<登場人物>
佐久間 初夏(さくま はつか):男子高校生。加藤に片思いをしている。森永に歌詞作りの協力を頼まれる。
森永 千代子(もりながちよこ):女子高生。髪色、ピアス、服装がどれも派手。佐久間に片思いの歌詞作りを依頼。
加藤 咲子(かとう しょうこ):女子高生。クラスのマドンナ的存在。
千寿 恵輝(ちずめぐみ):男子高生。佐久間の数少ない友人。佐久間よりも女性経験が豊富。
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<役表>
初夏:不問
千代子:女性
咲子+猫:女性
恵輝+先生:不問
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*注意点
特に無し。
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■利用規約
・過度なアドリブはご遠慮下さい。
・作中のキャラクターの性別変更はご遠慮下さい。
・設定した人数以下、人数以上で使用はご遠慮下さい。(5人用台本を1人で行うなど)
・不問役は演者の性別を問わず使っていただけます。
・両声の方で、「男性が女性役」「女性が男性役」を演じても構いません。
その際は他の参加者の方に許可を取った上でお願いします。
・営利目的での無許可での利用は禁止しております。希望される場合は事前にご連絡下さい。
・台本の感想、ご意見は Twitter:
https://twitter.com/1119ds 草壁ツノまで
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初夏:――世の中の大半の女子という生き物は、"チョコミント"が好きだ。
あんな物、好きなやつの気が知れない。
咲子:「最近コンビニのアイス。そう、チョコミント味の。
あれすごく美味しくて。最近よく買っちゃうんだ」
初夏:きっと味覚がバカになってるんだ。
そう言ってやりたいけど、ぐっと我慢する。
女子を敵に回すのは正直おっかない。
咲子:「ねえ、佐久間(さくま)くん」
初夏:「うっ、えっ?」
初夏:突然話しかけないで心臓が止まっちゃうから。
咲子:「佐久間くんは、アイスなにが好き?」
初夏:頭に浮かんだのは、チョコモナカ。
初夏:「............チョコミント」
咲子:「え、ウソ。佐久間くんも? 一緒だね」
初夏:神様お許し下さい。私は嘘をつきました。
けど分かって欲しい。こんな状況じゃ、みんなチョコミン党に入るしか無い。
初夏:「チョコミントのどういう所が好き?」
咲子:「えっとね、甘いんだけど口の中が爽やかになるところとか。
ちょっとした苦さもいいよね」
初夏:分不相応なのは自分が一番よく分かってるけど。
――クラスのマドンナ、加藤 咲子(かとうしょうこ)に、オレは密かに恋をしている。
🍃 🍃 🍃
千代子:「ふわあ......」
初夏:来た。このクラス一の問題児。
咲子:「あ、千代子(ちよこ)。おはよー」
初夏:森永千代子(もりながちよこ)。
髪の毛を緑と茶色のツートンに染めた、バリバリのギャル。
耳にはこれでもかとピアスが付いている。
あの髪色を見ると、嫌でもチョコミントアイスが頭に浮かぶ。
咲子:「千代子、眠そうだね。大丈夫? 昨日あのあと何時に寝たの?」
千代子:「あれから、ずっと曲作ってた......」
咲子:「ええ? もう、あんまり無茶したら駄目だよ」
千代子:「午前中は寝とく......」
初夏:......どういう接点かは分からないが、あの二人は仲が良いらしい。
先生:「おーいお前ら、授業始めるぞ。席につけー。日直、ごうれー」
咲子:「きりーつ、れーい」
先生:「今日はっと、前の続きのところから。テキスト百二十五ページ......」
千代子:「......ぐう、ぐう」
初夏:......森永のやつ、一瞬で寝たな。
少しでも授業受けようとか言う気持ちが無いのか。
派手な髪色。マイペース。どことなく近寄りがたい雰囲気。
クラスから浮いているのは、女子の反応を見ればなんとなく分かる。
......本当に、なんで加藤さんはこんなやつと友達なんだろ。
🍃 🍃 🍃
先生:「アイザック・ニュートン、有名だな。
リンゴが木から落ちるのを見たことから、物同士が引き寄せられることを発見した人物だ。
佐久間、この物体の間同士で常に働く引力のこと、なんて言うか答えろー」
初夏:「万有引力(ばんゆういんりょく)です」
先生:「はい正解。えーと......
『なぜリンゴは横に行ったり上に上がっていかず、いつも地球の中心へ向かうのか?
理由は疑いもなく、地球がリンゴを引き寄せているからだ。
物質には引き寄せる力があるに違いない。
地球にある物質の引く力の総量は地球の中心にあるのであって、地球の中心以外の所にはないに違いない。
だからこのリンゴは鉛直に、地球中心に向かって落ちるのだ。
物質が物質を引き寄せるのであれば、その量は物質の量に比例するに違いない。
それゆえ、地球がリンゴを引き寄せるように、リンゴもまた地球を引き寄せるのであると』――」
千代子:「んぐおお、ごごご......」
咲子:「ち、千代子。千代子! シーッ」
先生:「......俺の授業はそんなに寝るのに最適か? なぁ、森永?」
千代子:「ぐごご......」
先生:「......森永ッ!」
千代子:「はっ」
先生:「森永、お前いつになったら髪黒染めしてくるんだ?」
千代子:「あー......まぁ、そのうち......?」
先生:「それにこのピアス。没収だ。ほら、全部外せ」
千代子:「......」
先生:「放課後また取りに来い、分かったか?」
千代子:「......はぁい」
先生:「まったく.......。えーと、次はどこからだ?」
千代子:「.......ぐう、ぐう」
初夏:こいつの辞書に反省という言葉は無いのだろうか......。
🍃 🍃 🍃
初夏:放課後。
初夏:「失礼します。......はあ、先生に頼まれた雑用やってたら、もうこんな時間だ。さっさと帰ろ」
🍃 🍃 🍃
初夏:......気まずい。
いつもと同じ帰り道を歩いていると、偶然にも森永と遭遇した。
千代子:「お」
初夏:「え?」
千代子:「おお、おお、おー」
初夏:「え。なになになに?」
千代子:「えっと、確か......うーん。なんだっけ。えっと」
初夏:「......」
千代子:「そうだ、アナグマ!」
初夏:「佐久間」
千代子:「佐久間か。惜しかった。
あのさ、アンタにちょっと用があったんだ。この後ヒマ?」
初夏:と、まぁこんな風に。
普段ろくに会話したことも無い相手。
隣を並んで歩くと、自分よりも頭一つ背が高い。
絶対合わない組み合わせだ。
言うなれば、チョコレートとミントのように。
千代子:「アンタってさ――」
初夏:「な、なに?」
千代子:「......咲子のこと、好きなんでしょ?」
初夏:剛速球でど真ん中をぶち抜いてきた。デリカシーとか皆無なのかこの女。
千代子:「当たった」
初夏:「......まだ何も言ってないんですけど」
千代子:「顔に書いてある。いいね、青春だ。ひゅう、ひゅう」
初夏:ほぼ初めて話すけど、未だにこの女のテンションがよく分からない。
初夏:「......それで、用件ってなに」
千代子:「ああ、そうだった。実はさ、丁度佐久間に頼みたいことがあって」
初夏:「オレに?」
千代子:「そ。私普段曲を作ってるんだけど。今回は初恋の歌を書いてて。
その、歌詞作りに協力して欲しいんだ」
🍃 🍃 🍃
初夏:成り行きで森永から曲の歌詞作りの手伝いを頼まれてしまった。
千代子:アタシはそういう、恋とか片思いみたいな甘酸っぱい感覚、
これっぽっちも分かんないからさ。あはは――
初夏:向こうの言い分としては、そういうことらしい。
勿論断ろうとした。当然だ。
なんでそんな自分の恥を晒すようなことしなきゃならないのか。
けど、続きがある。
千代子:なるべくリアルな気持ちが知りたいからさ。
このノートに今の気持ちを思いつくままに書いてみて。
あ、もちろんお礼はするからさ
初夏:お礼って?
千代子:......咲子のことなら私詳しいよ。
アンタのその初恋、手伝ってあげる。それがお礼でどう?
初夏:......マジ?
千代子:マジ。そんじゃ三日後にまた進捗聞きに来るから。よろしく~
🍃 🍃 🍃
恵輝:「......それで? 初恋の甘いポエムと引き換えに、お前の恋路に手を貸してやるって?」
初夏:こいつは千寿恵輝(ちずめぐみ)。オレの数少ない友人。
初夏:「そういうことらしい」
恵輝:「らしい、って。.......お前、冷静になってもう一度よく見てみろ。あの女を」
千代子:「そう、今度舌にもピアス穴開けるつもり」
恵輝:「......どうだ? あんなヘンテコな髪の色した恋のキューピッドがどこにいる?
ありゃどう見てもヘビメタの悪魔とかの類だろ」
初夏:「だって加藤さんの交友関係全然知らないし......
あんな人参ぶら下げられたら悪魔とでも契約するだろ......」
恵輝:「まぁ......確かにお前からしたら願ってもない申し出だもんな。
それで? あのチョコミント女はなんて言ってる?」
初夏:「とりあえず、それとなく加藤さんの好きなタイプとか、
役に立ちそうな情報聞き出してみるって」
恵輝:「そんな器用な立ち回りが出来るもんかね、あの女......」
千代子:「佐久間ー」
恵輝:「あ、噂をすれば」
千代子:「どう、なんかいい歌詞は思い浮かんだ?」
初夏:「そんなすぐに出るかって......こっちはろくに歌詞も書いたこと無いんだぞ」
恵輝:「どうも、森永さん。ウチの初夏が世話になってます」
千代子:「えっと......?」
初夏:「こいつ、千寿。オレの友達」
千代子:「......どーも。あ、そうだ。咲子から好きなタイプの話聞けたよ」
恵輝:「わお、仕事出来るね」
初夏:「......姉(あね)さんと呼ばせてください」
千代子:「ふふん。もっと崇(あが)め奉(たてまつ)りなさい」
恵輝:「それで? 加藤サンはなんて言ってた?」
千代子:「優しい人がタイプだって」
恵輝:「ザ、無難オブ無難オブ無難な答えじゃねーか。
んなもんよっぽどのクズ野郎以外、ほぼ全ての人類に当てはまるぞ」
千代子:「あと、容姿は特にこだわらないって」
恵輝:「ハァ。そういうこと言う奴に限ってめちゃくちゃ面食いだったりするんだよな......」
初夏:「ま、まぁまぁ。森永も多分一生懸命聞いてくれたんだろうし」
千代子:「ウン、イッショウケンメイキイタ」
恵輝:「......おい、いいのか初夏。コイツ天下の大嘘つきだぞ」
🍃 🍃 🍃
初夏:あれから、ずっと初恋とはなにかを考えている。
素晴らしいもの? 甘いもの?
綺麗なもの? 宝石のような思い出? 青春?
初夏:「.......あ"ーダメだ。脳が沸騰する」
🍃 🍃 🍃
千代子:「......なるほど」
初夏:「いかがでしょうか......」
千代子:「............なんというか、無難」
初夏:「グサッ」
千代子:「小学生でも書けそう」
初夏:こ、コイツ......言わせておけば......
恵輝:「森永、その辺にしといてやれ。流石に涙を誘う。
まぁ......確かにこの語彙力は、そっと引き出しの奥にしまいたくなるレベルではある」
初夏:「しれっとお前もトドメをさすなよ。
最初から分かってただろ。オレはそんな歌詞なんて書ける才能無いんだって」
千代子:「そうかな。私はそんなこと無いと思うけど――
佐久間の場合、自分の気持ちを言葉にするのに慣れてないだけじゃない?」
初夏:「そんなこと言われてもなぁ.......」
千代子:「うーん。あ、そうだ。
ねえ、咲子。ちょっとこっち来て」
初夏:「はっ? ちょっとおい、なんで加藤さんを呼ぶんだよ!」
千代子:「佐久間が歌詞を書くための刺激になればいいなと思って」
初夏:「刺激が強すぎるって!」
咲子:「なーに、千代子。わたしのこと呼んだ?」
千代子:「うん、呼んだ。佐久間がさ、咲子に聞きたいことがあるんだって」
初夏:「おいバカ!」
咲子:「佐久間君が? なにかな?」
初夏:「うえっ、あの、えっと......」
初夏:――好きなタイプは?
――今付き合ってる人は?
――もし良かったら、オレと――
初夏:「言えるかーっ!」
咲子:「佐久間くん!?」
初夏:「あ、いや。ごめん咲子さん。なんでもない。うん、誠にごめんなさい」
恵輝:「日本語怪しいぞ。しっかりしろ」
咲子:「ねえ千代子、佐久間くんなんでもないって言ってるよ?」
森永:「いや、呼んだ......もごもご」
咲子:「えー。なになに。
最近このメンバーよく見るね。なんだか楽しそう。
千代子、最近みんなで集まって、なにしてるの?」
千代子:「次に作る、曲の相談」
咲子:「えっそうなんだ! 楽しそう。私も仲間に入れてよ~」
千代子:「歌詞を、佐久間に頼んでる」
咲子:「へえ! 佐久間くん、歌詞も書けるんだ。どれどれ、見せて!」
初夏:「いやっ! まだ絶賛作りかけの状態なのでっ! そういう訳だから! それじゃ!」
咲子:「あっ、佐久間くん!?」
恵輝:「......まったくもー、とんだピュアボーイなんだから、アイツは。
ごめんね加藤さん、アイツ、加藤さんと仲良くなりたいらしいんだ」
咲子:「え、そうなの? なんだ、それならそうと言ってくれたらいいのに」
恵輝:「アイツ女子に免疫無いからさ。
......あ、そうだ」
咲子:「?」
恵輝:「今度クラスで打ち上げやるだろ? オレ幹事なんだけどさ。
まだ加藤さんの連絡先知らないから、教えといてくれない?」
咲子:「うん、いいよ。......はい、これで連絡先登録出来ました。
あ、私用事あるからそろそろ行かないと。またね、千寿くん!」
恵輝:「またねー」
🍃 🍃 🍃
初夏:「はぁ......今日は本当に焦ったな。もうちょっとで加藤さんにバレるところだった。
ん、あれは......?」
猫:「ぶにゃあご」
千代子:「よしよし」
初夏:あれは、森永、と......野良猫?
不良と捨て犬じゃないけど、なんて言うかベタな光景だ。
猫:「ぶにゃっ!」
初夏:あ、猫が逃げてった。
千代子:「......あ、佐久間」
初夏:「なにやってんの。こんなとこで」
初夏:最初はこのピアスの数に怖がったりしたものだが、案外慣れるもんだな。
千代子:「フレディに餌あげてた」
初夏:「フレディ? ......ああ、さっきの猫の名前か」
千代子:「そ」
初夏:「......それにしても、なんでフレディ?」
千代子:「顔がフレディ・マーキュリーみたいだから」
初夏:「すごいネーミングセンス」
千代子:「どう。歌詞書けた?」
初夏:「......正直、全然うまくいってない」
千代子:「そっかー。まぁ、突然書けって言われてもね」
初夏:「......森永はさ、自分で曲作れるんだろ。歌詞は書いたりしないの?」
千代子:「普段は書くけど、今回のは書けそうになかったから」
初夏:「曲ってネットにあげてるの? 探せば出てくる?」
千代子:「ネットに上げてるよ。
スマホに入れてるから聞けるけど、聞く?」
🍃 🍃 🍃
初夏:森永のスマホにイヤホンを指し、作った曲を幾つか聞かせてもらった。
足りない語彙力で敢えて言うなら――透明で、澄んだ曲だ。
水の底。雪の上に咲いた花。満点の星空。
そんないろんな言葉が浮かんでくる。
ギターにベース、シンセサイザー。他にも名前の分からない楽器たち。
元々ひとつひとつバラバラだった音たちが、見事に曲として成立している。
あと、これはめちゃくちゃ偏見だけど、森永の見た目からこんな曲が作られるとは想像もしてなかった。
千代子:「どう?」
初夏:「.......スッゲー」
千代子:「すごいか」
初夏:「うん、凄い。いや、どの曲もめっちゃ好き。
へえ、森永こんな曲作れるんだ。すごいな!」
千代子:「......大げさ。こんなの、イマドキ誰だって作れるよ」
初夏:「そんなこと無いって! もっと自信持っていいって!」
千代子:「......ん、ありがと」
初夏:「けど、敢えて言うなら――この中の、2番目の曲が一番好きかな」
千代子:「どれ? ......ああ。"万有引力"か。私もこれは結構好き」
初夏:「なんで万有引力?」
千代子:「前の歴史の授業中に思い付いたから」
初夏:ああ......森永が授業中にイビキかいてた時か。
あんな風に授業中眠っていても、森永の頭の中では常に曲のアイデアが沸いてるらしい。
千代子:「ちなみに、佐久間に書いてもらう予定の曲はこっち」
初夏:「......うわ、これもすごいいい曲。プレッシャーだな.....」
千代子:「いい歌詞、期待してる」
🍃 🍃 🍃
初夏:思いがけない形で、自分の初恋は終わりを告げた。
恵輝:「その......初夏、悪い」
初夏:「悪いって......そんなこと、急に言われても」
恵輝:「......本当に悪いと思ってる」
初夏:「......オレが加藤さん好きって、お前も知ってただろ! なのになんで......」
恵輝:「......しょうがないだろ。俺だって、加藤さんのこと、好きになっちまったんだから」
初夏:自分の知らないところで、話は進んでいたのだった。
元々は友人も、自分の恋を応援するつもりだったらしい。
けど、そうして行動しているうちに加藤さんと友人が話す機会は自然と増え、
いざ蓋を開けてみたら、二人とも両想いだったというわけだ。
恵輝:「......本当に悪い」
初夏:「......そんなん、ズルいじゃんか。んなこと言われたって......」
森永:「千寿。ちょっといい?」
恵輝:「......なに」
森永:「一発殴らせて」
恵輝:「え......」
森永:「――ふっ!」
恵輝:「グッ......!」
初夏:「森永!?」
森永:「......さすがにそれは、人として終わってるでしょ。
好きになったら、周りがどれだけ傷ついても関係無いとか思ってんの?
だとしたら、アンタに佐久間の友達名乗る資格、無い」
恵輝:「......確かに、その通りかもな」
森永:「......ごめん。腹の虫収まんない。もう一発......」
初夏:「おい、やめろって森永......おい!」
森永:「離して。......アタシ今、スゲームカついてるの」
恵輝:「......気が済むまで殴ってくれ。初夏も。そうされても仕方無い」
森永:「あっそ。じゃあ遠慮無く」
初夏:「やめろって! 森永! 森永っ!」
🍃 🍃 🍃
初夏:結果、今回の騒動が教師の耳に入ってしまい、
森永は一週間の自宅謹慎となってしまった。
あの日以来、恵輝とは口を聞いていないし、
加藤さんとも気まずくなって話すことは無くなってしまった。
......こんなものが、自分の初恋か。
甘酸っぱさなんてひとつも無い。ただただ、後味の悪いだけの結果になってしまった。
猫:「ぶにゃあ」
初夏:「あ、あの猫.......確か」
森永:「おーい。フレディ。どこ?」
初夏:「この声.......」
森永:「あ」
初夏:「あ.......」
森永:「......その節は、どうも」
初夏:「......自宅謹慎って、外出してもいいんだっけ?」
森永:「......大丈夫でしょ。多分。バレないように変装してるし」
初夏:森永は相変わらずだ。
初夏:「なに、その荷物。買い物の帰り?」
森永:「そう。お母さんに買い出し頼まれて」
初夏:「にしても、......林檎買い過ぎじゃない? そんなに好きなの?」
森永:「いつも買いに行く店、毎回なんかサービスしてくれんの。今日は林檎」
初夏:「そっか」
森永:「学校の帰り?」
初夏:「そ」
森永:「話しながら帰らない?」
初夏:「いいけど......あ、そっちの林檎の袋、オレが持つよ」
🍃 🍃 🍃
初夏:坂道の起伏の多い帰り道。
オレは自転車を押しながら、森永はその隣を歩く。
二人並んで歩くと、改めて森永のほうが頭一つ分は大きい。
言うなれば正に、チョコレートとミントのように。
絶対合わない組み合わせだ............と、前までは思っていた。
けど、不思議と今はそれほど、居心地は悪くない。
森永:「そう言えばあのノート、読んだよ」
初夏:「......読んだのか。どうだった?」
森永:「なんだろう。苦くて、けどちょっと甘くて。
歌詞の最後はスッキリ読めて――良かったと思う」
初夏:「お役に立てたなら良かったよ。
そう言えば、森永に聞きたかったことがあるんだけど」
森永:「アタシに?」
初夏:「......あの時さ。なんでアイツのこと殴ったの? オレが殴るなら分かるけど」
森永:「......うーん。正直、よく分かんない。
いつもは怒ってても、もう少し冷静なんだけど。
あの時はなんでか体が勝手に動いちゃって、どうにも止められなくて」
初夏:「ふうん............。けど、嬉しかったよ。森永が怒ってくれて」
森永:「そう?」
初夏:「うん」
森永:「......なら良かった。
そうだ。私からも聞きたいことがある」
初夏:「なに?」
森永:「......その」
初夏:「?」
森永:「佐久間、友達減ったじゃん?
だから、その、えっと。もし良かったらさ、アタシが――」
初夏:森永がなにか言いかけた途端、手にかけていたビニール袋からビリッ、と音がした。
足元にごろごろと林檎が転がり落ちる。
森永:「あっ!」
初夏:「うわっ! やばい!」
初夏:足元を転がっていく林檎。
それは"決まった方向に落ちるのでは無く、思いがけない方向へと"転がっていく。
森永:「わっ、すみません。みなさん、足元の林檎拾うの、手伝って下さい!」
初夏:万有引力は物同士で働く引力だ。
それなら、"人間同士では"?
森永:「あ」
初夏:「あ」
初夏:二人の手が触れた。
人間同士だと、どちらへ転がっていくのだろうか。
それはもしかしたら、あのアイザック・ニュートンでも解明出来ていないことかもしれない。
<終わり>
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三題噺のお題として
「チョコミント」×「薔薇」×「アイザックニュートン」から作ったお話でした。