妹の気遣い


 あたしは一つ、思いついたのです。

「さぁさ、正雪さん、此方をどうぞ! 日頃兄ちゃん——兄上がお世話になってるお礼です!」
 その日の夜、私——由井正雪はカヤ殿に夕餉に誘われた。場所は伊織殿の長屋。一度は断ったのだが、がっかりしたカヤ殿の顔に負けてやってきてしまった。そこには豪華な食事が並べられている。
「カヤ、こんなに用意しても食べきれないぞ。こんな量、小笠原さまに無茶を言ってないか?」
「小笠原さまには日頃兄ちゃんが正雪先生にお世話になってるって伝えたら快く用意してくれたの。残すのが悪いと思ったら、兄ちゃんが沢山食べてね!」
「ったく……。正雪、済まない。付き合ってくれるか?」
 苦笑いを浮かべながら、伊織殿はそう言った。
「あぁ。それは構わないが、自分はあまり食が太い方ではなく、お役に立てないかもしれないが」
「正雪さんはあまり気にせず、食べてくださいね!ご飯よそいます!」
「それくらいは自分でやる」
「いえいえ!正雪さんはお客人なので座っててくださいな!」
 その日は明るいカヤ殿のおかげで、楽しく食事が出来た。最近どうしても食が細くなっていたが、誰かと一緒に取る食事は楽しくて、思わぬうちに箸が進んでいた。
「カヤ、これは酒ではないか?」
「うん! 兄ちゃんにどうぞって! ささ、兄上も正雪さんも一杯!」
 目の前で徳利に酒が注がれていく。断ろうにも、この楽しい雰囲気を崩したくはなかった。なので私は注がれたお酒を口にした。
 その後からなんだかふわふわして記憶が曖昧だった。楽しいだけが、続いていく夢のような時間だった。

 翌日、目を覚ました時。
「……え」
 思わず、私は声を溢した。
 長屋に暖かな日が差し込んでいる。隣にいるのはその日に照らされる伊織殿の寝顔。私はその伊織殿の腕に抱かれている。
 それだけで頭が真っ白になりそうだ。なけなしの理性で、状況を整理する。
 ここは伊織殿の唯一の布団の中。私は全裸だった。着てるものが一切ない。隣にいる伊織殿も同様に全裸だ。
 あ、下半身に関しては確認する度胸がなかったので、布団をかけたままだ。
 昨日の事を思い出す。確か夕餉を馳走になって、それで、それで……。お酒を飲んだ影響か記憶が曖昧だ。
 もしや、私は酔った勢いでやってしまったのか!?
「ん、しょう、せつ?」
 最悪な状況で伊織殿が目を開けた。しばらく間を置いて、伊織殿の瞳が見開かれる。
「これは、一体……!?」
「い、伊織殿……」
「正雪、俺はまさか……」
 記憶はない。記憶はないが、男女が全裸で一つの布団を共にしている。それは雄弁なる証拠だった。
「……委細承知した。済まない、正雪。責任を取らせてもらう」
「あ、あぁ。よろしく、頼む……」
 頭はまだ混乱しっぱなしだ。ただ私は言われるがままに頷いたのであった。

「ふっふっふ!成功です!」
 あたしは小声で呟いた。
 名付けて、兄ちゃんが手を出さないのなら、手を出したと思わせてしまえばいい大作戦!
 小笠原さまに高いお酒を用意してもらった甲斐があった!
 酔わせて二人を脱がせて布団に転がした効果はあった!
「これで兄ちゃんも祝言。正雪さんも義姉上に!」
 私は上機嫌になって弾むような足取りで帰りの途につくのであった。
 間も無く祝言をあげた兄ちゃんが士官したのは別の話。
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