あんなに一緒だったのに ある二人の秘めたる記憶


『……リョウジ………君?』

独房内のベッドに腰掛けた彼女とその前に突っ立つ彼、彼女の手にはストレプトカーパスを模したネックレスが照明を受けてキラリと光を反射する。


衝撃、困惑、歓喜、悲観、憤怒、絶望……向けられた視線と声色はそれらを全てを混ぜ合わせても足りないくらいのモノで溢れ、元々涙脆い彼女の目尻には涙が溜まりだし表情はもはや本人でさえこの再会にどんな顔をしているのかすら分からない位に感情が纏まっていない。

これは二人だけの胸に秘めると決めたある日の事、キラ・ヤマト少尉とトール・ケーニヒのMIAが決定してディアッカ・エルスマンとアストリア・ザラの二人がAAの捕虜になった翌日の事である。


「……チッ、最悪の目覚めをありがとう世界っと」

冷や汗を掻いてべたつく身体を起こして時計を見る、まだ本来の起床時間までは2時間以上ある。しかしあんなのを見てしまった以上眠気は完全に吹き飛んでしまった、横になって心体を休めるべきであるがまずはシャワーと着替えを済ませるべく彼は軽く荷物を纏めて部屋を出た。


……思えばアレから何年経っただろうか、突然のMIAに帰ってこなかったストライクと一機のスカイグラスパー。悲壮感に包まれたAAで新たに加わった二人の人物。一人は今でも交流を続けるプラントのディアッカ・エルスマン。もう一人は今じゃその人の副官をやっているアストリア・ザラの二人だった。

「……勘弁してくれよな。」

汗だけ落として手早くシャワールームから出る。シャワーの音に掻き消される溜息と共に吐かれた言葉は落ちる様に消えていき後に残るは目覚めてしまった気だるさと胸に残った嫌な思い出。

ここ最近は思い出さなかったがやはり魂にでも焼き付いてるいるのか言うくらいに鮮明に思い出せたしまったあの時の記憶。何で思い出したかなんてそんな事は分からない。夢なんて記憶の整理だとかも言われているが……やはりあの時期の記憶はどれもこれも碌なモノがない。忘れてはいけない記憶ではあるが率先して思い出したくもない苦く嫌な記憶なのだ。

そんな事を考えつつ静まった艦内をあてもなく彷徨っていると……たまたま明かりが漏れている部屋に辿り着いてしまった。妙な勘が働きノックを済ませてこんな深夜だが家主に呼びかける。

「……起きてるの?」

他者の部屋だと言うのに酷く適当な呼びかけだと言うのに家主はわざわざドアを開けて対面してくれた。見え辛いが纏っている雰囲気があの時と同じ様に目尻に涙を溜めたままの様な顔で。

「……弟君。ふふ、どうしたのこんな夜更けに」

「目が冴えちゃってね、そんでうろついてたら光が漏れてたからつい」

「そっか……それじゃ私も仮眠に戻るから。おやすみ」

「うん、おやすみ」

それだけで済ませてお互いにドアが閉まると同時に彼は部屋へ、彼女はベッドへと戻っていった。あぁ言う時にはお互いに触れない方がいいと何となくだが分かっているのだ。踏み込めば嫌な傷になると言う妙な予感と実感が入り混じった様な奇妙さを覚えながら。



「本日はここまでです。皆さん、お疲れ様でした」

ザラ大佐の声によりその日の訓練が終わりを告げた。頭を抱える者、喜ぶ者、彼に感想とアドバイスを求めて集まる者も。何処かボウッとしてたのかデータを纏めていたクルーの一人がこちらを心配そうに。

「ザラ大佐。ご気分でも優れないでしょうか?」

「……え?」

「いえ、お疲れなのでしたらこちらはヤマト中佐の方をお呼びしますので休まれた方が良いかと……」

「そうね、ごめんなさい。後はお願いね」

「ハッ!ヤマト中佐!管制室にお越しください」

クルーがヤマト中佐を呼ぶ声と共にザラ大佐は部屋を出る、今日の業務内容が全く頭に入ってこない。どうもこうも昨日見てしまった夢が原因なのは明白だった。よりによって思い出したくもないあの時の記憶が頭の中にリピートされる。



『……久しぶり、だよね?……アストリア。いや、ザラ姉』

食事のトレーを持って来たそいつはトレーを脇に一旦避けてからそう聞いて来た。声からして男で確認するように一つ一つ慎重に聞いてきた。思い出せた今となっては昔より低くなっていた彼の声。最初の部分と名前は無視できたが、最後のだけは無視する訳には行かなかった。その呼び方は私の大切な思い出の一つである。何処の誰だか知らないナチュラルなんかが口にしていい言葉じゃないと酷く腹が立ったのを覚えている。

『……なんであんたなんかにそう呼ばれないといけないのよ!』

今思えば八つ当たりであるし不甲斐なかった自分に対しての怒りもあってか相当苛立っていた筈だ。それでも次の彼の動きに違和感を感じたと思ったら首から何かを外してこちらに投げて来た。振り払っても良かったがコーディネイターの視力でそれが何らかのアクセサリーだとは分かって何故か受け取ってしまい、視線を投げれられたモノに向けて心底驚いて目を大きく開けた。

手の中にはストレプトカーパスを模したネックレス。見た瞬間に脳内に蘇る。弟と一緒に作って彼にはこれを私達は別の誕生花を模したブレスレットを二個作った記憶。別れ際に弟は親友であった彼に鳥を模したペットロボを。私は彼にこのストレプトカーパスのネックレスを。舞い散る花弁の中で私達は泣きながらお別れをした……それは忘れない大切な思い出の一ページ。

目の前に居る彼は何も言わないでこちらを見ている。不安そうに眉をひそめてこちらをジッと見つめている。信じたくなかったが信じるしかないとピースがハマっていく。目の前に居る彼は成長したあの時のヤマト家の弟であると、そう思った私はおどおどと震える声で。

『……リョウ、ジ………君?』

『……うん、そう……だよ。ザラ姉』

泣きそうな声で彼はそうまた私の呼び名を読んだ。ザラ姉、ザラ兄とコペルニクスにてそう呼んでいた一個下で同じ誕生日の彼、で四人で一緒に色々やっていた時の大切な幼馴染の一人とこんな所で再会するなんて。


「なんでかしらね。今更あの時の夢なんて」

部屋に戻り上着だけ脱ぎ捨てたままベッドに寝転ぶながら愚痴を零す。内容は昨日見てしまったあの時の夢だ。ヘリオポリスに極秘で開発されたナチュラルのMSを奪取する為に潜入して4機を強奪出来たまでは良かったが同期の何人かは犠牲になってしまったあの作戦。

それから何度追いかけても落ちないあの足付きとストライクを追い続けてオーブをから出た後にまた一人同期を失ってしまった。そのまま皆が皆怒りと憎しみのままに戦ったあの時の戦い。私は運悪く被弾して機能不全に陥ってしまったMSを降りて命惜しさに憎き足付きの捕虜になる道を選んだ。捕虜がこのご時世どうなるかなんて嫌でも分かってしまう。しかもこんな時は自分が女であったのが心底恨めしく感じた。かと言って白兵戦がダメダメな私が優秀な弟のアスランの様に大暴れして脱出できるか?と言われればどうあがいても無理で正直自暴自棄だったのかもしれない。

こんなに荒れていたのは母を失った血のバレンタインのあの時以来だろう、それ位には無力感でいっぱいだったのだから。そしてそのままリョウジ君とはその日はネックレスを返して持ってきた貰ったご飯を食べてそれでおしまい。どっちも感情の整理をしたかったのだろう少なくとも私はそれがありがたかった。あのまま話しててもお互いにダメになると何かが訴えていたからだろうか?そんなこんなでヤバい事に巻き込まれつつあったこの船は何故かオーブに再び戻り、またその時に同室だったディアッカと共に何故かプラントに返される事になったのだが。

『ディアッカ!』

『うお、アストリア!お前もかよ』

二人は残されていたバスターとついでに残っているM1アストレイの格納庫で再会した本来ならこんな場所に居ないはずであろうに。何故かここ居る。バスターに乗ろうとしてたが驚いていたが彼女は忙しく

『時間がないわ。あんたはバスターに私はこっちに乗るから』

『おいおい、お前は良いのかよ?こんな事してさ』

『だったらお互いにこんな所に居ないでプラントに帰ってるでしょ?急いで!』

『へいへい!』

退艦前にリョウジから聞いたこれまでのアレコレと迫ってきている地球連合軍に対して私とディアッカは何故か憎かったAAを守る為に機体を無断で借りてそのピンチを救ったそして後は色々あってAAと共に宇宙へ戻ったのである。



「……懐かしいけど、思い出したくなかったな。あーーー、最低すぎるわよあの時の私」

内容は長々と続いていたがふと気が付くと目が冴えて、眠気が飛んで仕方なく適当な読み物を読んでいたら漏れていた光に気が付いた弟君が部屋に来た。正直誤魔化せたかどうかは分からないが昨日の彼はあの再会した時みたいな雰囲気がどことなくあった。

「ダメねこれは、一旦休みましょう」

情けないがこのまま業務に支障をきたす訳には行かない、無理矢理意識を断って身体を休める。




彼は/彼女は思う……最悪の再会だったのは間違いない。でも、あの時、あの場所で合わなかったら……一体どうなっていたのだろうか。

彼女は恐らく消えない憎しみと怒りを胸に抱き続けて何処かで死んでいたかもしれない。

彼は恐らく戦場に出てそのまま散っていった同僚達の様に宇宙の藻屑になっていただろう。


最悪ではあっただけどある意味あの再会は最善だったのかもしれないと……また一日が終わりを迎える。

奇跡の様なそれらを嚙み締める様にまた思い出を紡いで生きていく。痛みや傷は消えなくてもそれが明日への糧になると信じて。
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