ある男の結末


父は変わった人だった。

母のことはよく知らない。母は自分が物心つく前に亡くなってしまったからだ。古参の女中-昔娘を亡くしたせいで母のことを大層可愛がっていて自分のことも孫のように面倒を見てくれていた-には名の通り,雪のように美しい人だった、と子供の時分に聞いたことはある。
しかし、父から、母のことを聞いた記憶はない。

父にはよく周りを見回す癖があった。件の女中は「奥方様を探していらっしゃるのですよ」などと言っていたが、そのくせ、父は母の墓参りなど一度も行ったことがない。

父は早くに母を亡くしたし、まあ我が父ながら、見目も地位もあったから後妻の話などは山のように来ていたはずだ。というより、実際自分も耳にしたことが何度もあった。
良い話も山のようにあったはずだが、父は頑として後妻を取らなかった。
あまりに頑なであるものだから、もしや、父は子というものが煩わしいのでないかと思ったこともあった。しかし、それにしては父は自分の面倒はよく見たし、可愛がってくれた。優しく、よくできた人であったのは確かなのだが、つくづく、よくわからない人であった。

その父が死んだ。いつものように過ごし、就寝し、そして起きてくることはなかった。

父はすでに隠居していたし、家のこと、お役目については引き継がれていたから、困ることもなかった。さらに死期でも悟っていたか、先日身の回りのことを頼むといくつかの書き付けを渡されていた。本当に最期までできた人であった。

その遺言の中に、父の念持仏について書かれていた。弔いの際に共に燃やして一つ墓に納めてくれ、と。

父の枕元に置かれたそれを手に取る。柔和な顔をしている。これと似たものを自分にも与えられていた。揃いで作ったものだったのかもしれない。
結局、父を看取ったのはこの小さな仏だけだった。
ふと、その背に小さな引っ掛かりがあることに気づいた。これが父の手による、自分と揃いで作られたものであればおかしい。
父が仏を彫っているのを幾度か見たことがある。大抵、木を接いだりせずに切り出したそのまま彫り上げていた。当然、自分のものにもこのような引っ掛かりはなかった。

その背をよく見る。わずかに見える切れ目に爪をかける。
音もなく開いた中には小さな包みが見えた。経でも納められているのかもしれない。ゆっくりと包みを開く。
そこにあったのは小さな白い欠片……おそらくは、骨。開けられた仏の背を見る。内側に小さく一文字、雪、とだけ書きつけられている。

ああ。
父にとってはこの仏が母そのもので、きっとこの姿も母に似せてあるのだろう。
そうして母に看取られたのであれば、父としては満足のいく最期であったに違いない。

丁寧に包みを畳み、元通りに納める。
そしてこの小さな仏像を父の懐にしのばせる。これが母だというのならば、枕元になど置いておく方が余程無粋というものであろう。

父母のみを残した部屋を後にし、苦笑してしまう。
あれほどわからないと思っていた父のことが急にわかってしまった。
母に似せた念持仏を渡しておきながらそれを告げなかったのはなぜか。父の念持仏にだけ母の遺骨を入れたのはなぜか。墓参りに行かなかったのはなぜか。……一度たりとも母の話をしなかったのはなぜか。

要は、父は記憶すら共有せず、ずっと母のことを独り占めしていたのだろう。我が子にすらこれとはとんだ悋気持ちのようではないか。父にこれほどまでの狭量さがあるとは、ついぞ知らなかった。

ここまで来たら、せっかくだ、墓も隣にすることとしよう。そこまでは頼まれていないしやることも増えてしまうがしかたない。
最期にこのような形で親孝行することになるとは思わなかったが、広い世の中、まあそういうこともあるのだろう。

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ヤンデレスレで念持仏に骨入れたいって話したら、106さんが死んだ時に一緒に燃やすとか埋めるとかと言ってくれてそれだ!!!!!となったので書いたもの。
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4/16付でどこかにアップしました

伊織殿いい父親布教キャンペーンをしたい。
(それはそれとして心は狭い)
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