カミキヒカルは2児のパパ (役者『鳴島メルト』)


───中学に入学して俺は、ソッコーで3年の先輩に食われた。
そこで分かった、自分はモテるんだと。

黙っていても人は寄ってくるし、女を好きになれば向こうから告ってきた。面白い奴をテキトーにイジれば笑いが取れて、イジってる自分が面白いんだと思ってて……テキトーにやってても、大体の事がなんか上手くいって。

「ソニックステージ!?」

「スゲー!大手じゃん!」

「えっ、メルト芸能人になるの?」

「メルトなら出来るって!」

「そのうち不知火フリルと付き合っちゃったりして!?」

周りがなんか期待してるし、金無いし、バイトはダルいし。
……まあテキトーにやりゃいいだろ。


─────────。


あの頃の俺には中身が無かった。全てがその日暮らしの気分っていうか、周りに流されてそれに乗るだけのフワフワした奴。
そんな奴が失敗を知らなかったっていうのがまたタチが悪い。運だけで下手に成功し続けるもんだから増長して天狗になって、自分の思うように事が全て運ぶと思い込んでいた。

あの時までは。


(原作では『キザミ』と『匁』の対決は、『キザミ』に強者感があった。でも、彼の演技にその強者感は無い。
なんで…人が魂削って作った作品に、下手な人を使うんだろう……)

舞台上で殺陣を繰り広げる俺と鴨志田サン…おっと、今は『キザミ』と『匁』だよな。
フードで隠れてお客さんには見えていないが、目の前に居る俺だけが見えているこの人の表情。
そこに込められているのは間違いなく、呆れや怒りといった感情だ。

(ったく、マジで素人に毛が生えた程度の演技じゃねーか。こっちがレベル合わせなきゃ駄目か…?
───うぜぇ。本気で消えてくれよ。何の苦労もしねえで……顔だけで仕事取ってるヘタクソはよぉ!)

(…………)

分かってる、俺がヘタクソなのは分かってる。あの時、あの演技を見た時から。
有馬が俺のレベルに合わせて演技してた事も、それで作品を台無しにしてた事も……。


『オマエ、ソンナカオシテテタノシイノ?』

「俺……こんなヘタクソな演技してたのか」

『今日あま』の映像を見返して、自分の演技の酷さを改めて感じる。棒読みで、感情も熱意も何も無くて、『ただやってる』だけ。

違ったんじゃねぇの?
俺が最初から本気で臨んでたら、この作品はもっと──


アクアに発破を掛けられ、有馬が本気でやった演技を魅せられた俺は撮影が終わってからレッスンの講師にアドバイスを貰い、まずは体力を付けろと言われた。
だから俺は毎日ずっと欠かさず走ってる。もうあんな見るに耐えないみっともない演技をしない為に、出させてもらう作品を台無しにしない為に。


(結構大きいアクションしてる割には息も上がってない、思ったよりはちゃんと稽古してたみたいだけど……見ろよ、客の反応)

「『キザミ』の人ちょっとさ…」ヒソヒソ

「ね…あんまし……」ヒソヒソ

「…………」

(客はお前をヘタだと思ってるぜ)



◇◆◇◆◇◆



「良いんじゃねえの、ヘタだと思われても」

「はぁ…?」

ある日の体力づくりのジョギング、アクアも付き合ってくれるって事で一緒に走った。
休憩中、思ったように演技力が向上しない悩みをアクアに相談してみたところ、そんな返答をされた。

「そんなアドバイスがあるかよ!もっとマトモな事……俺のせいでまた作品が駄目になったら……!」

八つ当たりなのは分かってる、アドバイスを貰う側の態度じゃないのも分かってる。でもつい感情的になってしまった俺は、アクアに強い口調で迫ってしまった。
それを聞いたアクアは小さく溜め息を吐き、俺の顔を見つめる。

「別に突き放したつもりはない。そのヘタさを上手く活用すれば良い、そう言ってるんだ」

ヘタさを…活用……?

「……は?そんな事出来るわけ…」

「可能だ。お前の一番の見せ場は『匁』との対決シーン、稽古期間の1ヶ月をどう使うかは自由だけど…全体を良くしようとしても焼け石に水だ。
だったら一点に全てを注いだ方が勝算が高いと思わないか?」

客にナメられてるってのは、客が油断してるって事でもある…と。

アクアからのアドバイスは、エンタメの基本。
俺はそれに従って自分にも出来る事を探した。原作を読み込んで、『キザミ』の名シーンを頭に叩き込み、毎日毎日文字通りの血が滲むような努力と反復練習を積み重ねて体現した芸当。
『匁』の刀を弾いて出来た一瞬の合間を見逃さない。今こそがその成果の見せ所だと判断した俺は……

持っていた刀を、空中に放り投げた。



例えばクラスのいじめられっ子が、地味で目立たなかったメガネ女子が、何の取り柄も無いと思ってたオタクが……
完全に下手だとナメてた役者が、いきなりめちゃくちゃ凄い事始めたら……

「激アツだろ」

パシィッ!


「「「「!!!!」」」」

ワァァァアアアアアア!!!!!

「いまの!」

「ね!?」

「「原作通りだ!」」

回転させながら空中に放り投げた刀を上手く掴まえる。何も無い所でやればただの一発芸で終わりだが、今この場においてはその意味合いはまるで異なってくる。

───『原作再現』。
漫画やアニメの作品が、実写というメディアに落とし込まれるにあたって重要視される項目の1つ。
これがあるか無いか1つを取っても、最終的な作品の評価は大きく変わってくる。

にしてもやるなメルトの奴、本番できっちり成功させるなんてな。

「すごいすごい!実際に出来ると思って描いてないのに!ちゃんと原作通りやってくれるなんて…原作再現すごい!」パアアァ

「──────!」


「アンタの入れ知恵?」

舞台袖でメルトの演技を見守っていると、有馬が俺にそう尋ねてきた。
別に入れ知恵なんて大層なもんじゃない。

「俺は演技がヘタでもそれを上手く使えば良いって言っただけ、それを仕上げたのはあいつの努力だ。
ギャップってのは皆好きなんだよ」

驚いている人間の感情というのは、それこそ驚くほどに脆い。そして予想外の出来事が起こった時、人間は本能的に情報収集能力が活性化する。
今回においてはこの本能が作用する事によって、客はこの後の演技に何倍もの意味を汲み取ろうとする。

メルトが刺すなら、ここだ。



(……妙な大道芸なんて覚えてきやがって、ズレてんだよ。
客が求めてるのは演技だろ!そこが出来なきゃ意味がねぇんだよ!)

(…………)

このシーンは初めて出会った強敵に敗北した俺が、根性だけで相手に立ち向かうシーン……。
俺の、一番の見せ場だ。

「!」


「『キザミ』、もう少し見学してろ」

「……」

ここ半年でちゃんとレッスンを受けてきたものの、ここの役者達はレベルが違いすぎる。キャラの心情をしっかり理解し、その上で強く感情を乗せるという事が当たり前に出来ている。
台本をそれっぽく読むだけじゃ通用しない。

「『刀鬼』は『鞘姫』の事どう思ってるんだろ。崇拝?親愛?それとももっと複雑な……」

「他のキャラの考察までしてんのかよ」

「大事な事だよ!どういう感情を与えられて来たのかは人格形成に影響あるわけだし……!」

俺は馬鹿だからよ、黒川みたいに考察したりとかは出来ねえ。『キザミ』というキャラがどういう人間なのか、なんとなくしか分かりゃしねえ。
原作を何度も読み返して、『キザミ』の事を知ろうと努力をする。

「……お前ってどういう人間なんだ?ナメてた相手に散々やられて、みっともなく足掻いて負けて…かっこわり。
どうしてそんな俺みたいにしみったれたカオしてんだよ」

俺みたいな……

……

──────ああ、そうか。

「お前、悔しいのか」

つえーと思ってた自分が、本当は全然よえー事に気付いて……
情けなくて…みっともなくて…悔しいのか……


「それなら、すげーよく分かるよ……」ポロポロ



(こいつ、感情が乗ってる!!)ギィン

「あああああ!!」

(眼から、指先の1つまで、悔しいって感情が……客席に届くほどの強さで!)

稽古期間の殆どを使ってこの気持ちを掘り下げ続けた。この1ヶ月を、この1分の為に注いだ。
そっちが演技を10年やってようが知った事じゃねえ。

この1分は……


「おぅれは!誰にも負けねぇ!!」

誰にも負けねぇぞ!!


「……っ……!!」ポロポロ

「ほら、僕の目に間違いは無かった」

『匁』との剣戟に負け、『キザミ』が力無く倒れ伏す。
そして俺の眼前に立つのは……

「よくやったわ!後は私達に任せなさい!」ザッ

『つるぎ』と『ブレイド』、俺が信頼出来る大事な仲間。


一旦出番を終えた俺は袖へと引っ込み、スタッフの人からタオルを受け取る。汗を拭いていると、先に引っ込んで水分補給をしていた鴨志田サンと目が合った。
すると俺の方に早足で歩み寄り、右手を上に翳すと……

「んだよ、やるじゃんか!ゲネん時と全然ちげーな!」ガシッ

笑顔で俺に肩を組んできた。

「良い感じに感情乗ってんじゃん、次もこの調子で頼むぜ」スタスタ

「……」

───『やっぱ演技は感情ノッてなんぼだよな』

次の出番の準備に向かった鴨志田さんを見送った俺の脳裏に、あの時のアクアの言葉が浮かぶ。
俺が演技に対する意識を変えさせた、あの言葉が。

「…あん時お前が言ってた言葉の意味がやっと分かった。
楽しいわ、これ」ニッ

自分でも分かるくらいに満足した笑顔でアクアに率直な俺の感想を伝えると、アクアは俺の方を見て微笑みながら、「そうかよ」とだけ返してくれた。


─────────。


幕間の休憩を終え、舞台が再開された。
現在舞台上では『つるぎ』と『匁』が睨みを利かせ合い、戦闘開始の様相を呈している。

「よくも私の身内を痛めつけてくれたわね、1兆倍にして返してあげる!」

「これ以上先に攻め入ると言うなら、我々渋谷クラスタが黙っては…」ビュウウゥゥ…

『匁』のセリフに舞台効果の音が被る。突発的トラブルで眉間に皺を寄せ、再度言い直すか迷っているようだが、相手が相手なので心配は要らない。

「ごちゃごちゃうるさいわね!只の肉塊になればその口も静かになるのかしら!?」クルクル

「!」

「渋谷クラスタなんて知った事じゃない、全員斬り倒して私達がこの國を盗る!
この剣でね!」

(アドリブ…!すげえ、年齢=芸歴の役者は違うな…こんなに演りやすい相手は初めてだ)

有馬かなという役者は、『受け』の演技が圧倒的に上手い。効果音で被って聞こえなかった渋谷クラスタという初出ワードを口にしつつ、原作の『つるぎ』が言いそうな台詞として再構築。間の取り方1つを見ても、まるで最初からそうであったかの様な深みが生まれている。

「流石に2対1は分が悪いですね、また日を改めてお会いしましょう」ザッ

「こらぁ逃げるなボケナス!このタルタルチキン!」



「新宿クラスタ、厄介な奴等みたいだな」

場面は切り替わり、ここは渋谷クラスタの根城。『鞘姫』を頭とし、懐刀である『刀鬼』と参謀である『匁』を始めとした手練れが集っている。

「何も考えてないバカの集まりですよ、全員倒せばそれで良いと思ってる。
どうします、あいつ等攻めて来ますよ?」

「俺は姫の懐刀だ、持ち主の指示に従うだけ」

「君に意見を求めたのが間違いでしたね。少しは人間味というものを持ったらどうですか……」ハァ…

「『鞘姫』……決断を」

「…………」

ここはリテイクされた脚本にて最も変更された部分。本来長めだった『鞘姫』の語りはカットされており、演者の動きのみで対立を表現しなくてはならないシーンとなっている。
重厚な演技のみで組織のボスである事を示す。座っているだけなのに葛藤に溢れて人間性を滲み出させる芝居、それでいてわざとらしくない。

「刀を抜けば…血が流れる。ですが、戦わなければ守れないものもあるのでしょう……」

カットされた『鞘姫』の思想が分かるシーンも、この演技を見るだけでどういうものか察しが付く。

(演技に説得力がある…前の脚本にあった矛盾が全部クリアされてる…!あの子凄い!)


「ならば刀を抜きましょう、合戦です」

ワァァァアアアア!!!


戦闘シーンはハイライトで進行、新宿クラスタと渋谷クラスタが衝突する。
『キザミ』は再び『匁』と、あちらの頭である『ブレイド』は懐刀の『刀姫』とそれぞれ相対する。

そして『つるぎ』の前に立ち塞がるのは、『鞘姫』。

「「…………」」

両者が互いを睨み合い、膠着状態に持ち込まれる。

(相も変わらず、私の方が正しいみたいな顔してくれて……。
何がそんなに気に入らないのかしらね!)

「刀を抜きなさい!」バッ

「貴方には…これで十分です」ス…

「ナメて……くれて!!」

…負けないよかなちゃん。
貴方が居たから私はここに居る。昔の事なんて貴方は覚えていないんだろうけど、ずっと、ず───っと、何年も……

私はこの時を待っていた!



◇◆◇◆◇◆



幼い頃の私…5,6歳くらいだったかな?私には夢中になっていたものがあった。
それは……

「巻き戻し!巻き戻ししてママ!」

「あかねは本当にかなちゃんが大好きねぇ」

「うん…!」

私と同い年でありながら、既に役者として大成をしていた女の子…有馬かなちゃん。

「だってすごいんだよ、10秒で泣ける天才子役なんだよ…!
かわいくてお芝居上手でっ、おとなあいてでもハキハキお喋り出来てっ!すごいなぁ…すごいなぁ……!」

ドラマやバラエティ番組に出ているかなちゃんはとてもキラキラしていて、私にとっては憧れそのもの。大袈裟に言えば、夢とまで言っても良かった。

「なら、あかねも演技やってみるか?」

「あらっ、良いんじゃない?」

突然お父さんとお母さんがそんな提案をしてきて、私は一瞬何の事なのか分からなかった。

「こないだ児童劇団のパンフレット貰ったのよね、ほら」

「えっ…えっ……」

そう言いながら『劇団あじさい』と書かれている1枚のパンフレットをお母さんは手渡してきた。

「わっ…わたしには出来ないよ。わたし人見知りだし…こわがりだし…なんにもできないし……」ウジウジ

この頃の私は極端なまでの引っ込み思案でうじうじしていて、何をするにも消極的だったのを覚えている。だから、自分が劇団に入って演技をするなんて無理だと決めつけていた。
そんな私の心情を見抜いていたお父さんとお母さんは、背中を押すようにして言う。

「そういう引っ込み思案な所も治るかもよ?」

「そうそう、かなちゃんとお友達になれるかもしれないぞ?」

「えっ…?」

かなちゃんと…。

(もしかなちゃんとお友達になれたら、幸せで死んじゃう)


───それから私は、お母さん達が薦めてくれた劇団に入った。右も左も分からなかったけど、分からないなりに努力を重ねた。かなちゃんみたいになりたくて、たくさん頑張って。
かなちゃんに近づくため、それを目標に……本当に大好きだった。

初めてかなちゃんと会った、あの日までは……。
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