鬼と魂(会社員女性バージョン)


題名:鬼と魂 作者:草壁ツノ
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<登場人物>
模索:本名は安道模索(あんどうもさく)。二十歳。大学浪人中。人生に悩んでいる。
我酒丸:我酒丸(がじゃまる)。地獄から魂を連れ戻しに来た鬼。口調がやや古臭い。虎柄のシャツを着ている。
会社員:三十代前半。過労で亡くなる。本当は絵の道に進みたかった。
ホームレス:橋の下で暮らしていたホームレス。衰弱死。猫たちのことを気にかけている。
猫:ホームレスが橋の下で飼っている猫。
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<役表>
模索:不問
我酒丸:不問
会社員+猫:女性
ホームレス:不問
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■注意点
・セリフ数に偏りがあります。(模索:多、我酒丸:多、会社員:中、ホームレス:少)
・役はすべて不問としておりますが、会社員の口調をを男性に直したバージョンも用意しています。
 内容は大きく変わりませんので、お好きな方の台本をご利用下さい。
 会社員男性バージョン:https://writening.net/page?BdR477(男女比:0:0:4)
・話の終盤で、我酒丸役の人が手を叩く演出があります。
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■利用規約
・過度なアドリブはご遠慮下さい。
・作中のキャラクターの性別変更はご遠慮下さい。
・設定した人数以下、人数以上で使用はご遠慮下さい。(5人用台本を1人で行うなど)
・不問役は演者の性別を問わず使っていただけます。
・両声の方で、「男性が女性役」「女性が男性役」を演じても構いません。
 その際は他の参加者の方に許可を取った上でお願いします。
・営利目的での無許可での利用は禁止しております。希望される場合は事前にご連絡下さい。
・台本の感想、ご意見は Twitter:https://twitter.com/1119ds 草壁ツノまで
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模索:――この国では魔を象徴するものとして、はるか昔から語り継がれてきた存在がいる。
   それが、"鬼"(おに)。頭に生えた角と、虎柄のパンツを身に着けた異形(いぎょう)の存在。
   何故そんな姿なのかと言えば、一説によると、
   鬼が来る"鬼門"(きもん)があるのが、"丑寅"(うしとら)の方角だかららしい。

(※人間の部屋であぐらをかき、缶ビールを飲み干す鬼)
  
我酒丸:「――ングッ、ングッ、ングッ。ブハーッ、いやあ、生き返る!」

模索:(M)そして、今この部屋の中には正真正銘の"鬼"がいる。
    ……どうしてこんな事になったのかは僕にも分からない。
 
我酒丸:「と、いうわけでな。地獄から遠路はるばる現世までやって来たという訳じゃ。
     全く、閻魔(えんま)様の鬼使いの荒さには参ってしまうわい」

模索:「ハァ……そうなんですね……」

我酒丸:「……ん? おい小僧。酒が切れたぞ、酒ー」

模索:「一体どれだけ飲めば気が済むと……はい。言っておきますけど、それが最後ですよ」

我酒丸:「分かっとる分かっとる。
     んん! 現世に来るのはもう数百年ぶりじゃが、こんなにも美味い酒があるとはのう。
     おい小僧。なんと言ったかこれの名前は。ええと?」

模索:「ビール、です」

我酒丸:「びいる! ええのう。ちいと量は物足りんが……
     ングッングッングッ、ブハーッ。
     いや実に気に入った。地獄に戻る時にいくらか手土産に持って帰るとしよう」

模索:「ハァ……それ飲んだらさっさと帰って下さいね」

我酒丸:「……お主、会った時から思うておったが、
     鬼を見ても『キャー!』とか『ウワー!』とか言わんのじゃな」

模索:「……昔から"そういうもの"が視える体質だったので、今更驚いたりとかは」

我酒丸:「なんじゃ、つまらんのう」

模索:「そういう反応期待してるなら、別の家に行って下さい。……さてと」

(※机に向かい、参考書を開く人間)

我酒丸:「……お? なんじゃお主。こんな時間まで勉強しとるのか」
   
模索:「そうです。……えーと、前はどこまでやったんだっけ……」

我酒丸:「どれどれ。……うーわ、なんじゃこの蚯蚓(みみず)みたいな文字は。気っ色悪い」

模索:「見たこと無いんですか? 数学の方程式」

我酒丸:「無い。……お主には、この文字が読めとるのか?」

模索:「一応は、まぁ」

我酒丸:「ふむ……じゃがお主、何故そんなにも必死に勉強しとるんじゃ?」

模索:「いい大学に行くためです」

我酒丸:「いいダイガクに行くとどうなる?」

模索:「いい企業に就職出来て、将来が安泰(あんたい)になるんです」

我酒丸:「いいキギョウにシュウショク出来て、将来が安泰になるとどうなる?」

模索:「……そうしたら、生活が楽になるじゃないですか」

我酒丸:「ふむ、そういうものか」

模索:「――ああそうだ、"お兄さん"」

我酒丸:「お? 今お主まさか……"鬼"と"お兄"をかけたのか? ブワッハッハ!」

模索:「(小声)ただの酔っ払いだよもう……。
    ンンッ、少し聞きたいことがあるんですけど」

我酒丸:「なんじゃ? ワシゃあ今気分がええからのう。なんでも答えてやるぞ」

模索:「その、おにいさんって本当に――鬼、なんですか?」

我酒丸:「そうじゃ」

模索:「……証拠とか、あったりします?」

我酒丸:「証拠? 証拠か……ほれ、角ならちゃんと生えとるぞ」

模索:「他には?」

我酒丸:「どうじゃ、この目を引くような鮮やかな虎柄のシャツ!」

模索:「別に虎柄のシャツって鬼が着る物では無いですよね……」

我酒丸:「なんじゃお主。まさかワシのふぁっしょんにケチ付ける気か?」

模索:「い、いえそういうわけでは無いんですけど……。
    ただ、僕の知ってる鬼とイメージがかけ離れてると言うか……」

我酒丸:「そりゃあそうじゃろ。
     お前らの住んどる世界がそうであるように、ワシらの世界の常識も日々変化しとるんじゃ。
     人間どもが毎年、地獄に調査に来るわけではあるまい?」

模索:「……なるほど。それも確かにそうか……。
    それで、鬼のお兄さ……ややこしいな」

我酒丸:「ああ、ワシの名前は我洒丸(がじゃまる)。まぁ好きに呼ぶといい。
     ところでお前さんの名前をまだ聞いておらんかったな」

模索:「僕は、安道模索(あんどうもさく)です」

我酒丸:「モサクか。珍しい名じゃの」

模索:「それよりも、ガジャマルさんはどうして地獄からわざわざ?」

我酒丸:「聞きたいか?」

模索:「聞かなくて済むなら聞きたくは無いです」

我酒丸:「カッカッカ、まぁそう遠慮するな。
     ワシが現世に出て来たのはな。――ちと、閻魔様から仕事を頼まれたからじゃ」

模索:「仕事?」

我酒丸:「そうじゃ。
    『地上をさ迷うとる魂どもを、連れ戻して来い』と言われての」

模索:「へえ、鬼ってそんな仕事もするんですね。
    ……あれ。ちょっと待って下さい?」

我酒丸:「なんじゃ?」

模索:「……それとガジャマルさんが僕の家に来たのって、何の関係が?」

我酒丸:「ハーッ、察しが悪いのうお主。
     つまり、お主にワシの仕事を手伝わせてやろうと思ってここへ来たんじゃ」

模索:「……え?」

我酒丸:「見たところ、お主の霊感は人並外れて強そうじゃ。
     現にワシの姿がこうして見えとるわけじゃからのう。
     お前さんがいれば、ワシが仕事をするのに大いに役に立つ。じゃから――」

模索:「いやいやいや、ちょっと待って下さい」

我酒丸:「ぬ?」

模索:「……何かの冗談ですよね? 僕が、ガジャマルさんの仕事の手伝いだなんて」

我酒丸:「冗談なものか。ワシはいつだって真面目なことしか言わん」

模索:「……申し訳無いんですけど、僕は忙しいので手伝えません。他を当たって下さい」

我酒丸:「忙しいってお主、毎日机に齧(かじ)りついて勉強しとるだけでは無いか」

模索:「大事なんですよそれが! 僕は今……その……浪人中なので……」

我酒丸:「今ここでワシに恩を売っておけば、地獄に落ちてからの生活が安泰になるぞ」

模索:「なんで地獄に落ちること前提なんですか。とにかく、無理なものは無理です」

我酒丸:「これはもう決まったことじゃ。分かったらハイと返事をしろ。ほれ返事は!」

模索:「嫌です」

我酒丸:「返事!」

模索:「嫌!」


(※シーン切り替え)
(※外に出て行動を共にするガジャマルと人間)

模索:(M)……というのが昨日の夜の話。
   いきなり日常をぶち壊された僕は、こうして鬼のガジャマルさんと一緒に行動している。

模索:「……あの。ガジャマルさん?」

我酒丸:「なんじゃ」

模索:「質問があるんですけど」

我酒丸:「おう、言うてみい」

模索:「……どうすれば僕は解放してもらえるんでしょうか?」

我酒丸:「仕事が終わったらかのう」

模索:「お給料は?」

我酒丸:「出ん」

模索:「おかしくないですか!?」

我酒丸:「ああもう、やかましいのう。
     仕事が終われば解放してやると言うておるじゃろうが」

模索:(M)驚くほど説明が足りない。鬼ってみんなこうなんだろうか。

我酒丸:「……とにかく。この町のどこかに、逃げ出した魂どもが隠れとる。
     そいつらを見つけ出して、無事に連れ帰ることが出来れば、晴れてお役御免じゃ」

模索:「その魂は、どの辺りに行けば会えるとか分かるんですか?」

我酒丸:「知らん」

模索:「ハァ……」

我酒丸:「昨日も言ったじゃろう。大まかにこの町の中にいることだけは分かるが、
     細かい場所を調べるにはお主の霊感頼りじゃと」

模索:「もう……僕こんなことしてる場合じゃないのに……」

(※人間の耳に、幻聴のように声が聞こえて来る)

会社員:(M)――ハァ。辛い……辛い……

模索:「――あ」

我酒丸:「おん? どうかしたのか?」

模索:「今……"声"が聞こえました」

我酒丸:「"声"? どんな声じゃ」

模索:「……苦しそうな大人の人の声でした」

我酒丸:「ほう……これはもしかしたら早速当たりかもしれんの。どっちの方角から聞こえた?」

模索:「あっちです。あっちから聞こえました」

我酒丸:「よし、連れていけ」 


(※シーン切り替え)
(※人気の無い公園に到着する二人)

模索:「――ここです」

模索:(M)声の発信源を辿ると、着いた先にあったのは人気(ひとけ)の無い公園だった。

我酒丸:「……確かに、この付近から魂の気配がする。どこかに潜んでおるようだの」

模索:「けど、そんなもの何処にも……」

我酒丸:「――いや、あそこだ。見てみろ」

模索:(M)ガジャマルさんが指さした先。
    木陰のベンチの上に、背中を丸めて座っているスーツ姿の人影を見つけた。

模索:「アレって……ただ休んでるだけの人にしか見えませんよ」

我酒丸:「魂と言っても、見てくれは人間の姿と変わらん。ほれ、さっさと話しかけて来い」

会社員:「……ハァ」

模索:「……あのう」

会社員:「……え?」

模索:「僕の言葉、分かります? その……」

(※地面に座り込んでいたスーツの女性、驚いて人間を見上げる)

会社員:「……もしかして君、私に話しかけてる……?」

模索:「はい」

会社員:「君は――私のことが見えているの?」

模索:「ええ……まぁ」

(※会社員の女性、ゆっくりと立ち上がり人間に向き合う)

会社員:「……フフ、ごめんなさい驚いちゃった。
     誰かと言葉を交わしたのなんて、もうどれぐらいぶりかしら」

模索:(小声で)……ガジャマルさん、これからどうしたらいいんですか?

我酒丸:(小声で)いいから、何とか話をいい感じに繋げろ

模索:(小声で)いい感じって!?

我酒丸:(小声で)いい感じはいい感じじゃ、ほら早く

模索:「ハァ……あの、驚かないで聞いて欲しいんですけど――」


(※人間の説明を聞いた会社員の女性、ゆっくりと話し始める)

会社員:「――そうか。やっぱり私はもう、死んでいたのね……」

模索:「……その、大丈夫ですか?」

会社員:「うん。大丈夫。君と話してたら少し落ち着いてきたわ」

模索:「なら良かっ――」

会社員:「ああ……やりかけのあの仕事どうなったんだろう……。
     きっと皆に迷惑かけてしまっているよね……申し訳ないわ……」

模索:(M)も、物凄く落ち込んでる……

模索:「……何て言っていいか分からないですけど。ご愁傷様です」

会社員:「……ところで君は?」

模索:「……訳あって、あなたのような人を探すお手伝いをしていて」

会社員:「そうだったの。ちなみに年はいくつ?」

模索:「今、二十歳(はたち)です」

会社員:「二十歳か。若いなぁ……。
     あ、こんな事言うとオバサンって笑われちゃうね。ハハ……」

模索:「まだ全然、若いですよ」

会社員:「……そうだ、君さえもし良かったら、少し話し相手になってくれないかな。
     人と話すのなんて随分久しぶりだから、色々と話したいことがあるの」

(※少し間を開けて)

会社員:「……へえ。君は今浪人生だったのか」

模索:「そうなんです」

会社員:「どこの大学を受けるつもりなの?」

模索:「雄大(ゆうだい)です」

会社員:「……雄大?」

模索:「どうかしましたか?」

会社員:「私、そこの卒業生」

模索:「えっそうなんですか? すごい偶然」

会社員:「私も驚いたわ」

模索:「……その、こんな時に聞く話じゃないと思うんですけど。
    良かったら大学受験の時の話を聞かせて貰えたりとか……」

会社員:「いいわよ。私なんかの話で良かったら、いくらでも」

模索:「ありがとうございます。えっと、それじゃあ……
    受験の時はどうやって勉強してました? 予備校とか」

会社員:「私の時は予備校には行ってない。ずっと自宅で勉強してたから」

模索:「勉強時間は一日、どれぐらいでした?」

会社員:「そうね……大体十二時間ぐらいは勉強してたかな」

模索:「すご……」

会社員:「あれと同じことをもう一度やるのは無理だけどね」

模索:「……」

会社員:「どうかした?」

模索:「……いや、そんなに頑張れるのって凄いなぁと思って……」

会社員:「……分かるよ。大学受験って本当に疲れるイベントだもんね」

模索:「あの、お姉さんはどうしてその大学に入ろうと思ったんですか?」

会社員:「……私の場合はそもそも、選択肢がそれしか無かったんだ」

模索:「それしか無かった……?」

会社員:「うん。――厳しい両親でね。大学受験の話をしたら『その大学以外は認めない』って言われて」

模索:「……それで?」

会社員:「さっき言った通り。遊ぶ時間も全部勉強に当てて、なんとか合格したわ」

模索:「……すごいですね」

会社員:「……ねえ、私からも質問いいかしら?」

模索:「はい」

会社員:「……こんな質問するのは失礼かもしれないけど。
     君は本当に、その大学に入りたいと思ってるの?」

模索:「……え?」

会社員:「どう?」

模索:「……入りたいです。入りたいに決まってます。当たり前じゃないですか」

会社員:「……そっか。そうだよね、ごめんね。
     これはただ何となくだけど、君がずいぶん無理をしているように見えたから」

模索:「……それは、無理ぐらいしますよ。当然じゃないですか?
    だって、人生かかってるわけですから」

会社員:「そうだね」

模索:「親に無理言って留年させて貰って、今更もう頑張れないなんて、口が裂けても言えないし」

会社員:「うん」

模索:「それに……それに……」

会社員:「……これは私のただのお節介だけど。
     ……無理して入った大学は、辛いものになるよ」

模索:「……」

会社員:「……本当はね。私は絵の学校に通いたかったんだ」

模索:「……絵、ですか?」

会社員:「うん。……昔から絵を描くことが好きでね。そっちの道に進みたかった。
     ……でも、両親を説得する勇気が無くて、結局言いなりになってしまった。
     それから就職して、普通の会社に入って。親になって。
     あれはあれで幸せだった。
     けど……何かある度に、あの選択をした日のことを思い出すの。
     もし、あそこでちゃんと親を説得出来ていたら、私の人生どうなっていたんだろうって」

模索:「……」

会社員:「君が本当にその大学に入って、やりたいことがあるなら頑張る甲斐があると思う。
     でも……なんて言うのかな。
     誰かを喜ばすためだったり、周りからの評価を得るためだけに道を選ぶと、
     君は決して幸せにはなれない。……と、私は思ってる。
     君の人生だし、君がただ幸せになるために、これからの道を選ぶべきなのよ。
     その判断を、決して誰かに委ねちゃいけないの」

模索:「……はい」

会社員:「……あ、ごめん。つい熱く語りすぎちゃって……」

模索:「いえ……アドバイス有難うございます」

会社員:「うん」

模索:「……正直、今の大学に本当に入りたいのか、本当は分からなくなってました。
    ただ我武者羅にやって、大学に受かったらなんかこの先良くなるだろうみたいな……。
    ……でも、きっとこんな考えじゃ、大学に入ってからも悩んでしまう。
    だから、僕なりに少し考えてみます。僕がやりたいことってなんなのか」

会社員:「……それがいいよ。
     なに、君の人生はまだまだこれからだし。ゆっくり考えたらいいわ」

我酒丸:「話は終わったようじゃの」

模索:「ガジャマルさん」

会社員:「あなたは……?」

我酒丸:「話は聞いたじゃろ。お前さんはもう死んでおる。
     早く裁判を受けなければ、このままあても無くさ迷い続けることになる」

会社員:「そんな……それじゃあ、一体どうすれば」

我酒丸:「……ほれ、ここに書いてある場所へ向かうといい。そこに行けば後はまぁ、なんとかなる」
   
会社員:「……分かりました。ありがとうございます」

我酒丸:「うむ。道草を食わず、真っすぐ向かうんじゃぞ」

会社員:「――それじゃあね、君。世話になったわね。
     どうか、君の人生が少しでも良い物になるように願ってるわ」

(※会社員が去っていく)

我酒丸:「まずは一人目じゃな。
     ……なんじゃモサク。ずいぶんと時化(しけ)たツラをしておるのう」

模索:「……さっきの人」

我酒丸:「ん?」

模索:「さっきの人は――この後どうなるんですか?」

我酒丸:「そんな事、お主が聞いて一体何になる」

模索:「それは、別に……」

我酒丸:「……まぁ、そうじゃのう。
     仕事を手伝ってもろうとるわけじゃから、知る権利はあるか。
     この後あの男は然るべき裁判を受け、"六道(りくどう)"の世界に生まれ変わる」
 
模索:「……りくどう?」

我酒丸:「お主そんなことも知らんのか。
     六道と言うのは死後の世界のことじゃ。生まれ変わる世界と言ってもいい。
     人間というのは死後、生前の行いによって、生まれ変わる世界が決められておるのじゃ。
     それが、"六道"。六つの世界じゃから六道じゃな。
     例えば悪人は六道の中でもより過酷な世界、餓鬼道や地獄道に生まれ変わる。
     一方善人は、その中でも比較的楽な、天道や人間道で生まれ変わる。まぁそんな風に決まっておるのじゃ」

模索:「……あの人はどんな世界に行くんですか?」

我酒丸:「それは裁判官どもにしか分からんな。
     それに、生まれ変わると言うても、人間に生まれ変われる保証は無い。
     生まれ変わった先が、犬や虫になる者だっておる」

模索:「……そうなんですね」

我酒丸:「なんじゃ。あの男と話して少し情が湧いたか?」

模索:「そりゃ、湧きますよ。だって……元々は生きてたんですから……」

我酒丸:「気持ちは分からんでは無いがのう。
     死んだ者にいちいち寄り添うておっては、この仕事は務まらんぞ。
     中には、同情を引くためにウソを言うてくる者もおるわけじゃからな」

模索:「別に僕はこの仕事を本職にしているわけじゃないですし、
    その時はその――ガジャマルさんが何とかして下さい」
   
模索:……次の人生ではあの人がちゃんと、やりたい道に進めたらいいな。

我酒丸:「さて、それじゃあ次の魂を見つけに行くぞ」


模索:(M)次に"その人"を見つけたのは、川の近くにある、大きな橋の下だった。

我酒丸:「モサク、本当にここで間違い無いのか?」

模索:「はい。確かにこの辺りから声が聞こえました」

猫:「なー」

模索:「……猫がこんなに。誰かにここで飼われてるのかな……」

ホームレス:「――なに、アンタたち?」

模索:「あ……どうもこんにちは」

我酒丸:「間違いない、こいつもさっきの奴と同じ。魂じゃ」

ホームレス:「……私に、なんか用?」

模索:「その……驚かないで聞いて欲しいんですけど」

ホームレス:「うん」

模索:「実は、その……あなたはもう、死んでるんです」

ホームレス:「……なに、宗教勧誘の人?」

模索:「いや、そうじゃなくて……」

ホームレス:「あー、悪いんだけどそういうの間に合ってるからさ。他所当たってくんね?」

我酒丸:「お主、本当に会話の切り出しがど下手糞じゃな」

模索:「ならガジャマルさんがやって下さいよ!」

ホームレス:「あ、ちょっと待って。兄ちゃんに頼みがあんだけど」

模索:「……僕に、ですか?」

ホームレス:「うん。兄ちゃんさ、悪いんだけど猫のエサ買って来てくんない?」

模索:「……猫のエサ?」

ホームレス:「うん、何でもいいから。――なんでか分かんないけど、
       猫に触れようとすると手がすり抜けちゃうの。だから頼むよ」


(※近くの店でキャットフードの袋を買い、橋の下に戻ってくる人間)

模索:「買って来ました。これでいいですか?」

ホームレス:「おお、ありがとありがと。悪いんだけどさ、そこの皿に注いでやってくれる?」

模索:「はい。……うわ、ちょっと待って。今餌あげるから、待って!」

ホームレス:「ハハ、良かったなぁお前ら。ウマいか? よしよし」

模索:「……猫、お好きなんですね」

ホームレス:「まぁね」

模索:「……あなたはこの橋の下に住まれてるんですか?」

ホームレス:「そうだよ」

模索:「どのぐらい……?」

ホームレス:「はっきりと数えてないけど、もう十五年ぐらいかな」

模索:「……そんなに長く。この猫達は、あなたの飼い猫ですか?」

ホームレス:「いや。別にそう言うんじゃないけど、餌やるようになってから懐いちゃって」

模索:「そうなんですね……」

我酒丸:「おい、早く本題に入らんか」

模索:「わ、分かってますよ。……あの、さっきも言ったんですけど」

ホームレス:「ん?」

模索:「多分……あなたはもう亡くなってるんだと思います。
    別にこれは、宗教的なアレじゃなくて」

ホームレス:「なーんでそう思うの?」

模索:「さっき、"猫に触ろうとすると手がすり抜ける"って……」

ホームレス:「じゃあ何。アンタ達は霊媒師か、イタコさんなわけ?」

模索:「いえ、僕は普通の人間です。こっちのガジャマルさんは、その……その道のプロって言うか」

ホームレス:「……ふーん。確かに、そっちの兄ちゃんは変なカッコしてるもんなぁ」

我酒丸:「変な格好じゃと……!?」

模索:「お、抑えて抑えて……!」

ホームレス:「……そうか。なんか変だと思ってたんだよなぁ。
       突然急に腹が減らなくなったし、みんな私のこと無視するし。
       なんかの病気だと思ってたんだけど……そうか、もう死んでるのか私」

模索:「……」

ホームレス:「こいつ等に悪いことしたな。もう餌やれなくなっちまう」

我酒丸:「この猫たちも元々は野良だ。
     餌をやる人間がいなくなったところで、次は自分たちで新しい餌場を見つけに行く」

ホームレス:「そうか、それならいいんだがな。
       ……でも、もうお前ら撫でてやれないのか。ちと寂しいなぁ」

模索:「……あなたは、どうしてここで暮らすようになったんですか?」

ホームレス:「なに。そんなこと聞いてどうするの?」

模索:「……その、なんとなく気になって」

我酒丸:「こ奴は今人生について迷っておっての。根掘り葉掘り聞いて回っておるのだ」

ホームレス:「ふうん。……ま、兄ちゃんはこいつらの餌買って来てくれた恩人だからな。
       ここで暮らし始めたのは近くで炊き出しやってるし、橋の下だから雨も平気だし――」

模索:「あ、いやそうじゃなくて」

ホームレス:「?」

模索:「……どういう経緯で、ホームレスになったのかなって」

ホームレス:「ああ、そういうこと。私はね、元々は玩具屋やってたの」

模索:「……玩具屋?」

ホームレス:「そう。ゲームのソフトとか、ミニ四駆とか見たこと無い?
       昔はそういう町の玩具屋って、結構あったの。
       でもね、不景気で店が潰れちゃって。そっからはずーっと今みたいな暮らし」

模索:「どうして玩具屋を始めようと思ったんですか?」

ホームレス:「そりゃ、子供が喜ぶのが好きだったからじゃない?」

模索:「……やっぱり、ここでの生活って大変ですか?」

ホームレス:「いいや。慣れればそうでも無いよ。
       飯はゴミ箱から拾えるし、空き缶潰せば小銭も稼げるし。タバコもほら。こんなに。
       けどまぁ娯楽が少ないのがちょっとアレかな。ラジオとかワンセグぐらい」

模索:「……もし生まれ変わったとしたら、次はどんな人生を送りたいですか?」

ホームレス:「質問が好きだねー、兄ちゃんは」

模索:「す、すいません」

ホームレス:「次の人生か。そうだなぁ――。でも、やっぱり私はこの生活が性に合ってたから。
       だから、またこんな人生送るんじゃないかな」


(※シーン切り替え)

模索:(M)魂になった人たちと話すたび、色んな人生があるんだと思った。
      そして、なんとなくその中で得た学びが一つある。
      それは、『人生が終わっても、まだ悩みは尽きないんだ』ということ。
      だったら、道半ばの僕が悩むのは当然なのかもしれない。そんな風に思い始めた。
      僕とガジャマルさんはそれから三日ほどかけて、この街の至る所にいる魂に声をかけた。
      
我酒丸:「……今ので、この街に残っておった最後の魂じゃ」

模索:「終わったー……」

我酒丸:「ご苦労さんじゃったのう。中々の活躍ぶりだったぞ」

模索:「それはどうも」

我酒丸:「――そうじゃ。頑張った褒美に、お前さんに面白いモンを見せてやる。ついて来い」


(※シーン切り替え)
(※夕暮れの山を登る二人)

模索:「ハァ……ぜえ……」

我酒丸:「おォーいモサク、なにをしとるんじゃ。はよう登って来ーい!」

模索:「ハァハァ……ちょっと、待って下さい……この山道……キツ……」

我酒丸:「はようせんと、日が暮れてしまうぞ!」

模索:「なんなんですか? こんな、山奥まで連れて来て……! 一体何があるんですか?」

我酒丸:「それは着いてからのお楽しみだと言うとるじゃろう。ほら、はよう来い!」

模索:「ハァ……本当に説明が足りないんだよな、あの人……」


(※シーン切り替え)
(※夜の山の頂上)

我酒丸:「ようやっと来たか。待ち侘びたぞ。
   普段勉強ばかりで足腰を鍛えておらんからこうなる」

模索:「ぜえ、ぜえ……ガジャマルさんが、早すぎるんですよ」

我酒丸:「まぁ良い。丁度今から、"見ごろ"じゃぞ」

模索:「見ごろってなんの……?」

我酒丸:「見ておれば分かる。――そら、始まるぞ」

模索:(M)ガジャマルさんがそう言った次の瞬間。
     僕らが立つ足元からふわりと、淡く光る玉が浮かび上がった。
     それは赤だったり黄色だったり青だったり……
     不思議な光を放ちながら、この夜空に吸い込まれていく。

模索:「わっ……」

我酒丸:「どうじゃ。綺麗なモンじゃろう?」

模索:「ガジャマルさん。これって一体……?」

我酒丸:「死んだ者たちの魂じゃ」

模索:「これが……魂?」

我酒丸:「そうじゃ。
     ――人間の魂は死後、現世とあの世の間に四十九日(しじゅうくにち)の間留まる。
     そうして、七日毎にあの世への行き先を決める裁判が行われるんじゃ。
     ここに集まっとるのは、これからその裁判を受けるため、旅立とうとしとる奴らじゃ」

模索:「……どうして同じ魂なのに、みんな色が違うんですか?」

我酒丸:「その者の生前の行いが魂の色に表れるからじゃ。
     赤ければ赤いほど罪を犯した者。青ければ青いほど良い行いをした者、という具合にの」

模索:「なるほど……」

模索:(M)ガジャマルさんは幾つも浮かぶ魂の中から、
    ひときわ青く光る魂を引き寄せ、優しい顔で呟いた。

我酒丸:「――良い色じゃ。お前さんはさぞかし、良い人生を送ったんじゃろうな。
     透き通っていて、お月さんのような……綺麗な色じゃ」

模索:「ガジャマルさんも、存外お人好しですね」

我酒丸:「……ワシがお人好し?」

模索:「はい」

我酒丸:「モサク、お主の目もまだまだ節穴じゃの。ワシの魂の色は、誰よりも濁っておる」

模索:「またまた――」

我酒丸:「……お主。鬼という存在がどうやって生まれて来るか、知っておるか?」

模索:「……それは、知りませんけど」

我酒丸:「いい機会じゃから教えといてやろう。
     ……"鬼とは、元は人間が転じたもの"じゃ」

模索:「え?」

我酒丸:「強い怨念や嫉妬で身を焦がした者が鬼へと姿を変える。
     つまり――それほどまでに魂が汚れておらんと、生まれない存在というわけじゃ」

模索:「……その話が本当だとしたら、ガジャマルさんはなんで鬼に……」

我酒丸:「聞きたいのか? 知ればワシはお前を食い殺してしまうかもしれんぞ」

模索:「……聞きたいです」

我酒丸:「……生前のワシはの。この世の全てを憎んでおったのよ。
     貧乏の家に生まれたことが憎い。
     才能を持って生まれた奴らが憎い。
     幸せそうに笑う奴らが憎い。
     そうして、『ワシが手に入れられない物を持っとる奴らから全てを奪おう』と決めた」

模索:「……」

我酒丸:「畜生にも劣る存在じゃった。
     己の欲望のために女子供を襲い、金を巻き上げて私腹を肥やした。
     愛した女を、命惜しさに身代わりに差し出したことさえある。
     最期には、この世のすべての人間から恨み言を浴びて首を刎ねられた。
     ……これで分かったじゃろ。ワシはお前の思うとるようなお人好しでは無い。大罪人じゃ。
     この仕事を引き受けたのも、閻魔大王が罪を軽くしてくれると言うたからじゃ」
 
模索:「……そうなんですね」

我酒丸:「そうじゃ」

模索:「どうしてそれを、僕に話そうと思ったんですか?」

我酒丸:「……分からん。ただの気まぐれよ」

模索:「……そうですか」

我酒丸:「そうじゃ」

模索:「……例えガジャマルさんが悪人でも、
    あなたの言葉に救われた人もいると思いますよ。僕みたいに」

我酒丸:「……」

模索:「……いつか僕も死んだら、この中に加わるんですね。
    ……僕の魂の色って、一体どんな色なのかな」

模索:(M)思わず心の声が口に出てしまったのを、悪戯っぽい顔でガジャマルさんが笑う。

我酒丸:「お主のことじゃ。きっとワシと同じかそれ以上に、癖の強い色をしとることじゃろう」


(※シーン切り替え)

我酒丸:「――さあて、これでようやくワシの仕事も終いかのう。
     世話んなったのうモサク、晴れてお役御免じゃ」

模索:「ガジャマルさんは、これからどうするんですか?」

我酒丸:「一度地獄に戻る。閻魔様に今回のことを報告せねばならんからの」

模索:「……そうですか」

我酒丸:「なんじゃ、まさか寂しいのか?」

模索:「なに馬鹿なこと言ってるんですか。
    これでようやく解放されるかと思うと清々(せいせい)しますよ」

我酒丸:「カカッ! お主、初めに会った頃よりも大分言うようになったのう」

模索:「お蔭様で」

我酒丸:「それにしても――お主がこの先、何十年後にワシらのおる地獄に来るのかは分からんが」

模索:「だから、なんで僕が地獄に落ちること前提なんですか?」

我酒丸:「カッカッカ。そん時、お主がどんな反応をするのか楽しみじゃ」

模索:「……でも」

我酒丸:「ん?」

模索:「もし僕が地獄に落ちても、生活は保障してくれるって約束しましたもんね?」

我酒丸:「……はて。そんな約束いつしたかのう」

模索:「えっ?」

我酒丸:「ワシも最近トシかのう。すっかり物覚えが悪くなって……」

模索:「……うーわっ。狡(ずる)っ! 大人の悪いところ出てる!」

我酒丸:「カッカ、相手を簡単に信じとるようでは、近い将来痛い目を見るぞ。
     ――いいか。ワシがこの手を一度叩けば、お前さんはこれまで見聞きしたことを全て忘れる。
     そうして次に目が覚めた時、お前さんはこれまで通りの元の日常に戻っとるはずじゃ」

模索:「そうですか」

我酒丸:「最後に、何かワシに言っておきたいことはあるか?
     恨み言は慣れっこじゃ。ほれ、言い残したことがあったら言ってみい」

模索:「……ガジャマルさん」

我酒丸:「おう、なんじゃ?」

模索:「――どうかお元気で」

我酒丸:「……カッカッカ! まさか最後にそう来るとは!
     流石のワシも予想出来んかったわ。お主、さては阿呆じゃな?」

模索:「そんなに笑うこと無いでしょ!」

我酒丸:「クク……そっちこそ達者での。
     さあて、それじゃあ別れの挨拶もすんだことだし。これで本当に終いじゃ。
     元気でな坊主。――それじゃあの!」

我酒丸:※一度だけ大きく手を叩いて下さい


(※シーン切り替え)
(※人間、自室のベットで目を覚ます)

模索:「はっ」

模索:「……なんか、変な夢見た気がするな……。
    どんな夢だったっけ……うーん……思い出せない」

模索:「ん、なんだこれ。手のひらに何か文字が……。
    ……"勉強ばかりすると馬鹿になるぞ。程々に"?
    なんだこれ。僕が書いたのか? ……よっぽどストレス溜まってたのかな」

模索:「まぁいいや。さてと、今日もはりきって勉強しますか……。
    ……いや、今日はやめておこう」

模索:(M)なぜだか分からないけど、今日はなんとなくそんな気分だった。

模索:「たまには気分転換に、ちょっと外でも散歩してくるか。行ってきます」

模索:(M)扉を閉めると、だれが飲んだか知らないビールの空き缶が、カラリと床に転がった。


<終>
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