原郷へのfinale


規則正しく淀みなく押されるキーボードの音、ペラペラと捲れるページの音、紙に筆跡を記入する音。

今現在この部屋に居る二人は「ん」だの「はい」だの僅かな声だけでお互いにやっている事を滞りなく進ませていく。

そしてそんなセッションは紙を纏める為に机を叩く音とポンっと記録端末をモニターから抜く音がなり、二人はここでようやくお互いの顔を見合ったのである。

「こっちはこれで終わりよ。そっちはどう?」

「丁度こっちも。後はこれを艦長に渡してそっちは本部に送れば終了。これで地球に向かう前に仕事は完遂だね。お疲れ様大佐殿」

「そっちもね副官さん。さてと……じゃそっちはそのままお願い。終わったら久々にアレよ」

そうお互いを労いつつ彼女、アストリア・ザラ大佐は席を立ち扉を開けて副官であるリョウジ・ヤマト中佐に短くそう伝えそれを聞いた彼は小さく口角を上げて

「アレね、んじゃさっさか終わらせてきますか。いつも通りで?」

「いつも通り。それじゃ」

それだけで妙にやる気を出しながら二人は部屋を出て正反対の方向へと向かって行く、彼女は通信室へ彼は艦長室へ
ここはコンパス所属スーパーミネルバ級MS惑星強襲揚陸艦 ミレニアム 何度か改修を済ませているこの船もかなりの戦歴になりだしている歴戦の船である。

そんな船の一室、ザラ大佐に宛がわれた部屋には既に用事を済ませたザラ大佐は静かにテーブルを前に何かを待っている。そしてそんな部屋に無言で入ってくるヤマト中佐、両手にはドリンク類と軽食を幾つか持っている。

「お待たせ、ザラ姉。適当ないつもの奴を持って来たよ。はいこれ」

「ありがとー弟君ー。さ、こっちに座って座って」

無重力だからこそ出来る空間を滑る様に渡されるドリンクを受け取りつつアストリアは着席を促しそこに座るリョウジ。そしてお互いにドリンクを片手に掲げて

『オーブ帰還決定に乾杯―!』

ゴクゴク喉を鳴らしてドリンクを飲む、中身は緊急事態を告げるコンディションレッドも考慮してノンアルコールのジュースだ。下手に酔って皆に迷惑を掛ける訳にいかずそもそもこの集まりにアルコールは無粋なのだ。二人は身をもって知っているので……

「あーーー、やっとオーブに帰れる~。下もスクスク育ってくれてるしMS戦も過度な損傷もなく搭乗員達のトラブルも最小限……宇宙の方もようやく落ち着きを見せてきてくれてよかったよー」

「ちゃんと話せば分かってくれる子達が多くて良かったよ。そんで半年ぶりのオーブだね。提出した書類にデータも問題なく移ったみたいだしこれでオーブに着いても三日位は有給を消化出来るよ」

「その三日の為にここ所切り詰めてたもんね~。いやー弟君が優秀な副官でお姉さん嬉しいよー」

「そう言うザラ姉だってここの所のスケジュールの管理ずっとやってくれたじゃん。俺にはアレは無理だって」

普段の何処か硬い空気を出しているアストリアとリョウジだが、あっちはそうあれと型を嵌めているのである。で現状のテンションが彼女達の素である。こうも擬態を続けていれば慣れてしまう、慣れてしまってはどっちが本当か曖昧になる。なのでこうしてリフレッシュも兼ねてこの様な軽い雑談と言う愚痴の言い合いの場を決めたのである。

「宇宙方面に志願して早十年……いやー、長いわね。まぁそのお陰でようやくプラントの『あん畜生共』はジュールの方に任せましたしそれも含めてが今回のこれよ」

「潜在的とは言え根が深かっただけあってか除去に時間も掛かったけど……やっと旧ザラ派の大本を何とか出来たのは良かったよ。ザラ兄も引っ張り出してきたザラ姉には驚いたけど、決別としてあれ以上のパフォーマンスは無いからね」

フッフッフッと眉間に皺を寄せながら残ってるドリンクを飲み干す、空になった容器を潰し終えると即座に二本目がリョウジの手から離れてアストリアの方に来る。

「アレはもう終わったから良いわよ!さーて今度は何処に行く?アスランにもこっちの予定は知らせてあるから……おっと、噂をすれば返信が。……私達の休暇に合わせて家族でヤマト邸で集まるらしいからこれは最初にヤマト邸に決定ね」

「お、こっちもキラ兄ちゃんから同じ内容が来た。それじゃ最初はそっちで挨拶も纏めて出来るから……ザラ姉、前にプラントで頼んでたアレは」

「はいこれ」

リョウジが言い切る前に既にアストリアはテーブルに目的のモノを置いた。置かれている小包はプラントから取り寄せた幼児用に絵本数冊セット。生まれた甥姪達様にとプラント産の絵本を手土産にしようとどちらが言ったかはまぁあまり関係ない。二人共それを送ろうと考えていたので。

「ありがと。これでお土産はいいとして。移動はいつもの車で今度は俺の番だね」

「お願いねー」

つまみを口にしつつあまりにも適当な返事で返すアストリア。リョウジも特に気にせずオーブの市街地MAPを開く。やはり半年も経つも小さくだが色々と様変わりしている様だ。

リョウジが「ザラ姉ちょっと」と声を掛ければアストリアはリョウジの隣に移動しお互いに顔は真横、あまりに近い距離で行き先を次々と決めていく。傍から見たらどうみても恋仲の様な距離感でしかないが付き合っていない。当人達はずっとそう言ってる。周りが納得しなくてもずっと。



その後ミレニアムはオーブに降下して停泊……二人はオーブに着くや否や即座に退艦して用意しておいたオーブでの自家用車に乗り込みそのまま港を離れていったのである。この間僅か5分。

「突き刺す様な日差し!穏やかな漣の音!!この独特な塩の香り―!!!あーーーオーブだー!!!」

「やっぱり地球はこれだよな!そういえばザラ姉。なんか俺がメサイア攻防戦に出てたって変な情報が流れてるって聞いた事あるんだけど?」

「え?私も知らないわ。私はその時火器管制だったし弟君はミーアちゃんに見られて休養中だった訳だし……」

「だよね。なんでだろう?中継ステーション戦には出てたけどさ……」

万感の思いを叫びながらアストリアのテンションはおかしくなっていた。ある意味オーブ国民のリョウジよりも深く信仰してるレベルまでその全身で表現されるオーブ愛は中々の物だ。っというかヤマト家の義姉に当たるあのアスハ元代表がザラ家をそうさせるのだろうかと……考えを頭の片隅に追いやり最近流れていると言う変な噂話から始めるのであった。





アストリアside
久々の家族との再会にふれあい。やはり宇宙もいいがこっちの方が断然落ち着くと彼女は思う。生まれは宇宙、育ちも宇宙の私達が今じゃ生まれた国を抜けて地球のこの国家に双方揃ってご執着とは別れる前の両親も思わなかっただろう。それでも後悔はあるかも知れないがそれでもいいと思っている。結局私はこれで良かったのだ。母の死から狂いだした私達家族の歩みの先がここならばそれはきっとそう言う物なのだろう。どうあれ、今に満足してるので私はそれでいいのだ。あの時の怒りも悲しみも思いも全部嘘じゃない、無くなった訳ではないけど……こんな厄ネタでしかない私達を受け止めて愛してくれているこの国が好きなのだ。

それにまさか、あの時の月での出会いから早二十年ちょっと?の付き合いの彼にはずっと助けられている。彼は彼で兄であるキラ君を助けたい一心で動きながらそれを成し遂げたいと、燃え盛るオーブから飛び立ち宇宙へ行った時に私にそう言った。よく知っている言っても聞きそうにない決意をした目で。それからは色々とあったが今はこうしてそんな心配していた兄から離れた所で私と行動を共にしてくれている。ここまで一緒に居るとたまに虚空に手を差し出して何も無かった時に振り返ってしまった事も何度かある。傍に居ないと少しだけ……だけどやっぱり私は今が楽しい。




リョウジside
初めはずっと一人で無茶をし続けている兄を見ているしかない自分が嫌だった。崩れる宇宙の大地、消えていく命、終わらない銃声。そんな中で兄は俺達を守る為だけにそれに乗って戦って戦って戦い続けて……一度限界を迎えた。ようやく兄の負担を少しでも軽く出来るかも知れないとそんな希望を持って宇宙へMSに乗って出た先は地獄。持ち前の才能と優秀な先輩パイロット達のコーチもありなんとか生き延びたヤキンドゥーエ。戦後は情けない自分を振り切りたい一心でオーブ軍に入隊しそこでまた家族と揉めてしまったが、あの時の判断は間違ってないと俺は思う。そのまま走り続けて故郷を家族と離れるのは辛いがやっぱり何も出来ない自分が一番嫌なのだ。だからここでこうしてこの地位になってでも俺は頑張れるんだ。


しかしまさかAAの捕虜としてアストリア・ザラ……ザラ姉と再会したのも大きなきっかけの一つだったのかもしれない。月でのお互いに涙でぐちゃぐちゃの笑顔で判れた後の再会が地球で戦艦の中での檻越し。こちらを憎悪の目で睨んでいる人が同じ人物とは到底思えなかった。今でもあの時のザラ姉の目は鮮明に思い出せる。声変わりしてしまった俺の声、知り合いでは唯一のザラ姉と言う呼び方、貰ったネックレスを渡す……全部使ってようやく俺がリョウジだと分かった時の全部の感情が混ざったあの時の顔は……アレは俺だけが知っていればいい。あんな顔をあんな目をした幼馴染をもう見たくないし、キラ兄ちゃんとザラ兄の殺し合いも当然聞いた。俺は……家族が、知り合いがあんな顔をして欲しくないから無茶してでも頑張るんだ。無くしたくないからあの時灯ってしてしまったこの熱を忘れたくないから。



ヤマト邸を後にして二人はただオーブを走り回っていた。途中で買い食いしたり、その足でショッピングに赴いたり、死者の魂に祈りを捧げたり、そして今はただこうして海を眺めている。


「んーーー。すっかり夕暮れね」

「なんだかんだ6時間ずっと動き回ってるからね。はい水」

「ありがと」

ボンネットに腰掛けるアストリア、運転席で自分も水を口にするリョウジ。波の音と海鳥の鳴き声だけが今この世界の音。

「弟君はさー」

「ん?」

「今が楽しい?」

アストリアは海を見つめたままそう呟いた。どんな意味が籠っているかは分からないけど答えは決心は決まってる。

「色々あるけど当然」

「……そっか」

「ザラ姉も、でしょ?」

ハンドルに寄りかかりながらリョウジが言うとアストリアは振り返って満面の笑みで自信満々に。

「もちろん」

有給はまだあるが今日はそろそろ一旦予約したホテルに向かうとしよう。エンジンをかけ直すとアストリアもボンネットから助手席へと戻って来た。スピードは行きより少し遅くだ。こういう時はお互いにそんな気分なのだゆっくりと海平線へと沈んでいく太陽を横目に車は走り出した。




世界にはまだまだ戦乱はあるが、彼と彼女はオーブの街中へと消えていくのであった。
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