの目は完全に消える。
 加勢に行くべきか、と一瞬考えるが、今こっちはボロボロだ。さっきから機体の異常を伝えるアラームがひっきりなしに鳴っている。こんな調子では、着いていっても足手纏いにしかならないだろう。
 それにシンとルナマリアなら2人でも問題はないはずだ。

「……俺は俺でやれることをやるか」

 そう呟いて、ヒダカはアグネスが落ちた先へとベルセルクを動かした。

 月面に降り立つと、ギャンだった残骸が転がっていて、その近くにアグネスはいた。
 パイロットスーツに身を包んだまま、体育座りで俯いていた。

「なにをやってんだ……」

 ヒダカもコクピットから出て月面に降りる。
 アグネスの元に近づいていったが、アグネスは俯いたまま動かないでいた。
 
「……」
「もう帰ろう。大勢は決した、コンパスの勝ちだ。このまま泥舟と一緒に沈んでやる義理なんてないだろ」
「うるさい!」

 アグネスは、ヒダカから差し伸べられた手を払いのけ、立ち上がりながら叫んだ。
 その目からは、大粒の涙が溢れ出ていた。
 
「あんな艦、誰が好き好んで戻るもんですか!」
「裏切った手前戻りにくいって言うなら、俺もなんとか弁護を……」
「違う! 私はっ……私には愛される資格があるのよ! なのにあそこの連中は、私のこと愛するどころか、見ようともしない!」
「ヴィーノや整備班の皆は、お前のこと心配してたぞ」
「あんなの! 私が可愛いから、ちょっと勘違いしてるだけじゃない! 私が求めてるのとは違う……!」

 ヒダカにはアグネスの言葉の意味がイマイチよく分からなかった。
 女性が理屈より感情を優先しがちなことは理解している。
 だが、それにしたってアグネスの話は要領を得ない。
 なんなんだ求めているものって。

「なんで……なんで私ばっかりうまくいかないのよぉ……!」
「……もしかして羨ましいのか? 皆のこと」
「……!」

 アグネスは、突然ヒダカの胸板を何度も殴り始めた。
 その様がまるで小さな子供みたいで、ついさっきまでこっちが殴ってやろうか、くらいの気持ちでいたのに、そんな気持ちも萎んでしまった。
 やがて、それも止まり、アグネスは絞り出すような声で言った。

「……私だって……」
「え?」
「私だって、自分で自分が分かんなくて……何をしたいのか、とか、何が欲しいのか、とか……なにも……」
(……ああ)

 涙ながらにそう言うアグネスを、ヒダカは何も言わずに抱きしめた。
 しなやかな体に、波紋が広がるように震えが走る。
 先の言葉で、ヒダカはアグネスが自分と同じ境遇だと理解していた。
  彼は幼少期、両親から英雄となるべく歪んだ英才教育を叩き込まれた。
 トップ以外に価値がないと。
 凡ゆる人から好まれる会話術を身につけなければ生きる資格はないと。
 常に現実を見据え、冷静に冷酷に物事を判断しろと。
 どれも歪な完璧主義だ。
 だが、ヒダカは両親の求めに応え、勉強やスポーツに邁進した。
 学校での成績は常にトップだった。大会でも優秀な成績を収めた。
 だが、両親は彼の成績以外に興味を持たず、彼自身には見向きもしなかった。
 褒美として、金や物品を与えられたが、そんなものでは満たされなかった。
 ヒダカの望みは『両親から愛される』。ただそれだけだった。



 ……きっと、アグネスも同じなんだろう。
 ヒダカは軍に入り、その欲求は解消された。
 特にスウェン・カル・バヤン、シャムス・コーザ、ミューディー・ホルクロフトという3人のかけがえのない友を得た。
 コンパスに来てからも人に恵まれ、真の意味で幼少期の呪縛から解放された。
 だが、彼女にはそれがない。
 親から愛されず、根本的な部分で自分を信じられない。愛せない。
 いつ崩れて落ちるか分からない、頼りない橋の上を渡っているかのような人生。
 だからアグネスは、自分以外のところで、自分の価値を証明してくれるものを欲した。
 周囲の人間が羨むようなステータスを持つ。
 周囲の人間が羨むような相手と付き合う。
 そうして自分の価値を守ってきた。
 だが、そんなことを続けていれば、いずれアグネスの周りから人はいなくなる。
 それはダメだ

「……大丈夫だよ、アグネス」
 
 だからきっと、今の彼女に必要なのはこういうことなんだ。 

「俺はずっと、君を見てきた。周りの皆もきっと。これからもずっと、君のそばで、君を見ているから」

 ただ、俺の思いを伝える。

「もし自分の思いが分からないなら、俺も手伝うから。探していこう、一緒に」

 気付けなかったとしても、勘違いしていたとしても、必ず誰かが見てくれていると、そう理解することが、自分を愛することに繋がると思うから。

 アグネスは、ヒダカの目の前だと言うことも忘れて、その場に泣き崩れてしまう。
 ヒダカは、そんな彼女の体を支えながら、より一層強く抱きしめ、共にその場に蹲った。
 そうしてしばらく時が経ち、突然インパルスが月面に降り立った。
 パイロットスーツのヘルメットに通信が入る。ルナマリアの声だ。

『アグネス! バーズ少尉!』
「ホーク中尉」
「ルナマリア……? なんで……」
『なんでって……心配してたのよ。悪い?』

 ルナマリアは呆れた調子で言った。
 それを聞いて、ヒダカもフッと静かに笑い、立ち上がる。

「言ったでしょう。きっと皆もあなたを見てるって」

 ヒダカが優しく言った。
 先ほどまでの荒々しく敵を薙ぎ倒す『蒼天のベルセルク』としてではなく、『アグネスの同僚のヒダカ・バース』として。

「帰りましょう、ギーベンラート中尉」
「……」

 差し伸べられた手を、アグネスは何も言わずにとった。
 彼女の行動はただで許されるものではないはずだ。きっと罰も下るだろう。
 けれど、人は変われる。良くも、悪くも。
 そのことを、ヒダカ自身よく知っていた。
 こうして、素直に差し伸べられた手をとれたことで、きっと彼女も変われると、そう信じた。






 

 このあとミレニアムに帰ってキスでもさせようかと思ってたけどTNP悪いなと思ったのと甘々すぎて俺には無理だと思いましたので他の皆さんに丸投げします。
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