ペット愛


キキー ドン!

「大丈夫か!?」

 

「救急車呼べ!」

 

・・・・・・

 

「ここはどこ・・・・・・?」



 目を開けると、私は変なところに立っていた。

 森のようだが、木の幹の色はピンク色、葉の色は黄色。しかもその木には手のひらほ大きな目玉が何個もついている。

 ギョロっと大きな目が一斉に私を見つめた。



「キャー!」

 私は叫びだし、走って逃げだす。

 10分ほど走り続け、やっと森を出ると今度は川の見える草原に出た。

 しかし、草原の景色はさらに奇怪なものになった。

 猿の頭を持ったカラスが玉虫色の空を飛び、バッタの足がついているウサギがコバルトブルーの草原を駆ける。



 そして大きな蛙の腕をつけているマグロがレモン色の川から現れて「こんにちは嬢ちゃん。」とテノールボイスの声で言ってきて、私は気絶寸前になってしまった。



 そこにいきなり女の子が現れた。

 長い黒髪の、金色の猫目が可愛い、白いワンピースを着た、女の子。



「逃げますよ」

 差しのべてくれた手をつかみ、女の子と走る。

 女の子の手は冷たかったが、頼もしかった。

 マグロの化け物は私たち追いかけるでもなく、暴れるでもなく、ただ大きな声で意味がわからないことを叫んでいた。

「夢叶えろよ!」



 女の子が連れてきてくれた場所は、川の上流にあった。

 もっとも、やはり普通な家ではなくダンボールでできた家だったが、しかし外よりは良かった。

「どうぞー」

「お邪魔します」

 家の中に家具は二脚の椅子と一つのテーブル、ソファーがあるだけだったが、壁中に写真が貼られていた。

 拾って下さいと書かれたダンボールに捨てられて、弱っていく黒猫の写真。中にはもう死んでいるような無残な姿の写真まであった。

(趣味悪・・・・・・)

 昔猫を飼っていた身からすれば、捨てた猫が弱っていく写真を撮り続けるなんて最低だと思う。わざわざこの状況で言う事でもないが。



「あ、助けてもらってありがとうございます」

「いえいえ、昔恩人にやってもらったことに比べればこんなこと何でもありませんよ」

「きっと、その助けてくれた人は、すごいいい人でしょうね」



 しかし、彼女はもうその話題には興味ない、と言うように目をそらして写真のほうを見ていた。すごく気まぐれだ。

「先ほどからこの写真を見ていましたが、猫お好きですか?」

 写真に指を向けて聞いてきた。

「いえ、ほかに見る物無いから見ていただけで・・・・・・、まあ好きですけどね。昔猫飼っていましたし。」

 そして、私は勢いのまま続ける。

「この際言わせてもらうと、捨てられた猫の写真を助けもせずに、弱っていく姿を取り続けるなんて、あなた酷いと思います」

 しまった。と言い終わる時には思っていた。このままだと怒った女の子が私を家から追い出されてしまう。

 しかし彼女は、怒るどころか金色の目を細め笑みを浮かべる。



「では、この猫を捨てた人はどう思いますか?」

「え?」

「あなたが言う事によれば、捨てた猫が弱っていく写真を撮るのは酷いんでしょう? なら、捨てた本人の方はどうですか?」

「・・・・・・きっと捨てた人にも理由があったんでしょう。拾って下さいと書かれていますし」

 少し声が震えながらも私は答えた。

 私は、いつの間にか出されていたお茶に手を伸ばした。飲んでみるとそれはマタタビ茶だった。少し苦く、独特な味。そして――

 体が動かなくなった。



「猫を嫌いになってなくて、よかったです」

「えっ・・・・・・」

 バランスを崩し椅子から転げ落ちる私。

 私を見下ろす女の子。

「私を捨てた時からひやひやしていましたよ。猫が嫌いで捨てていたならどうしようって」

 思い出した。写真に写っている猫のことを、そして理解した。目の前にいる女の子の正体を。



「あなた、ルナ・・・・・・?」

「本当にご主人様にはお世話になりました。ペットショップから出してくれて感謝しています。あの雨の日に段ボールに入れられて捨てられた時から、ずっと信じて待っていました」



 ルナはゆっくりと歩いて、倒れている私に近づく。

 私は抵抗できない。抵抗しようにも体が少しも動かない。



「やめて、来ないで・・・・・・」

「なぜですか? また捨てる前みたいに一緒に遊びましょうよ」

「ごめん、許してよ・・・・・・、大きくなって世話が大変になってきたからって捨てたの、謝るから・・・・・・」

 私の懺悔を聞いたルナは、きょとんとした顔をする。



「別に謝らなくていいですよ。私はあなたと過ごしていた時間が、生きている間一番楽しかったですから。捨てられた時も、ご主人様を待っていたから少しも辛くありませんでしたから」



 でも、と私の所に来たルナは続ける。

「すごく寂しかったですよ。七年間もあの世とこの世の境目で待ち続けるのは」

 ルナは、私の首に首輪をつける。赤い私の名前が書かれた首輪。

「ひっ」

「怖がらないでくださいよ。愛していますから」

 そして、ルナは私の耳元で囁く。

「これからは、一緒ですよ。ずっと、ずっと愛していますよ。これからは無責任に私を捨てたあなたを、私が大事に飼ってあげますからね」

 

 

 

 

 

「よう、元気にやっているかい!? 嬢ちゃん!」

 蛙マグロさんだ。いつも快活で陽気な方だ。

「はい、元気にやっていますよ。私も、あの子も」

「あの子と言えば今日で確か、あの子がここの住人になってから、百年だな。記念パーティでもするのかい?」

「記憶力がいいですねタュメェカゥラさん」

「DHA取っているからな!」

「そうなんです。今日は二人でごちそうでも食べようと思って」

「そうか、いいもん作ってやれよ! 何せあいつは料理も掃除も何もかもできやしないんだから」

「ふふ、そうですね」

 そうして蛙マグロさんと別れて、何を作ろうか、彼女の好きなピザでも作ろうか、などと考えて家に帰る。

 そして、家に着きドアを開ける。

「ただいま。ミカ」

 ドアを開けると、私の愛するペットが四足歩行で私の足によって来る。

 百年前と何一つあの時と変わらない姿で、彼女は元気に鳴く。



「ニャン!」
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