高嶺の××さん


「んじゃ、アレやるか! 『愛してるゲーム』!!」
「うぇ!?」
「しゃけしゃけ!」
悪ノリしまくった真希がそう言い出した段階で伏黒はこっそりとため息をついた。
東京校一年二年合同のカラオケ大会は久々に乙骨先輩も参加した事で盛り上がりに盛り上がり、とうとうこの学生の内輪ノリの究極系に辿り着いてしまったのだ。
元ネタはいつかのテレビ番組らしいが、さらに元ネタから発展して『ラブソングをガチで歌ってその場にいた人をより多く照れさせた者が勝ち』というルールが採用されていた。
先輩達とカラオケに行くと何度かこのような流れになっていたが、その度に伏黒は「何言ってるか分かんねーぞ!」のヤジを受けながら洋楽を歌って誤魔化している。
同級生の釘崎が、今まさにこのゲームの最中に力強く井上陽水を歌い上げるのを聴きながら、伏黒は密かに虎杖を盗み見た。
愛してるゲームの絶対王者として君臨しているのは真希だったが、意外な事に虎杖はこのゲームでなかなかの強さを誇っている。奴は単純に歌が上手いのもあるが、気の衒いもなくストレートな歌詞を歌い上げるのがクるものがあるとはパンダの言葉だ。
戯れのようなおふざけのゲームだが、釘崎も伏黒も何回か虎杖の歌に十点札をあげたことがある。
「ラブソングにしてはハードボイルド過ぎねぇか?」
「おかか」
先輩達からはそんな評価を受けた釘崎だが、本人はやり切った顔で着席していた。
「でも悪くねぇな、野薔薇らしくて」
「真希さん……!」
まだ真希は歌っていないというのに既に陥落しかけている釘崎にそっと目配せすると、気づいたらしい彼女は小声で話しかけてくる。
「前回虎杖って何歌ってたかしら」
「確か、髭男の『Subtitle』だったような……」
「うわ、ド直球」
「いや、前回までは流行ってる曲の中から適当にチョイスしてる感じだったがこれは……」
「そういう、こと……!?」
「そういう、ことだ……」
ヒソヒソ話し合う二人をよそに、選曲に難航していたらしい虎杖は、しかしようやっと曲を決めたらしい。ピピ、と電子音が鳴る。
「悠仁ー、今回何歌うんだ?」
「えー、back numberの『高嶺の花子さん』」
「ンッ」
「ブッ」
曲名を聞いた伏黒と釘崎は揃って咽せた。……まさかの片想い拗らせ系の選曲。今までのストレートなラブソングと系統が違うのが逆に怖い。カラオケで人気の曲ではあるため、おそらく先輩達は意図に気づいていないだろう。伏黒も釘崎も何回か耳にしたことがあるイントロが流れだし、虎杖が歌い出す。歌自体は上手いが、どこか妙な熱が篭っているのを嫌でも感じてしまい、なぜか二人して視線を彷徨わせる羽目になってしまった。
(ただの友達の友達ってほど関係遠くねぇだろそもそも……!)
(というかこの曲初めてちゃんと歌詞意識して聞いたんだけど……)
(歌詞が地味に怖えぇ……)
(……もしかして今後虎杖とカラオケ行ったら片想い系の曲ばっか聞かされることになるの!? いやよ! 悪夢じゃない! もっとアジカンとかワンオクとか歌いなさいよ!)
悶々とする二人を疾風迅雷で置き去りにして虎杖のターンは終了していた。パンダも狗巻も真希も乙骨も予想外の選曲に戸惑っているらしく、反応はあまり芳しくない。
「いや、上手いことは上手いんだけど趣旨が違わないか?」
「おかか」
「……ラブソングっていうか拗らせ系っていうか」
「虎杖君、こういう曲聞くんだね」
「いつもと趣向変えてみたんスけど……ダメかー」
「キュンって方向ではないな」
「しゃけ」
「片想い男の情念ヤバって感じの曲でどうしろっていうんだよ」
「いや、でも僕こういう曲嫌いじゃないよ」
「ダメだったわー……。あれ? 伏黒? 釘崎? どったの?」
「い、いや、なんでもねぇ……」
「え、ええ……」
真希曰く『片想い男の情念ヤバって感じの曲』を歌った奴とは思えないほど、開けっぴろげにヘラヘラ笑っている男の腹筋を釘崎は八つ当たりでどついたが、一切効いていないようなのが憎たらしい。
「このゲーム終わったら歌うわ」
「……何を?」
「金爆の『女々しくて』」
「……曲で会話すんなよ……」
「うっさいわね! 歌わなきゃやってらんないわよ!」
ちなみに、愛してるゲームは乙骨が全員まとめてオトし、真希の王座を陥落させたことで幕を閉じた。
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