果断


この記事は、Kumano dorm. Advent Calendar 2021(https://adventar.org/calendars/6338)の18日目の記事です。

昨年も書きました。当時の精神状態もあって鬱な感じになってしまいすみませんでした。今年はライトに短めに。

果断

皆さんは「果断」という言葉をご存じだろうか?「果断に富む」などの形で聞いたことがあるんじゃないかなと思う。「果断」とは、「ためらわず思い切って判断すること」を指す。寮生活に限らず、様々な場面で今までもこれからも早急な判断を迫られることは多いかと思う。そんな時に自分が果断によって行動できれば、あるいは果断に富む人がいれば、物事がすばやく解決に向かうことも多いかと思う。しかし、人間誰しもミスを犯すもので、時々判断を誤る。果断ばかりしていると、判断ミスの原因をそこに見出してしまいがちになる、つまり果断によってすぱっと決めた判断を後になって、もっとじっくり考えればよかったと後悔することになりうる。このような経験が重なって人は成長していくにつれ優柔不断になっていくのではないだろうか?皆さんがどうかはわからないが、少なくとも自分はそのような人間だ。

今までの20年間の人生で大小さまざまな判断を下してきたが、その中で果断だったと今振り返って思えるものはほとんどない。優柔不断だ。特に近年は。しかしそんな中で、先日1つ自分の行動を決する機会があった。

「退寮。」

この決断も果断のつもりはなかったが、友達に話したときに「果断だね」と言われてそうなのかとなった。でも確かに、その決断は突然だった。今日は入寮から今までの1年と8か月を振り返り、当初は休寮するつもりだったのに、退寮に意思を固めた理由と、今後の展望を描いてみようかなと。どうでもいいひとり語りになると思う。

寮を離れるきっかけの1つがもちろん留学なわけだが、実は寮に入るきっかけも留学だった。大学に入る以前から留学に行く意思は固かったので、どうにか留学までに資金を調達しようと考えていた。バイトで生活費を稼ぎつつ留学費をためるには熊野寮ほど最適な場所はなかった。人と話すのが苦手なので、最初は人付き合いに苦労したし、お金も時間もなかったため、精神的にしんどい時期が続いた。しかし、コロナ禍で本当に大学が全く機能していなかったので、寮外でコミュニティーを作ることもかなわず、徐々に寮でのつながりが自身の精神を支えるものになっていった。特に先輩付き合いが苦手な自分にとっては同期の存在が大きく、ブロックや部会、MUCといった小さい単位でできた同期とのつながりを軸に徐々に話せる人が増え、自分の居場所を見つけられるようになったと記憶している。寮での生活にある程度余裕ができると、夏明けにはサークルに入ったり学部内で友達を作ったりできるようになった。寮祭をきっかけにして寮内のつながりも格段に広くなり、先輩との付き合いにもさすがに慣れてきた。1年目はある程度寮内外のコミュニティーの両立を保った状態で終えることができた。1回の頃のことは昨年アドカレに書いたので今日はこのくらいで。

2年目は車校から始まった。ちょうど入退寮のタイミングで車校に行ってしまったので、帰ってきたら居場所がなくなっているのではないかとびくびくしていた。奇しくも車校の卒業予定日が最初のブロック会議の日だったので、一日でも延滞になったら一緒に行っていた同期に差をつけられてしまうとめちゃくちゃ焦っていた。そんな心配をよそに、寮に帰ると1回生が暖かく迎え入れてくれた。談話室に入ると見知らぬ顔がたくさんいて驚いたが、1回生が本当に優しくて面白くて、おかげですぐに馴染めた気が自分の中ではしているし、下手ながらに1回生とは積極的にかかわりに行けた。1回生のおかげで寮生活の楽しさは何倍にも増した。こんなこと言うと失礼かもしれないが、今まで周りにいた人にはなかった若々しさ、面白さ、かわいさといったものが1回生にはあって、一緒に時を過ごすのが楽しかった。もちろん同期や先輩のことは尊敬してるし好きだけど、単純に彼らとは違った色を1回生は持っていたなという話。その色が自分には新鮮で、その色で染められていくのが面白かった。学問、サークル、恋愛、酒、趣味、といった、いかにもな大学生活と、寮の仕事、寮での生活をバランスよく充実させている1回生を見ると羨ましかったし、自分も頑張ろうと背中を押された。時には相談に乗ることもあったし、なんなら相談に乗ってもらうこともあった。寮生らしからず、恋路に悩む1回生が多かったので、話を聞いているだけで懐かしい甘酸っぱさを感じられたし、いい恋愛してるなと聞いている側も嬉しくなった。

そんなこんなで2年目の寮生活は非常に豊かに色づけられ、次第に寮という場所が持つ自分にとっての意味合いが変わってきた。特に秋から冬にかけてである。それまでは寮という場所を支えとして、自分の大学生活の様々な側面を頑張るという形だった。今では完全に、寮生活が全てであって、それ以外には何もない、、といったような感じになってきた。所属していたサークルにも行かなくなった。自然に寮外の友達と会う頻度も減り、リソースを寮外の日常に割けなくなってきた。当初は2回の9月から留学に行き、3回の5月には帰ってくる予定だったので、まあもう留学行くしいいかという感じだった。しかし、コロナの影響で出発が延期になり、予期していなかった4ヶ月が目の前に現れた。そこでふと冷静になって考えてみた時に、自分は今何をしているんだろう、何をしたいんだろうという虚無感、不安に唐突に襲われた。このままなんとなく留学に行って現地で楽しく過ごして、また帰ってきてこの寮生活を楽しむのは、既得権益にあやかっているだけではないかと。かといってせっかく手にした4ヶ月でやりたいことはなかった、というかやるべきことに対してやるモチベーションが湧かなかった。結局バイトと趣味に明け暮れ、とりたい資格の勉強もさして進まず、実感のない夢幻のような時間を過ごした。そんな中で、ふと夢から覚めた時のことを考えることがあった。このままでいいのかと。夢の怖いところは、楽しいこと、このまま続いてほしいと思うことが、急に消失してしまうことである。このまま休寮して留学しても、帰ってくる場所があると、その既得権益にあやかって夢を見続けてしまうなとふと思った。そんな主体性のかけらもない自分の姿が醜く感じて、気づいたときにはもう、という感じだ。

留学に行く、退寮するというのは怖いものである。さまざまな人との別れがある。寮との別れ、寮生との別れ、友達の別れ、、。その別れをある種当然のものとして受け入れて、主体的に新しい出会いを求めていく、今までの自分になかったもの、経験したことのないことを、自らを持って体験しにいく、学びにいく、、。そのような姿勢が今の自分には求められているのだと思う。変化を恐れる一方で、変化しない自分、成長しない自分というものを恐れている。そんなジレンマをこれからの1年間で打ち破っていきたい。将来的には外国で働きたいので、留学から帰ってきてもまたしばらくしたら海外に行くだろう。その時に自分に自信を持てるようになっていたいし、相手をリスペクトできる存在になりたい。さらにはその先に、自分の興味ある経済の1つの側面から、お互いを尊重し合い、誰もが自分の生を全うできるような世界を作ることに関わりたい。そんな壮大で馬鹿らしい思いの端くれに、この果断があったのだと思う。果断を誤断にするか英断にするかは今後の自分の努力次第だろう。判断によって結果が決まるのではない。判断は目標に達するまでのプロセスの中での、無数の選択の1つにすぎず、その後得られるものは選択したその先に広がる世界でどれだけ自分が頑張れるかだと信じている。


冗長な駄文に最後まで付き合っていただきありがとうございました。

また、最後になりましたが、入寮から今日にいたるまで、僕に世話を焼いてくれた先輩方、頑張り屋の同期の方々、生活を彩ってくれた1回生の皆さん、本当にお世話になりました。熊野寮という1つのコミュニティーを通して皆さんにお会いできたことが何よりも誇らしいし、共に過ごせた何気ない日々が間違いなく僕の人生のハイライトになると思います。寮を離れても、また帰国後には長い人生のどこかしらでお会いする機会があると思いますので、末永くお付き合いいただければ幸いです。熊野寮のますますの盛況と皆様のご健康をお祈りしております。
ありがとうございました。
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