ロンギルス1


天を衝く巨塔、バベル。その一角でロンギルスは苦悩していた。
命を落とした妹イヴを蘇らせる為の"器"……感応力を移植する機械人形の製作に行き詰ってしまったのだ。
ロンギルスの周囲には真鍮と銀の残骸が無数に転がっている。その数がすなわち彼の試行錯誤の失敗を意味する。
ロンギルスが深い溜息を吐く。その目元には色濃い隈が刻まれていた。彼はもう何日も眠っていなかった。その間を惜しいと考えたからだ。
(……だが、このザマだ)
しかし、そうして得た時間も成果に結びつかず無為に過ぎるばかりだ。ロンギルスは周囲に転がる残骸を自嘲混じりの笑みと共に一瞥すると脚を投げ出して座り込んだ。
(一体何が足りない)
ロンギルスは自問し、イヴの記憶を手繰る。
村祭りで披露した奉納の舞。草笛の吹き方を尋ねるあどけない声。前を行く自分に追いつこうとする足早な靴音。機怪蟲の群れに囲まれ星鍵を抱えながら震えていた細い肩。
──そして。血に塗れ、冷たい床に倒れ伏した姿。イヴの名を呼び続けるアウラムの悲痛な声。イヴの笑顔が、平穏で暖かな記憶が、溢れ出る血に塗りつぶされていく。
「は……あっ!」
瞼を開き、ロンギルスが飛び起きた。荒く息を切らし、額には脂汗が浮かぶ。
彼は眠るとき、もう悪夢しか見られなかった。イヴを喪った時の記憶は夢の中で何度もリフレインし皮肉なことに彼の中で最も色濃いイヴの記憶となってしまっていた。
「う……ぼ、ぇ」
湧き上がる吐き気をこらえきれず、ロンギルスがえずく。そして腹の奥から湧き上がってくる液体を床に向かって吐き出した。息継ぎの度に吐き気がせり上がりそれに任せてロンギルスは何度も吐いた。
(……俺は、イヴではない。器を作った所でそれは模倣にすぎん)
胃液で焼けて痛む喉に手を宛がい、ロンギルスは思う
(……器は必須だ。感応波の移植に星杖の起動。最後にはイヴの受肉に使う。だが……作るという発想。金属と魔術で形作ろうとする工程が上手くいかない原因ではないのか?)
それは、天啓にも似たひらめきだった。
(そう、例えば文字通りに再誕……産みなおす。赤子も肉の器と言えんこともない)
湧き上がるアイデアを記録するべく、ロンギルスはペンを走らせる
(イヴともっとも近い血縁は俺だ。……俺自身を母体とし出産すれば、その子供はイヴの器に最適ではないか?)
──ロンギルスは疲弊していた。連日の徹夜で正常な判断力を失っており、自分の思考が如何に荒唐無稽であるかわからなかった
(……俺の身体は、すでに大部分が機械化されている。生殖機能は既に撤去済だから、これは新設する必要がある。内臓と骨格の再配置も必要だな。この機に心肺機能の機械化も進めてしまうか)
──そして彼には、その荒唐無稽なアイデアを実現するだけの知識と技術があった。
(……お前がママになるんだよ、と……古代文明の文献にあったな。こうした事態を見越した警句なのだろう)
かくして、ロンギルスは己を女体化することを決意したのだった。

──二週間後
バベル内に、機械が設置されていた。部屋の一角を占領するほどに巨大で、血管の様に絡みつく無数のパイプと、重々しく駆動する歯車で構成されている。
その機械が突然蒸気を吐き出した。歯車が回転速度をあげ、パイプが震えだす。そして機械の前面にしつらえられた扉が重々しく開き、そこから指揮者の燕尾服を思わせる品の有る装束に身を包んだ、長身の女が姿を現した。はち切れんばかりに肉感的な太ももに、ずっしりとした重みを感じさせる安産型の尻。細くくびれ、柔らかな曲線を描く腰。胸は足元が見えないことを危惧してしまう程に豊満で、閉じきれず開かれた襟元から乳房の膨らみが覗いている。宵の空を思わせる紫色をした艶やかな長い髪が、歩みに合わせてたなびいた。
誰もが思わず目を引かれるような美貌をした女だったが、暗く澱んだ瞳がその魅力を打ち消している。
ロンギルスだ。彼……今や彼女は、古代文明の文献を漁り女体化に関する記述を見つけ出すと、それに必要となる装置をくみ上げた。そしてそれを用いて自らの身体を改造し、それが今終わった所だった。
「……声が、高いな」
鈴を転がしたような美しい声で、陰気な物言いをするロンギルス。彼は今、自らの身体の変化を確かめている最中だった。
「……体の可動域が広い」
ロンギルスは槍を拾い上げ、それを軽く振るう。まず彼女が驚いたのは、女体のしなやかさだ。振るった槍は鋭く柔らかく奔り、男の身体の時は関節が回らなかった動きが容易くできた。
(イヴも身体が柔らかかった。女体故の恩恵という事か)
イヴの笑顔が脳裏を過る。妹の身軽さは時折猫を思わせた。こうして女体になった今、その理由の一端が垣間見えた。
「半面腕力は落ちる。体内機構による補助は必須となるだろう。」
関節の可動域を確かめるべく、脚を高く掲げながらロンギルスは思う。いかなる偶然か、その体制は古代文明においてI字バランスと呼ばれたものと同じだった。
「……そして、これについては想定外だったな」
たわわに実った双丘をしたから手で掬うように受けながらロンギルスは息を漏らす。
(女体化に伴う、筋力減少の影響か。行き場のなくなった肉がここに集約されたのだろうか)
両手に感じるずっしりとした重み。何もなしに動くと大きく弾み痛みを感じる。応急処置として、ロンギルスは装束をたくし上げ胸元のすぐ下で絞ることで胸の動きを抑制していた。
「まあ……こんなところだろう」
一頻り女体の具合を確かめたロンギルスは、部屋の一角に目を向ける。彼女の視線の先にはまた別の機械が鎮座しているのであった……
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